カナダ人ダンナJとの生活

カナダ人ダンナJとの生活

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

munch8

munch8

Comments

ドライブ好き@ 風呂入るのメンドクサイ! http://feti.findeath.net/qg2w6mj/ 今日…
リナ@ 今日は苺ぱんちゅ http://kuri.backblack.net/7o5n5cw/ 今…
通な俺@ 愛 液ごちそうたまでしたw http://hiru.kamerock.net/d0k8siq/ フ○…
まさーしー@ なんぞコレなんぞぉ!! ぬオォォーーー!! w(゜д゜;w(゜д゜)w…
アゲチン@ ありがとうな!!!! http://bite.bnpnstore.com/43s7nrg/ ア…
2007.03.06
XML
カテゴリ: 日々のこと
福岡、寒いです。もう、私の周りは体調を崩している人が山ほどいます。

そりゃそうでしょうね、、、この前の日曜日、24度くらいあったのに、今日は7度ですよ。

今日は、朝から我がワンちゃん、楓ちゃんをつれて近所の量販店にいき、やっとリードを買いました。

あれ、、、、

そうか、、、。


ず~っと日記をここには書いていませんでしたね。
実は、日記を書いていない間に、ポメラニアンを買いました。
4ヶ月の赤ちゃんです。

名前は、10月10日、秋生まれという事と、ダンナJの代理という事で”楓”という名前にしました。




ジョン君と同時期、ジョンの1歳下のジュリちゃんという、これまたミックスの犬を飼っていました。この子は2004年の9月に亡くなっています。

ジョンは、私が中学3年生の3月、校庭でお母さん犬について回っている、生後1ヶ月くらいの真っ白な小さなかわいいワンちゃんで、学校のシスターが(シスターがですよ!、、おっと、これを言うと、私がどこの学校に通っていたかすぐにわかりますね。でもとにかくシスターが)”この野良犬たちを処分します!”と、決めたとかなんとか言う話を聞きつけて、私がもらって帰ったのです。

それから1年後、学校帰りのバスから私が降りた私が見たのが、これまた茶色のかわいい赤ちゃん犬。そして私が近づくと、後ろの右足がだら~んとしているではありませんか、、、。
車にはねられたのか、足の骨が折れてブラブラしていたのです。

でも、うちにはすでにジョンもいるし、、なんて考えていると、涙が出て止まらなくなって、土曜日で両親とも家にいたので”小さい犬が、足がブラブラになって、バス停にいた~~~!!!”と訴えると、今すぐ連れておいで、、というのが、ジュリちゃんが私の犬になった始まりです。


2匹ともとても健康で、強い犬で、頭がよくって、顔もすごくハンサムと美人でした。

でも、あるときから、どういうわけか2匹ともひじに腫瘍ができてしまったのです。

ジュリちゃんのほうがひどくて、死ぬ前は野球のボールほどになっていました。
かかりつけのお医者さんは”取る事ができない”の一点張りでした。
その腫瘍が大きくて、どうしても寝る時に床や地面に当たって、そのうち皮がむけて、血は出ないまでも、透明の汁(体液?)が出てくるようになっていたので、私達は必死にケアをしていました。それでも、お医者様は何もできない、、、といい続けていました。
その時点で、現在のかかりつけのお医者様のところに連れて行っていればよかったのですが、


そして、ある日の昼。
その腫瘍から大出血。
すぐに、かかりつけのお医者さんに電話したのですが、なんと、受診を断られたのです。

それで、やっと、今のお医者さんのところにつれていったのですが、このお医者さん、実は、盲導犬の赤ちゃん達を育ててる里親さんたちの間でかなり評判がいいのを、私は聞いていたのでした。だから、どうして、すぐにこのお医者さんに変えなかったのか、自分の馬鹿さ加減にあきれます。しかも、ジュリちゃんを我が家に連れてきた時、あの足のぶらぶらの骨折を治してくれたのも、このお医者さんだったのに。

この先生、私達が”あそこの先生は、この腫瘍は取れない、取るってことは、断脚する事だって言いました。でも、前足なので、断脚した場合、体重を支えきれなくなるといったのですが、、”というと、”いや、僕は、取れますよ。今日、手術しましょう”と、言ってくれました。



あんなに大きかった腫瘍を取ってくれた先生。

心配で、ご飯も食べられなかった私。
昼過ぎに、ジュリちゃんに起こったことを聞いて、すぐに私の実家に来てくれて、私のそばにいてくれたJ。

でも、その日の昼の出血があまりにひどく、結局、ジュリは朝が来ると共に、天国に行きました。

腫瘍がきれいになくなった足で、天国に行ったジュリちゃん。

私は泣きながら”よかったね、痛いの無くなって、天国にいけて良かったね”と、何度も言いました。

それからすぐに、ジョンの方の腫瘍もとってもらいました。ジョンの腫瘍はみかん大。
でも、手術に当たって検査した結果、彼には心臓肥大という、別の病気があることがわかりました。先生は、腫瘍の方が問題ではなく、心臓の方がダメかもしれない、、それは覚悟しておいてください、、、といいました。

ジュリが死んでから、ジョンもすっかり元気がなくなり、追い討ちをかけるように、私がJとの新しい生活のために、家を出て行ってしまいました。

そして、2005年1月。
私の弟の誕生日の食事に行き、帰ってきた家族ひとりひとりのところにジョンは行き、皆になでてもらい、いつもの心臓の薬をやろうとした時。
妹のひざの上に頭を乗せて、なでてもらっていたジョンが大きく伸びをした途端、おしっこが出てしまったので、私は”ああ、逝ってしまうんだ!”と思い、急いで動物病院の先生のところに電話をしていたけど、土曜の夜で通じず、急患の病院に電話をしていたけど、それも通じず、”もう、逝かせてやろう、、、”と、決めました。ほんの数分の間だったのに、ジョンの舌は出てしまい、手足はすでに冷たくなっていました。だから、もう、逝かせよう、、、と。

家族みんなが帰ってくるまで待っていたと思う。
ジョンの大きらいな雷が鳴っていたので、早く帰ってあげなきゃ、と思い帰ってきたとき、彼は精一杯頑張って、死ぬ前に家族に会って死のう、、、と待ってたのみたいに、みんなになでてもらってから、天国に行った。

2匹を半年のうちに亡くし、病気の犬2匹がいなくなった事で、これからは、おばあちゃんにもっと何かしてあげられる、、、と思っていたのに、ジョンが死んで1週間後に、朝、私のおじが目を覚まし、いつもだったら先に起きているおばあちゃんが起きていない事に気が付き、おばあちゃんを見に行くと、もう、すでに亡くなっていた。

ふとんのなかで、静かに死を迎えていた。

おばあちゃんも心臓が少し悪かった。でも、入院するほどでもなかったし、いつも家にいて、家事もしていた。

近所のばあちゃん友達は、”彼女のように、家で、布団の中で、あんなふうに穏やかに死にたい”と、しきりに言っていた。本当に、おばあちゃんの死は、神様が”さあ、行きましょうか”と、さっと連れて行ったような静かな、穏やかな死だった。

そして8ヵ月後、私の主人Jが天国に行った。

全てなるようになってるのかな。
2匹の犬の死、おばあちゃんの死、それはJの死への練習だったのかしら?と思えてならない。
この2匹とひとりの死のとき、Jはいつもそばにいてくれてた。そして


”目には見えなくなったけど、み~んな、心の中にいるんだよ。それは永遠なんだよ。体は無いけど、魂はいつも一緒にいるんだよ”と言ってくれた。

その言葉を3回、Jの口から聞いた。

それは、本当に、今の現在の私に向けられている言葉だと思う。

2匹の死と、そこに至るまでの看病の日々は、思い出したくないくらい、辛かったんです。2匹の死も、心をズタズタに引き裂くほど、悲しかったから。

だから、犬はもう、飼わない、、、と決めていたけど、やっぱり飼ってしまいました。
かえでちゃん、笑いを運んできてくれてます。








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007.03.06 15:59:40
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: