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2007.03.29
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テーマ: 鉄道雑談(1639)
鹿島鉄道 最後の旅」 も、いよいよ桃浦駅にやってきました。

沿線にある小川高校のために1988年(昭和63年)に新設された 「小川高校下」 駅を出ると、ディーゼル列車は右手に霞ヶ浦を見て走ります。

この桃浦は 「茨城百景」 のひとつにも数えられ、昭和30年代頃までは海水浴ならぬ湖水浴の人達で賑わった駅でした。


ログハウス風の鹿島鉄道・桃浦駅(無人駅)



桃浦駅に停車中のキハ432(元・加越能鉄道キハ126)



しかし、湖水の汚染や護岸工事による浜の消滅などからその話も昔がたりとなってしまっています。

かって常陸小川駅から浜駅の間は、本当に霞ヶ浦の湖岸線すれすれをクラシックなディーゼルカーが走っていたものでした。その中には、かって東京横浜電鉄(現在の東京急行電鉄東横線)が、渋谷~桜木町間の急行列車に導入したガソリンカーのなれの果て・キハ42200系もいました。そのガソリンカーもディーゼルエンジンに載せかえられて 「さざなみ」 などのヘッドマークを付け活躍していたものです。

「霞ヶ浦と列車が一緒に入る区間」 として、撮影の名所となっています。私が訪問した時も、何人かのカメラマンが場所を陣取っていました。


霞ヶ浦のほとりを走るキハ602とキハ714の2両編成


やがてディーゼルカーは、 「八木蒔(やきまき)」 駅を過ぎて、浜駅へと向かいます。


浜駅は、現在でこそホームと待合室があるだけの無人駅ですが、 「鹿島参宮鉄道」 時代の1926年(大正15年)8月15日には、常陸小川駅からこの浜駅までが開業し、1928年(昭和3年)2月1日の玉造町駅延長開業までの終着駅でした。では何故、この駅が終着駅で、かつ鉄道の名前が  「鹿島参宮鉄道」 と言ったのでしょうか。

それは当時、神社参宮は国民にとって大変な目的を持っていたからです。そのため、全国各地で神社参宮のための鉄道があちこちで敷かれました。この鹿島鉄道の前身である  「鹿島参宮鉄道」 もその一つだったのです。しかし、鹿島神宮へは当然、霞ヶ浦を渡っていかなければなりません。

そこで1927年(昭和2年)5月17日、浜から鹿島神宮近くの大船津までの連絡船による湖上輸送が始まりました。浜駅は、言わばそのターミナル駅だったのです。常磐線経由で来た人達は、石岡駅からこの  「鹿島参宮鉄道」 を利用し、浜駅で同社の運営する湖上連絡船に乗り換えて、潮来を経て鹿島へと向かったのです。同社は後の1931年(昭和6年)2月1日には、潮来自動車商会を買収し、バス事業をも始めました。これに伴い霞ヶ浦の湖上連絡船は、同年12月1日に水郷遊覧汽船に事業権を譲渡しています。後に湖上連絡船が廃止されるまで、この浜駅は 「鹿島神宮参拝への玄関口」 であったのです。


浜駅から湖岸へ続く道 (かっての桟橋への道の跡と思われる)


「鹿島神宮参拝への玄関口」 としての役目を終えた1963年(昭和38年)2月1日に無人駅となり、 「鹿島参宮鉄道」 も1965年(昭和40年)6月1日、常総筑波鉄道と合併して 「関東鉄道鉾田線」 となりました。これは1979年(昭和54年)3月6日に、現在の 「鹿島鉄道株式会社」 として分社化されるまで続きました。


またこの周辺は、アサザの群落地としても知られ、花の咲く季節には増収策の一環として、 臨時列車「アサザ」号


浜駅停車中のキハ601号車


浜駅と玉造町駅の間には急カーブがあり、ここも写真撮影の名所となっています。私が訪問した時も、何人かのカメラマンが場所を陣取っていました。

「ここは俺達が先に陣取ったんだ、どけ!」 と言っている自己中心的な 「鉄道写真おたく」 がいたのは悲しい事です。もう少し、穏やかな言い方があってもいいのではないでしょうか。

同じ 「鹿島鉄道を愛する者」 同士じゃないですか。情報交換をしたり、場所を譲り合ったり。こんなに喧嘩ばかりしていては、 「鹿島鉄道のキハ達」 も泣いていますよ!写真撮影は場所を譲り合って、仲良くしようではありませんか。

また、いくらいいアングルが撮れるから、と言って、他人の畑や私有地に入るのもダメですよ! 鹿島鉄道廃止まであと数日。せめてそのあと数日は、マナーを守って、気持ちよく鹿島鉄道を送り出してやろうじゃありませんか!!


浜の急カーブを走るキハ601号車


私達の旅は玉造町駅にやってきました。この続きはまた明日をお楽しみに。

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最終更新日  2008.08.16 10:40:10 コメント(6) | コメントを書く


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