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2011年06月11日
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初夏


(まったく、私らしくないねえ。)

 こんなにも君の背中がまぶしいなんて。
 その背を抱きしめて、振り向かせて口づけを。
 軽くあらがう君に目隠しをあてがってどこか遠くへ連れて行こう。
 君のためなら空も飛べる。月の迎えなど来ないよう、光の道をふさいでこよう。君が私だけを見ているように、闇の帳が二人を優しく包むように。

 言の葉だけは胸の内でいくらでも紡がれるのに、口に出すことができない。
 どれも今の神子にはふさわしくなく、どれも自分の本心ではない。いや、もともと本心などないのかもしれないが。

 目の前を藤姫と笑い合って歩く神子。
 京の衣服に似た神子の世界の衣。



 湯浴みの後に着るから名付けられたのだと神子は屈託なく語った。

(まったく、どういう想像をさせるのだろうねえ。)

 無邪気この上ない。
 しかし、こんな少女の他愛ない一言にこんなに動揺するというのは実に自分らしくない。

(まったく、どうしたというのだろうねえ。)

 遠くでイノリが神子を呼び立てる。今日は東寺の縁日に来たのだ。庶民の暮らしぶりや鄙ぶりの食べ物は貴族である友雅には珍しく、日常から外れたこんな空気が、友雅の平常をも奪っているのかもしれない。

「友雅さん、こういうの、食べたことありますか?」

 神子が目の前に差し出したのは、串に刺して焼いた鮎だった。

「旨いぜ、食ってみろよ。」

 鮎は旬の食べ物だから食膳に上らぬことはないが、串刺しのままかぶりつくのは初めてだ。
 どこから食せばいいのかと戸惑い顔の友雅を、イノリが不思議そうに見上げた。


「このように食することはないからね。」

 藤姫には神子が食べさせていた。指でほぐして口元に運ぶ。おそるおそる口に入れた藤姫から感嘆のため息が漏れる。

「おいしいですわ、神子様。鮎というのは魚だったのですね。」
「鮎は魚だぜ、そんなことも知らなかったのか?」
「神子様がしてくださったような形でお膳に載ってくるのですもの……」



「友雅さんにはこれも欲しいでしょう?」

 神子が徳利を差し出した。

「ふふ、気が利くね。」
「だって、今日はお祭りですもの。」

 ふわりと笑って、神子は行ってしまった。藤姫やイノリと連れだって。
 渡された徳利を広袖に隠して、友雅も後を追うように歩き出した。見失って間違いでもされてはかなわない。土御門の公務で出かけられなかった頼久や検非違使の補佐役の「ばいと」に出ている天真に何を言われるかわからない。

(くわばらくわばらというやつだからね。)

 神子の背中を見逃すはずはなかった。何しろ今日はどうしたわけか殊更に輝いて見えるのだから。

(まったく、何がどうしたというのだろうねえ。)

 神子がもたらした一掬の酒がそうしたとでもいうことにしておこうか。
 今度は餅菓子の屋台で立ち止まっている一行に、友雅はゆるりと追いついていた。





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最終更新日  2011年06月12日 00時34分16秒 コメントを書く
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