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水曜日にコンケンの家を引き払ってバンコクに引っ越してきました。 まだ、ネット環境に難ありなので、今回はメール更新にチャレンジです。 約1年3ヶ月のコンケン生活。 振り返ってみれば、ホントにあっというまでした。 バンコクの友人知人たちには「(コンケン生活)おつかれさまでした」 「よく頑張ったね」と声をかけてくれる人もいるんだけど、 ワタシ的にはぜーんぜん頑張ってませんでした。 むしろ、バンコクにいるときよりのんびり(だらだら)していたというか(笑) 確かに日本のもの、食材などはほとんど手に入らないし、 公共交通機関が限られているのは不便だったけれど、 これまでブログでも書いてきたように、コンケンは比較的大きな街なので 生活面ではほとんど困ることはありませんでした。 ただ、お友達が少なくて、というか会うことが少なくて ちょっとさみしかった、というのはあるかな。 コンケンに引っ越して割と早いうちに、コンケン日本人コミュニティの 人々と知り合う機会があり、同世代の人も多かったのだけれど・・ そのほとんど全員が単身で、コンケンで仕事を持って働いている人たち。 平日の日中はみんな仕事だし、夜も翌日の仕事の準備で忙しいみたいだし、 こちらからはなんとなく遊びに誘いづらく・・・・ ワタシも小さい子がいるので、夜遅くまでつきあえないし・・・ タイ人のお友達も、期待していたほどには出来なかったのが残念。 出会うチャンスがあるにはあったんだけど、 チャンスを生かせませんでした。 とはいえ、あらためて振り返ってみれば、 コンケンでは最後の最後まで多くの出会いがあり、それが コンケン生活で得た最大の宝物だと思います。 たっくんもコンケンの保育園で楽しい思い出ができたみたい。 最後の日には、これまで書いた絵(塗り絵)を閉じた作品集と、 カードをもらいました。 先生達にも可愛がってもらい、このごろはよく帰ってきてから 「きょう、ようちえん、たのしかった」と言うようになってました。 一時期は登園拒否っぽくなっていたことを思うと、こういう言葉に ほろっときてしまいます。 あ、あと、コンケンでの収穫といえば、10年近かった ペーパードライバー生活にピリオドを打ったこと。 保育園の送り迎えには、だだっぴろい国道を時速90キロで ガンガン運転してました。狭い道でのすれちがいも出来るようになったし。 駐車技術はいまだに大いに難ありなんだけど(電柱に1回、門から出ていた クギに1回ひっかけました・・)、とにかく運転はできるもんね! でも、バンコクで運転することは多分ないでしょう・・・・ もう一つの収穫は、コンケン滞在中にとある通信講座をやっていて、 1年でそれを修了したこと。 その講座を終えたということだけでは、すぐに仕事に結びつくとか 資格がもらえるというわけではないんだけど、時間のあるうちに 自分の引き出しを一つ増やせたということだけでも良かったと 思っています。 バンコクに引っ越してきて、空気の悪さにあらためて辟易したり、 風にのってモーラムが聞こえてこないことがさみしかったり。 靴箱を見れば、「ああ、もう靴の中にカエルが入ってることは ないのか」(コンケンではドアの外に靴を脱いでいて、朝になると 靴の中にちょこんとカエルが入っていた)なーんて、 ことあるごとにコンケンのことが思い出されてしまうのだけれど、 きっとまたあっというまにバンコク生活に慣れていくのでしょう。 さよならコンケン! でも、コンケンで出会った人たちはこれからもどうぞよろしく。 そしてバンコクのみなさん! また遊んでやってください。これからもどうぞよろしく。 日本のみなさん! タイにはもうちょっとばかりいることに なりそうですが、これからもよろしく。 あ、そうだ、ブログのタイトル、また変えなきゃね。。。。。
2007年09月29日
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水曜日に、たっくんは3才のお誕生日を迎えました!!親の都合であちこち引っ張り回されて、時にはチャレンジングな環境に放り込まれながらも、ここまで大きな病気、怪我もなく成長してくれたことは本当に感謝です。(今週は軽い風邪ひきさんだったけど)1才、2才のお誕生日は、「お誕生日パーティ」の名の下に?!親の友人たちを呼んで、鉄板焼きパーティ。本人もあまり「自分の誕生日」ってよく分かってないし、主に大人達が楽しんでいただけなので、3才になる今年はたっくんを中心として、何か記憶に残るお誕生日にしたいな~折り紙で簡単に輪っか飾りとか作って飾ったり、手作りのアンパンマンのケーキ(単純な顔なので作りやすそう)にチャレンジしてみようかな?!なーんて思っていたのだけれど。いつも、こういうのって思っているだけで・・・・・・今年は引越直前ということに加えて、ちょうど誕生日の前日、当日、翌日・・・と予定が入ってしまって、朝から夕方まで外に出ずっぱり。買い物にさえ行けてない状況で、結局、誕生日当日は、ステーキハウスのビュッフェで外食でした。ステーキハウスのビュッフェって聞こえはいいけど、お一人様99バーツ(たっくんは無料)の食べ放題の店です・・・・本当は、せめてうちでのごちそうが無理なら、某ホテルの地下レストランで、そこのバンドに「ハッピーバースデー」の曲をリクエストして演奏してもらおうか?! なんて案もあったんだけど、この1週間、激しく出張続きでお疲れのパパと、外出続きでこれまたお疲れのママが、そこのホテルまで行くのさえ億劫になってしまったので、結局ビュッフェに・・・・あああ、ごめんよ、こんなお誕生日でただ本人は、ビュッフェでアイスクリームとスイカを食べられたので満足してたみたい?お誕生日プレゼントとしてプラレールの新幹線をゲットしたしね。そうそう、保育園ではちゃんとにろうそくをたてて、ハッピーバースデーのセレモニーをやってもらったそうです。写真と動画を先生がメールで送ってくれたのですが、ちゃんとしたホールのバースデーケーキにろうそくがいっぱい(3本じゃないのね)のってました。感動!なんか、思い描いていたのとは全然違うお誕生日になっちゃったけど、こうして元気に3才のお誕生日を迎えられて、みんなにもお祝いしてもらったことが何よりの「ハッピーバースデー」だよね。3才のこの1年も、健康に、のびのびと成長してくれることを願います。4才のお誕生日は・・・・私ももうちょっと頑張らないとね・・(汗)
2007年09月22日
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イサーンで出会った印象的な人々、第2回はコンケン県内で働く日本人女性Aさんです。Aさんは看護士。日本のとある団体から派遣されて、コンケン県内の病院・診療所で、もう18年も働いていらっしゃいます。Aさんの主なお仕事は、ハンセン病という病気の元患者さんたちの手足の診療とセルフ・ケアの指導や、コロニー内での巡回訪問。Aさんと出会う前、私はハンセン病という病気についてほとんど知識がありませんでした。ハンセン病は「らい菌」によって引き起こされる感染症で、病気についての知識が乏しかった頃の日本では、発症すると強制的に療養所に隔離され、家族からも絶縁されたり、強制的に堕胎させられたり・・・と激しい偏見・差別の対象になった病気です。しかし、実際は「らい菌」の感染力は極めて弱く、また今では特効薬が開発されているので、完治する病気となっているそうです。今、日本での新規患者数は年間数人、タイでも現在は1万人あたり約0.2人(2006年)の割合だそうです。ただ病気自体が完治しても、病気中になった、または後遺症としての知覚麻痺をかかえている元患者さんたちはまだまだ沢山。知覚麻痺、つまり、痛いとか熱いとか冷たいとかの感覚がなくなってしまう状態(主に手や足などの末端に出ることが多いらしい)なのですが、これが結構大変なのだそうです。例えば、私たちは普通、靴の中に石ころが入っていたら、踏んづけて痛いから靴を脱いで石ころを取り出します。裸足で歩いていて、足の裏に釘がささってしまった!という時は、当然、「イテテテテ!」と慌てて釘を抜き、傷跡を消毒するなりして手当をします。ところが、足に知覚麻痺が残る元患者さんは、足で何を踏んづけようが、何かが刺さろうが全く気がつかないのでそのまんま。傷はどんどん悪化するし、傷が出来ていること自体に気がつかないままに放置して、ばい菌が入ってしまう。それがやがて足全体に広がったために、指を失ったり、ヘタすると下肢切断なんてことにもなるのだそうです。Aさんの仕事は、日々の手入れや初期治療さえすれば、手足を失わなくてすむ元患者さんたちに、家で自分で出来る手入れの方法を指導しつつ、自分では出来ない部分のケアをしてあげること。これまでAさんの職場である診療所を計3回訪問したのですが、毎回Aさんは元患者さんたちの足を洗い、傷があれば手当てをし、皮膚が「たこ」のように硬くなってしまった部分をやすりで削る・・・それを繰り返していました。その合間に、家でちゃんと自分でもやるのよ!とおじちゃんおばちゃんたちに念押し。もちろん、Aさんには元患者さんやその家族が住むコロニー内での巡回訪問コンケンの病院・診療所やコロニーを始め、タイ国内でのハンセン病関連施設や団体に日本人の訪問者があれば案内役をつとめ、会議があれば出席し・・・と、他にもいろいろと仕事があるのだけれど、基本的にはここでひたすら元患者さん達の足(手の場合もあるかもしれないけど、主に足)を洗い、傷の手入れや指導をして・・・ということをもう17年も続けてきたのだそうです。そんなにも長い間、地道に働いてこられたことに本当に頭が下がります。地道・・・というか、「地味」ともいえる働き。けれどもそんな「地味」な働きのおかげで、どれだけの元患者さんたちが足や手指を失わずにすんだことか。それを思うとき、心のどこかで「何かでっかい仕事、何か大きなインパクトを生み出す仕事に関わりたい!」と思っている自分、同時に、今置かれている環境や自分の能力の限界でそれが実現できないことに焦りやいらだちをおぼえている自分自身を、ふっと肩の力を抜いて眺めることができるような、そんな気持ちになります。みんなが注目するような仕事、大きな成果を生み出す仕事じゃなくても、価値のある仕事(「仕事」以外でもいろいろ)は、いくらでもある。一見、地味に思えることだって、するべき価値のあることはいくらでもあるのだ・・・と、そんなことを思わされたAさんとの出会いでした。 このシリーズ、あともう1回分書こうと思っているんですが・・・・引越までいよいよカウントダウン! たっくんの誕生日もあるし・・・あわわわわ。
2007年09月17日
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イサーン生活もあと少しなので、イサーンで出会った印象的な人たちについて書いてみたいと思います。多分3回シリーズくらいの予定(引っ越し前に終わるのか?!)まずは、イサーン全体の北東部、ラオスにも近いところに位置するサコンナコン県プーパン郡で出会った、Sおじさん。今年3月、知人の紹介でこのSさんの「農地」を訪問する機会がありました。「農地」といっても田んぼでも畑でもなく、こういう感じ。彼の営農のコンセプトは「畑に森を作ろう」なのだそうです。そのSさんの農地というか、林というかのこの敷地の中は、約1200本のチークの木を中心に、料理や薬、その他、日用に使える樹木や薬草の宝庫。一見、適当な場所に植えられているような樹木、たまたま生えている雑草?と思えるような草も、全てSさんが計画的に植えたもので、そのどれもが、暮らしの役に立つものばかり。そのほとんどが、この地域にもともとあった樹木や薬草なのだそうです。「この葉は炒めてたべると美味しいし、スープに入れてもいい。それに、体を温める効果もあるんだよ」「怪我をしたらこの葉っぱをすりつぶして塗ればいい」とか、いったいどれが何の木やら???これって、さっきの木と違うの? ということさえ分からない私たちに、Sさんは次から次へと、それぞれの植物の効能や使い方を説明してくれました。中には「胸が大きくなる」という効能がある樹木まで!!Sさんの流れるような説明を聞いていたら、「あ、あとは胸が大きくなる効果もあるよ」と言われて、思わず吹き出してしまいました。もしかして、私に向けて言ってる?!それにしても・・・いいなあ、こんな森が欲しいなあ。今晩の料理のおかずが欲しいときに、ちょっと森まで。お腹が痛くなったら、薬草を採りにちょっと森まで。現金収入が必要な時は、チークの木を何本か切って売ればいい。1本いくらで売れるのか、聞いたけど忘れてしまいましたが、Sさんの奥さんがかるく入院したときも、ここからチークの木を1,2本切り出して売っただけで、まかなえたのだそう。なんせSさんの農地には約1200本のチークが植えられているそうなので、それだけで一財産!しかもSさんいわく、「木は簡単に持って行けないからね、泥棒の心配もないんだよ。はははー」なるほど~。よっぽど人里離れた森なら勝手に木を伐採して持ってく泥棒がいそうだけど、ここだったら、1本持ち出すだけでも目立ちまくりだから、そう簡単にはいかない。ますます素敵こんな森がほしいなあ~。でも、Sさんのような豊富な知識とマメさがないと宝の持ち腐れになっちゃいそうだけどこのSさん、見かけはいかにもイナカの農家のおっちゃん!で、きっと彼がバンコクを歩いていたら 「このおっちゃん、どこのイナカ者?」なーんて、ちょっとばかにした視線つきで見られてしまうかもしれない。でも・・・・Sさんは、人が生活を営んでいくために必要な知識が豊富で、自然とうまく共存して生きていく方法をちゃんと知っているのだ。必要なモノは全て「外」から(時には外国から)買ってくるモノに依存する生活。停電になっただけで破綻する「便利な」都市生活。「これじゃ、仕事も家事も何にもできないよ~」と文句を言う私たち。自分自身を含めて、こんな生活を送る「都会人」たちは、生きる力という意味でいえば、Sさんにとてもかなわない。もともと育った環境やライフスタイルの違いもあるから、自分がSさんと全く同じような生活をしたいとか、Sさんのようになりたいというわけではないのだけれど・・・思わず自分のライフスタイルを振り返らずにはいられない・・・そんな出会いでありました。
2007年09月11日
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早いもので、コンケンでの生活もあと約3週間となってしまいました!そろそろ引っ越し準備を始めなきゃ・・・と言いつつ、ほとんど何も進まないまま、毎日が過ぎていきます。しかし、あと3週間となれば、今度こそホントに腰をあげなきゃ!まずは不要品の整理だーー!!ということで、今日からやっと重い腰をあげました。「不要品」、コンケンに来るときにだいぶ整理したと思ったけれど、たった1年数ヶ月で随分たまるものです。そして・・・・今回、小さくなった子供服や赤ちゃん用品を思い切って手放すことにしました。ちょうどこちらで知り合ったお友達の中で、近々赤ちゃん(男の子の見込み)を出産予定の人がいるので、お下がりとしてもらってもらおうという魂胆。ホントいうと、もしかして2人目があるかな~と思ってベビー・子供服は今まで全部とっておいたのだけれど・・・・最近は、う~む、2人目はあるかどうかわからんな~という雲行きで・・・あ、別に夫婦仲が悪くなったとかそういうことではありません(笑)まあ、そんなわけで、今後使うかどうか分からない(もしも「次」があったとしてもまた男の子かどうかだって分からないし)子供服・グッズの在庫をこれ以上、増えるがままにしておくのもどうかと思って、もらってくれる人が周りにいる時に、思い切って手放してしまうことを決意しましたで、早速、ごそごそとやったんですが・・・・えーいと、思い切った割には実はあまりあげられる物がないような・・・・?!50、60センチのベビー服は、ほんの一瞬しか着ていなかったような気がするんだけど、その割にはシミがついていたり、ヒモがとれかかってたり、首まわりがヨレヨレだったり・・・まだまだ十分着られるし、自分ちの2人目だったら全然気にせずに着せちゃうと思うけど、初めての赤ちゃんを迎える方にあげるにはちょっとどうよ、と思っちゃう状態の服も結構多い。さらにもう一つ上のサイズの服は、ずりばいが始まった頃で部屋中を「雑巾がけ」していた頃の服だから、なんだか薄汚れている・・さらに上、80サイズとなると、小柄なたっくんはゆうに1年以上(タイはほぼ年中半袖だし)は着倒している服が多いので、これまた他所のお子さんにあげるのはちょっとね。。。という感じで。そんなこんなで、期待してたほど子供服在庫は量的には減りませんでした。布オムツ40枚とオムツカバー各サイズはそっくり残ってるし。これが結構かさばっているのだけれど、布オムツのお下がりなんていらないよね、きっと・・・・あとは、キイキイ音がうるさいゆりかごとか・・・いらないよね・・・とっても便利だったけど、私と相方と、私の前に使ってた人の汗がしみついている?!抱っこヒモとか・・・やだよね・・・いろいろ考えると、お下がりとしてあげちゃっていいと思える物が結構限られてきました。しかし、そうなると・・このまま「次」がなかった場合はこの在庫、いったいどうしたら?!
2007年09月03日
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