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昨日の晩は、次男の同級生のお母さん達との忘年会でした。小学校のときのサッカー部のお付き合いなので、数えると次男たちが小5のときより、この忘年会ももう5回目になります。皆さんの年齢も幅があり、一番の上のお子さんが、22歳!という方も、2人いました。「一番早くおばあちゃんになる可能性が!」なんて言われていました!かと思うと、一番下の子が来年小学校に入る、という方もいるし・・・。上の子が大学受験、下の子が高校受験とダブル受験、という方も2人いました。大変だなあー。うちは中学はサッカー部を続けず、陸上部に入ったのに、こうして誘ってくださって、ありがたいことです。中学で他のスポーツに浮気したのはうちを含めて、3人だけだったんです・・・。その3人とも、毎回誘ってくれるんです。中学サッカー部の写真もみせてもらいました。小学校のときに毎日見ていた皆さんのご子息たち、りりしい、かっこいい・・・。少々ぽっちゃりしていた子も、みんな男らしくたくましく成長して・・・。なつかしーーー。まあ、少々目つきがワイルドになり、かわいげな面影が消えてしまったともいえますが。次男たちが中学を卒業したらもうなかなか会えなくなるよね。でも近所だし、スーパーなどでたまに会うこともあるけどね。今度は卒業式のあとに会おうね、といって別れましたがはー、その前に高校入試だわ・・・。
2003.11.30
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最近、心境が変化しています。やっぱりイタリアに行ったことが一番の原因かな?心奪われた・・・。イタリアの本を読み、HPを見て、書いて、美術の本を読み、絵を見て、うーっとりしています。ずーっとこうしていたい!すると次男が「まったく単純だなあ!」といいます。私もそう思います・・・。さてもう一つ、最近新聞を日経新聞に変えたんです。するとまた、今まで知らなかったことがいろいろありまして、例えば、燃料電池、ってご存知ですか?水素と酸素を合成すると水になりますがそのときにエネルギーが出るんです。そのエネルギーを利用した車の開発が、進んでいるそうなんです。最近幕張であったモーターショウでも話題になっていましたが燃料電池、って電気自動車のことかと思っていた私・・・。すると次男が「え!燃料電池知らなかったの!」中学校でも燃料電池、教えているんだって。すごいバカにされてしまった・・・。今日読んだ日経新聞で気になったのは法科大学院(ロースクール)のこと。認可された大学の中にも、いろいろと文部科学省から注文がついた大学があったんだって。考えが甘い! と。「学生は高い学費を払って入学するのだから大学側はもっとしっかりしないと。」というコメントが、気になりました・・・。それから、FTA(自由貿易協定)のこと。東アジアでの経済連携が進んでいるんだって。自動車のトヨタや家電の松下などは、アジアで勝ち残るために必死で政府を動かそうとしているみたい。農業の規制緩和も東アジア全体で考え、アジアの貧困の対策、日本とアジアの零細農家の農地をどう活用するか、などを検討しているそうです。それから人材の交流。看護士、介護福祉士、調理師の人材交流、などと書かれていましたが、どういう意味なんだろう?優秀な人材はどこに行っても活躍できるようにする、というようなことが書いてありましたが。それに伴い、犯罪者の入国を阻止するための刑法の整備も必要だと書いてありました。やっぱり、英語、中国語などの外国語は必須だなあ・・・。
2003.11.29
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私とイタリアで10日間を過ごした後、母も私と一日違いで日本に帰ってきた。なんで一緒に帰らなかったのかというと、私は関西国際空港に向かうし、母は成田国際空港に向かうからだった。つくづく、母の家のある横浜と、私の家のある岡山は遠いのねー、と思った。母は11月いっぱい日本にいるそうだ。日本で何をしているのかというと、同じ横浜にいるおばあちゃんをお見舞いしたり、お兄さん夫婦に会ったり、名古屋の妹と会ったりしているらしい。私の家にも遊びにおいでよ、と言ったけど、岡山までお金かかかるし忙しいからいい、といわれた。(新幹線は高いもんね。)昨日、その母から贈り物が届いた。母の横浜の家にあった、イタリア関連の本だった。イタリアからの手紙(塩野七生)緋色のヴェネチア(〃)銀色のフレンツェ(〃)男の肖像(〃)黄金のローマ(〃)イタリア遺聞(〃)フィレンツェで暮らしてみれば(三橋昭)イタリア・トスカーナの休日(フランシス・メイズ)うーん、読みごたえあるなあ!でも私、インターネットでレオナルド・ダヴィンチとミケランジェロの本も頼んだんですよね。本の山だわ・・・。でも幸せー。ちなみに、「イタリアからの手紙」をちょっと呼んだのですが、ローマでは2千年前に作られた下水道を今でも使っているそうです!しかも、2千年もの間、一度も掃除していないそうです!ローマに続くアッピア街道なども2千年前の道路にちょっとアスファルトで補修しただけなんだそうです!すごーい!
2003.11.27
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・・・というアンケートがあった。一応やってみた。1、結婚なんてたいしたことじゃないと思っている。2、お互いに夢中になれる仕事や趣味がある。3、結婚しても自分のステイタスは変わらないと思っている。4、一人になれる時間、空間がある。5、自分がどう生きたいか、お互いに話し合うことがある。6、お互いの才能を認めている。7、過去の恋愛の話はしない。8、交際してからのほうがお互いの仕事がうまくいっている。9、魂のつながりを感じる。10、親が反対しても一緒にいたいと思う。11、浮気、身内の死、リストラなど困難を乗り越えてきた。12、相手といると、自然体でいられる。13、相手と付き合い始めてきれいになったといわれる。14、きれいでいようと努力している。15、彼は自分のことは自分でするタイプだ。16、どちらも自分で生活できる経済力がある。17、喧嘩しても別れることは考えない。18、ふたりでセックスの話ができる。19、子供をいつ生みたいか話しあったことがある。20、相手の嫌なところも伝える事ができる。yesが多ければ多いほど、ベストカップルなんだそうです。で、私の結果はかなり高かった。しかし・・・、うちの場合は、お互いあまり干渉しない、お互いあまり相手に期待しない、お互い好きなことを勝手にやっている、という、典型的な倦怠期カップルなんですけど・・・。特に20番目「相手に対する嫌な気持ちもきちんと伝える事ができる。」などは、しーっかりやっています・・・。私の場合は、相手に対してもう少し優しさを、思いやりを、いたわりを、だと思う・・・。
2003.11.26
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昨日の晩、娘が4日も嘔吐。シーツも汚してお洗濯。でも2回目の嘔吐からはちゃんと洗面器にしてくれたので助かりましたが・・・。熱も出てきたので、まあ、明日は学校休んで病院にいかなきゃなあ、と思っていました。その後、私も寝ようと思い、コンタクトをとろううと鏡で自分の顔を見ると・・・。私の顔、変!右目のうわまぶたが腫れているんですー。そういえば、さっき、耳の後ろや首の後ろもちょっと痒かったなあ、と思い、首の後ろを触ると、なんか、虫に刺されたように何箇所も腫れている!なんだ、どうしたんだ。この寒い中、蚊でもいたというのか!いやー、いくらぼやーっとしている私でも、起きていながら目のまぶたを刺されても気が付かないということは無いでしょー?もしかして、このまま全身にぶつぶつが広がって、顔も変になっちゃって、そしたら会社なんて行けないよー。なんでだろう?何が原因かな?変な病気?もしかしたら、イタリアで細菌兵器のテロがあって、私は知らずにその菌を吸い込んでいたのだろうか?明日は大きな病院に行ったほうがいいかしら?そうしたら隔離されて、家族も隔離されて、家も会社も私の行ったあらゆるところが殺菌消毒されて、大変なことになる!それにこの時期、イタリアに行った日本人なんて、きっと1万人はいただろうし、アメリカ人だって多かったし、世界中大変なことになるかも?なんて私の想像はどんどん膨らむのでした・・・。どうぞ笑ってやってください・・・。今朝、顔を見たら、まぶたの腫れは大分ひいていました。首の後ろもほとんどきれい。単にじんましんだったのだろうか?疲れかな?午前中は仕事を休んで娘と家の近くの小さな病院に行きました。娘はビールスにやられているようだと、言われました。で、点滴を打ちました。私は、特に何でもありませんでした。
2003.11.25
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今日はちょっと風邪気味のこともあり、ゆーっくり寝ていました。子どもたちもなるべく自分で自分のご飯を作り、後片付けをしてもらう・・・、ってことにしたんだー。今まであまりにも私に頼りすぎだったよ、子供達。私も肩の荷物、軽くさせて欲しい。まあ、ほとんどのお母さん方はいろいろとちゃんと子供のこと、家のこと、やってらっしゃると思うんですけど、私、これからは手抜きお母さん宣言! でいこうと思います。とはいっても、昨日は次男の中学校での3者面談。第一志望校を決めたのですが、合格できる確立の低いこと!でも本人は、そこしか行きたくないんだって。だから、本当言うと、滑り止めの私立も受けたくないくらいなんだって。第一志望に落ちたら、中卒で働いてもいい、なんて言っている・・・。ま、私も秋入学の海外の高校に留学でもいいかも?なんて大胆なことを考えちゃったりして・・・。まーでも、どうしても行きたい学校なんだから必死で勉強してくれたらいいんですけどね、どうも考えが甘くて・・・。それに長男も毎日パソコンにはまっているし・・・。高卒後、プータローになりそうな気配・・・。私も時差ぼけ。
2003.11.22
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はじめて遠ーい外国に行って、日本の良さも再確認しました。最初に、関西国際空港なり、成田国際空港なりに到着した時に、まず外国の人はびっくりするんじゃないかな? と思いました。「こりゃ、未来都市か?」って。トイレはきれいだし、チップを要求する人はいないし、自動販売機も最新式だし、すごいなー、って思うと思いますよ。イタリアの自動販売機は、すごかった・・・。コインランドリーの自販機はベニア板だったし、おつりは出ないし、違うものが出てくるし、カードが飲み込まれて怒っているお兄さんもいました。(そのお兄さんも、責任者の電話番号に電話すればいいのに持っていた車のカギで、カードをいれた穴をこじあけようとしているの!)空港から乗った「はるか」も、前に一度乗ったことのある「成田エクスプレス」も、とてもきれいですよね。新幹線も、すごい技術力です。新幹線では、JR東海からJR西日本になるとき、(新大阪を過ぎたあたりで)車内をピンクのミニスカートのおそうじお姉さんがゴミ箱を持って巡回するんですよ。「ゴミはありませんかー。」って。うーん、こういう人件費、無駄じゃないかなあ?その分運賃下げてくれたほうがいいような気がするけどなあ、と思いました。関空でも、あまり人のいないエレベーターで、ずっと、「黄色い線の内側にお立ちになり、赤いベルトにおつかまりください。」と、ずーっと、延々と、日本語&英語でリピートですよ!過保護だっちゅうの!まあ、そういうことも思いましたが、「はるか」の車窓から見た大阪の街の景色は、公園という公園ではご老人がゲートボールをし、池という池でもご老人が釣り糸をたれ、歩道では車椅子を押す方がいて、のどかだなー、平和だなー、福祉も充実してるじゃん、と思いました。日本って戦後50年で急激に発展した国なので、建物がみんな新しいんですよね。工場で企画生産されたパーツを組み立てての鉄骨プレハブ建ての100平米くらいの一戸建てだけど、それでもいいんじゃないかな、って思いました。そりゃフィレンツェ郊外でみたヴィラなどのお屋敷はそりゃ素敵だったけど、日本の公団アパートのようなマンションも多かったし、空港に行く途中ではスラム街もちょっと見えました。平均したら、日本の方がはるかに裕福なんだろうな、と思いました。それから、高層ビル、というのはイタリアでは見ませんでした。ミラノなどは近代的だそうですが・・・。日本の高層マンション、すごいです。高層ビルもすごいです・・・。それから、イタリアは、なんだか車の排気ガスがくさかったです。ディーゼル車が多いのか? 規制がゆるいのか?日本のほうが空気はきれいだと思います。日本は安全だし、きれいだし、清潔。人はお人よしだし、親切だと思う。イタリアではスリに気をつけて、ってよく言われました。だからバックは肩から斜めにかけ、上着の内側に着用していました。財布も持ちませんでした。紙幣はそのままバックの内ポケット、コインは上着のポケットに入れておきました。日本みたいにトートバックを腕にかけたりショルダーかけなど、女2人旅では怖い・・・。それでもローマの何千年の歴史の重みルネッサンスの文化、ヴェネチアの歴史を感じることができたのはとてもすばらしかったです。で、日本が誇れるすばらしいものってなんだろう?って考えてみたんです。奈良の大仏。京都の清水寺。平安神宮。伊勢神宮。(行ったことないけど。)姫路城。(これはすっごいよ!大きい!本物!)出雲大社。(うーん、苦しいか?)瀬戸大橋(だめ?)皇居(中も見せてくれたらいいのにね。)明治神宮(行きやすい?)街では、鎌倉。(観光客多すぎ? でも良い街ですよね。)京都。(当然。)金沢。(良いところですよー!)松江・出雲。(良いと思う。奥座敷。)福山の鞆の浦。(もっとちゃんと保存してー。)長崎。(行ったことないんだけど・・・。)仙台。(あまりよくは知らないんだけど。)高山。(いいところ!)なんて思いました。それからねー、富士山!それから有田焼、私、大倉製陶も好きです。でもね、ヴェネチアやローマでみた昔の世界地図に、日本は載っていないんです・・・。中国や韓国はユーラシア大陸の一部なのでまだいいんですけど、日本って、本当に世界の辺境なんだなあ、って思いました。そのおかげでこの2000年、ローマにもアレクサンダー大王にもナポレオンにも攻め込まれず、世界の動乱に巻き込まれずに今まで割と平和に、どこに占領されることもなく、国を奪われることもなく、植民地になることもなく、奴隷になることもなく、過ごしてこられたんですよね。日本人が世界で担う役割って、やっぱり勤勉に勉強して、働いて、高い技術料で、良い車や携帯電話や電子機器を作り、世界中の皆さんが便利な生活を送れるようにすることなんじゃないかな? って思いました。だって資源もないし、国土も狭いしね。本当に、日本って工業国なんだなあ、と思いました。でも最近アジアの国々の躍進が凄い。親戚でナイキに勤めている子がいるんですが、ナイキはアメリカが本社ですがアジア支社がこの度、日本から香港に移ったんだって。世界からは、アジアの中心は日本から香港にシフトしているそうです。なんていったって、日本人は英語がだめ・・・。香港やフィリピンは英語がぺらぺら。台湾やシンガポールの人も結構喋れる。日本、やばいぞー!って思います・・・。
2003.11.21
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イタリアに行って感じた影の部分っていうのもお話ししなくちゃな、と思います。きれいな街なのですが、フィレンツェの裏路地にはウン○がよく落ちていました。犬なのか、観光用馬車のお馬さんのなのか・・・。だから気をつけて歩かなくちゃなりません。。。それからカフェやバールやトラットリアのトイレが汚い・・・。ドアが閉まらなかったり、便座カバーがなかったり、便座が高かったり・・・。私は自分が使用する前は、ティッシュで拭いてから使いました。母は、便座にお尻をつけるな、といっていました。あちらのトイレットペーパーは、直径が50センチはあろうかという太巻きのものがありました。それを横向きに壁に取り付け、グレーのプラスチックのカバーで覆っているのです。手を洗うところは、自動温風器(日本と同じ)がたいてい付いていました。ベネツィアのドォカーレ宮とローマのヴァチカン博物館のトイレはお掃除のおばさんがいて、50セントほどのチップを払います。そういう所は有料だけあってきれいでした。もちろんホテルもきれいです。それから、食事をしているとバラを売りにくる人、列車の停止中に小さなオモチャをテーブルに置いていく人、もいました。オモチャは日本でいうと、薬屋さんがおまけにくれるケロちゃんのようなものですが、「なんだろう?サービスかな?」なんて思って触ったりすると、あとでお金を徴収にくるそうです。触らないでそのままにすると、また回収にきます。5分ほどの停車時間にさーっときて、さーっと降りていくのです。それから大きな黒いバッグにヴィトンやプラダなどのブランドバックをいっぱい入れて、道端で「工場直送で安いよ。」なんていって売っている黒人のスリムで背の高いお兄さんもいっぱいいました。でもなんだか怪しげで、買う気にはなれませんでした。でも主だった観光地や広場(ピアッツァ)にはパトカーがとまり、警官が何人もいたので、まあ、安心でした。びっくりしたのは物乞いの人が多かったことです。道端に膝をついて座り、手を差し出しているのです。30代の方もいれば、おばあさんもいました。でも日本のホームレスとはまたちょっと違い、物乞いは物乞いで、それが仕事なんだそうです。身なりはそんなに悪くなかったし。一回ヴェネチアで”旅のお守り”のつもりでおばあさんに50セント(60円くらい)渡しましたら「オー、マンマミーレ。セニョーラなんとかなんとか・・・。」といわれました。それから、インドのサリー風の服を着た人にも、お金をくれないかと、かなりしつこく追いかけられました。小さな子供や赤ちゃんを抱いているんですよね。腕までひっぱられるんですよ。聞くところによると、ジプシーということですが、ちょっと日本に帰ったら、ジプシーについて調べんといかんな、と思いました。ヨーロッパ各国をまわり、流浪の民、というんですよね。学校にも行ったことがないとしたら、就職もできないし・・・。あのジプシーの子供達はどうなるんだろう?仕事も、人種で分けられているみたいです。ホテルや鉄道や航空会社などはハンサムな白人。飲食店はラテン系、ホテルのボーイはラテン系、中国系、メイドさんは白人やフィリピン系、って感じかな?日本人の私など、例えばイタリアで働きながら永住したい、なんて思っても、雇ってくれそうにないそうです。日本人は、留学生か観光客ばかりみたいです。広場でパフォーマンスをしている人も多かったですがヴェネツィアでは、夕方、オペラのテノール歌手の男性が一人、歌っていましたー。それがなかなか良かったなあー。ローマでは、地下鉄の列車の中で(!)ギターと笛を弾いている南米のデュオがいました。「イエスタディ」を聞かせてくれましたよ。
2003.11.20
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今朝、関西国際空港につき、正午頃に家に帰り着きました。帰った早々、次男の中学校では進路説明会が・・・。一気に現実に引き戻されました・・・。(ToT)中学校の体育館で、次男の隣に座りましたら、「あれ! イタリアじゃなかったん。」と驚愕の次男。周りの子達もクスクス笑っていました。どうも次男、私がイタリアに行っていたことを友達に言いふらしていたみたいだなあ・・・。私、一人にしか言っていなかったのに!そうそう、今日はやっと、きーちゃんにご対面できましたよ。いやん、美人じゃない(もちろん肯定文)、というのが私の素直な感想ですよん。(^0^*次男に、「留守の間、大変だった?」と聞くと、「もう天国! みんなニコニコしていた。」って言うんですよ。「じゃあまたイタリア行くよ。」と私は言いました・・・。 娘は、「ママー。」といって喜んでくれ、喜びのダンスまで、即興で踊ってくれました。かわいいー。(^O^)今度はぜひ娘も連れてイタリアに行きたいな。いつになるかわかりませんが・・・。でも「塾の算数の立方体と直方体がわかんない。」という言葉に、また現実に引き戻されました・・・。(ToT)10日間、子供と離れて、私って子供べったりだったなあ、もっとお互い自立しないとなあ、と思いましたが、またどうも、世話を焼いてしまいそうだなあ・・・。それが私の生きがいなんでしょうか???そうそう、一緒にイタリアを回った母なんですけど、どういう心境なのか、昔はとても厳しい母だったんですけど、今回は何かと私の世話を焼くんですよ。まあ、私がイタリア語を喋れませんから、お店やホテルや駅の方などとの交渉事は母にまかせ、お金の支払いも母がしていたのですが(!)なんか、私、いい年をして親離れしていない子供みたいでちょっと恥ずかしかったーーー。普通は外国になれた子供が、老いた両親(?)をつれて海外を旅行するもんなのに・・・。ああ、ちょっと恥ずかしいー。英語くらいは喋れるようになりたい、と思いました・・・。それと、やっぱり子供達には海外を体験させたいです。ではでは。イタリア旅行の日記は順次更新します。
2003.11.17
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この日はローマ観光の一番の目的だったヴァチカン市国を中心にまわりました。といっても、私、どうも体の調子が良くなかったんですよね。イタリアに来て、やはりどうも便秘気味・・・。食べすぎないようにはしていたんだけど、ホット・チョコラータだって、とっーてもおいしいけど、濃い!日本に帰って自分でイタリアのココアを再現してみたけど、日本の普通のココアの3倍以上は濃いことが判明。それに酒飲みの母につられて、毎晩のようにワインを飲んでいたし・・・。そこで母が薬局で買ってきたおなかの薬が、「RIOPAN」(ローマ字読みでどうぞ!)これがなかなか良かったんですよ。日本で飲んでいる漢方胃腸薬やガスター10や正露丸より、胃に優しくて良かったー。普通、外国の薬は日本人にはきつくて向かない、って言うらしいのですが・・・。それと母が持っていた葛根湯や、バファリン、DHCの鉄分などを飲んで(薬漬け!)この日は観光に出発!昨日一度乗った地下鉄「レブブリカ」駅からヴァチカン市国最寄の「オッタビアーノ」駅まで。その中で、突然ギターの音が・・・。 はい、これが前にもちょっと書きましたが、地下鉄の中でギター&笛の演奏していた南米の若者デュオです。(ちこたん、どーです?)背中のリュックにはアンプを背負っていました。「イエスタディ」や「コンドルは飛んでいく」を演奏してくれました。一応、写真をとってもいいか聞いてから撮ったんですよ。演奏の後は2ユーロお金も払いました。さて、オッタビアーノ駅につき、ヴァチカン市国まで10分ほど歩きましたが、ガイドブックには、ヴァチカン博物館に入る人の列がこのあたりまで伸びている、なんてことまで書いてあり、正にその通り、そこまで列は延びていました!私の前には美しいイギリス人の男性、後ろにはおしゃべりなドイツ人カップルが並びました。それから待っている間、絵葉書を書いているアメリカ人の女性もいました。私はまたガイドブックでヴァチカン市国の予習。結局1時間、並びましたが、このくらい、私はTDLやUSJの人気アトラクション待ちで、慣れています・・・。ヴァチカン市国は、イタリアのローマの中にあるTDLくらいの広さの世界一小さな国です。カトリックの総本山で、ローマ法王がいるそうです。ヴァチカン博物館入り口では、空港のような持ち物チェック、ボディチェックがありました。パスポートも見せたような気がするなあ。イタリアとちょっと違い、近代的なところは近代的でイタリアよりちょっときちっとしている感じがしました。ヴァチカン市国の方々は、みんな歴史の中に住んでいるようでりりしくてカッコよかったです・・・。感動したのが、スイス衛兵の方々! 見てみて! かっこいいでしょ!この服のデザインはミケランジェロだそうです。で、この方々は今も昔もスイス人なんだそうです。 ところで、肝心のヴァチカン美術館ですが、最初、エジプト博物館を見ましたがエジプトも、ギリシアに劣らない高い技術の彫刻を作っていたんですね。エジプトってエジプトらしいあの独特な芸術しか知らなかった・・・。それに、エジプトって紀元前30世紀も続いていたんだそうです。今の暦って、キリストが生まれる前と生まれた後で区切っていますが、BCの頃の歴史、エジプトやイラクやマヤやアンデスやインカも、忘れちゃいけないよね、と思いました。ピオクレメンティーノ美術館、ベルヴェデールの中庭も良かったです。地中海沿岸のこのあたりってどこを掘っても大理石が出てきて、そうすると、どうしても彫刻を彫ってみたくなるのかしら?と思いました。大理石のあまり出ない日本とは、環境が違うのかも?それからシスティーナ礼拝堂。ここにはあの、ミケランジェロの天井画(アダムの創造など)と、「最後の審判」などがあります。この絵、子供の頃見た「子供百科事典」に載っていたなー。やっぱりミケランジェロは文句無く天才だと思いました。ガイドのCDを借りてヘッドホンで聞いていたのですが、確か、ミケランジェロはそれまで彫刻しかしたことがなく絵は描いたことがなかったのに、当時の法王に命令され、初めて描いたのが、このシスティーナ礼拝堂の壁画と天井画!36歳ごろに描き始め、6年ほどで完成、ものすごいスピードで描き、しかも弟子に手伝わせず一人で仕上げた、という説明だったような気がします。(間違っていたらごめんなさい。)うちの母も、絵を習っていますから、フレスコ画を描いたことがあるそうですが、すぐに乾くから、小さい面積を短時間で仕上げなければならない、ですから、これだけの壁画&天井画を完成させようとするとものすごい緻密な計算が必要なんだそうです。さて、それからラファエロの間、というところにも行きました。やはり、「アテネの学堂」が良かったなあ。ラファエロは、性格の良さ、品の良さを感じます。肖像画もかっこいいし・・・。ラファエロは、37歳の若さで亡くなったそうです。もったいない・・・。若すぎる・・・。さて、いっぱい歩いて、いっぱいいろいろなものを見て疲れたのでセルフサービスのカフェテリアに入りました。白を基調とした、とても近代的な広いカフェテリアでしたよ。トレイが大きくて重かった!そこで、紙パックのワイン発見。マカロニもお肉もおいしかった。そして安くて量が多かった。いったん外に出て、またサン・ピエトロ寺院に入りました。サン・ピエトロ広場も広くて大きすぎるけど、寺院もとてつもない広さ! 大きさ! 寺院のエレベータ-に乗り、大クーポラと屋上に行きました。まんまるのお堂の上のほうへ行ったのですがここもとてつもなく高い!ここから見下ろすと、下にいる人がとても小さく見えました。こんな大きな教会が、15世紀にできていたなんて・・・。「鳩のステンドグラス」は、信者でなくてもなにか敬虔な気持ちになりました・・・。私もカトリックの信者になって、ヴァチカン市国の国民になりたい!なんてね、ちょっと思いました。そういう生き方も素敵だなあ・・・。 さて、名画や彫刻に酔って、ヴァチカンを出て、疲れていたけどやはりサンタンジェロ城まで歩きました。 それからサンタンジェロ橋を渡り、ナヴォ-ナ広場に行き、ベルニーニの3つの噴水「ネプチューンの噴水」「4大河の噴水」「ムーア人の噴水」を見ました。それから雨にも降られ、いよいよ私の体調も悪くなったのでタクシーに乗ってホテルに帰りました。タクシーのお兄ちゃん、陽気でいい感じでしたよ。ローマって車の運転は怖い!路上駐車が多いし、結構みんな行儀悪い。一方通行も多いようで、広場に出ると、ぐるぐる回ってから行きたい方向へ進むみたい。でもちょっとタクシーでも町が見られて楽しかったですよ。
2003.11.15
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まずローマのことは何もわからないので、ローマ・フィオミチーナ駅まで歩き、観光バスを利用することにしました。「地球の歩き方」によると、日本人スタッフもいて日本語でもOKという観光バス会社は、2時間1人4000円。高ーい! ってことでATACバスを利用しようと思いました。ATACバスは白の車体で、こちらは乗り降り自由で一日1人13ユーロ(1500円くらい)。でも駅前の窓口の自販機が壊れているようで窓口の女性の言っていることもよくわかんない。他にもアメリカ人観光客も大勢しましたが、その方々も困惑していました。そうすると、「観光バスはこっちだよ。」みたいに客引きをするおじさんが現れました。アメリカ人老夫婦はそっちに付いていきましたが、母は私の腕をつかみ、「行くんじゃない。」こういう客引きは危ないそうです・・・。駅前のタバッキ(キオスクみたいなタバコ屋?)に観光バスの張り紙があり、ここでチケットも買える、と書いてありました。「これでいいんじゃない?」と、こっちを購入してしまいました。こちらはレモ・シティツアーズというオレンジのバスで乗り降り自由で一日乗って12ユーロでした。このバスで市内を見て回りました。ローマは7つの丘からできていると聞きましたが確かに市内は起伏がちょっとあり、坂が多かったです。その坂道の両側にはずっと大きな石造りのビルが続いているのですから、古いのに大都会、ちょっと不思議な光景でした。市内の周りは城壁がぐるっと巡っています。城壁を出てボルゲーゼ公園に入りましたが日本でいうと皇居って感じかな?とても広くて緑の美しい公園です。でも木がとても馬鹿でかい。松の木かな?樹齢何千年? 歴史を感じました・・・。それからテベレ川に出て、アウグステウスのお墓。(アウグステウスって誰だったっけ?初代ローマ皇帝でした・・・。ユリウス・カサエルの親戚の子だったと思うなあ。)すっごく古いお墓でした・・・。そりゃ2千年前ですもんね。そこからカブール川を渡り、サンタンジェロ城を通りました。歌劇「トスカ」の舞台になったところだそうです。(見たことないけど。)歴代のローマ法王が地下通路を通って敵から逃げたり、また牢獄に使われたりしたそうです。ここも大きかった!ベルニーニの天使の像が、とても素敵・・・。それからヴァチカン市国のサンピエトロ広場を通りました。とーっても広い! 何? この広さは!写真じゃわかんないよー、っていうくらい大きい!それからヴェネツィア広場に出ました。そこにはローマのランドマークと言われるヴィットリオ・エマヌエール2世記念堂があります。これはイタリア統一を記念して1911年にできたそうです。これもすごい大きさ! (イラク・インフェルノでイタリアの兵士が多数亡くなったため半旗になっています。お花も多く手向けられていました。駅前では反戦デモもありました。亡くなった兵士はサンピエトロ寺院に安置されるとTVニュースで言っていました。)お向かいにはヴェネツイア宮殿があり、後ろには教会があり、その後ろには市庁舎があり、美術館があり、そしてひろーい、フォロ・ロマーノがありました。 フォロ・ロマーノというのは今は廃墟となっていますが、それでも当時の建物の柱や壁やタイルの床、大理石が残っています。ユリウス・カサエルの宮殿や、クレオパトラと過ごした宮殿、神殿があったところです。これが廃墟とはいえ、残っている、というのが凄いですね! 母、写真撮る。後ろがコロッセオ。そしてその続きがコロッセオです。これもでかい!2千年以上前に、5万人収容の競技場・・・。よく作ったなあ・・・。こういうものを見て、例えばヒットラーなどが「わしもドイツに千年王国を!」なんてめらめら野心を抱いてしまうのも、わかる気がしました。ヒットラーだけでなく、ナポレオンも、イギリスの王様も、スペインの王様も、トルコの王様も、みんな思ったんじゃないかな。本当に凄すぎるもの!それからこのバスはなぜか郊外に行き、ローマ市民の普通のアパートやマンション、工場、修道院、病院の点在するアッピア街道に入りました。紀元前312年にできた道なんだそうです。のどかな田舎道、という風情でしたが・・・。(でも細い道なのに車は多い。)そしてまた駅前に戻りました・・・。さて、だいたいのローマ市内の様子がわかったので、そこからは歩きました。駅からコロッセオ、それからフォロ・ロマーノ、そしてヴァチカン広場、それからトレビの泉に行きました。 トレビの泉はそんなに広くないこじんまりとした広場に、素敵にありました。でも! 人が多すぎ! うじゃうじゃ蟻のようにいました。でも、水の色がとても素敵。海神ネプチューンとトリトンの像だそうです。渋谷にも作って欲しい・・・。(何いってんだか・・・。)それから定番のスペイン坂にも行って見ました。こちらも人多すぎ! 渋谷のセンター街状態ですよー。偶然通った道が、ブランドものの通りだったようで、すっごいお店がいっぱいありました。おしゃれな方、お金持ちそうな方もいっぱいいました。スペイン坂の隣に珍しく紅茶専門店があったんです。イタリアはコーヒーはおいしいのですが、紅茶は全然だめ。だいたいどこも、リプトンのイエローラベルのティーバックが出てくるんです。へえー、と思ってその紅茶専門店を覗いてみましたが紅茶1杯16ユーロ、日本の緑茶は22ユーロでしたあ!こんなに高いなんてと、私は入りませんでしたが結構お店は混んでいました。今ガイドブックを見てみましたら18世紀からあるティールームだったそうです・・。でも、緑茶が1杯2500円!思わず、スペイン広場で日本緑茶専門店の屋台でもやろうかと思いました。金沢の兼六園にある茶店など、進出してみてはどうでしょう?そこからローマの地下鉄に慣れておかなくちゃ、とスペイン広場から地下鉄に乗りました。ローマの地下鉄はとても深く、まあ、きれいではありませんでした。車体に、あの落書きがいっぱいあるんです。世界的な現象なんですね。誰がまねしたんだか・・・。地下鉄は、ガイドブックには「比較的安心」と書かれてありましたが日本人女性2人で載るのは珍しいのかな?なんかー「じゃぽねーぜ・・。」と周りの人に、珍しがられているように感じました。
2003.11.14
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ヴェネチアで泊まったホテルは水上バスのジグリーオ駅そばのホテル・アーラというところでした。ツインで160ユーロだったそうで、ちょっと高めだったかな? 三ツ星ホテルです。アメリカ資本系列のホテルだったので、朝食はビュフェ式でした。普通イタリアはコーヒーにお菓子みたいなパンがほんのちょっとしか付かないんだそうです。設備もホテルのスタッフも気持ちの良い方々でしたが、なんといっても感動したのが室内のインテリアでした。小さめの貴族のお屋敷を改装したようで、フロントや階段も大理石で素敵でしたが、お部屋の家具もすべてアンティークでした。こういう部屋、一度泊まってみたかったんです。 グリム童話に指輪物語、ハリーポッターに嵐が丘、シェイクスピアの世界だー。おかあさん、ありがとうー!ところで、ヴェネチアといえば風物詩ともなっているゴンドラですが、あれは1時間1万円くらいするんだそうです。5~6人で乗れば割り勘できますが、2人で乗るのはもったいないね、と結局乗りませんでした。でもやっぱり乗ればよかったかなー?(今調べたら、4千円くらいの会社もあったらしい・・・。)さて、この日はヴェネチアの駅の近くをちょっと歩き、ヴェネチアのCOOPでちょっと買い物してみました。「KIMONO」という名前の爪楊枝を発見。それから「MIKADO」という名のグリコポッキーも発見!「ハム太郎」のお菓子も発見。日本と同じように、野菜もお肉もあります。魚売り場はなく、チーズ売り場が広かったです。ネッスルのお菓子や、ゲータレード、コーラ、ファンタ、などなどなど・・・。あちらのスーパーは、レジのおばさんが椅子に座っています。袋は有料でした。さて、ヴェネチアからまたユーロスターに乗って、またまた5時間、今度はフレンツェは通り越し、ローマに向かいます。ユーロスターでは、ローマ観光の予習をしていました。ガーッと、ガイドブックを読んで地図を頭に入れたり、どういうコースを歩こうかと計画したり・・・。隣にはインド人の男性が座りました。本を読んで、ズボンの折り目もきちっとプレスされた静かな男性でした。となりの対面座席には、ビジネスマンが3人座りました。こちらでは珍しい、上下揃いのぴしっとしたスーツ姿の3人。日本ではよく見る当たり前の姿・・・。母が言うには「あの人たちは銀行員かな?お金の話ばかりしていた。それも桁の大きい金額ばかり。」と言っていました。ローマに着いたのは5時ごろで、もう薄暗くなっていました。ローマは、母もはじめてです。フィレンツェやヴェネチアに比べたら、やはり都会。古いし、やはり全部石造りなんだけど、街が大きそう・・・。駅から歩いて10分ほどでホテルだったので歩いていきましたが、ホテルに着くと、チェックインにとまどっているんですよね。予約してあるのに「予約してない。」といわれたり・・・。やっと母が送ったFAXが見つかり、部屋に通されましたが、なんとお風呂にバスがない。”バス付き”って指定していたのに。「バスつきに代えて欲しい。」というとバス付きに代えてくれたのですが、今度は部屋の電気がつかない!またクレームをつけましたが「電気屋を呼んだから少し待ってくれ。」という。こちらの人の「少し」ってどのくらいなのか不安に思いながら、「ホテル変えたほうがいいんじゃない?」という相談をしていたら、ボーイが来て「大丈夫、電気もついた。問題ない。」と私たちの荷物を持って部屋に通された。でも、その部屋、窓がないんです。しかもお風呂のタイルはところどころ剥がれているし、部屋の向こうには、また隣の部屋につながるドアがあるんですー。ドアはカギがかかっていましたが、向こうから入ってこられるかもしれないじゃないですかー。怖ーい、気持ちわるーい。それに埃っぽかったし・・・。急いでガイドブックに載っている近くのホテルを探し、携帯で電話し、予約して、そっちに移りましたー!(ありがとう「地球の歩き方」!)ちなみにそのキャンセルしたホテルは「インペーラ」といいます。インペーラのフロントさんは、「キャンセルして泊まるホテルはあるんですか?こっちで手配しましょうか?」とちょっと心配してくれたので、まあ、そんなに悪いホテルではなかったと思いますけどね。次のホテルは「チェントロ」です。1泊130ユーロの三ツ星ホテルですが、ヴェネチアのホテルが良すぎたので、ちょっと見劣りしました。でも、まあまあでした。壁が薄い黄色で、ベットカバーが濃い目の青で、そういう色の取り合わせもいいな、と思いました。はー、やっとあったかいお湯のバスにつかり、疲れを癒しました・・・。
2003.11.13
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ヴェネチアは、13~5世紀には世界の中心だったそうです。「今のニューヨークを想像してください。」とガイドブックには書いてありました。東ローマ帝国の4分の3の覇権を握り、世界中すべての物流の通過点だったそうです。確かに、当時これだけの大都市を海の上に作っちゃったなんて・・・、想像を絶していました。どう説明したらいいんだろう?海の上に・・・、原宿ができた感じかな?明治神宮と原宿と青山と青山墓地と・・・、神宮外苑も入っちゃうかな?いやー、もっと凄いなあ・・・。教会、寺院、貴族のお屋敷、いーっぱいあるんだもの。 その中で一番大きいのはこのサンマルコ寺院でしたが、そのほかにも30ほど、大きな教会があるようでしたよ。とても全部は見られませんでしたが。どれもこれも凄すぎて、もう慣れっこになっちゃうんです・・・。サンマルコ寺院のとなりには96メートルの鐘楼があり、エレベーターで登れました。 これがその鐘楼から撮った写真です。日本人がいっぱいいました。それから、かつてのヴェネチアの総督の政庁だったドウカーレ宮殿に入りました。こちらには、壁一面の世界地図の部屋もあり、大きな地球儀もありました。まさに世界は我が物、っていう感じです。でも、ユーラシア他陸の東の果て、日本は影も形もありません。日本はなかったのね、当時の世界史には・・・。ドウカーレ宮殿から「溜息の橋」を渡ると、そこは牢獄でした・・・。裁判で裁かれた人が、ここに投獄され、一生出てこれなかったそうです。まさか牢屋まで見学できるとは思わなかった・・・。それから水上バスに乗って30分、ヴェネチアンガラスで有名なムラーノ島まで行きました。 東京ディズニーランドのトムソーヤ島をちょっと思い出してしまいました。小さくてかわいい島なんです。(といっても歩けば一周2時間はかかるのかな?)ヴェネチアンガラスのお店やカフェやリストランテがいーっぱい並んでいて、おとぎ話にでてくるような家ばかりです。食事も、ヴェネチアより物価が安く、おいしかった!ガラスのお店はお店ごとにやはりちょっと個性があって、画廊めぐりをしているような、美術館めぐりをしているようでした。きれいなガラスの色でした。今考えると、もっと買って置けばよかった!結局娘に置き時計を一つ買いました。「一生大事に使ってね。」と言っておきましたが・・・。 天気もよく、ラッキーでした。
2003.11.12
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フィレンツェからユーロスターで4時間?ヴェネチアに向かいました。出発する前に、母のアパートの近くの広場に毎日お花の屋台を出すジョバンニさんに会いました。シチリア生まれの働き者の50歳のおじさんですが、母が何かとお世話になっていまして、一度、カギを家の中に忘れたときなど、はしごをもってきてくれて、窓から入り、中から開けてくださったそうです!しーっかり握手してきました!フィレンツェ駅前では、焼き栗の屋台がありました。おいしそうなので買いましたがお兄さんが紙袋のポッケを指差し「カライレ。」って言うんですよ!フィレンツェ駅では日経新聞と朝日新聞を見つけました。総選挙の結果をみました。山崎拓さんも、土居たか子さんも落選していたんですねー。(土井さんは比例で復活したようですが。)久しぶりに読む日本語、飢えていました。そういえばイタリアでは結構テレビもみました。「クイズ・ミリオネラ」もやっていました。あちらは100万ユーロまで賞金が出るのですが、日本円に直すと1億円以上!でも1億まで行った人は誰もいないんだって。問題は、「1955年にフィレンツェで発見されたものはなにか?①ダンテの自筆原稿 ②ショパンのピアノ ③ダヴィンチの下絵 ③ナポレオンのなんとか」みたいな問題でした。答えは、ショパンのピアノだったと思うな・・・。日本のアニメ「らんま1/2」もやっていましたよ。イタリアのテレビ番組は、映像がきれいでした。音楽もきれいでした。洗練されていて、大人っぽい感じ。日本みたいなお子ちゃまタレントは出ていませんでした。モー娘みたいな10代の子がおへそ出して歌って踊るより、成熟した大人の美人が出ているほうが正常だよなあ、と思いました。巨乳ばかりを強調する日本の風潮もおかしいし・・・。日本のテレビ番組ももっとしっかりして欲しいわ。 さてさて、ユーロスターでの列車の旅ですが、フィレンツェ始発だと言うのに、最初っから15分遅れるんですよね。フィレンツェはいつもそうなんだそうです。隣の席には2歳の女の子を連れたお母さんがいました。途中女の子が退屈してきたので、私、メモ用紙で折鶴を折ってあげました。「カーウ、カーウ」(カモメ?)といって喜んでくれましたよ。お母さんは女の子に「ピアーノ、ピアーノ。」と言っていましたが、それは優しく優しく、そーっとそーっと、という意味なんだそうです。隣の対面席では、偶然出会った3人のアメリカ人の若いバックパッカーが、意気投合していろいろ喋っていました。みんな180センチはあろうかという身長で、金髪の女性は黒のダウンコートの下に半そでTシャツ、大きなリュックに登山靴をぶらさげ、1Lのペットボトルミネラルウォーターを持っていました。たくましい!男性は、黒い髪の方と金髪の方。金髪の方はマーチン・シーン(「地獄の黙示録」に出ていた。)に似ていました。アメリカ人旅行者はすごく多かったです。ぞろぞろあるく団体さんも多かったですよ。アメリカ人は、スポーツウェア風の格好をして髪はボサボサ長めで、ちょっとだらしない感じがしました。背が高くて体が大きいですね。その次に多かったのは、もしかすると日本人?50歳過ぎの団体さんもあったし、学生、OL、夫婦もいました。1人だけのバックパッカーの男性もよく見かけたし、女性2人旅も見かけました。日本人はストレートパーマと茶髪が目立っていました。(って、私もそうなんだけど・・・。)30歳代の落ち着いたハイソなご夫婦もよく見かけました。旅慣れている感じで、2人でバスや列車で回っていました。香港人、台湾人(?)、韓国人も見かけました。あんまり日本人と見わけがつかないです。中国人は旅行者というより華僑で働いている人が多いそうです。ドイツ人、フランス人、イギリス人も多かったように思います。インド人もいました。人種のるつぼですねー。 さて、ヴェネチアですが、関西国際空港のように、陸地から長い橋(というか地面なんだけど)が続き、海を渡った島にヴェネチアの駅があります。そして駅前が、またすぐに海です!海と言うか、運河なんですが。 運河には大小ありますが、橋がかかり、船が行き交います。 私たちは水上バスに乗り、ホテルに向かいました。本当は、歩いてホテルまで行くのも楽しいと思うのですが、母が腰が痛いというもんで・・・。ホテルに荷物を置き、サンマルコ広場に行きました。もう5時ごろでしたが、薄暗い広場もきれいでしたよ。夕食を食べにお店を探しましたが、どこも高い!スパゲティ1皿が20ユーロ(2300円)以上、というお店ばかり。一番安いお店に入りましたが、そこは超まずかった!日本のファミレスの方が全然おいしいよー、って感じ。カルボナーラはぼそぼそしているし・・・。入り口に日本語の張り紙が張ってあるようなお店はよくないんですね・・・。
2003.11.11
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イアリアのインターネットカフェから書き込みできるなんて、私もびっくり!・・・というわけで、ただいまフィレンツェにいます。隣に母もいますよ。今日はサン・ジミニャーノというトスカーナ地方の中世の街に行きました。フィレンツェからバスで1時間20分ほどでした。途中の、糸杉や笠松、オリーブ、ブドウ畑の広がる田園風景は、ダヴィンチなどの絵画に出てくるイタリアの田園風景そのものでしたよ。(あたりまえといえばあたりまえですね。)でも実物を見て、納得したんですよ。 昨日は、ウフィッツィ美術館に行きました。ダヴィンチの受胎告知がありましたが、完璧すぎる絵! でした。天才! ですよね・・・。一説には、ダヴィンチはサヴァン症候群だったのでは?と言われているそうですが、確かにそうかも?と思いました。ボッティッチェルリのビーナスの誕生、春などは本当にぶっとんでいると言うか、はじけているというか、ルネッサンスの原動力となったんだなあ、と思いました。ラファエロもそうですが、人間の心を見透かしていると言うか、心まで表現しているところが新しかったんだろうな、と思いました。明日はベニスに行きます。心配してた留守番の子供たちですが、普段より30分早く起床して今のところちゃんとやっているようですよ。ではまた・・・。
2003.11.10
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日曜日、イタリアの商店はほとんどお休みになるそうです。よってショッピングなどは無理無理、と母に言われ、楽しみにしていたウフィッツィ美術館に行ってきました。 美術館やドォーモのそば。 ウフィッツィ美術館はとても混んでいて、予約していたのですが、それでもちょっと待たされました。日本人もいーっぱいいました。12世紀の宗教画・・・表情が東洋的で平坦な感じ。疑うことのない宗教への畏怖の念を感じました。13世紀・・・シエナ絵画の宗教画は金箔がいっぱい。14世紀・・・フィレンツェ絵画、初期ルネッサンス。なんだか、だんだん殻を破りたがっている感じが・・・。辛抱たまらん! って感じですよね・・・。15世紀・・・ルネッサンス! とうとうはじけた!リッポ親子(フィリッポ・リッポとフィリッピーノ・リッピ)ボッティチュエリ・・・ビーナスの誕生、春! 美しい。ドメニコ・ギルタンダイオ・・・老人の表情がいいな。ダヴィンチ・・・やっぱり完璧天才!ミケランジェロ・・・彼も天才!ラファエロ・・・人柄が表れる感じの良い絵だなあ。絵の中の人に、人間の内面が現れていると言うか、絵の中の人に、絵を見ているこっちの心まで見透かされてしまうと言うか、なんだか不思議な、むくむくと元気になっちゃう感動でした。特にボッティチュエリの「ざくろの聖母」の背後の6人の天使達の表情が、良かった・・・。「ふん、あんたにわかる?」と言われているようでした・・・。とてもとても広い美術館で、途中お茶も飲みながら、やっとまわりました。 ウフイィツィ美術館のカフェユーロのコインも一緒に。美術館から家に帰り、洗濯物を持って母とコインランドリーに行きました。コインランドリーで洗剤を自販機で買ったのですが、おつりは出ないし、おまけに洗剤ではなく、柔軟材ばかり出るのです。もういいや、と柔軟材で洗濯しましたが、私達の後に自販機を使った若いカップルはいっぺんに洗剤の小箱が5箱も出てきたので、ビックリしていました。「あ、あれは多分私達の洗剤だよ・・・。」と母と話しました。でも母も、たまにこの自販機で、洗剤がいっぱいでてきて儲かったことがあるので、いいんだそうです。(イタリア的。。。)コインランドリーでは、おばさんや若い男性や、子連れの黒人のお母さんなどがいました。おとなしい大きなわんこをつれているカップルもいました。黒人の男の子は2歳くらいかな?おばあさんも女性も若い男性も、このお子さんを相手に、一緒に遊んでいましたよ。イタリアは子供を大切にするんだなあ、と思いました。母のアパート。家具も食器もおなべ類も備え付きだそうです。
2003.11.09
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朝6時に起きて、8時に旦那さんに岡山駅まで車で送ってもらいました。駅前には、死んだつぐみが一羽・・・。空を飛ぶ鳥の死骸・・・。空を飛ぶ飛行機にこれから乗る私。不吉だ! と思い、駅の中央玄関前で托鉢に立っているお坊さんに、500円、献金しました。旅の安全を祈願して・・・。駅前では、hydeの新曲「HORIZON」が流れていました。大体私は新幹線に乗る事にも慣れていません。関西国際空港に行くのも初めてです。国外に出るまでに、かなり緊張しました・・・。新大阪で「はるか」(関空→大阪→京都を結ぶ列車)に乗り換えたときは、TOKIOの新幹線PR曲「AMBITIOUS JAPAN」が流れていました。でも関空のHPを事前に見ておいて、役立ちました。大きくてきれいな空港なのですが、搭乗口前にも免税店と一緒にきつねうどんやたこ焼きの売店がありました。(^.^)海外で使えるボーダフォンのレンタルも受け取り(10日間で7千円、通話料は別途)乗る飛行機を見ると、あれ?確かJALだったはずなのに・・・。そこにいるのは緑と赤のアリタリアの機体。JALとアリタリア航空のトランジェット便という格安チケットだったので、運がいいのか悪いのか、アリタリアの飛行機に当たってしまいました。ってことで、いつもながら、なんでこんな大きな機体が空を飛ぶのか不思議に思うのですが、黄色くかすんだ下界を後に、無事飛行機は離陸しました。アリタリア機には、日本人スタッフ(多分JALの人)も乗っているのですが、ほとんどがイタリア人でした。ハンサムなイタリア男性もいて、ちょっと目の保養でした。機内食は、日本食かイタリア食で選べました。イタリア食は、チーズとハムと、マカロニバジルソースあえ、硬いパン(日本で普通売られているパンは、デニッシュだったんですね。)チキンのトマト煮込み、サラダ、温野菜、クラッカーなどでした。しかしエコノミーの席は狭い!トイレに立つにも通路側の人にいったんどいてもらわなければならない狭さなんですね・・・。13時間はちょっと辛かったです。飛行状況の様子が常にモニターに写し出されているのですが、朝鮮半島上空を飛び、窓から黄色い北京の街も小さく見え、雲の合間からゴビ砂漠も見えたときはちょっと感動しました。すごいなあー、と。飛び立ったのはお昼の12時でしたが、太陽と一緒に飛んでいるのか、ずーっと太陽が地平線すれすれに見えるんですよね。それから、ロシア、東欧の上空を飛び、イタリアに着きました。ユーラシア大陸って、大きい!もうこの時点で「子供達にもこの体験をさせたい!」と思いました。イタリアのローマに着いたのは、同じ日の夕方でした。5時間しかたっていない?いえ、時差が8時間あるのでやっぱり13時間たっているのですが、なんだかわけわかんない・・・。母はローマのフィオミチーナ空港で待っていてくれました。人が少なくて、おまけに日本人はフリーパスで税関も通しちゃうんです。ちょっといいかげん・・・。ローマの空港の警官も、かっこよかった。列車で30分ほどのローマ・テルニミ駅まで行き、ユーロスターに乗り換え2時間、フィレンツィエに向かいました。ユーロスターはヨーロッパの新幹線、ということですが、先頭車両に全面広告があったり、あまり洗車がされていなくて、ちょっと汚れていました。席もとても狭いんですよ。でも運賃は日本の新幹線の半額くらいでした。席は全部対面式で、テーブルが引き出される方式でした。本を読んだり、書き物をしたり、仕事をしたり、ひじを突いて眠ったり、結構便利だな、と思いました。網棚はとても高くて、重いキャリアバックを持ち上げるのにちょっと苦労しました。でも網棚に荷物を載せるだけでチップを要求する人もいる、とガイドブックに書いてあったので、注意しました。日本だったら、お互い親切で何でも助け合う場面でも、相手を疑わなきゃならないというのはちょっと不自由です。だから助ける事も、助けを期待することもないようです。特に男性は、疑われることを嫌ってか、イタリアは全然レディファーストではなかったですよ。女性のほうが、席を替わってくれたり、ガムをくれたり親切でした。でも車内でイタリア人をウォッチングしていて思ったのですが、やはり皆さん、おしゃれです!男性は、髪を短く切り、トップだけちょっと長めでジェルで流れをつけている髪形が多かったです。清潔感があって、良いなと思いました。服は黒、こげ茶、ベージュ、グレー、白、紺などで、シンプルでベーシックなジャケット、ピーコート、ダッフル、ダウン、ジーンズ、綿パンツ、コーディロイパンツ、セーター、綿のシャツ、などでした。日本でいうなら、GAPかユニクロスタイル?男性は、案外身長が低いな、と思いました。日本人男性と同じくらいでしたよ。若い女性もシンプルなロングが似合っていました。服装も、パンツスタイルが圧倒的。お化粧は、しみやソバカスなど、全然気にしていない感じでした。とにかく目が大きく、彫りが深く、まつげが長い!手足が長く胸とお尻が大きく、ウエストはくびれてスタイルがよく、美人が多かったです。シャドーやマスカラは黒か茶色でした。フィレンツェについたのは夜の9時頃でした。フィレンツェの駅舎は、昭和30年代の上野駅とかそんな感じ。古いです。 フィレンツェ駅前駅前から、路面は石畳、古い教会があり、ホテルもお店も全部古い石造りの7階建てくらいのビル。駅前も、車道は片側一車線。案外小さな町だな、と思いました。日本にも、東京駅とか、旧日銀の建物とか、素敵な古いデザインの建物がありますが、すべてがそういう建物でした。上の階は住まいかホテル、1階にはお店が入っていました。目立たないマクドナルドあり、ベネトンあり、アクセサリー、雑貨や、Bar(バール)、服飾店、いろいろありました。日本のような大きなネオンサインはなく、街灯も、オレンジ色でした。本当にまあ、中世そのままの佇まいの町並みが、一部分だけではなく、どこまでもどこまでも全部、そうなんですから、びっくりしました。 フィレンツェから歩いて15分ほどで母のアパートに着きました。中庭をはさんだ古い建物なのですが、中はきれいにリフォームされていて、スチームの暖房、水周りも快適でした。2LDKで60平米ほどなのですがバスルームが2つありました。確か家賃は、6万円くらいだそうです。道路に面したオートロックの木のドアをあけ、狭い階段を上がり、途中、踊り場に他の家の木のドアが2つ、3つずつあり、右に曲がり、中庭を通り、左に曲がり、階段を上り・・・、といった、ちょっと迷路のようなアパートでした。そこで母が、「体力つけなきゃ。」と作ってくれたのがルッコラにモッツアレラチーズ、トマト、ノルウェー産鯖の缶詰のサラダに、オリ-ブオイルにバルサミコ酢をかけたサラダ。ルッコラはちょっとゴマのような香りがしたきれいな緑色の小さめの葉っぱで、鉄分も多く、おいしかったですよ。日本でもいっぱい生産して欲しいな。それとスパゲティ・ボロネ-ゼ(ミートソース)を食べ、赤ワインを飲んで、お風呂に入って眠りました。 Barバールといわれる軽食カフェ
2003.11.08
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昨日はカレンダーの裏の大きな白い紙に、私がいない間の家族のスケジュールを書き込みました。それを壁にどーん、と貼り付けました。長男、次男にはそれぞれの役割分担を自室の部屋のドアに、またどーん、と貼り付けました。一番忙しいのは娘。毎日なにかしらスケジュールがあります・・・。その次は次男かな?でも部活を引退したので、午後の練習がなく、毎日一番早く帰宅するので助かります。一番お気楽なのは長男。高校生より小学生のほうが忙しいのは何故?(って私がそうしたんですね? 結局・・・。)私の携帯を娘のために置いていくのですが、携帯には娘のスケジュールをアラーム付で記憶させました。私の海外で使う携帯電話の番号も、娘の携帯と自宅電話に登録しました。今日もスーパーに行くと、冷凍食品が半額!タコ焼き、チャーハン、ライスバーガー、肉まん、カレーうどん、肉うどん、から揚げ、牛丼、親子どんぶり、それからお菓子もいろいろ買って、もしかすると、普段より豪華かも???方や私の準備と言えば、ユーロへの両替は向こうに行ってからでいいのか?visaカード持っていく?海外保険傷害保険は必要?パスポートのコピー、などなどなど、これから「地球の歩き方」をちゃんと読みます!会社にも休暇届を出しました。課長に「どこか行くの?」ときかれましたが、「あの、実家の方の用事で・・・。」と答えました。まさか実家がイタリアとはおもわんだろう・・・。(一緒に働いている仲間の方々にはちゃんと言ってありますよ!)
2003.11.06
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もう少しで、地球の丸さを体感しに行ってきます。・・・っていうか、イタリアまで、12時間かかるそうです。(時差は8時間!)そんなに長い時間、飛行機に乗ったことのない私。一体どう過ごせばいいんだろう?お菓子やペットボトルを機内に持ち込んだほうがいいのでしょうか?雑誌など、読み放題なんでしょうか?イタリアの旅行雑誌を読んで、イタリア語のにわか練習でもしていようかな?機内ではイヤホンで音楽を聴いたり、映画も見られると聞きましたが、うーん、基本的には寝ていようと思っています・・・。 昨日、ネットで海外旅行について検索していましたら「スリなどの被害に注意!」というようなことが書かれてあり、「スカートの内側にポケットを作って、蓋はマジックテープで止め、そこにパスポートやお金を入れる。」とか、「やはり腹巻が一番。」とか、「スリ集団は3人から5人のグループで狙ってくる。」とか、「ホテルでは窓やドアに、日本から持ってい携帯防犯ブザーを取り付ける。」とか、「バックにも自前の南京錠を取り付ける。」とか、「バックの斜め掛がけは、ひったくられたときに怪我をする。」とか、「財布は持たない。財布を持つと取られる。内ポケットなど3箇所くらいに札を分散して持つ。」とか、「ブランド品のお店の紙袋など持たない。日本のスーパーの袋に荷物を入れて持ち歩け。」とか、ほんまかいな? そこまで?というようなことが書かれてありました。母からのメールでは、「貧乏学生のような格好でおいで。」「テロを警戒してぴりぴりしているから爪きりや眉毛用の小さなハサミなども持たないように。」と書いてありました。行こうと思っていたベニスはただいま水位があがり、水没しているというし、なんだかびっくりすることばかり。おもしろいねー。自己中長男・改造計画も序々に進み、昨日からやっと朝7時15分に起こすことに成功しています。(今まで7時半過ぎに起きて、遅刻ぎりぎり)「妹のお世話、頼むよ!」と繰り返し、長男、次男にはお願いしています。「そんな別に何も変わらんし。」というのは、”心配するな”ということなのか”俺は関知せん。”ということなのか???ビミョーな長男の言い回し・・・。まあでも、気がついたことは、私は毎日子供達のことをみているのが一番幸せで、こんな生活が結構幸せだったんだなあ、ということです。毎日娘の寝顔を見ることが、元気の元なんだなあ!
2003.11.05
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私は娘と一緒に。次男は自分の部屋でこっそりと、気合入れてやってみました。小4の娘はこういうテストは初めてだと思うので、一応心構えを・・・。「一生懸命取り組む」「途中パニックになってもすぐ持ち直す」「説明はきちんと聞く」「わからない問題も一応答えを書く」読めない漢字は途中教えてあげました。私は今までにこういうテスト何度受けたかな?小学生のとき、中学生のときに学校で全員で受けたような気がします。結果は教えてもらえなかったけどね。今の小中学校ではこういうテストやっているのかな?それから就職活動(パートも含む)の時にも適正テストというのを4回受けました。でも私はこういうテスト、当てにならないなあ、って思っています。今回のテレビのテストも、選択問題だったし、適当に「この辺かな?」と見当つけて当たる場合もあったし、正確さに欠けていたように思います。問題数も少ないように思いました。限られた時間内で、どこまで解けるか?っていうのがないと、きちんと計れないんじゃないかなあ?でも、普段の自分の態度を反省する良い機会になったと思います。疲れたー、面倒くさいー、と普段自分の頭を使うことを面倒くさがっていたなあ、と。一生懸命頭を使うと、目が痛くなり、頭が痛くなるのでなるべく普段はリラックス、ボーっと過ごしていたんですよね・・・。これじゃあ、進歩はないですよね。どんどん脳は退化するばかり・・・。つまり痴呆ですよね。もっと普段から、真剣に頭を使わないと!・・・なんて事を書いていたら今ニュースで、公文や小学館では老人向け学習ビジネスを急ピッチで進めている、と言っていました。そういえば、私も公文やりたいな、と思った事があったっけ。私も今回のテストでは、計算力がやはり悪かったので(最初からわかっていたけど)蔭山センセイの百マス計算でもしようかな?そういえば、長男が携帯電話のサイトでIQを計る事ができるHPがあるといって、一時クラスのみんなでハマッていたことがあるんです。最初110くらいだったそうですが、練習して、みんな200くらいになったんだって。本当に当てにならないよね?それよりEQが高いほうが幸せになれる、って言いますよね。
2003.11.04
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あと4日で、私は母のいるイタリアに行くのです!10日間の滞在です。今まであまり実感もなく、ゆっくり準備について考える余裕がなかったのですが、準備できるのはこの3連休しかないじゃないですか!やっと準備を始動しましたが、なかなか膨大な作業になりそうです・・・。10日間の間、子供達にも参観日、学習発表会、合奏団の演奏会、とビッグプロジェクトがあったのに、それらはすべてパスです・・・。残念・・・。よく考えると、子供を置いて外国に行っちゃうなんて、これって児童遺棄? これって児童虐待にならんだろうか?なんて事も頭をよぎります。大胆なことを決めたもんだと。でも母によれば、急に痴呆がきてしまった母の母を見て、人間いつどうなるかわからないから思い立ったときに私と母娘の思い出を作りたい、って思ったんだって。母って、結構勘が強い人なので、もしかしたら早期に何かある、って予見しているのかもしれない、って私も思うんですよね。ま、そういう話を次男にすると、次男は「そりゃ行かんといけんな。」と言ってくれました。本当にごめんねー、って思います・・・。今日は、冷蔵庫や食品庫の中の整理をして、レトルト食品、冷凍食品などを買い置きしました。晩御飯は、ガストの宅配も頼む予定です。それから海外で使える携帯電話も手配しました。次男は、洗濯、買い物、ご飯炊き、などをやってくれると言ってくれましたが、長男は「金くれれば自分で外食するし。」と言います。妹のお世話は? あんたが下の子の世話をしなきゃ!ぜんぜんわかってない・・・。夫は、「いい機会だから、あいつはほっておけ。何もしないでお金ももらえず、ひもじい思いをさせればいい。1週間くらい何も食べなくてもなんとか生きていける。」と言います・・・。次男は今朝、妹の分の朝食も作ってくれました。卵焼きにウインナ-です。普段は妹のことを「生意気!むかつく!」などといっているのですが、やるときにはやってくれるのかな?娘にも「あんたもお兄ちゃんにお世話になるんだから、生意気なことを言ったり、怒らせるようなことをしちゃだめだよ。」と言っておきました。途中私の乗る飛行機が落ちないとも限らないし・・・。私も母がイタリアに住むと聞いたときは「拉致されない? 誘拐されて身代金要求されて・・・。」なんて悪いことばかり想像したし・・・。ってことで、今の私の心境は”身辺整理””遺言”なのです。(なんて暗いんだ・・・。)
2003.11.03
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今日は秋なのに暖かく、良い日和でした。紅葉を見に山のほうへ行きたい気分になり、夫と娘と3人で、ついでにワイナリーに行ってきました。ワイナリーと言えばワインの試飲ですが、夫が自分が車の運転をするから飲めば?(いつもは私が我慢して夫が飲むほうになるんだけど)とうので、いろいろ飲んできました。りんごのワイン、梨のワイン、マスカット・オブ・アレキサンドリアのワイン、桃のワイン、ピオーネのワイン、などなどなど・・・。ちょっとずつでしたが、おいしかったー。 (^O^)g帰りの車の中で、もう眠たくなり・・・。家に帰ると、まだ4時だと言うのにお昼ねしました。6時になり「ママ-、晩御飯はー?」と娘の声。でも、体が動かない、足が力が入らない・・・。結局お肉を焼いてお味噌汁を作りましたが、キャベツの千切りを切る気力がなかった・・・。誰か作ってよー。でもまたワイン、飲みたい・・・。
2003.11.02
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今週は、多分長男が壊したパソコンの復旧に2日を費やしたので、疲れが残っていたのだと思います。疲れていました・・・。 O(´^`)o カタコリ、カタコリ・木曜、金曜は、目は痛いし、肩は痛いし、吐き気はするし、体調最悪でした。お友達のHPを覗くと、この頃、体調を崩していた方は多かったようですね。太陽からの磁気嵐の影響もある?体調が悪いと、また”仕事辞めようかなー病”が始まります。私が仕事をやめても、別に3人の子供たちの塾をやめればいいだけです。つまり、私の少ないお給料は全部子供の塾に消えているということです。そこら辺を、もうちょっと感謝して欲しい、と思います。私が「肩もんでー。」と頼んだときは揉んでくれるとか、「お使いに行ってきて。」と頼んだときは行ってくれるとか、そういう心遣いが欲しいです。そこらへんを、もうちょっと口に出してもいいんじゃないかと思いました。娘と次男は、割と手伝ってくれるんですよ。肩も揉んでくれるし・・・。問題はご承知の、長男です・・・。あまりに頭にくるのでWindows修理代、1万円でも請求しようかな?
2003.11.01
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