おぢさんの覚え書き

おぢさんの覚え書き

2016.09.25
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カテゴリ: 読書


過日当ブログの「 熱狂的愛国主義≒宗教仮説 」の記事で近年の熱狂的愛国主義と宗教の類似について書いた。そこからの興味で中島岳志+島薗進 『愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか』 を購入した。中島氏については中島岳志+田原総一朗+姜尚中の対話本 『国家論』 でも視線の持っていき処に近しいものを感じていたが『愛国と信仰…』の目次を見て余りにも自分が調べようと思っていたポイントに合致していて驚いた。近い所に問題意識を持っているということだろう。

【目次】
1.戦前ナショナリズムはなぜ全体主義に向かったのか
2.親鸞主義の愛国と言論弾圧
3.なぜ日蓮主義者が世界統一を目指したのか

5.ユートピア主義がもたらす近代科学と社会の暴走
6.現代日本の政治空間と宗教ナショナリズム
7.愛国と信仰の暴走を回避するために
8.全体主義はよみがえるのか

中島氏は他にも 『ナショナリズムと宗教』 などこの手の主題の本が多い。それもそのはず、本書冒頭「はじめに」で氏は「――愛国と信仰。これは私にとって、人生を賭けた大きな研究テーマです。」と書いている。愛国と信仰の問題を考えようとするおぢさんには良い先行研究を提供してくれそうだ。ただ新書一冊という分量からしても本書にこの大きなテーマの見取り図以上の役割を期待してはいけない。急ぎ足で全体を見渡したという印象になっている。取り上げられた個々の人物・団体・問題については更に研究・思考する必要があるだろう。

この本に限らず最近本を読んでいて思うのは過去の誰かと同じ感想を抱き、同じ思考をしているような、思考をなぞっているような、既視感のようなものをよく感じる。



おぢさんはなるべく 「他人の頭で考える」 つまり「読書」で済ますことをモットーとしている。読んだことはないが 『読書について』 でショーペンハウアーは読書の害毒について語っているそうだ。

読書とは他人にものを考えてもらうことである。一日を多読に費す勤勉な人間は次第に自分でものを考える力を失ってゆく。
ショーペンハウアー『読書について』

ショーペンハウアーの言葉は知らずに「他人の頭で考える」の記事を書いていた。

『読書について』はいずれ読みたい。しかし、変な話だ。読書の害毒を読書で知るというのも。

こちらのページも面白かった。
本を読むことの暗黒面/ショウペンハウエル『読書について』を読む (学者たちを駁して)

「自殺する日本の民主主義」 の記事では「自国が民主的国家であることを自明視し、国民自身が主権者であることを忘れてしまえば。主権はいつの間にか盗まれる。」と書いたが、これは憲法12条を昔読んで内容だけ覚えていたということのようだ。

日本国憲法第12条には「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」と記されています。(中略)これを若干読みかえてみますと「国民はいまや主権者となった。しかし主権者であることに安住して、その権利の行使を怠っていると、ある朝目覚めてみるともはや主権者ではなくなっている、という事態が起こるぞ」という警告になっているわけなのです。
丸山真男「「である」ことと「する」こと」

「世界に蔓延するナショナル病」 の記事では「これは病気と呼ぶべきだろう。異常に国という枠組みに捉われ過ぎている。国という枠組みばかりがあまりにも自明視されている。」「確実に世界の市民が不幸になれる病気が蔓延している。」といって世界にナショナル病の診断を下したが
『二十世紀の怪物 帝国主義』

さらに冒頭で触れた「愛国と信仰」のテーマについても次のように述べている。

ああこの迷信。彼らの「愛国心」、すなわち価値のない誇りと虚栄の正体は、ガチガチにこり固まった迷信であり、それは聖なる水(神水)と称するなにか得体の知れない腐ったような水を飲む新興宗教よりもひどいものであり、その害毒もまた神水よりもひどい。
p.38 幸徳秋水:山田博雄訳 『二十世紀の怪物 帝国主義』

これらはほんの一例で、同じ思考を際限なくなぞり繰り返してしまっているよなあと自分自身あるいは左派、戦前思考を繰返す右派や日本人全体に対しても思うわけだ。

丸山は論争に関してだが「思惟の経済」について次のように述べている。

日本の論争の多くはこれだけの問題は解明もしくは整理され、これから先の問題が残されているというけじめがいっこうはっきりしないまま立ち消えになってゆく。そこでずっと後になって、何かのきっかけで実質的に同じテーマについて論争が始まると、前の論争の到達点から出発しないで、すべてはそのたびごとにイロハから始まる。また多少とも文化や世界観の本質に関係するようなテーマなどは、問題の普遍性が高いにもかかわらずヨーロッパで長年とりあげられ究明されてきた思想的背景を――あれほど他方ではヨーロッパ産の作品が流入しながら――ほとんど全く度外視して論争がおこなわれることさえ少なくないから、「思惟の経済」の点でもはなはだ無駄なことが少なくない。
p.7 丸山真男 『日本の思想』 (岩波新書)

別に思索の時間をとってあれこれ考えるのではなく、ヒマな時に色々考えてしまっているだけなので実際は無駄ではない(読書こそ時間がかかる)のだが、こんなになぞってしまっていいのだろうかという疑念は払拭できない。
先に紹介した「本を読むことの暗黒面…」のページではショーペンハウアーの力づよい思索肯定の言葉が引用されている。

だれでも次のような悔いに悩まされたことがあるかもしれない。それはすなわちせっかく自ら思索を続け、その結果を次第にまとめてようやく探り出した一つの真理、 一つの洞察も、他人の著わした本をのぞきさえすれば、みごとに完成した形でその中におさめられていたかもしれないという悔いである。けれども自分の思索で獲得した真理であれば、その価値は書中の真理に百倍もまさる。
P.9 ショーペンハウアー『読書について』

この結論の理由は何だろう。自分の思索で得られた結論は自分の実感を伴っているとはおぢさんも思う。




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Last updated  2016.09.25 17:04:56
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Re:思考の繰り返しと読書の無駄(09/25)  
ご丁寧かつ力強い文章を書いて頂き、ありがとうございます。
大変、参考になります。
また、ブログを参照させて頂きます。 (2016.09.25 17:10:46)

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