Nonsense Fiction

Nonsense Fiction

2007/07/05
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テーマ: 短編を作る(405)
カテゴリ: 連作短編

( かあ ) さん。
 わたしはあの時、そう否定しようと開きかけた口を噤んだ。
 わたしとて、今現在の自分が確かに存在しているという確信を持っているわけではない。わたしの旦那は少々変わっており、人の ( ) には映らないものを普通に相手にする。彼と結婚してからというもの、その辺りの境界が曖昧になってきた。ともすれば、自分も実体なく霧消してしまう類の物体であるのかもしれないと、疑念を抱くことさえある。
 それに、わたしは思ってしまったのだ。
 仮にわたしが、 ( はは ) の夢想の産物だったとしても、何ら問題はない。ここがどういう世界であれ、彼らと人生を共にできることは、わたしにとっては 僥倖 ( ぎょうこう ) なのだから。
 一人の淋しい女性の支えの一部として存在する。そういうのも悪くない。


 姑の家に帰ると、旦那は娘と一緒に仏間でぐっすり眠っていた。起きてきた彼に、土砂降りで遅くなったと弁解すると、そういえば雨音がしてたような気がすると、なんとも暢気な反応が返ってきた。
 娘はまだ眠っている。色は白いが、どちらに似たのか眉毛が凛々しすぎて、ピンクのベビー服があまり似合っていない。胸の辺りに、体に対してやたらと長い耳のうさぎが刺繍されている。
 わたしは娘のお腹にタオルケットを掛けると、その傍らに落ちていた哺乳瓶を拾い上げた。
「今日はありがとう。おかげで楽しかった」
 娘が起きないよう、そっと襖を閉めて旦那に声を掛ける。
「そりゃ良かった」
 台所で土産の饅頭を食べようとしていた彼は、嬉しそうに ( かお ) を綻ばせた。わたしも向かいの椅子に座る。と、椅子を引く音が大きかったのか、襖の向こうで娘がぐずり始めた。
「ゆっくりしてなさい。わたしが見てくるから」
 わたしの分のお茶を淹れてくれていた姑が、急須を置いていそいそと仏間へ向かう。立ち上がろうとしていたわたしは、再び椅子に腰を下ろした。
「子守り、大変じゃなかった?」
 開け放たれた襖から、盛大な泣き声を上げる娘が見える。わたしは不安になって訊いた。
 娘は姑によく懐いていて、旦那よりも彼女があやした方が、確実に機嫌が治る。今だって、姑に抱き上げられただけで娘はすっと泣き止んだ。きゃっきゃと歓声さえ上げている。旦那ではこうはいかなかっただろう。彼は仕事柄出張で家にいない日が多い。その際、頼めば姑が手伝いに来てくれるので、娘が旦那より姑に懐くのは仕方がないのだが。
 それにしても、娘に人見知りされている彼が、今日一日、どうやって凌いだのか。
「いや、楽勝だったよ」
 わたしの心配をよそに、旦那は涼しい貌で応えた。
「優秀なベビーシッターが現れたからね」
「ベビーシッター?」
 眉根を寄せるわたしに意味深な微笑みを浮かべ、彼は仏間へ視線を転じる。
 其処には、娘と笑いあう姑の姿があった。













読んでくださってありがとうございました!
架月真名さんよりリクエストいただいた『おばあさんと孫の話』でした。
とはいえ、ご期待に添えていないような気が・・・・・・すみません。


実はこのシリーズ、一応自分の中で制約を作ってまして、旦那が全く関与しないところでの怪奇現象はご法度だったんです。
そうしないと、無節操になって収拾がつかなくなると思って。
娘自体に同じような能力を持たせても良かったのですが、それはそれでややこしくなりそうだったので、こういう形を取らせていただきました。


一応、このシリーズはこれでおしまいにするつもりです。
気が向いたら書くこともあるかもしれませんが、娘世代の話は多分ありません。
期待していただいた方には申し訳ありません。










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Last updated  2007/07/12 12:11:58 AM
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リクエストに応えてくださってありがとうございました!!  
架月真名  さん
子供が生まれるまでの姑さんの生き地獄のくだりはつらかったですが…でもその分幸せが染みて感動しました!! 素敵なお話を読ませてくださってありがとうございます。このシリーズはこれでひと区切りなんですね。何だかさみしい気もしますが、最後まで書ききった雪村さんに敬意を表します。本当にお疲れさまでした!  (2007/07/12 12:20:36 AM)

なるほどねぇー  
なんかタイムパラドックス的な感じ(?)ですね。
あれは旦那と子供そのものだったのかΣ( ̄□ ̄;)
姑さんもびっくりですな・・・不思議な旦那。

しかし、七ヶ月の子を子守して観劇に行かせてくれるなんて・・・ううう、いい人だ。うちの旦那もそうだったらなぁ(T∀T)
なんてリアルに考えちゃったりして。

こういう古めかしい?文体が上手いなぁ。
このシリーズが終わりとはなんか寂しい・・・。
おつかれさまでした(*^▽^*) (2007/07/12 09:51:32 AM)

架月真名さんへ  
雪村ふう  さん
いつも読んで感想くださってありがとうございました。
寂しいと言っていただけて、とっても嬉しいです♪
それなのに、まともにリクにお応えできなくてすみませんでした。
最初はもっと違う話にしようと思っていたのですが(ええ、間引きです/笑)、こういう結果になりました。
一番最初の話で、姑はかなり苦労したらしいという会話を主人公達にさせていたのと、子供がなかなかできなかったという設定がずっと頭にあったので、辛い場面が長々と続いてしまって・・・・・・。
(でも、舅は態度に出さなくても、たぶん姑を大事に思っていたと思います)
外から見ると大したことではなくても、こういう安定した幸せって、悲しいけどなかなかないんじゃないかと思うんです。
だから、今まで苦労した分、彼女にはささやかな幸せをずっと感じられる人生を送らせてあげたいです。
(2007/07/13 12:05:15 AM)

ぼっつぇ流星号αさんへ  
雪村ふう  さん
旦那からすると、(若かりし日の)姑の方が勝手に過去からやって来たって感じなんでしょうね。
お互いびっくり、みたいな(笑)

>しかし、七ヶ月の子を子守して観劇に行かせてくれるなんて・・・

私もそれ思いますー! なかなかいませんよねー。
この旦那は子供好きみたいだから、苦にならないのかもしれません。
(はたまた、自分に懐かせようとしていたとか? 笑)

文体をお褒め頂きありがとうございますー!
しかも寂しいなんて嬉しすぎです♪
(実はちょっと自分も寂しかった)
過去も現在も夢も幻もごっちゃごちゃのこんなシリーズに、最後までお付き合いいただいて、どうもありがとうございました!
(2007/07/13 12:11:16 AM)

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雪村ふう @ 架月真名さんへ いつも読んで感想くださってありがとうご…
ぼっつぇ流星号α @ なるほどねぇー なんかタイムパラドックス的な感じ(?)…
架月真名 @ リクエストに応えてくださってありがとうございました!! 子供が生まれるまでの姑さんの生き地獄の…
雪村ふう @ 架月真名さんへ 赤ちゃんの描写を褒めていただけて嬉しい…

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