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今シーズンから制定された40℃以上の「酷暑日」ですが、これだけ毎日各地で連発されると、さらに上の名称を考えないと・・・なんてくだらないことを思うくらいうだるような日が続いています。そんななか迎えた「土用の丑」日をずらしてうなぎ屋に食べに行った年もありましたが、今年は近くの仕出し屋さんに頼んでお弁当を作ってもらいました。わが家にわたしら夫婦と、仕事帰りの息子、ケンちゃん夫婦の5人が集合。美味しゅうございました【おまけその1】義妹K子ちゃんは、結婚をひかえた娘のモモと、スペイン旅行をしてきたそうです。ダンナのケンちゃんはお留守番。ずっとバルセロナに滞在して、サグラダファミリアをはじめいくつかの教会を見学し、本場のパエリアを賞味、フラメンコも鑑賞してきたそうです。 ニュースでは、ヨーロッパは熱波に襲われていて、スペインやフランスでは大規模な山火事が起こっているようですが、滞在中のバルセロナでは気温は30℃を下回っていて過ごしやすかったそうです。また、スペインがワールドカップで優勝したので、さぞや現地では盛り上がっていたかと思いきや、ほとんど話題にもあがらなかったとか・・・・あれ?まあ、なんにしても、天候にも恵まれ(モモは強烈な晴れ女です)、モモは独身最後の母娘での楽しい思い出作りができたようです。うらやましい。↓ お土産です。PRINGLESはアメリカのものだったような気がしますが、まあ、細かいことは気にせずに。【おまけその2】昨年も書いたと思いますが、先日、年に一度の胃カメラ検査を受けてきました。いつも、検査前になると胃腸の調子が悪くなってきたような気がしますので(笑)心配でしたが、今回も、例の「バレット食道」は大きな変化は見られず、組織を採取されることもなく無事終了ただ、胃液の逆流を抑える薬の副作用でポリープが増えているとか 主治医と相談して減薬を検討するよう言われました。ただ、薬を減らすとまた逆流性食道炎が悪化するかもしれないが、それを防ぐためには食事療法と減量だそうです。わかってはいるんですがね(笑)次の関門は、来月半ばに予約した人間ドックです。
2026年07月26日
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立て続けの台風、地震が日本列島を席巻し、にわかサポーターを巻き込んで盛り上がっていたサッカーワールドカップも日本チームが敗退して沈静化しつつ6月も終わり、猛暑の予感を感じさせる7月が始まりました。と、いうことで? この月だけは買おうと思っていた朔日餅「笹わらび餅」です。
2026年07月01日
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6月3日の未明、台風6号は紀伊半島の南端に一時上陸し、東へと進んでいきました。当然ながら、紀伊半島の各県では記録的な大雨に見舞われ、土砂災害危険警報や、氾濫危険警報が出されました。わが町でも暴風警報が昨夜から発令されました。結果的には、幸い家屋や人的被害はありませんでしたが。さて、この日はMさんたちと京都へ行くことになってました。実は、1か月前から大学の同窓生たちで集まろうという計画をたててました。2年前の同窓会では、Mさんが体調を崩して欠席だったので、今回はぜひ参加してもらえないか連絡したところ、勤めている施設が水曜日が休みなので、水曜をからめてもらえればなんとかなる、という話になりました。そこで、言い出しっぺで幹事役の友人と相談して、今回はおおがかりな同窓会ではなく、水曜日にランチというプチ企画にしました。仕事を持っていたり遠方の人は、まあ参加は無理だろうから、参加できる近隣の有志だけでやろう、ということでグループLINEで呼びかけましたが、案の定、みんなからは「無理」という返事が相次ぎ、結局、主賓?のMさんを含め参加者は5人だけになりました。Mさんは、同窓会で京都へ行くなら、1日早く行って名張の乱歩ミュージアムまで足を伸ばそうと考えたようです。そこで、三重在住で学生のときからの子分?だったわたし(笑)にアッシー君の白羽の矢がたった次第そんなことで頭を絞って考えたスケジュールだったんですが、思わぬ台風襲来で、大きく計画変更しなければならない事態になりました。当初計画では、朝9時前くらいの近鉄大阪線と京都線の特急を乗り継いで京都まで、って予定して特急券の予約もしてありました。彼女らは伊勢市駅から乘り、途中駅でわたしが同じ列車に乗りこんで合流する算段でした。ところが、大雨で近鉄のダイヤが始発から大きく乱れ、運転見合わせが相次ぎました。結果的に、近鉄大阪線ではなく、名古屋線、しかも特急は運休なので急行でなんとか名古屋まで行き、新幹線で京都まで、ということになりました。しかし、彼女らが伊勢市駅で1時間近く足止めをくらってしまったので、桑名駅で合流予定のわたしもそのあいだ待ちぼうけです。スケジュールが大きく狂いましたが、LINEで連絡を取り合いながら、なんとか新幹線には乗ることができて京都には11時44分に到着しました。ランチ会のスタート予定は12時です。京都駅で、このあと奈良まで行くというKさんと別れ、Mさんとタクシーで会場へ急ぎました。タクシーの運ちゃんの話では、京都は台風の影響はほとんどなかったそうです。なんとか、2,3分の遅刻で、会場の祇園四条にあるロシア料理店キエフに到着しました。ウクライナの首都であるキエフ(ウクライナ語でキーウ)という名のレストランでロシア料理というのもちょっと皮肉ではありますが、戦争が始まるずっと以前からの老舗ですし、両国の和平実現を祈って、ということで・・・・参加者は5人なので、待っててくれたのは3人でしたが懐かしい顔ぶれで、特に学園祭の演劇で主人公とヒロイン役をやった二人が揃ったので、舞台監督だったMさんは大喜びしてました。ボルシチやビーフストロガノフといったロシア料理のランチコースを、スパークリングワインで楽しみました。実は、学生時代に、Mさんの二十歳のバースデイパーティをこのキエフでやったんです。それで、今回のランチのお店をここにしたわけですウン十年前の学生たち。あいかわらずの議論好きが揃って、話は尽きませんでした。この日、初めて知ったんですが、この店は、加藤登紀子さんのお父さんが創業し、現在のオーナーは実のお兄さんなんだそうです。そのお兄さんが、途中であいさつにみえたんですが、失礼ながら、大丈夫ですか?って声をかけたくなるようなよぼよぼのおじいちゃんでした。宴たけなわでしたが、お開きにしてキエフを後にしました。ヒロイン役だった人が「家に残しているワンちゃんが心配だから」と言って帰っていきましたので、あとの4人で祇園周辺を腹ごなしにブラブラ歩きました。花見小路の建仁寺で、しばし、枯山水のお庭と龍の天井画を眺めながらのんびりした時間をすごしました。朝からの台風とのドタバタバトルがうそのようです。われらの姉御 Mさんは、ごらんのとおり、しばしの睡眠タイムです(笑)↓(こんな写真を撮ってブログにまで載せたって知られたら、シバキ倒されるだろうなあ)余談ですが、Mさんたちが泊まった伊勢市のホテルの部屋では、未明に、窓の隙間から雨が吹き込んで床がびしょ濡れ、というトラブルがあって、あまり眠れなかったそうです。さて、実はこのあとプチ同窓会第二部がありまして・・・会場は大阪です。昼の部の相談をしている中で、大阪で夜にやってくれたら参加できるって人が出てきて、それなら、昼と夜の2部制でやろうってことになりました。京阪特急のプレミアムカーで、大阪へと向かいます。終点の大阪淀屋橋で、メンバーの一人がぜひ見せたいと言って連れてきてくれたのが、駅直結のビルの30階「淀屋橋スカイテラス」という無料展望台からの眺めです。地上150mから見下ろした大阪です。すぐ真下が、大阪の官公庁や文化施設が集まる中之島です。地下鉄で大阪(梅田)駅まで行きました。夜の部の会場は、「日本酒原価酒蔵」という名前の、日本酒好き(私?)が喜びそうな居酒屋で新たに2人参加して計6人、またまた再会の宴が18時開始です。日本中のいろいろな日本酒が揃っているので、調子に乗ってあれこれ注文しました。飲むほどに、またまた経済情勢から政治談議、文学論、それぞれの近況など話が尽きません。わたしは、最終の電車で帰るつもりなので、退出するタイミングをはかっていると、ちょうどよく店のほうからラストオーダーのお達しがありました。次回の同窓会での再会と、それぞれの健康を祈って最後の乾杯をして店を出ました。わたしとMさん、言い出しっぺの幹事君の3人は大阪環状線で鶴橋まで。あとの3人は3次会だそうで大阪の町に消えていきました(笑)Mさんは奈良まで行ってもう1泊し、明日、奈良国立博物館での企画展を見学した後、また京都へと戻り高速バスで高知へ帰るそうです。わたしは、鶴橋を21時6分発の近鉄特急ひのとりで三重へ帰ります。近鉄はすでに正常ダイヤに戻っていました。幹事君は、3次会の連中につかまらないように(笑)、わたしらを見送るのを口実に鶴橋までつきあってくれたそうで、もう帰宅するとのこと。彼の家は関空に近い貝塚市なのでここから40分ほどです。わたしが帰宅したのは、もう少しで日付がかわる頃。怒涛の、文字通り嵐のような2日間でした。それにしても、こんな台風の中、すべてのスケジュールをほぼキャンセルなしでこなすことができました。さすがM女史、「わたし、晴れ女やき、大丈夫」と豪語するだけのことはあります
2026年06月03日
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台風がじわじわと近づいてきた6月2日、大学時代の友人がまさに台風を引き連れてくるかのように高知からやってきました。この人、13年前にも仕事のついでということで三重にやって来て、伊勢を案内しました。今回も、三重で行きたいところがあるので案内してっ、ということで添乗員兼アッシーくんでお付き合いすることになりました。ひとつ年上の女性で、大学時代は同じクラスの飲み会はもちろん、学園祭の模擬店や演劇をいっしょにやった仲のいい同窓生の1人です。姉御肌の、まさに土佐の女性の気質を表わす「はちきん」そのもののような人で、学生時代からこの人の「Nくん、よろしくねっ」というお言葉には逆らうことができません(笑)今回も、「台風がくるし大丈夫かなあ」というと、「大丈夫大丈夫、わたし晴れ女やき」と土佐弁でおっしゃいます。昔からとにかくポジティブな人です。と、いうことで、前の晩に高知駅を夜行の京都駅行高速バスで出発し、京都駅からは近鉄特急で名張までやってくることになりました。わたしは、車で名張駅までお出迎え。ちなみに、うちから名張までは車で1時間半はかかります。名張といっても他県の方は位置関係がわからないと思いますが、名張市は三重県の中部、忍者の里 伊賀市のお隣で、近年は大阪のベッドタウンになっています。駅前の駐車場に車を止め、ご到着を待ちます。9時半すぎ、先方が名張駅到着、ホームまでお出迎え。職場の同僚の方(この方も同年代のおばさん)も一人同行してきました。彼女たちは、高知のある施設の管理を預かるNPOを運営しています。わたしの友人は、その施設の館長さんです。部下に台風の対応を任せて、有休をとってやってきたそうです。いいのかなあ?友人(Mさんと言います)が、わざわざ名張までやってきて行きたいというところは、「江戸川乱歩生誕地ミュージアム」推理小説の大御所 江戸川乱歩は名張市の生まれです。乱歩が生まれた家はすでになく、その跡地に桝田医院という町医者がありました。その桝田医院も廃業し、長い間、廃屋になっていましたが、院長とゆかりのある地元の喫茶店のオーナーが「乱歩の世界観を体感できるミュージアムを作ろう」と思い立ち、クラウドファンディングで資金を調達し、この廃医院を買い取りました。乱歩ファンの仲間とともに荒れていた内部を整備し、2025年の11月、「江戸川乱歩生誕地ミュージアム」としてオープンにこぎつけたということです。ここまでに、全国の乱歩ファンから1300万円が集まったそうです。Mさんが乱歩ファンというのは初耳ですが、彼女もそのクラウドファンディングに協力したんだそうです。と、いうことで、ぜひ、現地を見たいという話になった次第です。前置きが長くなりました。名張駅からは歩いて行くことにしました。15分ほど、途中、少し道に迷いながら、なんとか近くまでたどり着きました。ミュージアムの近くには、70年前に建てられた「乱歩生誕地記念碑」がありました。もともと桝田医院の中庭にあったものが現在の場所に移設され、市によって広場として整備されたそうです。ミュージアムは、もっと目立つ外観かなと思って、ウロウロしていると近所の人が「あそこだよ」と教えてくれました。外観は、まさに古ぼけた医院、って感じです。こりゃ、わからんわ。玄関には、乱歩の小説に登場する「少年探偵団」の旗。大勢の見学はとても無理なので、完全予約制です。Mさんが予約しておいてくれました。協力金(入場料)は1000円ですが、クラウドファンディング協力者は無料です。管理者の方が出迎えてくれました。内部は、ほんとに医院のときのまま。明智小五郎探偵の事務所を再現した部屋。乱歩の小説はほとんど知りませんが、明智探偵や、その助手の小林少年、怪盗二十面相、といった主だった登場人物の名前だけは聞いたことがあります。けっこう、おどろおどろしいイメージがあって、医院内にはその人気作品のシーンを再現した部屋がいくつかあります。なんの作品のどんなシーンかはよくわかりませんが、怖かったです。作品をイメージした部屋も怖かったですけど、医院として使っていた診察台や医療器具がそのままになっている部屋も、なにか出て来そうでめっちゃ不気味でした他に、70年前に生誕地記念碑が建てられた時の除幕式の様子を撮影した映像が上映されている部屋もありました。生前の乱歩も、もちろん招かれています。院長宅の2階には畳敷きの部屋があり、記念碑除幕式に招かれた乱歩が、その部屋で食事した時の写真が飾ってありました。その同じ場所で記念撮影📷左から私、Mさん、同僚のKさん。1時間ほど滞在して、このミュージアムを立ち上げた方とも一緒に写真を撮ったりしてからおいとましました。新しい空の展示ケースがいくつか廊下に置いてあって、これからすこしずつ資料を整理してミュージアムらしく充実させていく計画だそうです。このミュージアムは、名張市の旧市街にあって、初瀬街道沿いに古い町並みが続いていました。登録文化財の建物もいくつかあって、いい雰囲気でした。初瀬街道は、奈良の桜井と三重の松阪を結ぶ街道で、かつては参宮表街道と呼ばれていました。歩いていると、木屋正酒造という古い酒蔵があって吸い込まれそうになったんですが、あいにく(幸い?)外部の人は入れないようでした。この酒蔵は「而今」(じこん)という銘柄で有名で、「而今」は県民でもなかなか入手できない幻の酒です。ネットでは純米吟醸酒の四合瓶が1本2万円近くで取引されていますので、我々庶民の口にはなかなか入りません。近くに、これまた古そうな羊羹屋さんがあって、思わず立ち寄りました。180年近い歴史がある「大和屋」さん。内部もちょっとした民俗資料館みたいで面白かったです。女将さんがおしゃべり好きで、店の歴史などいろいろ教えてくれました。お土産に、名物の栗羊羹を購入。そのまた近くに、田中屋さんという古い酒屋があって、ここにも立ち寄りました。なかなか先へ進めませんね(笑)羊羹屋のおばちゃんに、先ほどの酒蔵のお酒は店頭ではここでしか買えないと教えてもらいました。「而今」も置いてますが一般客には販売していないそうです。酒屋のおばちゃんいわく、「同じ木屋正さんで作っている「高砂」というお酒ならお手頃な値段で買えるよ。酒米の磨き具合が少し違うだけで「而今」とほとんど一緒やで。」とのことでした。もちろん(笑)「高砂」買いました。Mさんたちも、職場の土産にするとかいって6,7本買ってました。(ホテルから送るそうです)日本酒の品ぞろえがすごく多い酒屋で、ちょっと興奮しました(笑)思わぬ街並み散策ができて面白かったです。乱歩ミュージアムも、こんな機会でもないと、行くことはなかったと思います。Mさんたちのおかげで貴重な体験をさせてもらいました。次は、「伊勢に行きたい」というご要望があり、二人を車に乗せて伊勢に向かいました。走ること2時間弱、2時過ぎに二見につきました。まずは二見興玉神社に浜参宮をしてもらいました。風は強かったですが、雨もそれほど強くは降ってないし、波もまだ大丈夫そうです。近くで、軽く伊勢うどんで昼食。続けて、外宮へ向かいます。少しずつ雲行きも怪しくなってきたので、駆け足で参拝。最後に内宮へ向かいました。その途中、突然、スマホが鳴りだし、「伊勢市に高齢者等避難指示が発令されました」と言うではありませんか。Mさんは、「私ら、まだ高齢者と違うき(笑)大丈夫、大丈夫」と気にもしてませんでした。5時を過ぎ、時間的に店が閉店し始めるかも、ということで参拝前におはらい町へ行きました。Mさんの息子の嫁さんが厄年なので真珠のネックレスをお土産に買いたい、ということで真珠店に入りました。なぜ、厄年で真珠なのかはよくわかりませんが・・・けっこうなお値段のものをお買い上げしてました。「奥さんにも買いや」って言われましたが、カミさんには、つられて高い買い物はしないよう釘をさされていたので・・・・(笑)避難指示が出たためか、時間的なものか、おはらい町の土産物店が一斉に店じまいをはじめましたので、買い物は切り上げ、内宮に参拝に行きました。こんなに人がいない内宮境内は初めてです。それでも、正宮と荒祭宮を参拝して、彼女たちの今夜の宿のホテルに送り届けました。「お礼におごるき、晩御飯一緒に食べよう」ということで、ホテル近くの海鮮居酒屋で夕食。彼女らがお酒をおいしそうに飲むのをうらめしそうに眺めながら、わたしはノンアルビールで我慢。これから家まで帰りますので。ホテルで「いったん」別れを告げて、家路につきました。台風は容赦なく近づいてきます。かなり風も強まってきました。ところが、次の日もMさんに1日おつきあいなんです。さあ、どうなることやら。こうご期待?
2026年06月02日
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前回書いた、出雲大社駅でカミさんが買ったご当地パンです。バラパンといって、70年以上の歴史がある地元のソウルフードなんだそうです。スポンジ生地をバラの花のようにかたどって、バタークリームやコーヒークリームをサンドしています。写真のは、コーヒークリームをはさんだコーヒーバラパンですね。さて、松江には10時43分に到着。荷物は松江駅のコインロッカーに預けました。ようやく天気も回復して、青空も見えるようになってきました。最終日は、「ぐるっと松江堀川めぐり」を楽しみます。駅からレイクラインバスで10分ほど、いくつかある乗り場のひとつ、「大手前広場堀川遊覧船乗船場」に到着。1日チケット2000円也を購入。(この日も乗り放題パスが有効であれば、特典で乗船代が200円割引になるし、ここまで来るのにバスにも乗ってるので、じゅうぶん元が取れたのに、残念ながら有効なのは一昨日と昨日の2日間だけです)だいたい15〜20分間隔くらいで出航しますが、さすがに土曜日、前の2便はすでに満員で、30分ほど待たされました。ようやく順番がきて船へと乗り込みます。 堀川めぐりは、松江城の内堀と一部外堀約3.7kmを所要時間約50分で一周します。塩見縄手沿いの武家屋敷や松江城をながめながらの歴史エリア、木々が生い茂り鳥のさえずりが聞こえる自然エリア、レトロモダンな建物がならぶ市街地エリア、と、それぞれ違った趣のエリアを順次進みます。船頭さんが、楽しいガイドやご当地の歌を交えながら乗客を飽きさせません。 途中、17カ所の橋をくぐります。 面白いのは、船の屋根より低い橋をくぐるときは、屋根がぐぐっと下がってくるんです乗客は船頭の合図でいっせいに身をかがめます。そんな橋が4箇所あります。 あっという間に50分が過ぎて、もとの大手前乗り場に到着です。1日乗船券なので、その気になれば何周でもできますし、途中の乗降場で下船もできます。大手前乗船場から2,3分歩けば、松江城の天守近くまで行けます。国宝 松江城です。天守へは登ることができますが、時間があまりないのと、登るのにちょっとしんどそうなので(笑)、下から見上げるだけにしておきました。お昼時です。城の敷地内にある茶屋で昼食。わたしは、三段重ねの割子そば、カミさんは出雲ぜんざいを注文しました。初めて知ったんですが、出雲はぜんざいの発祥地なんだそうです。旧暦10月は、全国の八百万の神様たちが出雲に集まるので、ほかの地域では神様がいなくなるというので「神無月」(かんなづき)といいますが、出雲では逆に「神在月」(かみありづき)というそうです。やってきた神様たちをもてなすため、お餅をあずきで炊いてふるまったそうですが、それを「神在餅」(じんざいもち)と称しました。その後、「じんざい」が出雲弁で訛って「ずんざい」→「ぜんざい」(笑)と言われるようになったとか。出雲大社は縁結びの聖地であり、それにちなんで紅白の丸餅が入っているのが特長だそうです。大手前乗船場のすぐ前にある「物産観光館」でお土産を物色してから、レイクラインバスで松江駅に戻りました。松江駅で、最後の買い物。城下町あるあるで、松江にも由緒ある和菓子が多くあります。その中でも、名高い「若草」と「山川」を購入しました。 左の「若草」は、茶人としても知られた松江藩7代藩主 松平治郷(不昧公)によって考案された茶菓子で、餅に砂糖を加えて練り上げた求肥を長方形にし、緑色の寒梅粉(餅を粉砕した粉)をまぶしたもの。右の「山川」も不昧公が好んだ紅白一対の干菓子で、落雁でありながらしっとりとした上品な口当たりが特長です。15時9分発の、特急やくも22号で、松江を後にしました。 帰りも、行きと同じセミコンパートメントです。 宍道湖に別れを告げます。 カミさん、お疲れです。岡山には17時47分到着。駅地下の岡山郷土料理店で夕食。サワラの刺身とママカリの酢漬けが岡山の地酒によく合いました。(ここでも飲むんかい!(笑))19時20分発 のぞみ56号で岡山をたち、名古屋に20時55分到着。近鉄に乗り換え、四日市には21時37分に着きました。三重は雨です。家には22時半ごろたどり着きました。期待以上に楽しく濃い体験ができ、見分も深められたすばらしい「ばけばけ旅」でした。雨模様ではありましたが、観光に支障があるほどではなく、ほとんど傘もささずにすみました。出雲の神様と八雲さんのご利益でしょうか。出雲では、少々の雨は神様に歓迎されている証拠なんだそうです。番外編ご利益といえば、レポのはじめの方で、「松江の「城山稲荷神社」のお稲荷さんに助けてもらった」って言ったの覚えてますか?実は、最終日、松江を出て岡山にむかう「やくも」の車中、運転免許証がないことに気づきました。スマホケースにはさんであったんです。泊まった宿の前でツーショット写真を撮ってもらう際に、何度かケースからスマホをはずしたことがありました。絶対、そのどこかで落としたんだと思いました。大橋館と長生閣には、岡山駅についてすぐに電話しましたが、届いてないとのことでした。帰宅した翌日、日曜でしたが、まずは、カミさんに運転してもらって地元の警察に遺失届を出しに行きました。即日交付してもらえる運転免許センターに行って再交付の手続き(土日は休み)をしてもらうつもりだと警察の当直の人に言うと、いちおう、松江の警察に届いてないか聞いてみるよう言われました。家に帰ってから松江警察署に電話してみると、なんと、届いているというではありませんか。でも、この日は日曜で当直しかいないので、送る手続きはできない、とのことでした。翌、月曜日、さっそく松江警察の遺失物係に電話して、着払いの郵便で送ってもらえることになりました。近々、運転しなければいけない用事があるので、それまでに届くようにしてほしいとお願いして、なんとか間に合いそうなので、一段落、ほっとしました。「どこで拾っていただいたんですか?」と聞くと、「城山稲荷神社です。そこで拾った方に届けてもらいました」なんと、思っていたところではなく、初日の、しかも最初に行ったところではないですか。なぜ、スマホケースからこぼれおちたのか今でもわかりません。でも、無事に手元に戻ってきたのは、いい人に拾ってもらったことも含めて、お稲荷さんのおかげだと思いました。もしかして、拾ってくれたのは、あの不思議なオーラを出していた宮司さんかもずいぶん、まわりくどく長い話になりましたが、ご清聴ありがとうございました。
2026年05月23日
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私が駅で預けた荷物を受け取っている間、カミさんは売店を物色、ご当地パンとか買ってたようです。15時20分発の電車に乗り、川跡で乗り換え、「電鉄出雲市」駅に向かいます。バタデンの車内には、島根県のマスコット「しまねっこ」がいました。25分ほどで到着、隣接するJR出雲市駅へ。JR出雲市駅から16時19分発の「特急 おき4号」鳥取行きに乗ります。 特急とはいうもののたった2両編成。わずか20分ほどの乗車時間でしたが、念のため指定席を確保しておきました。乗り放題パスは、結局、バタデン1450円と月照寺の割引100円を加えて、3300円分使用しました。200円足らず・・・・残念(JRが対象なら楽勝だったのに)16時38分 JR玉造温泉駅に到着。あらかじめ到着時間を伝えてあったので、宿の送迎車が迎えにきてくれていました。5分ほどで、今夜の宿「玉造グランドホテル 長生閣」に到着。ここは、7年前にも宿泊したところ。その時は、わたしら夫婦に、今は亡きじいさんもおりました。そういえば、7年前は、出雲大社の参拝後、車がバッテリー切れ起こしたんだっけ・・今にして思えば笑い話ですが。 チェックインして、ロビーで浴衣を選び、部屋へ。 5階の部屋です。純和室と思ってましたが、ベッド付きにグレードアップしてくれてありました部屋からは庭園も見えます。さあ、一休みしてから温泉タイムです。久々の名物「めのう風呂」 めのうはこの地域で産出する石で勾玉の材料とされ、パワーストーンとして運気を呼び込む?そうです。 (宿のHPより拝借)露天風呂も気持ちよかったです。玉造の湯は、枕草子にも紹介された歴史ある温泉で、美肌の湯ともいわれるそうです。長生閣の温泉は自家源泉を自慢にしています。さて、お風呂からあがって、一休みしてから18時45分に予約した夕食です。「八雲」という2階の大広間でいただきます。なにはともあれ、地ビールと地酒ですね(笑)地酒は、3種類の飲み比べセット。どれも美味しかったですが、特に真ん中のは「死神」という恐ろしい名前の銘柄です「死神」は、加茂福酒造という、島根県の中部の小さな町の酒蔵で作られています。縁起の悪い名前は辛口のイメージを持たれますが、それとは違う芳醇な旨味の強いお酒です。当時の日本酒造りの時流は淡麗辛口でしたが、その主流に逆らってあえて味の濃いお酒を造り、お酒の名前は普通めでたい名前をつけるものですが、いっそのこと、逆に縁起でもない名前をつけてやれ、という遊び心で、また、数多くのお酒の中で覚えてもらいやすいインパクトの強い名前ということで命名したそうです。よほど、へそまがりの蔵元さんだったようですね(笑)その思惑に乗っちゃいまして、売店で「死神」の4合瓶をお土産に買っちゃいました(笑)(デザートのマンゴームースはうっかり撮るのを忘れました)どれも美味しゅうございました。お酒にもよく合いました。外へ散歩に行きたかったですが、雨模様なので断念。部屋に戻って、いい気持でベッドに寝転んでスマホをいじっているうちに、いつの間にやら寝込んでしまったようです。こうして2日目の夜はふけていきました。最終日の3日目、朝食前に朝風呂へ。男女入れ替えです。この日も天気はすっきりしませんが、やっぱり早朝の露天風呂は気持ちよかったです。朝食は出雲ダイニング秀峰という広いダイニングホールでバイキングスタイルです。できるだけ多くの種類を少しずつという作戦?でしたが、やはり少し取りすぎました。ここでも、シジミの味噌汁でしたが、大橋館で食べたシジミ汁に比べると、少し身が小さいようです。部屋で荷造りして、10時チェックアウトです。ロビーに人が少ないので聞いてみると、ツアー客が多かったので9時にはみんな出発していったそうです。7年前、じいさんと一緒に写真を撮ってもらった場所で、今回もツーショットを撮ってもらいました。写真を見比べてみると、少し装飾などが変わったようでした。駅までは、チェックイン時に頼んでおいた送迎車を出してもらいました。駅の待合室はけっこう賑わっていました。10時43分の列車で、再び松江へと向かいました。さあ、最終日、行動開始です。 つづく
2026年05月22日
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出雲大社駅から歩いて数分、門前町から神域に入る二の鳥居である「勢溜の大鳥居」です。ここから振り返ると700m続く参道である「神門通り」、土産物屋や飲食店が立ち並んでいます。参道には、昨夜、川京の若女将さんに教えてもらった明治10年創業の老舗「竹野屋旅館」がありました。ここは、ミュージシャン竹内まりやの実家なんだそうです。勢溜の大鳥居前は、毎年10月に開催される日本三大大学駅伝の一つ「出雲駅伝」のスタート地点です。ランナーたちは、この神門通りを駆け下りていきます。お昼時です。もちろん出雲そばの店を探します。有名店の一つ「田中屋」さんは、大鳥居のすぐ横にありますが、大行列。並ぼうかと思いましたが、少し歩いて、もうひとつの目当てのお店「荒木屋」さんに向かうことにしました。こちらも大人気店ですが、少し参道から離れているので、ちょっとはましかなと思って賭けに出ました。並んではいましたが、回転も早そうなので待つことにしました。 待つこと20分ほど、順番が来ました。創業は天明年間、240年の歴史を誇る老舗です。一番シンプルな三段重ねの割子そばにしました。薬味はネギ、のり、もみじおろし。もうちょっとグレードを上げると卵やとろろがつきます。まず、一番上の器に好きな薬味を乗せ、汁をかけまわします。食べ終わったら、残った汁を下の段のそばにかけるのが出雲流。足らなかったら、汁を足します。最後に、そば湯をいただいて、ご馳走様。お土産用の出雲そばを買い求めました。 この荒木屋さんに面する小道は、「神迎えの道」と呼ばれ、「稲佐の浜」へと続いています。旧暦の10月に全国の八百万の神様たちが「稲佐の浜」から上陸し、「神迎えの道」を通って出雲大社へと向かうんだそうです。せっかくなんで、浜へ行ってみることにしました。 歩くこと10数分、稲佐の浜に到着しました。 出雲の地を中心に地上の国々を治めていた大国主大神のところに、高天原(天上の国)を治める天照大神の使いがやってきて「葦原の中つ国」(地上の国)を譲ってほしい、と言ってきました。悩んだ末に要求を受け入れ、国を譲ることにした大国主大神は、「壮大な神殿を建てて自分を祀ってほしい」、という交換条件を出したということです。これが出雲大社の始まりとされています。この稲佐の浜は、この談判がなされた場所であり、「国譲り神話」の舞台とされています。稲佐の浜には、そのシンボルともいえる「弁天島」という大岩(島という名のとおり、昔は沖合にあったそうです)があり、海の神様「豊玉姫命」が祀られています。その弁天島の近くの波打ち際で、波が打ち寄せるタイミングで砂を採りました。(波が引くタイミングではダメなんだそうです)あらかじめ用意したビニール袋に砂を入れて持っていくことにします。なぜ、そんなことをするのかは、あとで述べます。再び、神迎えの道を通って、大社の勢溜の大鳥居まで戻ってきました。拝殿まで続く参道。真ん中は神様の通り道なので、参拝者は道の両端を歩きます。何はともあれ、拝殿にお参り。ここでは、2礼4拍手1礼です。出雲大社は7年ぶりの参拝です。そのときは車で来たので渋滞にひっかかり、おそばを食べた時点でかなり時間が押してしまい、御朱印をいただくのは断念したので、今回はなんとしても御朱印をいただくことが目的のひとつでした。無事、いただくことができました。御朱印料は定額ではなく「お気持ちで」なんて書いてあったので、かなり迷いましたが、まあ、相場かなと思って500円を納めました。神殿により近い「八足門」でも参拝。古代の出雲大社は地上から48mの高さがあり、さらに古い時代にはなんと96mもあったと伝えられています。荒唐無稽な神話の話とされていましたが、発掘調査の結果、それを裏付けるような遺跡がみつかったそうです。上の写真のミッキーのマーク(笑)みたいなところに巨大な柱の跡が発見されたとか。7年前に来たときは、さきほど参った拝殿のしめ縄が、有名な大しめ縄と思い込んでいました。ところが、大きくて有名なのは、すぐ近くにある「神楽殿」の大しめ縄ということをあとで知り、これも、今回ぜひ拝みたいと思ってました。やっぱりデカい今回、いろいろとリベンジすることが多いです。大国主大神に助けられたという因幡の白うさぎのモニュメントでしょうか。かわいいので、思わずパチリ。さてさて、稲佐の浜から持ってきた砂ですが、実は、境内の一番奥にある「素鵞社」(そがのやしろ)に納めるんです。社の縁の下に納める場所が作ってあります。ここに、稲佐の浜の砂を納め、同じ量の砂をいただいて帰る、という習わしがありまして、いただいた砂は、自宅の敷地の四隅にまくと災難除けのご利益があるそうなんです。こうして、出雲大社でのミッション?をすべて終え、本日の宿泊地に出発します。時間を取りすぎて、予定の電車の時間ギリギリとなり、小走りでバタデンの「出雲大社前駅」へ戻りました。いつものパターンですねえ(笑) つづく
2026年05月22日
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いい目覚めでした。朝風呂にも行きました。男女入れ替えでしたが、昨夜のちょっと殺風景な浴場に比べて若干広い感じがしましたし、装飾も工夫されていたような気がします。この日も、天気はあまり期待できそうもありません。大橋を行きかう人も傘をさしている人が多いです。現在の松江大橋は、車も通る近代的な橋ですが、小泉八雲の頃はもちろん木の橋でした。八雲は日本滞在記「知られぬ日本の面影」の中で、松江にやってきて富田旅館で迎えた最初の朝の情景を感動をもって書いています。橋を行きかう人々の下駄のカラコロという音やシジミなどの物売りの声、米を突く杵の音などを夢の中の出来事のように描いています。また、宍道湖に浮かぶシジミ採りの舟の上で、漁師たちが朝日や出雲大社の方向に向かって柏手を打って参拝する姿にも心を動かされています。滞在記の中で、松江・出雲のことを「神々の国の首都」と表現しました。朝食は食事処で。窓際の半個室みたいなところを用意してくれていました。食事処の広い窓からも、シジミ漁の船がいくつか見えました。おかずの入った箱のふたにもおしゃれな飾り紙が敷いてあります。松江の方言がいっぱい書いてありました。かわいらしいですが、高級魚のノドグロの干物もついてました。 もちろん、シジミの味噌汁もあります。おかわり自由で、2杯いただきました。ごはんは、島根県産のつや姫だそうです。10時前、チェックアウト。一畑バスで、松江しんじ湖温泉駅へ向かいました。宍道湖の北側を通って、松江と出雲を結ぶ一畑電車の松江側の始発駅です。一畑電車は、中井貴一主演の映画「RAILWAYS」のモデルになりました。49歳で脱サラして電車の運転士になった男の奮闘記です。地元では、「バタデン」と呼ばれて、貴重な足として親しまれています。出発まで40分ほどあるので、駅前にある足湯につかってきました。カミさんは、バスを降りるときに運賃を払うのに手間取っていたばあさんと、待合室で話し込んでいます。ズボンのまくり上げ方が足らなくてすそが濡れてしまい、カミさんに怒られました(泣)お湯かけ地蔵があったのでお参り。カミさんに、ばあさんと何をしゃべっていたのか聞きましたが、方言がきつくて半分も意味がわからなかったそうです(笑)10時45分発の出雲市行き電車で出発。途中で、自転車を引いた外国人の集団が乗ってきました。自転車が車内に持ち込みできるサイクルトレインです。車内に英語のしゃべり声が響き渡り、ちょっとビビりました。スペースもとるので邪魔だったし。途中、川跡駅で「出雲大社前」行の電車に乗り換え。11時48分、「出雲大社前」に到着しました。構内にこんな展示もあって、吸い付けられました。先の予定があるので、内部の見学は断念駅舎の内部です。どことなく、千と千尋の神隠しに出てきそうなたたずまい。外見もレトロです。コインロッカーがいっぱいだったので、駅の手荷物預かり所に荷物を預けて身軽になりました。さあ、出雲大社のお参りに出発です。 つづく
2026年05月22日
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午後7時20分ごろ、大橋館を出て1、2分のところにある「松江の味 郷土料理 川京」さんで夕食です。7時半に予約してあります。1か月前に電話予約しました。キャパが小さいうえに超人気店なので、予約なしの飛び込みではまず入れません。この日も予約客のみ、飛び込みで来たらしき二人連れが残念そうに帰っていきました。カウンター席のみで、HPでは15席と書いてありましたが、どう見ても10人も座れば満杯です。創業57年とかで、現在は、女将さんと、娘の若女将、調理担当の若女将の旦那さんの家族3人だけで切り盛りしているようです。メニューもすべて、温かみのある若女将の自筆の手作りで、味も雰囲気も期待できます。メニューの頭に書いてある「ばんじまして」は、島根の方言で「こんばんは」という意味です。単品でも頼めますが、おまかせの「シンプルフルコース」を頼みました。宍道湖で採れる「宍道湖七珍」と呼ばれる名物が中心のコースです。ちなみにスペシャルフルコースは、シンプルコースのメニューにお刺身盛り合わせがつきます。まずお通しは枝豆。この枝豆もただモノではありません醤油とゴマ油であえて削り節をまぶしたもので、これがまためちゃくちゃ美味しかったです。上には、ワカメを天日干しにした「板ワカメ」という島根の特産品がさりげなく乗っけてありました。これも、また歯触りがよくて磯の香りがして絶品でした。お通しの感想だけで、文字数を費やしちゃいますね(笑)続いて出てきたのは「おたすけシジミ」宍道湖といえばシジミ、というくらいの名物ですが、これを醤油ベースのとろみがある出汁で煮てあります。ほんのりニンニクの香りもしました。シジミの身も、ぷっくりしていてほじくるのが楽しい。なぜ「おたすけ」というかというと、シジミは肝臓の働きを助け、体にいいということから「おたすけ」と名付けた、この川京さんのオリジナルメニューです。「赤天」です。島根県西部のソウルフードで、スケソウダラなどのすり身に赤唐辛子を練りこみ、食紅で赤く着色してパン粉をまぶして揚げたもの。島根県内ではどこのスーパーでも売っていて、島根県人の食卓には欠かせないそうです。もちろんお酒のおつまみにもぴったり。「うなぎのタタキ」これも、宍道湖の七珍のひとつであるウナギを白焼きにして細かくたたき、ニンニク、ショウガ、とんぶりなどの薬味と秘伝のタレで和えた、川京の看板料理。う~ん 言葉がでません。山陰のカニと、隠岐諸島などの日本海沿岸で採れたバイ貝やカメノテ・・・カメノテは初めて食べますが、汁気が多いので「まずお汁を吸いだしてから串でほじり出してね」と言われました。ちょっとグロテスクで恐る恐る食べましたが、クニュっとした歯ざわりと磯の香があいまってなんとも珍味。そして、メインディッシュの「スズキの奉書焼」宍道湖七珍のスズキを奉書と呼ばれる和紙でくるんで蒸し焼きにしたもの。松江の代表的な郷土料理です。淡泊ですが、身がしっかりしていて、上品なお味です。昔、漁師たちがスズキを灰にくるんで焼いて食べていたのを、たまたま通りかかった松江藩主がそれを所望したところ、漁師たちは灰がついたままのむき出しの魚をお殿様に差し上げるのは恐れ多いと答えたところ、お供の家臣が機転をきかせて懐にあった奉書でスズキを包んで殿様に献上したのが始まりだそうな。旬の野菜の天ぷら箸休めに、ホタルイカが出てきました。ゆでたものと、干物です。なんと、「干物は火であぶるとおいしいよ」とのことで、マッチ箱を渡されました。ホタルイカの干物をマッチの火であぶって食べるのは初めての経験です。香ばしくて美味しかったですけれど・・・(笑)そして、締めは・・・「おたすけシジミ」に使った濃厚な出汁で作った雑炊です。濃厚でコクがあるんですが、胃に優しい味でホッとします。食べている間、目の前にこんなのがぶら下がっていて誘惑します。誘惑にのっちゃいました(笑)女将さんや若女将と、料理のうんちくや観光名所、「ばけばけ」の話などおしゃべりしながら、松江の美味珍味を味わう至福のときをすごしました。これから夜行バスで名古屋まで帰るっていう、しゃべり好きなおばさん二人組もいて、店内は終始にぎやかでした。9時過ぎ、名残惜しかったですが店を後にしました。島根の方言で「ありがとう」を意味する「だんだん」って言葉で見送られました。そういえば、電話で予約したときも、電話を切るときに「だんだん」って言われました。少し腹ごなしに宿の周辺を散歩。部屋に戻って、お風呂へ。いちおう「松江しんじ湖温泉」という温泉宿なので、温泉気分も味わいました。大浴場は、まあ、可もなし不可もなしで、露天もありませんでしたが、ゆったりできました。こうして松江の夜は更けていきましたが、歩き疲れたのと、川京さんでの食事で満ち足りたので、いつの間にやら爆睡してしまったようです。 つづく
2026年05月21日
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市内の人気スポットを巡る周遊バス「ぐるっと松江レイクラインバス」に乗って10分ほど、「小泉八雲記念館前」で下車しました。雨は、ほぼやんでいます。この日は一日、小雨が降ったりやんだりの天気でした。目の前にある記念館は後で来ることにして、まずは、城山の中にある、その名も「城山稲荷神社」に向かいました。歩いて7~8分ほどで、神社の赤い鳥居が見えてきました。境内は広そうでしたが、特にこれといったものもなさそうな、ある意味、ちょっと不気味な雰囲気のスポットです。なぜ、ここに来たかというと、ここは、小泉八雲が勤務先の中学校に通う際に、必ず立ち寄り境内に並ぶ狐の石像を見て回ったとの逸話があるからです。狐の数は400体を超えると言われ、八雲はここで創作のインスピレーションを得たとのことです。確かにただならぬ気配に包まれているようでした。 お世辞にも立派とはいえない(失礼!)本殿に参拝し、階段をおりたところの社務所で、物憂げというかちょっと不思議な雰囲気?の宮司さんから御朱印をいただき、神社を後にしました。後日、ここのお稲荷さんに助けていただくことになるとは、この時はまだ思いもしませんでした。さて、再び、記念館前に戻ってきました。ここは、武家屋敷が並ぶ塩見縄手と呼ばれるエリアの一角にあります。「小泉八雲記念館」に入場します。チケットは近くにある八雲旧居との共通入場券をネットで購入しました。展示スペースには、八雲の創作活動や日常生活の様子をたどることができる、数多くの資料が展示してあり、なかなか見ごたえがありました。撮影禁止なので、写真は外観のみです。続いて、歩いてすぐのところにある「小泉八雲旧居」に入ります。明治24年の6月から11月までの5か月間、八雲が妻セツと暮らした屋敷です。八雲のたっての希望で武家屋敷を手配してもらったとか。決して大きくはないですが、三方を和風の庭に囲まれ、ここで至福の時間を過ごしたそうです。八雲が執筆する際に使った特製の机と椅子のレプリカもありました。八雲は片目を子供のときの事故で失明し、もう片方の目も視力が弱かったため、極端に原稿用紙に目を近づけて字を書いたそうです。そのため机が高くなっています。本物は記念館のほうに展示してありました。 続いて、ぐるっと松江レイクラインバスに乗って向かったのは、「月照寺」というお寺です。バスで5分ほどで到着。ここは、松江藩主の菩提寺になっていて、広大な境内に歴代藩主のお墓が点在しています。 ここも、八雲がたびたび訪れた場所で、松江を代表する怪談の舞台にもなっています。それは、第6代藩主の廟門の中にある「月照寺の大亀」それがコレ。この大亀は、夜になると動き出し、城下で暴れまわり時には人を喰らったそうです。困り果てた住職が、大亀に説法をほどこし、大きな石碑を背負わせてここに封じ込めたということです。亀の頭をなでると長生きすると伝わっているとのことで、しっかりなでてきました(笑)本堂でご本尊にも参拝、情緒ある庭も鑑賞してきました。朝ドラ「ばけばけ」のロケも行われており、出演者たちの写真やサインも飾られていました。月照寺を後にして、再び周遊バスで松江駅に向かいました。松江駅で路線バスに乗り換えて次のスポットへ向かいましたが、周遊バスが少し遅れて、ギリギリでなんとか乗換えに間に合いました。本数が少ないので、この便に乗れないとタクシーを使うか、あきらめるかの選択を迫られるところでした。20分ほどで到着。「八重垣神社」です。ヤマタノオロチ退治で知られるスサノオノミコトと稲田姫命が夫婦生活を始めた地とされる由緒ある神社です。縁結びのパワースポットとして人気があります。少し雨が降っていましたが、傘がなくてもなんとか耐えれる程度の小雨です。参拝して、社務所に御朱印帳を預けてから、一番人気のスポットへ。縁結びの占いで有名な「鏡の池」です。本殿から歩いて数分。 まず社務所で占い用紙を買い求めます。そして、この鏡池に紙を浮かべて上に10円または100円硬貨を乗せます。濡れるとご託宣が浮かび上がります。そして、紙が池の底に沈むのを待ちます。沈むのが早いと近いうちに良縁に恵まれ、遅いと縁遠いと言われています。また、浮かべた場所から近い所で沈むと身近な人と結ばれ、奥の方まで流れて沈むと遠方の人と結ばれるんだそうです。ちなみに、小泉セツさんも、小娘だった頃、ここで占いをして、なかなか沈まず、池の奥の方でやっと沈んだそうです。この逸話は、その後10年近くたってから外国人であるラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と結ばれたことを暗示したと言われています。あっ、私らは見ているだけでしたよ(笑)息子の良縁を占おうと思いましたが、本人がやらないとダメなんだそうです。預けていた御朱印帳をいただいて間もなく午後5時を過ぎ、社務所も閉まってしまいました。帰りもバスです。本日6回目、計1500円也、乗り放題パスの3500円にはまだまだです。明日、またがんばろう(笑)このバスは松江駅を経由して、宿の近くのバス停まで行ってくれました。松江大橋の南詰、大橋館の反対側に「源助柱」の慰霊碑というのがあります。江戸時代初期のお話。松江藩主が松江城の築城と城下町の建設を進める一環で、大橋川に初代の松江大橋を架けようとしましたが、何度柱を立てても流されてしまい、工事は難航しました。そこで、神仏の怒りを鎮め、工事を成功させるために人柱をたてることになり、源助という名の足軽が川底深く生きたまま沈められました。たまたま通りかかったのか、何らかの理由があったのか、源助が選ばれた理由は定かではありませんが、その後、工事はうまくいき、橋を架けることができました。この源助の霊を慰め、供養するために松江大橋の南詰に「源助柱の碑」が建てられたそうです。現在の松江大橋は、17代目だそうです。橋から眺めた「大橋館」の全景です。宍道湖も遠望できます。午後6時ごろ、大橋館に戻ってきました。チェックインしたあと、ロビーでウェルカムドリンクのお抹茶をいただきました。有名な宍道湖の夕日は、こんな天気なので、残念ながら見ることはできませんでした。せめて、ロビーに飾ってあった夕景のパネル写真で我慢です。部屋は4階の「あやめ」 すでに荷物は運び入れてあり、布団もひいてくれてありました。宍道湖が見える側の部屋をとってあったのに夕日が見れないのは残念でしたが、部屋からの景色はまずまずいい眺めです。宍道湖の夕日を見るための遊覧船が帰ってきたんでしょうか。目的を達することができず、乗客はさぞやがっかりだったでしょうね。朝食付きプランなので、夕食はついていません。すぐ近くの料理屋を予約してあります。お風呂は、食べて帰ってきてからということにして、しばらく一休みです。いや~ よく歩きました。 つづく
2026年05月21日
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恒例?となった5月の旅行、今回は島根県の松江と出雲を旅してきました。5月21日木曜日、お天気は例によって(笑)今にも降りだしそうな曇天です。5時前、家を出発。四日市から近鉄で名古屋、名古屋からは7時6分発のぞみ103号で、まずは岡山を目指します。8時41分、岡山着。ここからは伯備線で一路山陰地方へ。9時13分に特急やくも5号 出雲市行きは発車しました。2024年4月にデビューした273系 新型車両です。1編成に、2人用2つ、4人用2つしかないというセミコンパートメント席を確保できました。グリーン席と同じ車両にありますが、普通席扱いで追加料金はかかりません。向かい合わせですが、座面をフラットにできて、足を伸ばせます。リクライニングにはできないので、少々窮屈な感じもしますが、特別感がなんともいえません。二人用席は私らと、もう一組で埋まりましたが、4人用は二つともずっと空いていました。3人以上でないと予約できません。中国山地を突っ切るので、倉敷から先の景色はずっと山の中です。カーブが多い路線でスピードを出せるように、振り子式という装備がついています。カーブを通過するときに車体を傾斜させることで通過速度の向上と乗り心地の改善をはかっているそうです。とは、いうものの、ユーラユーラと右へ左へ傾くので、車酔いしやすい人には少々つらい路線です。酔わないうちに、岡山駅で買ったビールで先に酔うことにしました(笑)米子から山陰本線に入りました。ようやく揺れはおさまったようです。駅で買ったおにぎりで軽く昼食。松江に11時48分到着しました。今回の旅では、「松江・出雲旅PASS 2Days」を購入しました。松江・出雲エリアの市バス、私鉄バス、私鉄電車に二日間乗り放題です。(JRが売ってるくせに、なぜかJR路線は対象外です)一人3500円、なんとか2日間で元を取らねばなりません(笑)さっそく、松江駅から今夜の宿近くまで、この地域の私鉄バスである一畑バスに乗りました。5分ほどで到着。市内は均一250円です。今夜の宿は、大橋川にかかる松江大橋のたもとにある「大橋館」です。今回の旅で、松江・出雲を選んだ理由のひとつが、「ばけばけ」です。今年3月まで放映されていたNHKの朝ドラ「ばけばけ」は、「怪談」や「知られぬ日本の面影」などの著作で有名な明治の文豪 小泉八雲とその妻セツの夫婦の物語です。小泉八雲 本名ラフカディオ ハーンは、ギリシャ生まれのイギリス人。古き良き日本文化に魅せられ、英語教師として日本にやってきます。その最初の赴任地が、この松江の町。赴任してしばらくは、松江大橋のたもとにある「富田旅館」に滞在しました。その後、焼失した「富田旅館」の跡地に、今夜泊まる大橋館が建っています。八雲の身の回りの世話をするために雇われた小泉セツと、やがて結婚することになります。上の写真の石像とレリーフは執筆中の八雲と、妻セツですね。今回の旅は、その小泉八雲ゆかりのスポットを中心に回ることにしています。宿に荷物を預けてから、近くのバス停にむかいました。町のいたるところに、八雲夫婦のイメージポスターやのぼりが立っていました。キャッチコピーの「あげ」は松江の方言で「あのように」とか「あんなふうに」、「そげ」は「そう」とか「そのように」、「ばけ」は「ばけばけ」のことでしょうかね。 松江は、松江城のお堀や水路が縦横に走っている水郷の町でもあります。お堀を巡る遊覧船もあります。初日に乗る予定でしたが、天気がイマイチなので、最終日にまわしました。ここまでなんとかもっていた天気でしたが、バス停でバスを待っているうちに、ついにシトシト降りだしました(泣)気を取り直して、観光スタートです。 つづく
2026年05月21日
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いや、別に名古屋メシをかっとばすわけじゃありません(笑)日曜日に、ケンちゃんに誘われてバンテリンドーム(ナゴヤドーム)へ、ほんと、久々の野球観戦に行ってきました。巨人vs中日のデーゲームです。自分らが野球を見ている間、名駅周辺をブラブラするということで、カミさんとK子ちゃんも同行。桑名に車を止め、JRで名古屋へ向かいました。まずはみんなで腹ごしらえということで、エキナカにある「チャオ」というあんかけスパのお店へ。少し並びましたが、回転が早くすぐに順番がやってきました。わたしはレギュラーサイズにしましたが、けっこうなボリューム。でも、それほど辛くなく完食できました。女性陣はスモールサイズ、ケンちゃんはもちろんトッピングいっぱいのジャンボサイズです(笑)腹ごしらえもすんで、ここで解散です。わたしとケンちゃんはJRで大曽根へ。駅からドームまでの距離は地下鉄や名鉄のほうが近いんですが、JRで行った方が比較的すいている、というケンちゃんの判断です。判断通り、楽々座っていくことができました。駅からドームまでは歩いて15分ほどかかりましたが、天気もよくいいウォーキング日和でした。ビールとおつまみを確保して、13時半試合開始。内野席のまずまず前の方で、思ってたよりいい席でした。ただ、巨人ファンが陣取る3塁側だったにもかかわらず、中日のユニフォームをまとった連中があちらこちらにいて目障りでした。1塁側の席が確保できなかったんでしょうね。これだから、ビジターゲームは・・・・まあ、気を取り直して。試合経過は詳しくは触れませんが、点を取られては取り返すシーソーゲームで面白かったです。17時前、試合終了。ジャイアンツが9対4で快勝ふたり気分よくドームを後にしました。再びJR大曽根駅まで歩きましたが、行きとは違ってさすがに駅に向かう人は多かったです。名古屋駅で女性陣と合流。駅ビルのタカシマヤや、大名古屋ビルヂングでやっていたミッフィー展などをぶらぶらしたり、カフェでおしゃべりしたりして過ごしたけれど、さすがに5時間近い時間つぶしは疲れたそうです。結局買ったのは、半額のパンと、安売りのアイス皿だけだそうで・・安上がりですね(笑)同じくエキナカの「うまいもん通り」にある定番の「まるは食堂」で夕食。わたしは、いつものとおり、名古屋名物の身がぎっしり詰まったエビフライと刺身、小鉢と生ビール付きの「ハッピーセット」(旧名 のんべえセット (笑))です。野球観戦と名古屋メシを堪能して、帰路につきました。
2026年05月10日
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大型連休真っただ中、好天の土曜日に、松阪のわたしの実家近くにある両親のお墓参りに行きました。墓参りする前に前島食堂でランチ。いつも肉のテイクアウトばかりですが、今回はお店で食べていくことにしました。いまや、松阪牛をしのぐ?松阪鶏焼きの人気店ですが、天気のいい連休初日のお昼どき、さすがに駐車場はいっぱい、店の前には10数人ほどの行列ができていました。待つこと覚悟で、順番表に名前を書き行列に並びました。車の中で待っている人たちもいるようで、18組目です。ファミリー、若いカップル、老夫婦、大型バイクでツーリング中のちょいワルおやじ達、客層は様々です。11時半頃に並び始めて待つこと1時間ほど、ようやく名前が呼ばれました。わたしらはカウンター席でした。あと、テーブル席と座敷席もあるようです。わたしらの前には焼き肉用のガスコンロが置かれていましたが、テーブル席のほうは焼き肉屋によくあるコンロがテーブル中央に埋め込まれたタイプでした。カミさんは、たびたびテイクアウトの肉を買いにくるので中の様子は知っていますが、ここで食べるのは初めてだそうです。わたしは、ずいぶん昔、独身時代に職場の人たちと食べに来たことがあります。そのころは、テーブルの上に七輪がどんと置かれ、炭火で焼いていたような記憶があります。店内も煙がこもって、壁も油で薄汚れていました。今は、集煙機もあって、リニューアルしたのか店全体が小ぎれいになっています。メニューはきわめてシンプルで、お肉は「親鶏」「若鶏」「肝」「セセリ(首回りの肉)」の4種類。あとは鶏野菜スープ、みそ汁、ご飯は大中小。これだけです。わたしらは、親鶏と若鶏を1人前ずつ、鶏野菜スープとご飯は中盛りを注文しました。タレにニンニクを入れるかどうかを聞かれます。この後、誰に会うでもないのでニンニク入りでお願いしました。ビールを飲みたいところですが、我慢してノンアルコールビール。テイクアウトの時はいつも若鶏で、親鶏を食べるのは初めて。親鶏は、卵を産み終えたメスの鶏です。親鶏は・・・固いです。嚙み切れない部位もありました。好きな人は、かめばかむほど旨味が出るっていいますが、「やっぱり、柔らかい若鶏がいいなあ」ってカミさんと意見一致しました。秘伝の味噌だれは、お店で食べてもコクがあって絶品。鶏野菜スープは、白味噌仕立てで甘口でしたが、野菜と鶏の旨味が出ていて、ご飯によく合いました。美味しゅうございました。 家で焼いて食べるのもいいですが、こうやってお店で焼いて食べるのもまた格別です。追加注文したいところですが、食べすぎると眠くなるので腹八分目でとどめました。家で焼いて食べる用に、若鶏とタレを2人前テイクアウトして、お店を出ました。まだまだお客さんの行列は途切れません。人気ドラマ「孤独のグルメ」で、松重豊さん演じる主人公もこの店を訪れています。ポスターが貼ってありました。ふとしたことから松阪にやってきた主人公が、松阪牛を食べれるお店を探し回り、たまたま入ったのがこの前島食堂で、鶏焼肉しかないと知ってがっくりしますが、食べてみるとあまりの美味しさに驚く、というストーリー。松阪駅周辺には松阪肉の名店や牛ホルモンの人気店がいっぱいあるので、わざわざ郊外にある前島食堂まで知らずにやってくるというストーリーは少し無理やりなところはありましたが、人気ドラマで紹介されて、ちょっと嬉しかったですね。タイトルの「腹が・・・へった」は、主人公がお店を探す際のお約束の決め台詞です。お墓参り、最近は枯れないように造花を供えています。まわりの雑草を取って、大酒飲みだった父のために墓石にお酒をかけました。母は迷惑だったでしょうね(笑) すぐにそのあと、水をかけましたよ。道の駅と、農業公園にも立ち寄り、産直の野菜や花、地元産のお菓子や惣菜などを物色してから帰路につきました。少しまだ時間が早いためか、高速道路も渋滞はなくスムーズに帰れました。わたしらが墓参りに行くときは、けっこう雨模様のことが多いんですが(笑)、この日は1日中天気も良くてドライブ日和、ちょっとした小旅行気分でした。おまけ 5月を迎え、庭も春から初夏へ移り変わるようにツツジとハナミズキが咲き誇っています。
2026年05月02日
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ブドウ狩りに行ったわけではありません。コンサートのタイトルです。4月21日、名古屋の愛知県芸術文化センター大ホールであった「グレープ」のコンサートにわたし一人で行ってきました。「グレープ」・・知ってますか。1972年に、さだまさしと吉田政美が結成した伝説のフォークデュオです。3年半ほど活動し、その間、「無縁坂」や「精霊流し」などヒット作を生み出しました。1976年解散。以降は、さだまさしはソロのシンガーソングライターとしてゆるぎない地位を築き、74歳になった今も、数多くの曲を作り、日本のアーティストの中で最も多い回数のコンサートを行うなど、第一線で精力的に活動しているのは、みなさんご存じのとおりです。吉田政美は、解散後、別グループを結成して芸能活動を行っていましたが、その後、音楽ディレクターやプロデューサーに転身し、現在は、さだまさしの著作権管理会社の社長をしながら、さだのコンサートのゲスト出演などを行っているそうです。その「グレープ」、結成50周年の2022年11月に再結成し、不定期でコンサートを行っています。そして、今回、名古屋で「春の葡萄祭2026」と銘打ったコンサートが開催されました。さだまさし単独のコンサートは数多く開催されていて、三重に来た時、カミさんと聞きにいったこともありますが、グレープとしてのコンサートは初めてです。隠れ?さだファン(笑)のわたしとしては、この貴重な機会に行かないわけにはいきません。 開演は午後6時なので、30分前には会場入り。愛知県芸術劇場大ホールは約2400席の文字通り大ホールです。わたしの席は、5階です。しかも、両サイドに張り出すように設置された4人用のボックス席。貸し切りならよかったんですが、3人組のおばちゃんと相席です。ちょっと嫌な予感が・・・そうこうするうち開演。ステージを見下ろすような位置なので、時々、持って行ったオペラグラスでステージを眺めながらの鑑賞です。ほぼ満席で、ざっと見た感じでは、平均年齢60歳は超えているような しかも、女性の比率が高いような気がしました。立ち上がったりするような激しい曲は基本無い(笑)ので、同席の3人組も含めて、拍手以外はみなさん比較的静かに聞いています。「超マニア席」と呼ばれる1階正面の前から数列の席に陣どった追っかけらしいおばちゃんたちの掛け声は時々響いていましたが・・・1曲目は「無縁坂」、最後は「精霊流し」、アンコールは「フレディ、もしくは三教街」・・全部で15~16曲くらいだったかなあ。新曲や知らない曲もあったけれど、思わず(声は出さずに)一緒に口ずさむような懐かしい曲ばかりでした。さだまさしのライブといえば、曲よりトークのほうが多いと言われます。グレープ時代のエピソードを吉田政美と掛け合い漫才のように面白おかしくしゃべるので、場内大爆笑 おしゃべりのさだに対して、無口で知られる吉田がぼそっと面白いことを言うので、ほんとに漫才のボケツッコミみたいでした。さだが最初に「相棒がくたびれるので、7時45分には終わるよ〜」って言うと、超マニア席のおばちゃんたちが「やだ~ もっと長くやってえ~」って叫ぶ一幕もありましたが、結局30分ほど超過して8時15分に終了しました。いや~ 楽しかった葡萄祭は、4月中に、大阪を皮切りにスタートし、福岡、そして今回の名古屋、このあと仙台で行い、最終は東京というスケジュールです。5月からはさだまさし単独の全国ツアーが始まります。会場から出ると、久々に見た名古屋・栄のイベントゾーンオアシス21の大屋根と中部電力ミライタワー(名古屋テレビ塔)の夜景が、UFOとロケットのような不思議な光景だったので、思わずパチリ。そのあと、名古屋駅に戻り、居酒屋で一人打ち上げ。名古屋の夜を堪能しました。家に帰ったのは11時半ごろでした。
2026年04月21日
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4月7日の火曜日、クラブツーリズムのバスツアーで高遠の桜を見に行ってきました。高遠の桜は、かねがね一度は見たいと思っていたのがやっと実現です。最初は13日で予約してあったんですが、例にもれず1週間近く早い開花、満開を迎えたので急遽日程変更しました。朝6時前に家を出て、桑名駅裏に車を預けてJRで名古屋へ向かいました。集合は名古屋駅太閤口です。バスは8時に満席で出発しました。中央道を一路、信州方面に向け走ります。お天気は、なんちゃって雨男の本領発揮(笑)で、昨日の晴天から一転して今にも降りだしそうな曇り空です。目的地は、信州伊那の高遠城址公園。順調に11時すぎに到着しました。雨はなんとかもちそうです。高遠城址の桜は、青森の弘前、奈良の吉野と並んで「日本三大桜名所」に数えられています。ここの桜は「タカトオヒガンザクラ」と呼ばれる固有種で、赤みが強い小ぶりの花を咲かせます。城跡に足を踏み入れたとたん、一面鮮やかな満開のピンクに包まれた世界が広がっていました。高遠城址は、明治になってから城が壊され荒れているのを悲しんだ旧高遠藩士らが明治8年ころより城跡にこの地域固有の桜を植樹し始め、現在では樹齢150年を超える老木など約1500本の樹林となって、城址公園として整備されました。桜花の可憐さと規模の大きさから「天下第一の桜」と称されるようになったそうです。「天下第一櫻」と刻まれた石碑がありました。公園内で一番の人気スポット「桜雲橋」です。お堀から見上げた桜雲橋。そろそろ散りはじめた花びらが池に浮かんでいます。花吹雪のころになると一面花びらに埋め尽くされる「花筏」が楽しめるそうです。バスの中で「高遠饅頭」の割引券をもらったので、指定のお店でお土産に購入。 ご朱印ならぬ御城印というものがあったので、もちろん購入。屋台も出ていたので、ビールを買ってささやかな花見酒(笑)滞在時間は約70分ほどでしたが、評判にたがわない見事な桜を楽しめました次の目的地に向かう間に、車中でお弁当の昼食。高遠を出発する直前くらいからポツポツと雨があたり始めました。1時間ほど走り、駒ケ根の光前寺に到着するころにはシトシトと降り始めましたが、気を取り直して、傘をさして境内へと進みました。この光前寺は西暦860年に創建された天台宗の古刹です。境内には70本ほどのしだれ桜が植えられ、しだれ桜の寺として知られるようになりました。ご本尊は不動明王。 もちろん御朱印もいただきました。この寺には「霊犬 早太郎」という伝説があります。その昔、現在の静岡県磐田市のあたりにあったある村には、村を荒らす化け物を鎮めるため、毎年、祭りの夜に一人の子女を人身御供として差し出すという悲しい習わしがありました。村に住む僧侶がこれを気の毒に思い、何とかしたいといろいろ調べてみると、化け物は「早太郎」と呼ばれる山犬を怖れていることを突き止めました。そこで、僧は「早太郎」を探して信州の地にやってきたところ、この光前寺で飼われていた山犬だということがわかりました。僧は事情を話して「早太郎」を借り受け、磐田の里へと連れて行ったところ、見事、「早太郎」は化け物を退治したということです。化け物の正体は年老いたヒヒだったそうですが、この老ヒヒとの戦いで傷ついた「早太郎」はそのまま息絶えたとのことです。僧は、「早太郎」の亡骸を光前寺に連れ帰り、手厚く葬りました。この「早太郎」こそ不動明王の化身だったと言い伝えられ信仰を集めているそうです。早太郎のお墓です。石像もありました。そうそう、ここへはしだれ桜を見に来たんでしたっけね(笑)全体としてまだ7、8分咲きだそうで、つぼみの木もありましたが、なかなか見事でした。最後に、近くにある土産物屋に立ち寄りました。ツアーのお土産として、ここで長野県産のお米と野菜をいただきました。お米は400gほどをマスですくい取りです。いただいたのはいいんですが、持ち歩くのに重くて一苦労でした。すべての日程を終え、名古屋駅への帰路につきました。駅には午後5時半頃到着。このころには青空と日差しも出ていました(笑)カミさんの希望でタカシマヤを少しぶらついたあと、駅近くの「世界の山ちゃん」で打ち上げの夕食。手羽先と名古屋メシが人気の居酒屋チェーンです。仕事帰りのビジネスマンやカップルでほぼ満席でした。家には9時前に帰りつきました。例によって天気はイマイチでしたが、お花見を十分堪能できました(この記事を書いている10日現在、高遠城址の桜は「落花盛ん」です。週末には散り果てそうです。)左の箱は「高遠饅頭」、ピンクがかった徳利は高遠城址で買った「高遠焼」です。
2026年04月07日
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今年の桜は、どこも1週間くらい早いようです。墓参りついで?に、近くの河川敷沿いの桜並木を見てきました。ほぼ満開です。明日からはしばらく雨模様の予報だし、お花見には最後のチャンスかも。最近の桜(ソメイヨシノ)を見て、カミさんがよく言うんですが、「昔の桜って、もっとピンクやったような気がしやへん?」確かに、昔の記憶と比べて白っぽいような気もしますが、どうでしょうね。ここの桜並木も老朽化が進んでいて、根元から切られている木もちらほらと切られても、枝を伸ばして花を咲かせるたくましい木も見かけました。「春に咲くのは桜だけじゃないよ」と主張するかのように、きれいに咲いている花々もあります。桜の木の下で健気に咲いているタンポポ八重桜に似てるけどAIで調べると桃の花だそうです。ピンクのツバキモクレンの花です春の花々の競演ですね。
2026年03月29日
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3月15日はカミさんの誕生日です。名古屋でディナーすることにしました。息子にも声をかけたら、意外にも(笑)「行く」というので、3人ででかけました。息子も今月の終わりごろに誕生日を迎えます。なので、つい「お前の誕生日も祝ってやる」と言っちゃったので、タダ飯が食えると思ったようです。桑名に車をとめてJRで名古屋へ。名古屋駅のタワーズプラザのレストラン街にあるイタリアンを予約しましたので、12階まで登ってまずは店の場所を確認しました。カミさんが、タカシマヤをぶらぶらする時間もほしいと言ったので、予約時間の午後6時まで2時間以上あります。いったん、バラバラに解散しました。どうやって時間をつぶそうと思ってたら、ちょうどタカシマヤ10階の催事場で「大北海道展」をやってたので、しばらく物色。北海道展は百貨店のイベントの中でも特に人気があるので、日曜ということもあり、すごい人出でした。なにも買うつもりはなかったんですが、ついつい、並んで買っちゃいました。あとは、本屋やハンズをぶらぶらして時間をつぶし、予約時間の15分前にお店の前まで行きました。カミさんは5分前、息子はギリギリの2分前になってようやくやってきました。息子も、北海道展に並んで、数量限定のスイーツをカミさんへのプレゼントとして買ってきたようです。ディナーは、「The Kitchen Salvatore Cuomo NAGOYA」(ザ・キッチン・サルヴァトーレ・クオモ ナゴヤ)「お好きなものを選べるプリフィックスコース」全5品 というコースを予約しました。ドリンクは、わたしは「グラン レアレ ブリュット」というスパークリングワイン、息子は「ブラッドオレンジビア」というビアカクテル、カミさんは「ジンジャーピーチクーラー」というノンアルのティーカクテル まずは乾杯です。コースが始まりました。まずは、季節の前菜5点盛り合わせ。生ハムとイチゴ、鯛のカルパッチョ、モッツァレラとミニトマト、トリュフ入りライスコロッケ、そしてパンプキンスープです。ピッツァは、3種類からチョイスですが、世界コンペティションを受賞したというナポリピッツァを選びました。(400円追加ですが)丸いままで持ってきてくれましたが、「切り分けましょうか」と言われたので頼みました。うっかり、丸いままの写真は撮り忘れました。パスタも3種類から選びます。ピッツァは3人で1枚でしたが、パスタはそれぞれ好きなのを選べます。わたしは「生牡蠣と菜の花のアーリオオーリオスパゲッティ」、カミさんと息子は「愛知県産知多牛のボロネーゼ タリアテッレ」をチョイス。どうも、イタリアンは料理の名前が長い呪文のようです(笑) 牡蠣は生とはいうものの、少し熱が通っているようで生臭くなく、甘みもありました。メインディッシュも3種類から。わたしは「鯛と愛知県産アサリ、ムール貝のアクアパッツァ」、あとの二人は「愛知県産奥三河鶏のアンチョビガーリックソース」です。 ドリンクのおかわりは、わたしが「アメリカンレモンレモネード」というレモンシロップと赤ワインのカクテル、息子は「シトラスバブルアップ」というサトウキビのシロップが入ったレモンサワーです。 そしてデザート。右端のキャラメルアイスが美味しかった。ここで、ちょっとしたハプニングが・・・火のついたキャンドルと、パチパチとはじけるパーティスパークと呼ばれる花火の演出付きのミニケーキが運ばれてきました。お皿にはHappy Birthday と描かれています。頼んでないのに、なぜバースデイディナーと知ってるの??? あたふたしていると、スタッフも困り顔。でも、誕生日には違いないので、サービスはお受けしました。実は・・・最初にネット予約した際、どういう趣旨の会食かを書く欄に「バースデイ ディナー」と記したのを、わたしがすっかり忘れていたのでした。息子にはバカにされるわ、ほかのお客さんの目は気になるわ・・・お店のスタッフにも、「予約の時に確かにバースデイと書いてました。ごめんなさい、お騒がせしました」と謝りました。あ~ 恥ずかしまあ、とにかく、気を取り直して、スリーショットの記念写真を撮ってもらいました。ちょっと恥ずかしいハプニングはありましたが、記憶に残る記念日になりました。お料理も美味しかったし、お店もいい雰囲気で夜景も綺麗、スタッフも元気良くてキビキビしてました。けっしてお安くはないけれど、メモリアルな時にはリピありかな。お酒を飲んだので、息子はアパートへは帰らず、うちに泊まっていきました。あっ、そうそう。ビッグニュースがあります。姪っ子モモが結婚することになりました。看護師はやめて、東京に住むとのこと。残念ながら? 結婚式はしないみたいです。息子に伝えたら、平静は装ってましたが、先を越されたショックが顔に表れてました(笑)
2026年03月15日
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わが家のささやかなお雛様ケンちゃん家(旧じいさん家)の裏手に、そこそこ広めの畑と荒れ地があります。畑といっても何も作ってはおらず、荒れ地も昔は大きなクスノキを中心としたちょっとした林になっていたのをすべて伐採し、今はでこぼこであちこちに切り株が点在していてなんの用途にもなりません。長年放置しているので、いまさら畑を耕そうとしても、人手も経費も手間もかかるうえに、何か作ってもほとんどサルやイノシシ、鹿に食われてしまいます。カミさんが相続したのですが、固定資産税はかかるわ、雑草は容赦なく生えてくるので草取りや除草剤撒きの手間だけはかかる、いわばお荷物的存在です。処分したいのですが、道路に面していないので売ろうにも売却価値はほとんどありません。時々、太陽光の業者から土地を貸してほしいという声がかかることはありましたが、例のパワハラ長老を始め、近所の口うるさい連中からは「太陽光だけは絶対するなよ」と脅されています。冬の間は土肌が見えていたんですが、このところの気温上昇で一面に雑草が生えだしました。またまた、雑草との戦いの季節が始まります。地主(笑)のカミさんと様子を見に行ったんですが、細かい花をつけた草に一面覆われています。まあ、見ようによっては、白や紫の小さな花に覆われて、花畑?のように見えなくはないです(笑)雑草と言いましたが、ちゃんと名前はあって、ネットで調べてみると、白いのは「ミチタネツケバナ」という外来種、紫は「ホトケノザ」というありがたい名前がついていました。ついでに、周囲を見回してみると、けっこう花々が咲いていて春の訪れと命の芽吹きを感じました。 根っこはほとんど朽ち果てたようになっている白梅も、ちゃんと花をつけていました。 サザンカ・・・・かな。スイセンですね。ユズが、まだこんなにたくさん実をつけています。ほとんど放置している畑や荒れ地にも、春はやって来ているようです。
2026年03月03日
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2月も終わろうとしています。前回更新から1か月以上たちましたが、特にこれというネタもなく、更新をさぼってただけなので、ご安心?を。まあ、ここらで軽く近況などを紹介しておきます。2月に入って、まずは、自治会の役員(持ち回りで任期1年です)が回ってきましたので、さっそくご近所に自治会費の集金と就任あいさつ。あわせて、老人会の総会が3月にあるので、その打ち合わせと準備。老人会長が体調不良のため、副会長である自分にすべて仕事が回ってきます。季節の行事としては、節分には恵方巻丸かじり、バレンタインにはカミさんとK子ちゃんからビールとチョコをいただきました。ついでに、自分用にこんなのを買ってみました。(もちろん、カミさんやむこうの家にもおすそ分けしましたよ)虎屋の「バレンタインういろ」です。2月はじめの総選挙の頃には積雪がありましたがその後はすっかり春めいてきて、暖房がほとんどいらなくなってきた代わりに、招かれざるモノが飛び始めて、余計、家にこもるように。そろそろ、市内の梅林公園では梅まつりも始まりましたが、行こうかどうしようか迷ってるところです。去年、行ってるしなあ。とりあえず、去年の写真を載せときます。最近までは、ずっとオリンピックばかり見ていたので、あまり退屈もしませんでした。それにしても、オリンピックが終わってしばらくは「りくりゅう」フィーバーが続いてましたが、それも、WBCが近づくにつれ「大谷フィーバー」に置き換わってきましたね。あっ、そうそう、先日、甥っ子けいちゃんが帰省してきたときに食事会したんですが、彼はビール、日本酒、ウィスキーをちゃんぽんして、けろっとしてました。あいかわらず強いわ~その時に、アパート住まいしている息子が、「アパートを出て、むこうの家に住もうかな」って口走ってました。むこうの家とは、元のじいさん家(今はケンちゃんとK子ちゃんが住んでいます)で、田舎の旧家なので空き部屋はいっぱいあります。家賃や光熱水費の負担がしんどくなってきたようですが、はたして本気かしら??
2026年02月28日
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老人会恒例のお伊勢さん初詣バスツアーが23日にありました。今回も世話役なので、カミさんも巻き込んで数日前から、バス車中用のお菓子やつまみの詰め合わせ作りや、飲み物の準備をしました。いくつかの地区の老人会を取りまとめる連合会の主催ですが、年々、参加者が少なくなっていきます。コロナ前は、うちの地区の老人会だけでバス1台いっぱいになったそうですが、昨年は2つの地区との乗り合わせになり、今年はさらに減ってうちの老人会の参加者は14人。ほかの5つの地区の参加者と乗り合わせになりました。過去は連合会全体で4.5台のバスが出たそうですが、今年は2台だけです。間の悪いことに、前々日から「最長最強寒波」とやらがやってきて、前日の朝はこんなでした。出発できるのか危ぶまれましたが、以降は日も射したりして積雪もだいぶ溶けていきました。当日の朝にはほとんど積雪はなくなっていましたが、凍結はしていたので、カミさんに付き合ってもらって慎重に集合場所に向かいました。時間は早朝7時前。集まってきた参加者にお菓子を詰めた袋とビールを配りました。カミさんはまだ老人会員にはなっていないので、バスが到着する前に帰っていきました。7時20分ごろバスが到着。昨年、わたしを責め立てたパワハラじいさん(以下、パワじいと呼びます(笑))は今年も参加です。うちの老人会の今回の参加者には、パワじいを含め、大酒飲みが5人ほどいます(私も含む???(笑))さっそく、パワじいが「酒くれ!」というので、バスが動き出す前に「酒飲みじいさんズ」たちに酒をついで回りましたパワじいは、高速を走っているときにも、後ろの方に座っている別の酒飲みじいさんに酒をつぎに行け、と言ってきましたが、走行中には立ち歩けないと答えると、「なんじゃ、あいかわらず固いやつじゃのう!!」と怒られました。コースは例年と同じ。まずお伊勢さんの外宮へ向かいます。外宮の正宮にお参り。3日に来たばかりなので御朱印はいただきませんでした。豊受大御神の荒御魂を祀る「多賀宮」にももちろん参りに行きました。ここは参ったことがないという役員のおばさんを引き連れて、添乗員のようにウンチクを披露しながら、多賀宮、土宮、風宮に参拝。まだ10時半くらいでしたが、昼食場所へと向かいました。昨年と同じ、内宮の宇治橋近くにある「勢乃國屋」です。各地区の老人会ごとに席が作ってありました。ここでも仕事がありまして、着いてすぐに飲み物の注文です。ビール、日本酒、ウーロン茶を適当に注文しましたが、女性陣を含め飲まない人用に多めに注文したウーロン茶が思ったより飲む人がおらず、半分以上返品になりました。そのかわり?、酒飲みグループは追加注文ありでした。てこね寿司と伊勢うどんの定食。わたしは、酒飲みグループの席に座らされ、つがされ、飲まされ、説教され、という去年と同じパターンで、食べた気がしませんでした。ほかのメンバーが食べ終わって席を立って行っても、酒飲みじいさんたちはそのまま居座ります。食べた後は内宮での自由行動なので早く行きたいんですが、とても立って行ける雰囲気ではありません・・・パワじいの他にも、もう一人ちょっと酒癖の良くないのがいて、パワじいと二人でくだを巻いていました。ケンカにならないかハラハラしました(泣)店の人が「次のお客様がみえるので」と告げに来て、やっと地獄?の時間はお開きです。ようやく解放されて、ふらふらと内宮へ詣りに行きました。昨日の大雪がうそのようないい天気です。最初に、3日に参らなかった別宮のひとつ「風日祈宮」に参拝に行きました。そして、正宮へ。さすがに、三が日ほどの混雑ではありません。天照大御神の荒御魂を祀る「荒祭宮」にも、もちろんお詣り。3日にはいなかった神馬がいました。おはらい町も、押しあいへしあいの三が日の大混雑がうそのようでしたが、まあ、そこそこの賑わい。カミさんに頼まれた「くうや茶屋餅」を買って、今年も二軒茶屋のクラフトビールで「お清め」(笑)じいさんらにつかまっていた分、時間がなくなってあわただしかったですが、なんとか当初の目的はこなせました。早足で歩いたので、少々酔いが回ってクラクラしちゃいましたが・・・・バスは、最終目的地の二見へ。二見興玉神社では、書置きでしたが御朱印をいただきました。駐車場へ戻る途中にある「豚捨」の支店でコロッケを購入。おかげ横丁のお店では長蛇の行列ができる人気商品ですが、ここではすぐに揚げたてを買えました。バスに持って帰って賞味。パワじいに無理やりつがれたお酒ですが、この時ばかりは揚げたてコロッケを食べながらおいしく飲めました。パワじいは、行った先行った先で飲んできたようで、すでにろれつがまわりません。帰りの車中でもからんできましたが、適当に相槌をうって、基本、無視です。さすがに足りるだろうと、お酒は一升瓶1本しか持っていきませんでしたが、行きの車中で残り4分の1くらいになったので、おはらい町の白鷹本店で1本買い足しておきました。結局、これを開けずにはすみました。やれやれ。予定より早く、4時半ごろには帰着。いろいろ思うことはありましたが、最後は、にこやか(笑)に「お疲れ様でしたぁ」とみなさんをお見送りし、今年のパワハラアルハラ初詣は無事終了しました。来年も、このバス旅行が実施されるなら、世話役は確定しています。
2026年01月23日
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1月3日の早朝、昨夜からの降雪で周辺は真っ白です。5センチくらいかなあ。この日は恒例のお伊勢さん初詣にでかける予定です。このくらいの積雪なら全然大丈夫です。7時半ごろ出発、しばらく走ると雪もなくなってきました。8時45分から伊勢自動車の伊勢、伊勢西インターチェンジの出口は閉鎖されます。閉鎖30分後くらいに通過し、接続する伊勢二見鳥羽ラインで少し渋滞にあいましたが、なんとか下道に降り、係員の誘導に従い臨時駐車場へと向かいます。駐車場は昨年と同じ「伊勢忍者キングダム」の伏見城の近くです。いつもの「パークアンドバスライド」を利用します。係のバイトのお兄ちゃんに駐車代1000円也を支払いました。領収証がそのままシャトルバスの乗車券になります。今回は、昨年と趣向を変えて、まず外宮行のバスに乗りました。外宮にまず参り、内宮へ向かうというしきたり通りに初もうですることにしました。シャトルバスはどんどんやってきますが、外宮行は7,8割くらいの乗車率で出発しました。20分ほど走り、外宮付近に到着。参道を少し歩きます。玉砂利を踏みしめ、豊受大神宮(外宮)正宮へ向かいます。やはり、内宮ほどの混雑はありませんが、外宮正宮では少し行列しました。昨年も書いたと思いますが、正宮には主神 豊受大御神の和御魂(穏やかな魂)をお祀りしています。内宮でもそうですが、正宮では神様にお礼を申し上げるのが礼儀で、個人のお願い事はタブーとされています。と、いうことで、「多賀宮」へ向かいました。正宮に次ぐ高い位の別宮の中でも最も神格が高いお宮です。ここには、豊受大御神の荒御魂(活動的で顕著な神威を示す魂)をお祀りしていて、ここでは個人的な願い事をしてもよいとされています。家内安全と健康をお祈りしました。ご朱印をいただいてから、再びシャトルバス乗り場に向かいました。外宮から内宮へは直通バスも出ていますが、長い行列に加えて有料(520円)です。なので、無料のシャトルバスでいったん駐車場へ戻り、そこから再び内宮行きのシャトルバスに乗り換えるという手段を選びました。少々余分に時間はかかりますが、無料です(笑)私らが乗った駐車場行のバスには、私らを含め4人だけしか乗りませんでした。有料でも、直通バスのほうがいいのかなあ。運転手も心得たもので、私らが車を止めた遠い駐車場ではなく、一番近い駐車場へと向かってくれました。内宮行きのバスにはすぐに連絡していて、それほどの時間ロスは感じませんでした。いつもの浦田駐車場でバスを降り、いつもならおはらい町を行くのですがハンパない混雑なので、国道沿いに宇治橋に向かいました。もうコメント無用ですね。皇大神宮(内宮)正宮もごらんのとおり。中央には並ばず、端っこから参拝しました。ここも、外宮と同じく、天照大御神の和御魂にお礼だけ申し上げ、2033年の式年遷宮で社殿が移される御敷地をぐるっと回って、天照大御神の荒御魂を祀る「荒祭宮」に向かいました。大行列の時は下からお参りすることが多いのですが、今回は並んでちゃんとお参りし、願い事を申し上げました。ご朱印と福矢、干支の置物を授与していただき(お守りなので購入ではなく授与です)、内宮を後にしました。帰りは、大混雑のおはらい町に突入です(笑)去年と同じ「わらじや」で20分くらい待って、おそい昼食。メニューも同じ、伊勢うどんと手こね寿司です。おかげ横丁はちょっと覗いただけ。行列がそれほどでもなかったので、へんば餅を購入。浦田駐車場近くの赤福支店で赤福餅も購入。やはり、外宮内宮両方回ったので、この時点で午後3時過ぎです。しかも、駐車場行の満員シャトルバスで車を止めた駐車場に着いたはいいんですが、止めた場所がわからずに10分以上ウロウロ(笑) 夫婦してやばい兆候かも・・・伊勢二見伊勢ラインも渋滞で、このあと予定している実両親の墓参りが明るいうちにできるか微妙な情勢。とかいいながら、松阪インターで降りた後、前島食堂がまだ開いていたので鶏肉を買いに寄ったりしていたので、墓に着いた頃には日も落ちて薄暗くなっていました。車のライトで照らして(笑)、なんとか墓参りをすませることができました。帰路も、高速がUターンの大渋滞が始まっていたので一般道に降りたりして、それでも午後7時半すぎには家にたどりつくことができました。時間は遅くなりましたが、当初考えていたスケジュールはすべて遂行することができて結果オーライの初詣でした。
2026年01月03日
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いつもどおりの年越しでした。年越しそばとすき焼きを食べながら、紅白、ゆく年くる年を見て、氏神とお寺を回りました。メンバーは、モモだけ仕事のため欠席でした。甥っ子けいちゃんも、もう24歳、年男です。ひょっとしたら、私より酒が強いかもしれません。彼と張り合ったわけではありませんが、今も少々二日酔い気味です(笑)アパート住まいの息子は、行くところも特にないのか泊まっていきました。彼の部屋はそのままにしてあります。初日は、雲が多くて望み薄と思ってましたが、雲と屋根の隙間から少しだけ姿を現してくれました。
2026年01月01日
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2日目、クリスマスの朝です。外はあいかわらずの雨・・・今回は朝食付きのプランです。(ちなみに、なぜか、ホテルと地元菓子店がコラボした金平糖もおまけについていました)朝食は、「三笠」という、奈良ホテルご自慢のメインダイニングルームです。和定食、洋定食、そして名物の「茶粥」定食の中から自由に選べます。わたしは茶粥定食、カミさんは洋定食を選びました。奈良と言えば、茶粥なんだそうです。ちなみに、和定食は茶粥が白飯にかわるだけみたいです。茶粥はあっさりしていましたがほんのりと緑茶の甘みがあって、胃に優しい感じがしました。ほかのおかずも地元の食材を使った、まさに「日本の朝ごはん」でした。カミさんの洋定食。卵料理はオムレツをはじめいくつかありましたが、「野菜の煮込みとポーチドエッグのココット」なるものを注文しました。ココットとはフランス語で「鍋」を意味するんだそうですね。パンはフレンチトーストをチョイスしてました。少しご相伴しましたが、ココットもフレンチトーストも上品なお味でおいしかったです。ふと窓の外を見ると、こんなところまで鹿がやってきていて、木に巻いた虫よけの「こも」をかじっていました。ショップなどを物色したあと、10時半ごろまで部屋でゆっくりしてから荷造り、チェックアウトしました。このホテルが所属するJRホテルズの会員になっているので、特典で通常チェックアウト11時のところ、12時まで滞在できるとのことでしたが、あとの予定もあるので早めに出発。ホテルに荷物を預けて、再び近隣の散策に出かけました。外は、ザーザー降りというほどではないですが、傘なしではびしょ濡れになる程度の雨です。折りたたみ傘を持っていってましたが、ホテルのビニール傘があったので借りていくことにしました。まず向かったのは「東大寺」です。奈良の代表的な超有名観光スポットだけあって、観光客であふれかえっていました。ほとんどが外国人。すり寄ってくる鹿を相手にはしゃぎまわっていました。ご存じ「南大門」をくぐり、正面に大仏殿の威容が見えてきます。大仏様を拝むのはいつぶりかなあ?ご朱印をいただいてから、次の目的地に向かいました。ここも、奈良観光ではずせない「春日大社」です。奈良時代の768年に社殿が造営された、全国に3000社あると言われる春日神社の総本社です。奈良のシンボルともいえる鹿たちは、この春日大社の神の使いであるため大切にされています。長い参道の玉砂利を進み、本殿に到着。朱塗りの社殿が目に鮮やかです。興福寺、東大寺、そしてこの春日大社も世界遺産に登録されています。ご朱印をいただいてから、ホテルに戻ることにしました。荒池から臨んだ奈良ホテルの全景です。午後1時前にホテルに着いて、ラウンジでしばし休憩。かのアインシュタインが弾いたといわれるピアノが置いてありました。ここまでクリスマス色が薄いなあ、ということで、旅の締めくくりに奈良ホテルのメインダイニングで「クリスマス アフタヌーンティー」を楽しむことにしました。1時半の予約です。優雅なひとときをすごし、帰る時間がやってきました。預けていた荷物を受け取り、ホテルの送迎バスで近鉄奈良駅へ送ってもらいました。あとは、奈良から近鉄で、西大寺、八木で乗り換え、またまた「ひのとり」で津まで、乗り継いで四日市に着いたのは7時前でした。正統派の奈良観光でしたが、あこがれのクラシックホテルに泊まれたし、最後にアフタヌーンティーでクリスマス気分を味わえたし、雨は残念でしたが、いい旅ができました。今年もあとわずかです。皆さま よいお年を。
2025年12月25日
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今年のクリスマスは一泊二日で奈良旅行です。いつものとおり四日市に車を止めて、9時19分 近鉄で奈良へ向かいました。津で「ひのとり」に乗り換え、大和八木からは急行で大和西大寺。(ちなみに大和西大寺は駅前で安倍元首相が撃たれたところです。)西大寺エキナカのラーメン屋で少し早めの昼食をとりました。西大寺から近鉄奈良までは10分もかかりません。12時前には奈良に到着。12時20分に駅の近くから今夜の宿の送迎バスに乗って、5分ほどで宿に到着しました。泊まるのは「奈良ホテル」です。クラシックホテルシリーズの第4弾です。奈良ホテルは1909年(明治42年)に、「関西の迎賓館」として奈良公園内に創業しました。フロントで荷物を預け、チェックインの15時まで近隣を散策することにしました。歩いて10分ほどの「興福寺」にお参りします。興福寺は、669年にその前身となるお堂が創建され、710年の平城京遷都の際に現在の場所に移され「興福寺」と名付けられたそうです。残念ながら、そのシンボルである国宝五重塔は10年にわたる修復中のためすっぽりと素屋根に覆われています。2033年までその姿を見ることはできません。そのかわり?に、この子たちがお出迎え。8年間の修復を2018年に終えて鮮やかな朱色を取り戻した「中金堂」「東金堂」や「南円堂」をめぐり、国宝や重文の仏像にお参りして回りました。いずれも国宝、重文である数多くの寺宝を収蔵公開する「国宝館」では、一番お会いしたかった国宝「阿修羅立像」にご対面。もちろん写真はNGですが、「天平の美少年」と称される美しいお姿の実物を拝むことができて感慨もひとしおでしたタイトルどおり、この興福寺でも、鹿がいっぱいいましたし、周りから日本語はほとんど聞こえてこない状態でした(笑)ひととおり参拝し、御朱印もいただいたあと、昔ながらのレトロな町屋が立ち並ぶ「ならまち」エリアを散策しました。スタートは奈良時代に作られたという人工池の「猿沢池」 町屋の軒先には「身代り申」と呼ばれる可愛い赤いぬいぐるみが吊るされています。これは、民間神である「庚申さん」のお使いの申(さる)をかたどったもので、災いを代わりに引き受けてくれるとされていることから、「身代り申」と言われており、どの家の軒先にもぶら下がっていました。町屋の内部を見学できる施設が二カ所あって、そのひとつの「にぎわいの家」は残念ながら休館だったので、もうひとつの「格子の家」を見学していくことにしました。もともとあった町屋の建物を奈良市が修復改装して「町屋ミュージアム」として無料公開しています。内部は各所に機能的ながらも伝統的な美しい造りが施されていて、かつ、どこか懐かしい雰囲気にあふれていました。 このころから雨が降りだしました。これまでの旅行では、天気が悪くても、散策の時は降られずにすむことが多かったんですが、どうも今回はそうもいかないようです。ならまち散策を切り上げ、ホテルへと戻ることにしました。途中、「春鹿」という地酒をつくる酒蔵がありました。寄らないわけにはいきませんね(笑)ホテル近くの土産物屋にも立ち寄ると、奈良出身の「この人」がいました 雨は降ったりやんだりです。ホテルの玄関を入ると、クラシックホテルらしいレトロな世界に一気に引き込まれるかのようです。チェックインして、部屋に案内してもらいました。現在の天皇ご一家をはじめとした皇族はもちろん、外国のロイヤルファミリーや著名人が数多く訪れています。 左写真の階段では、あのオードリー・ヘップバーンが家族写真を撮ったそうです。とにかく天井が高いです。赤いじゅうたんが敷き詰められた広い廊下を進みます。部屋は伝統的な造りが味わえる本館の1階。スタンダードツインの部屋です。 お風呂が、よくあるタイプのトイレと一緒のユニットバスだったのが、ちょっと残念。しばし休憩してから、ならまち方面へ食事にでかけました。ホテルディナーをつけると、格段にお高くなってしまうので、ちょっと節約。途中、「中川政七商店本店」という人気の雑貨店に寄ってみたんですが、どうも思っていたより品数が少なかったので、奈良駅近くにある同じ店の支店まで足を延ばしました。結局、冷やかしだけでしたが。あとで調べると、最初に行った本店では入ってすぐに出てきてしまったんですが、さらに店の奥へ進むと品ぞろえが豊富な店舗があったようです。夕食は、「なら酒蔵なべ」という、酒粕スープで炊いた鍋料理が人気の居酒屋を予約しました。奮発して個室を頼んだんですが、あまりぱっとしない部屋で、飲み物は部屋にある冷蔵庫からセルフサービスでした。まあ、ゆっくりできたんでいいですが。名物の「酒粕玄人鍋」と、鶏唐揚げ、大和ポークの塩漬け、枝豆の燻製などがついたコースを頼みました。残ったスープにパスタと粉チーズを入れて煮込んだカルボナーラ風の〆も、豚や鶏肉、野菜の煮汁が、甘みがある酒粕スープによく溶け出していて、なかなか味わい深かったです。幸い、食事の行きかえりは雨はやんでいました。人通りもクリスマスっぽい雰囲気もほとんどない夜道をぶらぶらと歩いて、ホテルまで戻りました。夜のホテル外観も、ムードがあっていい感じでした。部屋に戻る前に、少しホテル内を散策。 奈良ホテルは、来年1月4日から改修のため1カ月ほど全面休館するそうです。部屋に戻ってからは、少々狭いお風呂でしたが湯に浸かって疲れを癒し、持ち込みのワインを飲みながら、クラシックホテルでのクリスマスイブをすごしました。外は「♪雨は夜更け過ぎに雪へとかわるだろう♪」と歌のようにはいかず、夜が更けていくにつれて雨音が強くなっていくようです。
2025年12月24日
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カミさんがお休みの日、午後から名古屋へつきあってもらいました。桑名に車を止め、JRで名古屋へ向かいました。目的は名古屋駅のジェイアール名古屋タカシマヤで開催している開店25周年記念の「北欧展」。展覧会というわけではなく、北欧グッズやグルメの展示即売会です。万博で北欧パビリオンに入って以来、北欧というワードに思わず反応してしまいます。カミさんも日ごろから、海外に行くなら北欧(特にフィンランド)がいいと言っています。お昼をまだ食べていなかったので、まずは、イートインのレストランスペースで少し遅めのランチ。メニューは、「クリスマスプレート」と、ケーキセットのみです。それぞれ一品ずつ注文してシェアしました。足りなさそうですが、夕方に早めの夕食をとるつもりだったので軽めに。とは言うものの、けっこうおなかがふくれました。まずは、デンマークの「カールスバーグ」ビールでのどを潤しました。スウェーデン名物のミートボールは、IKEAでおなじみですが、全然味わいが違って、肉汁たっぷりのソースにからめると絶品でした 付け合わせのベリーとリンゴのサラダ仕立ても甘酸っぱくて、肉の旨味とよくあっていました。リンゴンベリー(コケモモ)の実が添えらたベリームースケーキも、甘酸っぱさがちょうどよくて美味でした。クッキーもおいしかったなあ。おなかも落ち着いたので、展示場内を散策しました。北欧各国のさまざまなアクセサリーや伝統工芸品、キャラクターグッズ、チョコやクッキーなどのスイーツが出店していましたが、どれもなかなかのお値段だったので、見て回るだけでした(笑)ほかにも、立ち食い立ち飲みができるグルメコーナーがあって魅力的でしたが、食べたばかりなのでやめておきました。全体的にムーミングッズが目立っていたような気がします。そのあとしばらくは、タカシマヤ店内でのカミさんのショッピングタイム。わたしも、しばらくあとをつき歩きましたが、カミさんが迷惑そう(笑)だったので、途中からはソファーに腰かけて待つことにしました。外も暗くなってきたころ、タカシマヤを後にしました。外に出てすぐのところに飾られた巨大なツリーがクリスマスムードを醸し出していました。名古屋駅の「うまいもん通り」にある「まるは食堂」で夕食。場所がわかりにくくて歩き回ったので、ほどよくおなかがすいてきました。名物の大きな海老フライやお刺身に生ビール一杯がついた「はっぴーセット」なる酒飲み用?のセットにしました。さすがにちょっと足りなくて、定食を頼んだカミさんにごはんを少し分けてもらいましたが・・・まわりは、仕事帰りのサラリーマン風でいっぱいでした。雑踏の名古屋駅をあとにし、再びJRで帰路につきました。ちょっとした半日のお出かけでしたが、楽しかったです。
2025年12月17日
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12月、今年も残すところあと1ケ月です。「火の用心」のお札が欲しかったので、久々に朔日餅を買いました。クリスマスの飾りつけも完了です。
2025年12月01日
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味噌田楽と五平餅ごときでは、ケンちゃんの胃袋が満足するはずもありません(笑)ぜひ食べたいものがあるとのことで、「道の駅とよはし」へと向かいました。けっこう大きな道の駅です。地元JAの直売所では、野菜や花、鮮魚や肉、米など地元の農畜水産物が大型スーパー並みの広さの店舗で売っています。地元の人だけでなく遠くからの観光客もやってくるとのことなのでかなり賑わっていました。ここは花の生産でも全国有数です。花より団子(笑)で、土産物店とフードコートが併設したスペースに直行して、少し遅めの昼食。ケンちゃんおすすめのグルメは、「豊橋カレーうどん」かなりのボリュームです。真ん中には豊橋名産の「ヤマサちくわ」がどーんと入っています。ちくわの穴に地元野菜の天ぷらが刺してあって、豊橋発祥の「手筒花火」を表現しているそうです。あと、これも豊橋が生産量全国1位を誇るうずら卵も2個入っています。これだけでもおなか一杯になりますが、丼の下部にはご飯も入っているんです汁まで残さず全部食べてもらいたいということらしいです。以前、ケンちゃんたちがここに来たときにこれを食べて、すっかりお気に入りになったそうです。わたしは、けっこう頑張って何とか完食しましたが、ケンちゃんは自分の分はまたたくまに平らげ、K子ちゃんが食べきれなかった分まで(3分の1はあったかなあ)残さず食べていました。腹ごなしに、さきほどの産直店を物色してから、「香嵐渓」へと向かいました。その道中にも、彼は運転しながら、道の駅で買ったポテチをポリポリ食ってました。「香嵐渓」は東海地方有数の紅葉の名所。紅葉だけでなく、桜や新緑の季節にも来訪者が絶えません。紅葉シーズンの11月の1か月間だけで45万人、年間では130万人の観光客がやってくるそうです。う回路はほとんどなく、渋滞は覚悟です。高速を降りたのが6時過ぎ、あと6kmほどの山道です。私たちと同様、ライトアップ目当ての車の列にさっそく遭遇です。ライトアップは9時で終わりますが、いくらなんでも遅くとも7時半ごろには着くだろうと思ってました。甘かったです。渋滞がまったく動きません。ケンちゃんは、紅葉よりも、美味しいと評判の屋台の豚汁が売り切れにならないか、そればかり気にしています(笑)全員が8割がたあきらめかけていましたが、ここまできたら最後まで頑張ろうということに話がまとまりました。あきらめてUターンしていく車もチラホラ出てきたころ、あと1kmのところに到達。時間は8時を過ぎていました。ケンちゃんは、もっと会場に近い駐車場まで行きたそうでしたが、そんなことしていたら間に合いそうもありません。一番手前の駐車場に入れるようみんなで説得、というか命令して、なんとか8時15分に車を止め、あと1kmを早足でライトアップ会場まで向かいました。間に合いました。頑張った甲斐がある美しさです香嵐渓の紅葉は、390年前の江戸 寛永年間に、香積寺の三栄和尚が手植えでもみじを植樹し始めたのが始まりで、以降、地元の住民たちが少しずつ増やしていき、現在では足助川沿いに約3千本のもみじが植えられています。 ライトに浮かび上がる赤や黄色の木々に見とれながら、人波をかき分けていきます。そうこうするうち、これだけの人出がいるのにまさかすぐには消さんだろうと思ってましたが、ライトアップの終了時間の9時、見事なくらい容赦なくバチンと木々を照らしていたライトが消されました。もちろん、歩くのに支障ない程度の最小限の照明はついてはいましたが・・・「あ~」というみんなのため息が山々に広がっていくようでしたが、そんなことにおかまいなく(笑)、われらがケンちゃんは、「最大の目的」である豚汁のお店に一目散。まだお店は開いていたので、さっそく並びました。2杯の豚汁を確保して間もなく、売り切れになりました。彼の執念が実った形です。ほとんど彼が食べましたが、わたしらも少しご相伴。少し冷え込んできたので熱い豚汁がおなかにしみわたりました。川沿いの上流の方には、「香嵐渓広場」という、グルメの屋台が立ち並ぶエリアがあります。ライトは消されましたが、ここではまだまだ賑わっています。うどん、五平餅、みたらし、鮎の塩焼き、などなどおいしそうな店が並んでいます。わたしも、フランクフルトと缶ビールを買ってもらい、お祭りの夜店の雰囲気を堪能しました。言うまでもないですが、ケンちゃんもフランクフルトと鮎塩焼きを購入。しまい支度を始めるお店も出始めたので、そろそろ私らも撤収です。香嵐渓のシンボル「待月橋」は、まだなんとかライトに照らされていました。橋を渡って、さきほど通ってきた「紅葉のトンネル」の方向を見ると・・・真っ暗です・・・・・対岸にも食べ物の屋台が並んでいて、まだまだ賑わっていました。ケンちゃんは、まだ何か食べたそうにキョロキョロしていましたが、きりがないので無視して先に進み、また1kmの道を歩いて駐車場に戻りました。すでに係員も帰ってしまったようです。帰路につきました。途中のサービスエリアで、食べると眠くなるケンちゃんがしばし仮眠をとったりして、帰りついたときにはすでに日付が替わっていました。石段往復を耐えた体力、渋滞にもあきらめない気力で頑張った今回の紅葉狩り、結果オーライで十分楽しめました。
2025年11月22日
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三連休初日の「いい夫婦の日」、ケンちゃん夫婦に誘われて紅葉狩りに出かけました。強力な晴れ夫婦の前に私たち雨夫婦の神通力?も吹き飛び、絶好のお出かけ日和。混み始める前にと思って、早朝6時に出発。車は出してもらいました。当初、愛知県足助町の紅葉名所「香嵐渓」に向かう予定でしたが、ドライバーのケンちゃんが分岐を通り過ぎてしまい、引き返すか、別のところへ行くか、ああでもないこうでもないと言いあっているうちに、引き返すタイミングを失い、やむなく行先変更。新たな目的地は、同じ愛知県新城市の「鳳来寺山」山頂駐車場に8時半頃到着。ガラガラだったのでちょっと不安でしたが、とにかく出発しました。まず向かったのは、同じ山中にある「鳳来山東照宮」徳川三代将軍家光が建立を命じ、四代家綱のときに落成しました。日光、久能山と並んで三大東照宮と言われています。 東照宮からそう離れていないところに「鳳来寺」があります。鳳来寺は1300年ほど前、利修という人物が開山したとされています。この利修なる人物は、仙人とされ、赤鬼青鬼を従え、鳳凰に乗って空を飛び、309歳まで生きたというスーパーマンだったと伝えられています(笑)当時の文武天皇が重い病気になった際、加持祈祷により治癒させ、天皇はそのお礼としてこの地に伽藍を建立したと言われています。祈祷を行うため鳳凰に乗って奈良の都までやってきたことから、天皇はこの伽藍に「鳳来寺」の名を授けたそうです。これが「鳳来寺」の始まりとされています。荒唐無稽な作り話と笑うのは簡単ですが、こんな面白い伝説を聞くと何やらお参りしていると不思議な気持ちになってきます。真言宗のお寺で、本尊は利修が彫ったとされる薬師如来。徳川家康の生母が、ここで身ごもったとされることから、家光により厚く庇護されたと伝わっています。実は、山頂駐車場からの道は裏参道で、ふもとから長い石段を昇ってお参りするのが本来の参道です。山上の紅葉はもう終わっているのか、あまりぱっとしないこともあって、石段をふもとまで下りてみることにしました。この軽い決断が苦行になってしまうことを、まだこの時点では想像していませんでした。鳳来寺本堂からふもとの石段の登り始めまで1425段、時間にして30~40分ほどの道のり、山伏や仙人の修行場のような山中をひたすら降りていきます。すれ違う人は皆、登山装備にクマ鈴携行、それに対し私らは軽い観光客のいでたちです。 下りはそれほど体力は消耗しませんが、一段踏み出すたびにひざがガクガクになるような負担感があります。踏み外さないようそろそろと降りていきます。途中には、芭蕉の句碑や石仏もありましたが、それらを鑑賞するような余裕もなくなってきました。 ようやく下り終わるころに、鮮やかな紅葉が見えてきました。 参道の途中に、廃校になった「旧門谷小学校」の校舎がありました。昔の小学校という感じで、懐かしい雰囲気に包まれます。校舎の中へも入ることができて、教室では写真展をやっていました。校庭には見事なイチョウの木。足元には黄色いじゅうたんが敷き詰められていました。参道では、この学校校舎や山上の寺社も含めて、「もみじまつり」開催中です。明日は太鼓演奏とかいろいろイベントがあるようです。参道で目についた合掌造りのカフェで一休み。店内も情緒のある雰囲気です。店主がやってきて、この建物の由来を話してくれました。奥さんのお父さんが白川郷の合掌造りの建物をここに移築したそうです。文化財からは外れてしまったので、茅葺の屋根の葺き替えも自腹でしなければなりません。人件費も含め数百万かかるので、葺き替えをしなくても持つように、屋根をトタンで覆って痛まないようにしたんだそうです。室内には、店主の趣味という懐かしい人形や模型、おもちゃがいっぱい置いてありました。テーブルは木のうすを改造したもの。アイスクリームとコーヒーをいただきました。ほっと一息。この時点で、このあとはバスかなにかで山上の駐車場に戻るんだと思っていました。ところが! あの石段をまた昇ると言うではありませんか。「マジか、無理。聞いてないよ・・」、不機嫌な表情と無口で抗議の意思を表明しましたが、カミさんも含めて聞く耳をもってくれません。やむなく、1425段の石段を昇ることになりました。帰りは写真など撮る気力はありません。何度も休みながら、行きの倍の1時間以上かけて、拾った枝を杖がわりに突きながら、這うように登りました。ようやく鳳来寺本堂にたどりつき、休憩所のベンチに座り込みました。山の上から、麓の参道の街並みを眺めると・・大きな黄色いイチョウの木がわかりますか? さっき立ち寄った「旧門谷小学校」の校庭で見上げた木です。あんなところから石段を昇ってきたわけです。我ながら、登り切った自分をほめてやりたいです。われらのケンちゃんは、腹が減ったとか言って、茶屋で味噌田楽と五平餅、甘酒を買ってきてほおばっていました。石段昇りでは、わたしよりもヨタっていましたが、食い物の匂いをかいだとたんに復活したようです(笑)うちらの分も買ってきてくれましたが、食欲などないけれどせっかくなので一口二口だけ食べました。まあ、香ばしくて美味しかったですが:::山頂駐車場まで戻りましたが、朝の閑散とした様子とは打って変わって、ぞろぞろと観光客がやってきました。駐車場もほぼ満杯です。登山ルックの人は少なく、ベビーカーを押した夫婦もいたりして、たぶん、東照宮と鳳来寺を参るだけと思います。あの石段を往復しようとするもの好きはそんなにいないだろうなあ。時間は1時過ぎ。最初の目的地だった「香嵐渓」にリベンジすることになりました。この決断も、また苦行の始まり?になってしまいます。
2025年11月22日
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三重県の最高峰 御在所岳に紅葉を見に行ってきました。山麓には駐車場がありますが、紅葉シーズンには午前の早い時間に満杯になるという情報があったので、途中にある「アクアイグニス」に車を止め、路線バスで向かうことにしました。アクアイグニスは、日帰り温泉とレストラン、ベーカリーショップや洋菓子店などが立ち並ぶ複合施設です。10時4分にバスが出発。ここが始発です。ご高齢の方ばかり(わたしらも含めて(笑))7、8人がここから乘りました。途中の近鉄 湯の山温泉駅で電車でやってきた観光客で満員になり、湯の山温泉街を抜けて10時16分に御在所ロープウェイ前に到着しました。片道10分ちょっとで500円とお高め。結果論ですが、ロープウェイ乗り場の駐車場には、まだ空きがあるようでした。平日だし天気もイマイチだからかな。ロープウェイ乗り場周辺には土産物屋や飲食店、アウトドアグッズのショップなどが並んでいます。10月下旬から11月下旬までの約1か月間をかけて、紅葉が山頂から山麓まで降りてきます。紅葉情報によると、ちょうど山の中腹から麓の湯の山温泉までが見頃ということです。前日の日曜日は、これ以上ないくらいの好天でしたが、この日は雲が多くて山頂はやや霞み気味でした。まあ、私らですから雨じゃないだけ良しということで(笑)ロープウェイは全長2161m、高低差780mを約15分かけて御在所山頂近くまで登ります。定員8~10名のゴンドラが38台、行き来しています。料金は片道大人2600円で、決して安くはないですが、わたしらは割引券を持っていたので片道一人1500円ですみました。けっこう並んでましたが、1台に4~6人の割合で乗せているようでした。昨日だったら、日曜だし天気も良かったのでハンパない行列だっただろうし、たぶん定員いっぱいで運行していたことでしょう。 眼下には、湯の山温泉♨の温泉街が見えます。湯の山温泉は開湯1300年を誇る古湯で、昔は名古屋から直通の特急列車も走っていてそれなりに賑わっていましたが、近年では例に漏れず宿泊客の減少や諸経費高騰などが原因で廃業する旅館もあって、経営はかなり苦しいようです。廃業して廃墟になった旅館に無断侵入する連中も後を絶たないようで、それを逆手に取った心霊スポットツアーが企画されたり、歓迎していいのかどうか複雑な状況もあるそうです。地元自治体や温泉組合も、ただ手をこまねいているわけではなく、観光資源としての御在所ロープウェイや、織田信長と戦った三嶽寺の僧兵に由来する勇壮な火祭り「僧兵まつり」(毎年10月開催)のPR強化、温泉手形の発行、近鉄とタイアップした「足湯列車」の運行や、三嶽寺に伝わる「恋結び折り鶴伝説」にちなんだ恋愛成就のパワースポットとしての「恋結びの湯」キャンペーンを実施するなど試行錯誤していろいろ頑張ってはいるようです。 期待したほど鮮やかではなかったですが、山腹に赤や黄色のモザイクのような模様ができています。 山腹には、あちこちに面白い形の奇岩があって、登山者には難所ですが、ロープウェイ客の目は楽しませてくれます。御在所岳は、比較的手軽に本格登山ができる山です。(それでも年に何度かは遭難事故も起こるので、甘く見てはいけませんが)わたしも、若い頃に一度だけ御在所岳に登ったことがあります。なんとか登り切ったところには、ロープウェイでやってきた大勢の観光客が軽装でくつろいでいたし、最後の一歩で足がつってしまったので、登頂の感動はまったくありませんでした(笑) あまりいい思い出ではありませんね。そうこうするうちに山上駅に到着。さすがに寒いです。気温7℃。山上駅付近には公園が広がっていて、ここからさらにリフトに乗って山頂まで行けますが、今回はパス。冬になって雪が積もると、この一帯は小規模なスキー場に変貌します。冬になって雪化粧するとこんな感じ。風が強くて、気温よりさらに体感温度は低いです。レストランで温かいものを食べることにしました。名物のカレーうどんを選びました。麺は柔らかい伊勢うどんで、カレーもコクがあって美味。トッピングの角煮もトロトロでした。身体の中から暖まりました。窓からは行きかうロープウェイと四日市の街並みが見えます。なかなかの絶景です。10月下旬ころは、上の写真の左手に写っている大きな岩が真っ赤に染まって、御在所の紅葉のシンボルとして下のようなポスター写真に使われています。外はまだまだ風も強くて寒かったですが、せっかく来たので少し山上公園を散策しました。天気が良ければ富士山も見えるそうですが、この日は厚い雲しか見えません。 10月にオープンしたばかりの展望ブランコです。この日は強風のためクローズになっていました。そろそろ下山します。このころから雲が晴れてきて、青空になってきました。まったく・・・・このレポのはじめの方の、登る前に撮った同じアングルの写真と比べても、空の色が違いますよね。わたしたちが御在所岳に登った翌日、山頂の初冠雪と初樹氷の便りが届きました。お山では秋と冬が混在しているようです。帰りのバスを待つ間に、アウトドアグッズショップのモンベルで帽子とイヤーウォーマーをご購入。13時45分発のバスで、車を止めてあるアクアイグニスまで戻りました。ここのベーカリーショップで食パンを買ってから、四日市へ向かいました。四日市まで出て夕食をとることにしています。少し時間があったので、カミさんが近鉄百貨店をぶらぶらするのにお付き合い。近鉄四日市駅近くの一番街商店街と諏訪公園でイルミネーションが始まったというニュースをやってたので、食事前に見物しに行きました。田舎のイルミネーションにしては、まあまあ頑張っている方じゃないでしょうか(笑)閑散としていて少し寂しくはありましたが・・・ 「すわ公園交流館」という、中心市街地活性化を目的とした交流施設です。ディナーは「ゆるり屋次郎」という東北料理専門店です。古民家を改築した隠れ家的な居酒屋。以前、一度、友達と飲みに来て気に入ったので、カミさんを連れて来たいと思ってました。5月に行った東北旅行の思い出にも浸りたかったですし古民家の応接間をそのまま使ったような個室に通されました。 仙台の牛タン炙り焼き 青森名物「せんべい汁鍋」と「帆立貝焼味噌卵とじ」お鍋が恋しい季節になってきました。ほかにも、秋田の漬物「いぶりがっこ」、宮城の笹かま天ぷらも賞味。地酒ももちろん。おなかいっぱい、美味しゅうございました。標高1200mの山上から東北まで、すごい移動距離だったような1日でした(笑)
2025年11月17日
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送迎車で駐車場まで送ってもらい、本日の観光に出発しました。今日はわたしが運転しようか、と提案して、少し走って駐車場を出ようとした際、ブレーキの加減がわからず強めに踏んでしまい急ブレーキになってしまったところで、「怖いからええわ」とドライバーを速攻でクビになりました(笑)渋温泉は、スキー場で有名な志賀高原の麓にあります。天気もいいし、高原方面に少しドライブすることにしました。渋温泉を出てすぐくらいのところに、「地獄谷野猿公苑」があります。冬になると野生のニホンザルが温泉に入りに来ることで有名なスポットですが、サルは普段から飽きるくらい見ているし(笑)、季節も違うのでパスしました。クネクネとした山岳ハイウェイっぽい道を20分ほど走って、大きな建物と広い駐車場がある場所にたどり着きました。ここは、「志賀高原山の駅リゾートセンター」といって、志賀高原観光の玄関口です。かつての志賀高原ロープウェイの山麓駅「蓮池駅」をリノベした施設で、現在はバスステーションや東館山山頂に向かうゴンドラの発着駅があります。施設の向こう側には「蓮池」があり、高原散策の気分を味わえます。しばし、建物内をぶらぶらしました。展望スペースのほか、お土産屋やレストラン、古いロープウェイ、山小屋備品の展示などがありました。 クマが歓迎しているような絵柄ですが、注意喚起の看板のようでした。 シャインマスカットが期間限定で売られていたので購入。道は、この先も山越えで草津温泉方面へ続いていましたが、ここまでにして引き返すことにしました。途中にも、散策できそうな池があったので立ち寄りました。さすがに紅葉シーズンには早いですが、ところどころ色づきはじめている木もありました。こんな看板があったので、早々に立ち去ることにしました。そういえば、トレッキングや大きなカメラを持って景色を撮っている人たちは、「熊鈴」を身に着けているようでした。小布施に向かいました。ナビは狭い道ばかり指示するので不安でしたが、なんとか最初の目的地にたどり着きました。せっかく御朱印帳を持ってきたので、一つくらいはいただいていこうということで、ガイドブックにも載っていた「岩松院」のお参りすることにしました。山里のお寺という感じで、いい雰囲気です。開創は15世紀後半という古刹です。葛飾北斎筆の大きな天井画「八方睨み鳳凰図」や戦国武将福島正則の霊廟があることで知られています。ちょうど、1日に数回開かれる講話の時間だったので、寺の由緒や北斎の鳳凰図、福島正則愛用の槍などの説明を聞きました。残念ながら内部の撮影は禁止です。庭の撮影だけはOKでした。「蛙合戦」とは?このお寺には俳人小林一茶もたびたび訪れ、あるとき、この池に住むヒキガエルが喧嘩をしているのを見つけたそうです。オスがメスを奪い合っている光景を一茶は「蛙合戦」と名付け、有名な俳句を詠みます。「やせ蛙 負けるな 一茶 是にあり」一説では、病弱だった息子を励まそうと思って詠んだ句だと言われています。福島正則の霊廟です。手を合わせてきました。ご朱印をいただいて、岩松院を後にしました。岩松院は小布施の町巡りのコースに入っていて、ツアー客でけっこう賑わっていました。小布施は古くから栗の名産地として知られています。栗料理や栗のお菓子を売る店が並んでいます。そのうちの一つ、「竹風堂」の本店に入りました。街なかもお店もかなり賑わっていて駐車場に入るのも少し待たされました。ここでお昼ご飯。オーダーしたのは「栗おこわ」の定食一択です。栗の風味がほんのり甘くて美味しゅうございました。食後、少し周りを散策しました。季節限定の焼き栗のお店にひときわ長い行列ができていました。カミさんに並んでもらいます。カミさんの足元にリンゴが置いてありました。一袋4個で200円というのでこれもお買い上げ。焼き栗は焼き立てが美味しんでしょうけど、家に帰ってからいただきました。さめていても美味でした。 有名な老舗菓子店の「小布施堂」にも入りましたが、少々お高かったので覗いただけ。桜井甘精堂でモンブランソフトをいただきました。車を止めた「竹風堂」で栗餡のどら焼きと栗羊羹を購入してから、小布施の町を後にしました。明日からの土日は大きなイベントがあるとかで、1日遅ければ通行止めにあっていたところでした。あとは、ひたすら帰るだけです。塩尻~岡谷間で工事渋滞にあって、かなりの時間ロスです。この日もずっと息子が運転ですが、明日が朝から仕事とかで一刻も早く帰りたいようでしたが、いかんともしがたく。家の近くまで戻ってきたのは10時前、遅くまで開いている回転寿司屋で夕食、これで旅の打ち上げです。今回の信州旅行、特に渋温泉での体験は有意義な思い出になりました。ちなみに、息子のガソリン代、高速代、食事代はこちら持ちというのは最初に書きましたが、カミさんが宿泊代も出してやる、と言い出したので、彼はタダで旅行できました(笑)まあ、運転はご苦労様でしたけど。彼が、「金は俺が全部出してやるから、旅行行ってこい」なんて言ってくれることは、こののちあるんでしょうか(笑) カミさんは「一緒に行ってくれるだけでええやんか」なんて言ってますが。
2025年10月17日
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早朝6時に起きました。なぜこんなに早く起きるかというと、外湯に行きたかったからです。旅館では早朝に4つの源泉を巡る「源泉見学ツアー」もありましたが、そちらはパス。渋温泉には9つの外湯があります。渋温泉は、300年前より次々に発見された湯を、村人たちの手により共同浴場として大切に支えてきました。藩主もこれを保護し、自らも湯治に訪れていたそうです。いつのころからか、村人や湯治客は9つある共同浴場(外湯)を薬師如来の温泉鎮護にあやかるべく、一つ一つ浴場巡りを行い、健康や安産、不老長寿、縁結びや商売繁盛、学業向上など、さまざまな祈願を込めたそうです。一番湯から結願湯(九番湯)までの9つの湯を巡り、最後に薬師如来に満願を報告してご利益を祈願する外湯巡りが、現在でもこの渋温泉の名物となっています。と、いうことで、カミさんと二人ででかけました。息子は起こしましたがまったく反応なしでした(笑)部屋に、手形を兼ねた外湯用の鍵が置いてありました。この鍵で外湯の扉を開けます。地元の方々も鍵を持っているそうです。 外湯は地元の共同浴場ですが、渋温泉の宿泊客は無料で利用することができます。帳場で湯巡りのスタンプ帳がわりの手ぬぐいを購入しました。行った先の外湯に置いてあるスタンプを手ぬぐいに押印します。帳場には、すでにトラちゃんが定位置で店番をしていました。「おはようー トラちゃん」とごあいさつをしてから出発。早朝の温泉街は、人通りもほとんどなく気持ちいい散策ができました。お天気もすっかり回復して晴天です。 9つすべてを回るのは、時間的にもさすがに無理なので、中抜き(手抜き?)して、初湯(一番湯)と結願湯(九番湯)の二つだけ入ることにしました。初湯です。ここは、胃腸病に効能があるそうです。私向けですね。鍵を開けて、中に入るとこじんまりした脱衣所と、3、4人も入ればいっぱいの、かなり年季の入った木の浴槽。でも、長い歴史を感じる庶民の浴場という雰囲気でした。誰もいませんでしたので、ゆったり湯につかることができました・・・と言いたいところですが、めちゃくちゃ熱くてホースで水を足してうめないととても入れません。なんとか肩まで浸かって、百数えて出てきました。体がジンジンします。旅館のお風呂と同じでアルカリ性のさらっとしたお湯。かすかに硫黄の香りもしたような。浴衣を着ていると、一人入ってきました。黒人系の外国の方です。黙ってるのも気まずかったので、片言の英語で「Good morning Where are you from?」と話しかけると、オーストリア、と答えてくれました。オーストリアの公用語はドイツ語ですが、ドイツ語は「グーテンターク(こんにちは)」「ダンケシェーン(ありがとう)」「イッヒ リーベ ディッヒ(愛しています)」の三つしか知りません(笑)ひきつった笑顔で「Oh Austria!!」と反応するのが私のつたない語学力の限界ですよく聞き取れませんでしたが、バスタオルを示して「これは、ここに置いておくのか?」と聞いてきたようなので、「Oh yes bath towel here」としどろもどろで答えると、わかったようでした。出ていきがてら、「Good luck」と言うと、笑いながら手を振ってくれました。あ~ 疲れた・・・扉の横にスタンプがあったので手ぬぐいの一番湯のところに押しました。続いて、2~8番はすっ飛ばして、9番の結願湯に行きました。初湯も、この結願湯も、金具屋からは歩いて1~2分のところにあります。ここは、少し規模が大きく、別名「渋大湯」と言われています。この「渋大湯」のみ、日帰り観光客も有料で入ることができるそうです。男湯入り口女湯入り口ここも、入った時は誰もいませんでしたが、あとから2、3人入ってきました。やっぱり熱かったですが、さっきの初湯で身体が慣れたのか、比較的すんなり湯に浸かれました。ここのお湯は、神経痛、リュウマチをはじめ諸病に効能があるそうです。スタンプを押印して「手抜き満願」(笑)です。すぐ横に足湯もあったので、ちょっとだけ足をつけました。 渋温泉のマスコット「しぶざるくん」と記念写真。渋大湯を見下ろす小山の上に、外湯巡りの守り本尊の薬師如来を祀る「高薬師」があります。9つの外湯を制覇したのち、ここで満願の報告をして願い事を祈願するのですが、石段を昇るのがかなりしんどそうなので下から手を合わせて、石段の登り口にある「臨時朱印所」で「祈願印綬」というスタンプを手ぬぐいに押しました。重ねて手抜きしたのでご利益あるかなあ?? 押印済みの手ぬぐいです。いつか、行かなかった外湯に入りに来れるかなあ。手ぬぐいを包んであった包装紙です。旅館に戻り、この勢いでまだ入っていない「金具屋八湯」を回ることにしました。まず行ったのは、男女交代した大浴場「浪漫風呂」です。ローマの浴場をイメージしていて中央に噴水があり、ステンドグラスが異国情緒を醸し出しています。誰も入っていなかったので伸び伸び入れました。 (HPより)残るは貸切風呂3つ。一気に攻めます美妙の湯・・・ヒバなどの木曽の銘木だけを使っています。恵和の湯・・・露天風呂と同じく浅間山の火山石でできたお風呂子安の湯・・・壁と床は浅間石、浴槽の縁は木曽の木です。(いずれもHPより)金具屋八湯はこれでコンプリートです。ラスト3つのお風呂は、ざばんと浸かって1分足らずで出てきましたが(笑)部屋に戻って、しばしのぼせた体を休めてから、8時前、まだ寝ていた息子をたたき起こして朝食会場へ向かいました。会場は夕食と同じ大広間です。麦飯と、とろろの「麦とろ御膳」生卵も混ぜて「たまごかけとろろご飯」にしていただきました。湯豆腐もほっとする滑らかさで美味しかったです。食後、お風呂に行くという息子を「浪漫風呂」まで案内して、自分は昨日、雨に打たれながら入った露天風呂にリベンジ。貸し切り状態で、温泉尽くしのラストをのんびりすごせました。(HPより)さあ、チェックアウトの時間がやってきました。名残惜しかったですが、歴史ある建物も楽しめたし、お目当てのライトアップも見れたし、お風呂もふやけるくらいいっぱい入って、渋温泉をじゅうぶん堪能できました。10時前、支払いを済ませて、旅館前で3人の記念写真を撮ってもらいました。おまけ3題①ちょっと見かけたレトロな電話機②千と千尋なりきり写真「千と千尋」ファンによる、旅館公認のなりきりコスプレ写真だそうです。③看板猫の世界番猫のトラちゃんのことを書きましたが、金具屋のホームページを見返してみると、渋温泉にはトラちゃんのほかにも数匹の看板猫がいるそうで、ほとんどが保護猫なんだとか。金具屋の先代の八代目当主が動物愛護に熱心で、その縁で保護猫を引き取り、看板猫として温泉街全体で可愛がろう、という取り組みを行ったそうです。(館内ツアーの案内をしてくれたおじさんを「九代目当主」と前々回の記事で書きましたが、先代の八代目でした。訂正します。)そういえば、たまたま看板猫チームの一員であろう黒猫を見かけたので写真に撮ってました。看板猫が住む温泉としてけっこう有名みたいで、「マツコの知らない世界」という番組で金具屋の取り組みが紹介されたこともあるそうです。あとで知りましたが、看板猫たちの缶バッジのガチャガチャが金具屋のロビーに置いてあったんですね。気づかなかった~この缶バッジの売り上げを動物愛護団体に寄付しているそうです。 (HPより) つづく
2025年10月17日
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部屋にもどりましたが、おなかいっぱいで、すでに敷いてもらってあったふとんにころがってしばし休憩。窓の外が妙に明るいです。 これは、宿の建物をライトアップしているからです。おなかが落ち着いてから、外へ見物に出ました。雨はまだ降ってましたが、若干小やみにはなってきたようです。この金具屋は、全国にいくつかある、「千と千尋の神隠し」の油屋のモデルになったんじゃないか、と言われている旅館の一つです。確かにそのような気もしますが、それを置いといても荘厳な光景にうっとりします。とかなんとかいいながら、これが目当てでこの旅館に泊まりに来たようなものですが記念写真用の台があったので、代わる代わるに写真を撮り合いました。よその旅館に泊まっている外国人も何組か写真を撮りにきてました。すぐ前の旅館では、軒先で温泉卵を作っているようでした。温泉に来たってかんじですね。 温泉街は、さすがに雨なので人通りは少ないですが、雨に濡れてしっとりとした風情が旅情をかきたてます。旅館に戻ると、帳場に番犬ならぬ番猫が鎮座していました。帳場係のおじさんに聞くと、このネコちゃん、ここの飼い猫というわけではなく、各旅館を渡り歩いて、そのつど居心地のいいところに居座っているんだとか(笑)今夜はこの金具屋をねぐらに決めたようです温泉街全体で可愛がってもらっていて、そこかしこで餌をもらって少々肥満気味。特定の名前はなく、この金具屋にいるときは「トラ」と呼ばれているそうです。トラちゃん、なかなかの貫禄そういえば、トラちゃんのほかにも、黒猫とか数匹の猫を周辺でみかけました。このまま、館内のお風呂巡り♨に出発します。金具屋には、二つの大浴場と、露天風呂、そして五つの貸切風呂があり、すべて源泉かけ流しです。すべてを巡る「金具屋八湯巡り」も、この旅館のウリの一つです。すでに露天風呂は入りましたので、大浴場へと向かいました。息子も一緒です。大浴場は「鎌倉風呂」と「浪漫風呂」の二つありますが、この時間は男性が鎌倉、女性が浪漫で、午前0時に男女入れ替わります。「鎌倉風呂」は文字通り鎌倉時代の建築様式で作られているそうです。撮影禁止なのでHPから拝借。どこが鎌倉様式なのかよくわかりませんでしたが(笑)、板張りの浴室で鎌倉将軍にでもなった気分?で湯につかりました。源泉なのでかなり高温、長くはつかれません。次に、「岩窟の湯」へ。貸切風呂ですが予約制ではなく、空いていれば自由に入れるシステム。壁から天井まで自然石で覆われています。戦後まもなく山の斜面を削って作ったそうです。HPより。これで打ち止めにしようと思ったんですが、通りかかった「斉月の湯」が空いていたので入っていくことにしました。息子が「俺はもうええわ」と言って脱衣場で待っている間にささっとつかりました。大きな船形の浴槽とタイルで描かれた富士山の壁絵が特長。ここだけは写真を撮ってもいいようです。さすがにのぼせてしまいました。それでも、このまま寝るのはもったいないと思い、二人が爆睡に入ったあとも、温泉街を眺めながら、酒屋で買った地酒を飲んで旅情に浸りました。そうこうするうちにライトアップも終わり、温泉街も静まり返っています。外はまだ雨模様です。明日は晴れの予報なので、それを期待して眠りにつきました。 つづく
2025年10月16日
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わたしの誕生日に、久々の一家3人で一泊二日の旅に行ってきました。珍しく息子も休みを取って一緒に行ってくれることになりましたので、ガソリン代、高速代をもつことを条件に車と運転手を頼みました。朝、9時半ごろ出発、伊勢湾岸道、東海環状道、土岐JCTから中央道、長野道、上信越道を延々走り継ぎ、途中SAでの昼食もはさんで、信州中野ICを下りたときには、3時をすぎていました。向かったのは渋温泉♨約1300年前の奈良時代に僧 行基によって開湯したと言われ、戦国時代には武田信玄が傷ついた兵をここで療養させたため「信玄の隠し湯」として知られるようになったとか。以降も、佐久間象山、小林一茶、葛飾北斎など著名な文人墨客が訪れたそうです。以前2度泊まったことのある「よろづや旅館」がある湯田中温泉など9つの温泉が集まり「湯田中・渋温泉郷」を形成しています。「よろづや」よりさらに山の方へ10数分ほどしか離れていません。高速を降りた頃までなんとかもっていた天気も、ついにけっこう強い雨が降りだしました。天気予報でもこの日は当日まで雨マークがはずれなかったので覚悟はしていましたが・・・・まあ、この日は宿に入るだけだし、と気を取り直して宿へ向かいます。その前に、近くの酒屋に立ち寄り、地ビールと地酒を購入。酒蔵が経営する由緒ありそうな酒屋でした。3時到着で予約していたので、今、どの辺にいるのか宿から問い合わせ電話がありました。あと10分ほどで着くと答えると、駐車場が少し離れていることと、お迎えの車が待っていることを伝えられました。宿の専用駐車場は300mほど離れたところにあります。ナビの案内でなんとかたどりつくと、送迎の車が止まっていました。乗り込んで数分で宿の前に到着。時間は4時をすぎていました。たしかに、温泉街は車の対向も苦労しそうな狭い道沿いに並んでいるので、温泉街から少し離れたところにしか駐車場を作れないのは納得です。大きな旅館は見当たらず、比較的こじんまりした温泉旅館ばかりに見えました。泊まるのは、渋温泉きっての人気旅館「歴史の宿 金具屋」です。中へ入ると、いきなりタイムスリップしたような雰囲気です。「帳場」といったほうがふさわしいフロントでチェックイン。部屋数は29室で、すべての部屋が純和室です。わたしらは、その中でも宮大工が腕をふるって作り上げたという9室しかない自慢の客室に泊まる「厳選木造 建築にこだわるプラン」を予約しました。9室それぞれが異なった造りだそうです。部屋へ向かう廊下や階段を進んでいくうちに、レトロな和の世界へどんどん入り込んでいくかのようでした。 「金具屋」の創業は江戸時代中期の1758年で、もともと鍛冶屋を営んでいたところ、土砂崩れの復興作業中に温泉がわき出したことを機に宿屋に転業したそうです。その鍛冶屋の屋号だった「金具屋」が現在まで受け継がれています。現在の建物は昭和初期に、六代目の当主が日本各地を巡りながら気に入った様々な建築様式や材料を取り入れるよう、宮大工や船大工に命じて建築したそうで、各所に当時の大工たちの技術の粋を集めた遊び心に満ちた工夫が見られるとのこと。昭和11年に完成した木造四階建ての「斉月楼」と130畳の「大広間」が、平成15年に国の登録有形文化財に指定されました。わたしらが通されたのは3階の「相生の寮」と名付けられた部屋です。 柱や鴨井、調度品にいたるまで、歴史と格式のある古民家のような趣が感じられます。窓を開けていると、おサルさんが訪問してくるようです。5時半から「金具屋文化財巡り」という館内ツアーがあるので申し込みました。あまり時間がないので、カミさんと息子はお風呂はあとで入るということでしたが、わたしは大急ぎで部屋に近い露天風呂に入りにいくことにしました。誰も入っていませんでしたが、雨に打たれながらの入浴でした。館内ツアーは8階の大広間に集合。さきほども触れましたが、登録有形文化財に指定されている建物です。説明してくれているおじさんは、この宿の先代(八代目)の当主だそうです。館内をぞろぞろと40分くらいかけて巡ります。同じく登録有形文化財に指定されている「斉月楼」は珍しい木造4階建てで、建築基準法に適合していないんですが、文化財としての価値と、実際に宿泊施設として利用されているという「動態保存」的な位置づけから、特例として消防から営業許可が出されているそうです。なので、絶対火事は出したらダメな建物ですよね。水車の部材を階段の手すりや床板に使っているとか、興味深い工夫や珍しい建築技法など、いろいろ説明を受けましたが、きりがないのでツアーの内容はここらにしますが、ほかの日本旅館にはない特異性を備えた宿だということがよくわかりました。夕食は6階の「慶雲の間」で6時半からです。食前酒で、誕生日の乾杯をしてもらいました。金具屋の自慢料理「しぶのじぶ煮」 地鶏の治部煮信州仕立てです。 食べきれないほどの量でしたが、どれも素朴だけれど見た目もきれいで、工夫をこらしたご馳走でした。おいしゅうございました。食後は、お風呂巡りをしたり、建物のライトアップを見物しに外へ出たり、と、まだまだ寝るには早いです。 つづく
2025年10月16日
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万博では、海外パビリオンのグルメは味わうことができませんでしたので・・・カミさんが職場の食事会で不在だった秋分の日、「晩御飯は一人で食べといて」と言われたので、思い切って名古屋まで足を延ばして、名古屋駅ビルのタワーズ13階にあるドイツレストランで一人飲みしてきました。屋外テラスで景色を眺めながらソーセージやザワークラウト、ジャーマンポテトをつまみにドイツビールを堪能してきました。そして、次は9月の末にカミさんとIKEAに行ったときに、スウェーデンレストランでランチ 紅イモプリンや大学イモがスウェーデン料理かどうかはわかりませんが・・(笑)さらに、ネットでスイスワインを購入したので、近々、開栓する予定です
2025年10月04日
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翌朝はホテルでゆっくりすごしました。朝食はいつものように買ってきたパンで。ホテルの向かいは小学校でした。都会にある学校なので敷地に余裕がないためか屋上にプールが見えます。11時前にチェックアウト。荷物は持って出ます。一晩お世話になったホテル グレイスリー大阪なんば です。リーズナブルですがまあまあ快適なシティホテルでした。ホテル自体が、大阪ミナミの繁華街にほど近いので、歩いて観光です。まず向かったのは、小説「夫婦善哉」で描かれて有名になった「法善寺横丁」です。 右の写真は、小説(のちに映画化やドラマ化もされました)で、主人公とその妻が一杯のぜんざいを二人で分けて食べるシーンがあるそうですが、そのモデルとなったというお店。「法善寺」の境内はこじんまりしていて、シンボルの「水かけ不動」は苔で覆われてました。ご朱印をいただいた受付で聞いたところでは、本堂は戦災で焼失しご本尊は別のところにあるんだとか。参道、いわゆる「法善寺横丁」には、狭い路地に居酒屋や小料理屋などの小さなお店が並んでいましたが、暗くなって灯りがともると風情あふれるムードになるらしいです。「♪包丁一本 さらしにまいて 旅に出るのも板場の修行♪」という歌詞で始まる「月の法善寺横町」という歌も聞き覚えがあります。 路地を出ると、そこは一気にコテコテの大阪の世界 道頓堀界隈です。 ご存じ 戎橋 です。左の写真の黄色い観覧車の向こうにシートに覆われたビルが見えました。先月、このビルで火災が発生し、消火にあたった消防士二人が殉職したのは記憶に新しいところ。先般の阪神タイガース優勝の際は、やっぱり、ここから道頓堀川に飛び込むアホな(失礼)虎党が何人かいたそうです。1985年の阪神優勝の際には、熱狂し半ば暴徒化したファンが、ケンタッキーのカーネル・サンダース人形を川へ放り込み、それ以降、阪神の成績が長らく低迷したことから「カーネル・サンダースの呪い」と言われた逸話は有名です。ちなみに、カーネル人形は24年後に発見され、引き上げられたそうです。今回は、ミャクミャクのコスプレをしたヤツが、警備の隙をかいくぐって川に飛び込んだそうです。岸に引き上げられたあとには、ミャクミャクのコスチュームの頭部だけが川面に浮いていたとか。バカだね〜お昼ごはんは、道頓堀の「ぼてぢゅう」本店で大阪名物のコナもんをいただきました。万博会場でも、たこ焼き食ってましたね(笑) 人気店だけあって、20分くらい待たされました。 たこ焼き、お好み焼き、串カツのそろい踏みです。美味しゅうございました。おなかもふくれて、あとは帰るだけです。その前に、カミさんが百貨店をのぞいていきたい、というので、南海なんば駅に隣接する「高島屋」を少しぶらつきました。高島屋に入る前に立ち寄った「マルイ」で、ムーミングッズのセールをやっていました。万博 北欧館のムーミンショップでは、カミさんいわく「めっちゃ 高かった」ということだったので、ここで、カミさんはミーのハンカチを、わたしは可愛かったので思わずコレを購入。ニョロニョロです今年は、ムーミンの小説が出版されてから80周年だそうです。帰りも近鉄で。15時30分大阪難波発のアーバンライナーに乗り、17時20分四日市着。疲れましたが、貴重な体験をさせてもらいました。PS.わたしらが万博で疑似外国体験をしてから間もなく、義妹K子ちゃんと姪っ子モモの母娘はリアル海外旅行に行きました。ダンナはお留守番。オーストリア、チェコ、ハンガリー 6日間の旅だったそうです。すごい。写真はそのお土産。
2025年09月21日
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人気の海外パビリオンが、イタリア、フランス、アメリカ、クウエート、ヨルダン、シンガポール・・と数々ある中で、今回はヨーロッパに的を絞るつもりでいました。イタリア、フランス、ドイツは特に人気が高いのであわよくば、と思ってましたが、すでに入場規制がかかっていたり2時間以上待ちで、とても入れたもんじゃありません。歩いて行く中で、目についたのがオーストリア館ですが、すでに入場制限になっていました。そのお隣にスイス館がありました。ここも見たい候補の上位にあげてましたが、まだ入場制限していませんでした。最後尾のプラカードを持った係員いわく「2時間かかりますよ」ということでしたが、ほかも似たもんだと思って思い切って並びました。わたしらが並び始めて間もなくここも入場制限になり、係員が「入場を制限しています。列に並ばないでくださ~い」と呼びかけていました。面白かったのは、行列の途中で歩行通路を横切るんですが、割り込みされないように、通路を横断する前にスイス国旗の小旗を渡され、渡り切ったら係員に返す、その繰り返しでした。並び始めたのが17時過ぎ、係員の言う2時間というのが本当なら入れるのは19時過ぎですが、やっぱりサバをよんでいて、1時間ほどで入館することができました。入ってすぐに、切り絵風の幅10mにわたるモニュメントがあって、その中におなじみのキャラが隠れていました。 わかりますか? 「ハイジ」です。スイス館では、日本の人気アニメ「アルプスの少女ハイジ」とコラボしていて、館内のあちこちにハイジやペーターたちがいました。進むと、シャボン玉が飛び交うコーナーがありました。一気に非日常の雰囲気に引き込まれます。展示のテーマは、スイスの革新性と創造性を表現するもので、スイスらしい自然や芸術、未来技術にも触れることができます。 内容的には少々難しいところもありましたが、日本人のハートに癒しを与えてくれるのはやっぱりハイジですかねえ。 ここには「ハイジカフェ」があって、スイス料理やスイーツを味わえることができたようですが、場所がわからず、疲れてあまり食欲もなかったのであきらめました。あとで調べると、パビリオンの屋上にあったようです。外に出ると、会場はすでに夕暮れをむかえて薄暗くなっていました。スイス館の行列はまだまだ途絶えることがありません。むこうに見えるのはバーレーン館です。時間は18時半過ぎ。もうひとつ入っていくことにしました。「北欧館」です。10分ほどで入ることができました。北欧館は、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマーク、アイスランドの5か国の共同展示で、「ノルディック・サークル」をテーマに、異なる文化、言語、習慣をもつ国々が連携し、科学技術や技術革新、持続性社会の構築などの共通した分野の取り組みを紹介しています。 北欧と言えば、やっぱりムーミン?内部は、広いホールに様々な展示が並んでいて、シンプルな中にも北欧らしい機能美あふれるデザインが特長。建物の外観も、北欧の伝統的な納屋をイメージしているそうです。再生可能なライスペーパーが円状に天井から吊り下げられ、そこに北欧の自然や人々の日常が映し出されていました。展示の中でもひときわ人だかりができていたのは、各国の自然や街並みが大画面に映し出されるコーナー。いつかフィンランドに行きたいと言っているカミさんは、フィンランドの映像が流れるまで動こうとしませんでした(笑)ここも、あとで調べると上階にカフェやグッズコーナーがあったようですが、このときには気づきませんでした。入り口近くにムーミングッズのショップがあったのでカミさんが入っていってすぐに水上ショーが始まりました。北欧館はウォータープラザと呼ばれる海水に満たされたエリアのすぐ前にあります。水上ショー「アオと夜の虹のパレード」は、ウォータープラザの幅200m 奥行60m 面積約8800㎡のエリアを巨大な舞台空間とし、迫力ある映像と音響、照明や噴水、炎を駆使したスペクタクルショーです。中央の門のような構造物の上部から噴き出す水の膜がスクリーンになってアニメが映し出されていました。19時10分からと20時30分からの2回実施されます。ショーの時間は約20分ほどです。事前予約、当日予約で観覧席の空き枠を狙いましたが、もちろんのことまったく取れません。観覧エリアのすぐ後ろは通路になっていて、係員が「立ち止まらないでくださ~い」としきりに注意しています。仕方なく、少し離れた休憩スペースで雰囲気だけでも味わうことにしました。障害物が多くてあまり見えませんでしたが、音だけは響いてきて臨場感はありました。まあ、ディズニーシーのビリーヴよりもしょぼいよな、なんて負け惜しみを思ってるうちに終演(笑)時間は19時半過ぎ。閉園時間は22時なので、少し並べば入れるパビリオンもあったと思いますし、1000機のドローンが発する光が夜空に絵や文字を浮かび上がらせるドローンショーも21時からあったんですが、あまり遅くまでいると尋常でない帰宅ラッシュの行列に巻き込まれて悲惨な目にあうようです。疲労もピークになってきたこともあって、もう帰ることにしました。大屋根リングに昇って、夜景を楽しみながら東ゲートへ向かいます。大屋根リングはところどころ、二階建て構造になってました。一周約2km、世界最大の木造建築物としてギネスに公認されたそうです。大屋根リングの一部200mほどを万博終了後も残し、周辺を緑地公園として整備することになったそうです。リングすべてを保存してほしいという声も多かったようですが、整備や管理費用の関係で断念したようです。大屋根の上には芝生もあって、夕暮れ以降は暑さも少し和らぎ、潮風にあたりながら寝転がって夕焼けや星空を眺めるのが好きというネットの口コミもありました。ライトアップされた大屋根リングは、評判にたがわない美しさです。大屋根リングから眺める会場の夜景も宝石箱のようで、そのきらびやかさに目を奪われます。ご縁がなかったフランス館です。三色旗の色にライトアップされてます。アメリカ館もすでに受付終了してました。まあ噂だと、トランプ大統領の映像がやたらに出てくるらしいので、はなから行く気はなかったですが。東ゲートにたどり着いたのは20時30分頃。パビリオンは4つしか入れませんでしたが、「万博に行ってきたぞ。楽しかったぞ」と言えるだけの体験はできました。早めに出たつもりでしたが、東ゲートを出てから地下鉄夢洲駅までの行列はかなり伸びていて、駅にたどり着くまでに20分ほどかかりました。いつぞや、閉園時に地下鉄がストップして、帰宅難民で大混乱に陥ったことがありましたね。自分がそんなことに巻き込まれたらと思うと、実感としてゾッとしました。この日の一般入場者数は約18万2000人でした。9月18日現在で、最多は9月13日土曜日の約21万8000人、平日でも9月16~18日は連日20万人を超えたそうです。速報値で、一般入場者数の累計が2000万人を突破しました。当初は、大コケするんじゃないか、なんて言われてましたが、日に日に人気が高まってきたようですね。4月に万博が始まって以降は来場者もなかなか伸びず、4~8月は一日5万~10万人前後、GWや夏休みの多いときでも15万人ほどで推移していましたが、9月に入って駆け込みが急に増えてきてからは一気に20万人を超える勢いに。でも、遠くからわざわざ来る人ってのは、そんなに多くないと思いますね。関西圏、特にお祭り好きの大阪人、そして、万博レポを商売にしているユーチューバーが20回も30回も繰り返し来場しているらしいので、その連中がこの殺人的な混雑を生み出している一因になっているんじゃないかなって思います。私見ですが。万博自体も、パビリオン建設費の未払い問題や、有毒ガス、ユスリカの大量発生、水上ショーのレジオネラ菌、等々、様々な悪評が飛び交ってましたが、結局は、一度は行っておきたいっていう駆け込み入場がこれだけ出るってことは、まあ、魅力のあるイベントだったのかなって思います。これから万博に来る人は、入場日時の空き枠が最終日までほとんど埋まっていて、チケットを持っていても入場できないってケースも増えてくるかもしれません。入場日時予約が取れずにチケットが無駄になったとしても払い戻しはないそうです。強気ですね。運よく入場できてもパビリオンの予約は至難の業で、入館制限で並ぶこともできないことが予想されます。「並ばない万博」どころか「並ぶことも許されない万博」になっています。もっと早く行っておけばよかった、という後悔の声が日本中から聞こえてくるかのようです。ホテルにたどりついたのが21時半ごろ。チェックイン手続きして、10階の部屋へ。夕食がまだだったので、部屋で休む間もなく、開いている店をさがして外へ出ました。さすが大阪ミナミ。街の賑わいはまだまだ宵の口です。結局、ラーメン屋で本日のディナー。 このお店、万博のフードコートにも出店してました。再びホテルに戻ると、すでに23時前になってました。お風呂に入って汗を流してから、部屋から見える夜景をながめつつコンビニで買ってきたチューハイを片手に、本日のひとり反省会。 ちなみにツインベッドの片方では、すでにカミさんが爆睡中です(笑)事前研究不足が原因ですが、海外パビリオン内に入らなくても、短時間待ちで入店できる併設のカフェやショップもけっこうあったようで、異国情緒や色々な国のグルメを味わえる機会をのがしてしまったことが最大の心残り、かな。と、いうことで、大阪・関西万博レポは完結です。翌日は、少し道頓堀界隈をぶらぶらしてから帰ることにします。
2025年09月19日
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(入場者数速報値でタイトルを17万4000人としていましたが、9月10日の確定値が182,260人となったので、タイトルを修正しました)あわててフードコートまでやってきたので、いったん東ゲート周辺まで戻り、入場直後からやり直ししました(笑)まずは、だれもが最初に撮るというコレの前で記念写真。 マンホールにもミャクミャクミャクミャクは、最初は「何これ、気色悪い」って思ってましたが、見慣れてくるうちに妙に可愛く見えてくるから不思議です。いったん「大屋根リング」にエレベーターで上がってみました。 まず一発目に向かうのは、「GANDAM NEXT FUTURE PAVILION」2か月前予約で当選したガンダムパビリオンです。実物大ガンダムに久しぶりに再会。13時の入場予約、ワクワクしながらさっそく中に入ります。ガンダムパビリオンは、「夢洲ターミナル」から軌道エレベーターに乗って、宇宙ステーション「スタージャブロー」へと見学の旅に出る、という設定です。スタージャブローでは、地球連邦とジオン公国との戦争が終結したのち、その反省から、もともと戦闘兵器として開発されたモビルスーツを平和利用しようとする試みに取り組んでいて、人類とモビルスーツとが共存する平和で活力のある世界を目指している、というコンセプトのもと、宇宙における生活や未来の科学技術の様子が臨場感あふれる映像でドームの全面に映し出されます。おなじみのガンダムやザク、小型ロボットのハロも登場し、ガンダムファンにとってはたまらない内容です。AIが暴走して突然襲ってきた旧ジオン軍の最強モビルアーマー「ジオング」と、進化したガンダムとが宇宙空間で戦闘を繰り広げるシーンもあって、その迫力に圧倒されました。 まるでテーマパークのアトラクションを体験したかのようで、40分ほどの滞在でしたが大満足でした。続いて向かったのは7日前予約でかろうじて当選した「関西パビリオン」です。15時の入場予約。ここは、名称どおり、大阪以外の関西地方の各府県の生活環境、産業、文化などを紹介し、その魅力を発信しようとするもので、それぞれの府県が趣向をこらした展示を各ブースで展開しています。出展しているのは、京都、兵庫、滋賀、奈良、和歌山、そして近隣の鳥取、福井、徳島、三重。わが三重県の展示ブースは、伊勢志摩を中心に熊野古道や鈴鹿、伊賀といった観光地、伊勢エビや松阪肉、真珠などの名産品をまんべんなく紹介していました。まんべんなさすぎて、ちょっとインパクトに欠けた内容になっていたような気がします。そのためか、ほかの府県のブースに比べ見学者が少なかったような・・・・ 福井では「恐竜王国」というテーマで恐竜の化石や実物大のはく製などを展示、兵庫は持続型社会を実現した未来の姿をミライバスに乗って巡るという映像で紹介、京都は月替わりで文化や産業、環境などの取り組みを展示し、現在は医療の未来を紹介していました。鳥取では、砂丘の砂に触れられるという展示でしたが人気があって入場制限がかかっていました。かわりに、鳥取の誇る人気漫画家の作品を紹介するコーナーを見学しました。「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげる、「名探偵コナン」の青山剛昌、「孤独のグルメ」の谷口ジロー、の各先生です。見学を終えて外に出ると、さらに暑く、人も多くなっていましたちょっと熱中症気味になってきたので、しばらく大屋根リングの下で休憩。ベンチもすべていっぱいでしたので、持っていった携帯椅子を取り出して座りました。こんなやつです 伸縮式で、使わないときはコンパクトにしまえます。リュックに収まりましたし、それほど重くもなかったですが、さすがに疲れてくるとずっしり肩にくいこんできました。座っている間に、当日枠の予約に何度か挑戦するのですが、いずれも空き枠なし。たまに空きがみつかっても瞬殺で取られてしまいます。ようやく回復してきたので、グッズを買いに行くことにしましたが、一番大きなショップは入るのに40分待ちという情報が聞こえてきたので、大屋根リングの下に何カ所か設置しているグッズコーナーを物色。ミャクミャクのマスコットやポーチ、お菓子などを購入しました。せっかくの万博なので、海外パビリオンもいくつか入らないとなあ、と思って、すいてそうなところを探してふらふらと歩き回りました。どこもかしこも大行列です。海外パビリオンの人気ランキングで1、2を争うイタリア館です。予約抽選や当日予約にチャレンジしてきましたが、まったく歯がたちません。予約なしで並ぼうとすると5時間待ちだそうです。中国館です。すでに入場制限がかかっていました。 オランダ館とポーランド館。すでに入れないのは同じですが、外からパビリオンをながめているだけで、万博に来たんだなあという気分にはなります。このあと、ようやく海外パビリオンの見学に成功するのですが、そのレポは次回で。
2025年09月16日
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10月13日までの会期残り1か月前も間近の9月10日(水)に、大阪・関西万博に行ってきました。万博IDを登録して入場チケットをネット購入し、来場日予約をしたのが4月10日、パビリオンの2か月前予約抽選を申し込んだのが3か月前の6月10日(当選発表は7月10日)、7日前予約の抽選を申し込んだのが1カ月前の8月10日(当選発表は9月3日)、そしてようやく満を持して9月10日、来場日がやってきました。幸いにも2か月前予約抽選は第1希望、7日前予約抽選は第5希望のパビリオンが当選し、いわゆるパビリオン難民にはならずにすみました。ちなみに来場日3日前の午前0時から先着順空き枠予約というのもありましたが、サイトにつなげるのも困難で、つながった時にはすでに満杯でした。会期残り1か月と少しになって駆け込み来場が増えてきているため、平日でも一般入場者数17万人を超える日がでている(土日だと20万人超え)というニュースを聞いて、戦々恐々の出発です。ちなみに、これからチケットを買う人はすでに希望の来場日を予約するのはかなり難しいようです。そして、気温も、9月になったというのに相変わらずの猛暑続きです。万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」だそうですが、輝く前に、熱中症でいのちが危ないかも・・・家を早朝5時半に出発、いつもの四日市JAパーキングに車を止めて、6時27分発の大阪上本町行 近鉄特急に乗り込みました。上本町に8時21分到着、そのまま近鉄電車に乗り継いで8時30分過ぎに大阪難波駅に到着しました。まずは荷物をホテルに預けに行きます。このエリアには近鉄、大阪メトロ3路線、南海の3社が乗り入れる巨大ターミナル。事前にネットで経路をシミュレーションしたので、ホテルに最も近い出口にスムーズにたどり着くことができました。 大阪メトロ四つ橋線なんば駅の南改札口近くの32番出入口を出ると、ホテルは目の前でした。今夜の宿は、ワシントンホテル系列の「ホテルグレイスリー大阪なんば」です。前説が長くなりましたが、荷物をフロントに預けて、いざ出陣(笑)です。再び32番出入口から入って、大阪メトロ四つ橋線に乗り、本町駅で万博会場へのアクセス路線である大阪メトロ中央線に乗り換え、会場最寄り駅の「夢洲(ゆめしま)」へと向かいます。車内は、「戦友」?たちで満員です。終点の夢洲駅に着いたのは9時20分頃、ここまではほぼ順調でした。事前にYouTubeで予習もしていたので、まあ、この人出の多さは想定内です。10時の入場予約をしていましたので最悪10時半には入場できるだろう、と思ってましたが・・・甘かったです。列がまったく動かない・・容赦なく日光が降りそそぐので行列は日傘で埋め尽くされています。東ゲートにたどり着いた時には、すでに11時を過ぎていました。並び始めたのが9時半ですから、入場まで1時間半、さっそく、キャッチフレーズの「並ばない」ではなく「並ぶ万博」の洗礼を受けました。ずうずうしそうな夫婦連れに強引に割り込まれたりして、イライラもMAXになってきました。ようやくたどり着いた入場ゲートでは、空港のように荷物をX線でチェックされ、金属探知機をくぐり・・・・ここでもアクシデント 荷物のリュックが引っ掛かりました。会場へは瓶、缶の持ち込み禁止ですが、喘息治療用の吸入薬のボトルと鼻炎スプレーが、X線の画像で瓶か缶と判断されたようです。中身を確認して、ようやくOKが出ました。万博チケットのQRコードをかざして入場。この時点で11時5分すぎ。実は、フードコートの有料席を予約していて、それが11時から50分間なんです。(料金は550円)周囲を見渡す余裕もなく、フードコートまで早足で向かいました。場所がなかなかわからず、係員に聞いたりして、やっとたどりつきました。目的のサステナブルフードコート「大阪のれんめぐり~食と祭EXPO~」に、10分ほど遅刻して到着。中へ入ると、青森ねぶたが出迎えてくれました。ここは、万博会場の飲食エリアで最大規模の広さを誇っていて、大阪名物のたこ焼きや串カツ、ラーメンなどの有名店が出店しています。有料席エリアへは、予約済みのQRコードをかざして入場。たこ焼きの有名店「くくる」をチョイスしました。万博会場内ではキャッシュレスオンリーで、現金は使えません。クレカで支払い。ビールをグイっと飲んで、ようやく人心地つきました。ちなみにわたしが注文したのは、阪神タイガース優勝記念の限定たこ焼きで虎柄になっています。わがジャイアンツがクライマックスシリーズで戦うことを想定して、「虎を食う」ということでこれにしました。どうでもいい話ですが(笑)さあ、おなかも落ち着いて、会場へと繰り出します。前置きがくどすぎて長くなってきたので、続きは次回。
2025年09月14日
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朝はゆっくり起床して昨日買ってきたパンで朝食。10時半ごろホテルをチェックアウトして、また荷物を預けてから、今日も容赦なく日差しが照り付ける京都の街へとでかけます。電車を乗りついで行こうと思ってたんですが、駅へ向かう途中、八条口のバス停にちょうど、祇園方面行のバスがやってきたので乗っていくことにしました。満員でしたが、ぎゅうぎゅう詰めというほどではありません。途中、清水寺の最寄りのバス停でどっと降りて行ったので座ることができました。カミさんはふらついているばあさんがいたので、席を譲っていましたが。祇園で下車。見慣れない「祇園祭ぎゃらりぃ」という建物が目についたので入ってみました。無料です。いつできたんだろう。中には、祇園祭のパネル展示や、実物大の鉾の模型、祇園祭関連のお土産などがありました。しばらくここで涼んでから、八坂神社に参っていくことにしました。 神社を出て、四条通を西に向かって歩きました。この日も人出は少なく、ごらんのとおり。お茶屋が立ち並ぶ人気のスポット花見小路通りも、繁忙期の賑わいではありません。四条大橋の上から三条方面を眺めます。鴨川沿いに「納涼床(のうりょうゆか)」が並んでいますが、まったくお客さんは見当たりません。暑いのでランチ営業をしていないお店が多いようです。先斗町通りへと歩を進めます。今回の旅行の3つ目の目的、「納涼床」でのランチ・・・・だったのですが、あまりの暑さなので外はやばいと思って、三日ほど前に室内に変更してもらいました。通りを進んでも、予約したお店が見当たらず、店先の掃除をしていた着物姿の女性に聞いてみましたが要領を得ません。「店を閉めはったんと違うやろか」なんて、恐ろしいことをおっしゃいます。予約時間の12時が迫ってきたので、電話してみました。もう少し先でした。路地の奥で、ちょっとわかりにくいというので、店の人が通りまで出てきてくれました。予約したのは「花柳」という京料理のお店。 たしかに、路地の奥に入り口があって、ちょっとわかりにくい。お店の入り口から通りを眺めると、こんな感じ。いかにも、京都の町屋という感じで、細長く奥が深い。情緒があります。部屋に通していただきました。鴨川がよく見えるいい部屋でした。家族連れの先客がいましたが、しばらくして帰っていったので、そのあとは貸し切り状態。見下ろすと、最初予約していた「納涼床」の日よけのよしずが見えます。 まずは、何はなくともビールです(笑)料理が運ばれてきました。「納涼床 懐石 花街」というコースで、京都の夏の味覚 鱧(はも)尽くしです。前菜 季節の5種盛り合わせ鮮魚3種 若狭で取れた鱧のお刺身もあります。梅肉がアクセント。鱧しゃぶ しゃぶしゃぶした鱧を水菜と白葱といっしょにいただきます。鮎の塩焼き鱧と京野菜の天ぷら次々と極上のお料理が運ばれてきます。やはり、美味しいお料理にはこれが欠かせません(笑)梅ちりめんご飯と赤だし、香の物デザートは宇治抹茶わらび餅です。納涼床でこれらのお料理をいただいたら、また一味違ったんでしょうが、いかんせん、部屋から眺めるだけでも汗が噴き出す光景です。最初、納涼床にはお客さんはいませんでしたが、しばらくして、飛び込みのお客さんらしいおっちゃんらのグループが入ってきました。暑さにも負けず?にぎやかでした。暑さだけでなく、あんな連中と納涼床で同席はいやだな~と思いました。静かな座敷に変更して正解です。逆光で真っ黒なシルエットになってますが、ツーショットも撮ってもらいました。帰り際に、納涼床を見せてもらいました。騒いでいたおっちゃんらはもう帰ったようです。ディナーだと、もうちょっとすごしやすいのかなあ。灯りがともって情緒もあるだろうし。また機会があれば、もうちょっと涼しいときにディナーでリベンジしたいと思います。 お店の玄関には、いろいろ京都らしい飾りつけがされてました。うちわには、芸妓さんや舞妓さんの名前が書いてあります。店を出て、鴨川沿いに三条から四条方面にむけて歩きました。先ほどの「花柳」さんの納涼床を河原側から見ると、こんな感じ。床がずらっと並んでますが、お客さんの姿は見えません。日陰がないので、ちょっとめまいがする暑さ・・・汗も噴き出してきてさっき飲んだお酒も流れ出る感じ。四条大橋までたどりついて、橋の下でしばし休憩。けっこういい風が吹き抜けて、涼しかったです。阪急と地下鉄を乗りついで、京都駅に戻ってきました。ホテルで朝預けた荷物を受けとり、バス乗り場へ。京都駅八条口を15時50分発のバスで、帰路につきました。運転手がちょっと落ち着きのない人で、始終、体を揺らしたり腕を動かしたり、ぶつぶつ独り言を言ったり・・・大丈夫かこの人?って感じでしたが、バスは無事に17時25分、ほぼ定刻に四日市生桑車庫に到着しました。よかったよかった。京都の酷暑はやはり厳しかったですが、トロッコ、千灯供養と初体験が叶って、いい旅でした。納涼床は体験できませんでしたが、お料理が美味しかったので良しとします。
2025年09月09日
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16時すぎ、ホテルを出て京都駅の七条口側へ。京都定期観光バス、通称「おこしバス」のチケット売り場で、スマホの予約画面を提示してクーポン券を受け取りました。これから、旅の目的第2弾に向かいます。コース名は「愛宕街道灯し あだし野念仏寺千灯供養」です。京都で過ごした学生時代から、ずっと行きたいと思って行けなかった化野念仏寺の千灯供養をようやく見ることができます。バスは17時京都駅前を出発。ツアーの同行者はやはり年配の人が多く、予想外に一人客が目立ちました。外国人は見当たりません。このツアーは夕食付です。まずは食事場所へと案内されました。清凉寺、通称「嵯峨釈迦堂」と呼ばれるお寺の境内にある「竹仙」という京料理のお店です。ここは湯豆腐が有名ですが、今回は夏場の定番「冷やし豆腐」のコースをいただきます。 冷やし豆腐は、嵯峨豆腐の名店「森嘉」のお豆腐を使用、なめらかで湯豆腐とはまた違ったさわやかな味わいでした。別勘定のアルコールを頼む人は少なかったですが、わたしはもちろん地酒をオーダーお店のオリジナル冷酒です。お料理によく合いました。デザートはわらび餅。 お酒代を支払いに行ったとき、勘定してくれた女将さんと思われる上品そうな老女性いわく、この店の建物自体は100年以上の歴史があるそうですが、ここで京料理のお店を始めてからは50年ほどだそうです。「お酒を頼んでいただいておおきに。おなかを満たすだけやのうて、お酒を飲みながら料理を味わっていただけて、うれしおす。」と帰り際に言ってくれました。わが意を得たりさて、おなかもいっぱいになって、念願の化野念仏寺(あだしの ねんぶつじ)へと向かいます。念仏寺は、平安時代に弘法大師が創建し、のちに法然上人の念仏道場となったそうです。化野(あだしの)は、もともと鳥辺野(とりべの)と並び称される、京都における葬送の地でした。かつてこのあたりで葬られ長い年月風雨にさらされ散乱した無縁仏の石仏や石塔約8000体を、明治時代に地元の住民や僧侶が「西院の河原」と呼ばれる念仏寺の境内に集めて、一体一体ろうそくを灯して弔ったそうです。これが、「千灯供養」の始まりで、京都の夏の風物詩として定着しました。現在は、毎年8月の最終土日の2日間に行われています。バスを降りて、高台にある念仏寺まで10分ほど歩きました。受付でろうそくを1本受け取って境内に入りました。 言葉はいりませんね。僧侶の読経が響き渡る中、そこにはこの世とは思えない光景が広がっていました。 まず御朱印をいただいてから、石仏や石塔が立ち並ぶ「西院の河原」に入って、受付で受け取ったろうそくに火を灯し、石仏の前に供えました。しばし、幻想的な雰囲気にひたったあと、念仏寺をあとにしました。参道では、にぎやかな笛や太鼓の音が聞こえてきたので行ってみると、盆踊りでした。 盆踊りと聞いて連想するような近所の人たちがやぐらの周りで踊る、という感じではなく、ひょっとこや狐、おかめなどのお面をかぶった法被姿の人たちや獅子舞が笛太鼓にあわせて踊りまわるという、ちょっと妖しげな雰囲気を醸し出していました。このあたりの伝統芸能なのかな。 この参道は「旧愛宕街道」と呼ばれ、毎年この時期に、念仏寺への訪問者を迎え入れるため、また地元の地蔵盆を盛り上げるため、手作りの小さな行灯を道沿いに灯します。「愛宕古道街道灯し」と呼ばれ、今年で29回目を数えるそうです。嵯峨野保勝会という地元団体と、嵯峨野に自分の庵を持つ瀬戸内寂聴さんが立ち上げた行事で、行灯の数は大小800基、奥嵯峨の古き良き街並みを行灯のほのかな灯りで演出しています。 石垣の上の方に、「まゆ村」というまゆ細工のお店があり、カミさんが見たいというので息を切らせて石段を昇りました。 まゆ細工を作っていたおじさんと奥さん?とも少しお話しできました。さっき見た盆踊りは、昔はこの店の前あたりまで踊り下ってきたそうですが、最近は来てくれなくなった、とおじさんがこぼしていると、笛太鼓のお囃子がだんだん近づいてきました。「あっ、来た」と店の中にいた全員が外に飛び出しました(笑)でも、店の手前で引き返してしまい、みんな少し肩を落として店内に戻りましたまゆ細工をひとつお買い上げ。バスの集合時間も近づいてきたので、再び参道を引き返しました。解散した盆踊りの躍り手さんたちがまだそのあたりにいて、観光客が写真を撮ろうと群がっていたのをかきわけながら、バスに戻りました。千灯供養を紹介した中日新聞WEB版のコラム記事です。 バスは、何カ所かの主だったホテルと京都駅七条口に立ち寄り、わたしらは八条口ホテル京阪前で20時半ごろ下車しました。宿泊するホテルの近くにあるドン・キホーテに寄って、飲み物や朝食のパンなど買い込んでからホテルに戻りました。ドンキは外国人であふれかえっていて、はじめてドンキに入ったというカミさんもビビッていました(笑)ホテルには大浴場もあるようでしたが、テレビのインフォメーション画面で大浴場の混み具合を確認すると、男女とも混雑表示だったし、行くのも面倒、外国人と一緒になるのもちょっといやだったので、部屋のお風呂に入りました。トイレとは分かれていて広さもまあまあだったので、十分でした。テレビ番組をつけるとちょうど24時間テレビをやっていたので、ぼーっと眺めながらドンキで買ってきた缶ビールとポテチをお供に、京都の夜はふけていきました。さすがに暑さがこたえたし歩き疲れましたが、長年の念願をいろいろかなえることができたので充実感にあふれた一日でした。
2025年09月05日
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8月の最終土日に、カミさんと京都へ行ってきました。今回は四日市から高速バスを利用。あらかじめネット予約しておきました。三重交通生桑車庫を、8時40分の定刻を10分ほど遅れて、ほぼ満席で出発。この日も猛暑を約束するような晴天です。京都駅八条口に10数分遅れて10時半ごろ到着。バスターミナル近くのホテルを予約してあったので、数分歩いて荷物を預けに行きました。荷物をクローク係に預けるんじゃなくて、自分で保管場所へ持って行くスタイル。ずらっと並んだ収納スペースのそれぞれにダイヤル式のワイヤー鍵がついていて、それを荷物の取っ手に通して固定します。身軽になって、太陽が容赦なく照り付ける京都の街に出発。京都駅からJR嵯峨野線で12分ほど、嵯峨嵐山駅に向かいます。京都駅で、偶然に、鉄ちゃんにとってうれしい出会いがありました。ちょうど、「トワイライトエクスプレス瑞風」が出発するシーンに出くわしたんです。往年の大人気寝台特急「トワイライトエクスプレス」の名前を冠したクルーズツアー専用の豪華寝台列車です。JR西日本の企画列車で、通常、大阪、京都を出発し、途中で山陰や山陽地方の観光地に立ち寄り観光をしながら周遊します。客車のほかに、食堂車やラウンジカー、展望車も連結され、全10両編成に定員わずか30名。気になるお値段は、ツアーの日程や利用する部屋にもよりますが、一人当たり30万円台から120万円以上が目安だそうです。スイートルーム利用の東京発4日間コースになると200万円を超えるというとんでもない金額です。 たぶん一生乗ることはないでしょうね(笑)出発の際には、撮り鉄たちはもちろん、JRや旅行代理店の社員らしき人たちが旗を振りながらお見送りしていました。車体の色も、昔のトワイライトエクスプレスを再現したような深い緑色でした。ちなみに、昔のトワイライトエクスプレスは客車を機関車で引っ張っていましたが、この「瑞風」は、ディーゼルモーターと蓄電池の電気とで駆動させるハイブリッド方式を採用しています。ちょっと興奮して長くなっちゃいました 本筋に戻ります。JR嵯峨嵐山駅のすぐ近くに、嵯峨野トロッコ列車の始発駅 トロッコ嵯峨駅があります。 今回の旅の目的の一つ目、以前からぜひ乗りたいと思っていたトロッコ列車に乗車します1カ月前に予約できましたが、桜や紅葉の時期にはかなり予約は困難です。12時すぎ、トロッコ列車が入線してきました。1日8往復しており、わたしらが乗るのは12時2分発の嵯峨野7号です。5両連結ですが、今回は一番人気の5号車、通称「ザ・リッチ」に乗ります。「ザ・リッチ」は5両のうち唯一窓ガラスがなく、風を受けながら渓谷の景観を眺めることができます。出発して最初は現在のJR山陰線の線路を走った後、廃線となった旧山陰本線を保津川の渓谷沿いに走ります。転車台がないので機関車を付け替えることができず、行きはディーゼル機関車が後ろから客車を押して進み、帰りは逆に前から引っ張ります。保津川の渓谷美だけでなく、春は桜、秋は紅葉に彩られ、息をのむ美しさだそうです。でも、夏の深緑もなかなかの美しさです。保津川には川下りの船も見えました。 車内放送も沿線の観光案内をしたり、歌を歌ったりしてましたが、ディーゼル音がやかましくてほとんど聞こえませんでした(笑)観光列車あるあるですが、記念写真のセールスに来たので、まあ、せっかくなので購入しました。20数分で終点亀岡駅に到着。ここからは、川下りや馬車で戻るという手段もありますが、わたしらは、そのまま折り返しの列車に乗って京都へ戻ります。列車は亀岡駅にわずか5分停車して、12時30分発嵯峨野8号として発車します。行きと帰りで違う景色を見るために、行きとは反対側の席を取りました。帰りは終点の嵯峨駅まで行かずに、ひとつ手前のトロッコ嵐山駅で下車しました。もっとにぎやかな場所にある駅と思っていましたが、山の中の秘境の駅みたいな雰囲気でした。 降りてしばらくは場所の感覚がつかめずに、炎天下、適当に歩いているうちに、記憶にある嵯峨野の風景が見えてきました。お蕎麦屋をみつけたので、お昼時も過ぎていたし、ちょっと脱水症状気味にもなってきたので、ここで昼食にすることにしました。満席でしたが、別の店を探す気力がなかったので、しばらく外で待つことにしました。ようやく招き入れられましたが、お客の3分の2は外国人でした。 ビールと梅おろしそばで生き返りましたこの店、ずいぶん昔にも来たことがあるような気がしてカミさんに言うと、「うん、わたしもそう思う」と同意してくれました。そのときはにしんそばを食べたような記憶があります。ここから先は嵯峨野の見慣れた景色です。 嵯峨野もそうでしたが、大混雑の光景しか見たことがない嵐山も、閑散というほどではないですが、あれっていうほど人出が少なく感じました。あまりの暑さのせいで観光客も敬遠したんでしょうか。押し合いへし合いが当たり前の渡月橋もごらんのとおり。おなじみの京ばあむの店でデザート代わりにパフェをいただいてから、再びJR嵯峨嵐山駅から京都駅まで戻りました。次の予定まで少し時間があったので、ホテルにチェックインしに行きました。今夜泊まるのは、JR西日本が経営する「ホテルヴィスキオ京都」です。時間まで8階のツインの部屋でしばし休憩です。
2025年09月04日
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カミさんの趣味であるクロスステッチですが、月1回、季節の作品キットが送られてきます。義妹のK子ちゃんも同じものをやっていて、二人で競い合っているようです(笑)そのキットが早めに出来上がると、手持無沙汰なのか、ネットで簡単な作品の図案をダウンロードして、それを参考にして作っているようです。(正式なキットは高いので)最近のテーマは、ムーミンの仲間たち。ブログ友達が、埼玉県飯能市にある「ムーミンバレーパーク」というテーマパークに行った際のレポをしてくれたので、ちょっと縁を感じてカミさんの作品を紹介しちゃいます。9月に入りましたが、まだまだ真夏の猛暑が続いています。そんな中、8月最後の土日に、カミさんと京都に行ってきました。そのレポは、現在、写真整理中なので、近日公開します。
2025年09月01日
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お盆前の土曜日、前倒しで実父母の墓参りに行ってきました。ドライブも兼ねて、ということで、義妹のK子ちゃんも同行しました。お昼は、松阪の郊外にあるうなぎ屋さんで。予約していきましたが、案外すいていて飛び込みでもOKみたいでした。老舗なんですが、うな丼の上が1900円と、リーズナブルでした。わたしの実家は仏教ではないので本来お盆は関係ないんですが、そういうこととは関係なしにお参りはしています。お墓の花は枯れるとみっともないので、ここ数年は造花を使っています。墓参りをすませてから、ちょっと足をのばして「いいたか駅」という道の駅へ。日帰り温泉やコテージ、芝生広場も併設していて、もちろん地元の野菜や加工品など品数も豊富、近くを流れる櫛田川の景観が美しい奥香肌峡を眼下に眺められる展望スポットもあって、けっこう人気の道の駅です。ちょっと場の雰囲気にそぐわない(失礼)ような、おしゃれなドーナツショップが出店していました。そのドーナツと、あとホワイトコーンとしいたけも、今夜の焼き肉用に購入。ひさしぶりに「深緑茶房」にも立ち寄り、お茶売り場に併設した喫茶コーナーで夏限定のかき氷をいただきました。テーブル2卓、座敷机2卓、あとカウンターに5人ほどのキャパなので、20分ほど待たされました。座敷の外にはお庭もあって、いい雰囲気です。自分らはテーブル席に座りましたが、もう一つのテーブル席に陣取っていたおばさん4人組のおしゃべりがうるさくて、少し場の静かなムードをこわしていたのが残念。以前は、はじめから抹茶シロップがかかってましたが、自分で好きなタイミングで氷にかけるスタイルにかわったようです。かき氷はこの夏、初めてかも。すっかり涼しくなると同時に、団子とあんこ、葛餅も入っていてけっこうおなかにもたまりました。帰路にはもちろん前島食堂に立ち寄り若鶏肉を買いました。夜は、うち二人と、ケンちゃん、K子ちゃんの4人で、鶏焼肉です。鶏肉にからめてある前島食堂ご自慢のタレは、いつ食べても絶品です。道の駅で買ったホワイトコーンとしいたけも食卓に並びました。(ごめんなさい。写真を撮るのを忘れました)さてさて、人間ドックで便潜血が出て大腸カメラ検査を受けた話はすでにアップしましたが、今日(13日)に確定結果を聞きに行ってきました。幸いにも「異常なし」でした。めだったポリープや痔もなく、「憩室」といって小さなくぼみはありましたが特に炎症を起こしている様子もないと言われました。この憩室に便が貯まって炎症を起こすと出血することがあるそうですが、それもなく、いったい出血の原因は???医師いわく、「固い便が出たり、逆に下痢が続くと出血することもあるが、今回の出血原因はよくわからない」とのことでした。「はっきりした出血原因もないのに便潜血が出て、カメラ検査の結果、異状なしということはよくありますよ」・・・・・・だそうです。イマイチすっきりしませんが、まあ事なきをえて安心しました。
2025年08月13日
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大腸検査の数日前、気晴らしにとカミさんとジブリパークに行ってきました。と言っても、ジブリパークエリアではなく、「愛・地球博記念公園」内にある体育館で開催しているジブリ展が目的です。ジブリ展とジブリパークの両方に入れるチケットも売ってるんですが、今回は展覧会のみのチケットです。駐車場は、ジブリパークに行った際に駐めたところと同じです。この日もうだるような暑さで、会場に歩いていくだけで汗が噴き出してきました。愛・地球博のマスコットキャラ「モリゾー」と「キッコロ」も真夏バージョンです。ジブリ展は、これまでもジブリパークオープン記念や、金曜ロードショーとコラボしたものを観覧してきましたが、今回は、スタジオジブリ設立の立役者の一人である名プロデューサー鈴木敏夫さんの半生と、スタジオジブリの歩みを絡めながらの展示です。会場の体育館です。ドーム型の、ちょっと体育館というよりサーカス会場ってかんじの建物。内部には、鈴木さんが若いころに影響を受けた蔵書や映画の膨大な資料、愛知県出身の鈴木さんが暮らした当時の名古屋の町の写真パネル、日本初のアニメ専門雑誌「アニメージュ」の編集長時代やスタジオジブリのプロデューサーに転身した際のスタジオ設立企画書、ジブリ作品誕生秘話の紹介パネルなどなど、じっくり見ていったら半日はかかりそうな展示内容でした。もちろん、ジブリ作品でおなじみのキャラクターや背景セットも展示されていて飽きさせません。 目玉は、千と千尋の神隠しの「油屋」とその周辺の怪しい食堂街を再現した巨大セット。朝、昼間、夕暮れ、夜と移り変わる街並みの風景を照明効果の変化で表現しています。夕暮れには提灯の明かりがともり、夜になると油屋の窓に宴会中の神様たちの様子が影絵のように映し出されます。お風呂のボイラーの煙突から立ち上る煙も表現した芸の細かさには感心しました。千尋の両親がむさぼり食べて豚にされたご馳走ですね。わたしも「豚」にされた???(笑)いやあ、なかなか見ごたえがありました。会場を出てからは、コーヒーショップの出店でソフトクリームを賞味し、ギフトショップを物色してから、記念公園を後にしました。そのあとは、カミさんにつきあってもらう条件であったIKEA長久手に立ち寄り、軽食でランチしてから店内をウロウロ。夕方には帰宅しました。
2025年08月06日
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ここしばらく更新が滞っています。あまりの暑さで家に引きこもっているのでネタがないっていうのもありますが、別の心配事があってブログ更新が手につかなかったんです。7月上旬に年1回の人間ドックを受けました。その結果が中旬に届きました。肝数値とか血糖値とか不摂生が原因で毎年指摘される項目以外に、今回は便潜血反応が陽性でした。通常2回法といって、日を変えて2回、大便を採取するんですが、2回とも陽性。過去何度もこの検査はしていますが、2回ともというのは初めてですなので、今日、総合病院で大腸カメラ検査を受けてきました。 前回は上から内視鏡を入れた話でしたが、今回は下からです。以下、その顛末記です。大腸カメラは5年ほど前に個人医院で受けて以来ですが、今回は、これまでになく便に混じった血液の含有量が多くて、ネットで調べても大腸がんの可能性が比較的大きいなんて怖いことが書いてあったので、念のため総合病院で受診することにしました。個人医院のときは、事前にもらってきた腸管洗浄液と下剤を自宅で飲んで大腸をきれいにしてから来院という感じでしたが、総合病院では朝から病室を与えられて午後の検査に備えるということになりました。大部屋だとトイレの取り合いが心配だったので、部屋代は取られますが個室を希望しました。部屋で薬を飲んで何度もトイレで出して少しずつ大腸の中をきれいにしていきます。(洗浄液は2時間かけて2リットル飲みます)昼前、ようやく腸の中がきれいになったと看護師に認められて、点滴をうちながら検査室へ。個人医院のときと比べても準備が大仰です。検査は15分ほどで終わり、幸いポリープ等の病変の切除や組織採取もなく、しばらく病室で休んでから解放されました。ポリープ等の切除があればもう1泊となるところで、一応お泊り道具?一式は持って行ったんですが、不要になってほっとしました。厳密には10日後にまた来院して結果を聞いてからじゃないと、異常なしが確定しませんが、少なくともドキドキしながら結果を待つことはなさそうです。でも、異常なしだとしたら、出血の原因は何なんだろう?と、別の心配が浮かんできます。
2025年08月04日
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先日、胃カメラ検査を受けてきました。年1回の検査を医師から指示されています。数年前にたまたま受けた胃カメラで、「バレット食道」が見つかりました。それって何? って感じですが簡単に言うと、胃液が食道まで逆流する「逆流性食道炎」が原因で、胃と食道の境目において食道本来の粘膜細胞が胃の細胞に置き換わってしまう症状なんだそうです。確かに胃カメラ映像を見せてもらうと、明らかに周りと色が違うただれたような部分が広がっていました。痛みとかの症状はないのですが、やっかいなことにバレット食道になった部分は食道がんに変化するリスクが高まるんだそうで・・・・と、いうことで、最低年1回の胃カメラ検査で経過観察しているというわけです。ちなみに、「バレット」とは、その症状、原因やリスクを最初に研究発表した人の名前なんだとか。先日の検査では、バレット食道は健在?でしたが、幸い、がんと疑われる個所は見当たらない、との診断でした。一度、バレット食道化すると、その部分は治ることはないんだそうです。一生のお付き合いになります。ここのところ、ちょっと胃腸の調子がイマイチだったので、かなり心配していたんですが、とりあえず一安心。バレット食道を持つ人の食道がんの罹患率は、正常な人の10倍高まるんだそうです。それでも、バレット食道から食道がんを発症するのは、1年あたり1000人に一人だそうで、必要以上に恐れる事はないとは思いたいですが。来週には、これも毎年受けている人間ドックで身体の総点検をする予定です。さらに7年前ぶりくらいに大腸カメラも受けようかなあと思案中です。さて、話は変わりますが、梅雨も明けていないのに、ここ数日の猛暑続き、夏本番が思いやられますね。そこで、以前からカミさんと考えていたことですが、国から補助金が出るうちにと思って、居間だけですが、断熱効果をアップさせるためにサッシを二重にしました。業者からも、たぶんそろそろ補助金も切れるので、いいときに決断されましたね、とほめて?もらいました。さあ、効果はいかに??今年も半分すぎて7月になりましたね。と、いうことで?、久しぶりに朔日餅を買ってきました。
2025年07月02日
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そうこうするうちに雨は小やみになってきて、濡れた服もかわいてきたので次の目的地にむけて出発しました。時刻は10時半を過ぎた頃。向かったのは、長岡京市にある「柳谷観音 楊谷寺」(やなぎだにかんのん ようこくじ)です。宇治から長岡京まで少し高速を走り、あとで立ち寄る予定の長岡天満宮の横をぬけて、すれ違いも難しい山道をくねくねと10分ほど登って行きました。山門に近い駐車場2カ所はすでに満車で、さあ、どうしたものかと思ってたら、100mくらい先でおばちゃんが「おいでおいで」しています。この際まあいいかってことでそこに入れることにしました。おばちゃんいわく、ほかの駐車場は最初の1時間で500円、あと1時間ごとに200円ずつ加算される仕組みだけれど、ここは500円ぽっきりで時間制限なし、ということでした。個人がやっている駐車場かなあって思ってたら、ほかの駐車場と同じでお寺が経営しており、繁忙期にあける臨時駐車場でした。少し歩く距離は伸びますが結果オーライです。「柳谷観音 楊谷寺」は、山深い自然に包まれた、808年開創の歴史あるお寺で、弘法大師もたびたび参詣したと伝えられています。弘法大師が参詣したある日、お堂の近くの湧き水で子猿のつぶれた眼を親猿が洗っているのを見て、祈祷を施したところ子猿の眼が開いた、という言い伝えがあるそうです。その後、大師がその湧き水にさらに祈祷をすると、多くの人々の眼病が治癒する霊水となったということです。それ以来、このお寺は眼病治癒に霊験あらたかな祈願所として信仰を集め、「やなぎださん」と呼ばれて親しまれてきたそうです。お詣りして御朱印もいただきました。ご本尊は「十一面千手千眼観世音菩薩」というにぎやかなお名前の観音様です。さて、ここがあじさいの名所となったのはわりと近年のお話で、長岡京市には桜、ツツジ、カキツバタ、牡丹や紅葉の名所として知られた寺社はあるものの、初夏に目を楽しませる花の名所がない、ということで、この柳谷観音を「あじさい寺」としてPRしようということになり、市の観光協会と連携して境内のあちこちにあじさいを飾り始めた、という、少々生臭い?話らしいです。さきほど立ち寄った三室戸寺では庭園のあじさいでしたが、この柳谷観音ではあじさいの群生を楽しむというより、工夫をこらした「あじさいアート」がインスタ映えすることで有名になったようです。この時期、「あじさいウイーク」と銘打って、押し花御朱印や数珠ブレスレットづくり、目によく効く「眼力ヨガ教室」などいろいろなイベントも開かれるそうです。山門を入って、まずあじさいの花手水が目を引きます。 本堂から奥之院へは回廊の長い階段を登って行きます。 秋の紅葉もなかなか見ごたえがあるそうです。境内のあちこちには、あじさい柄の傘を使ったユニークなアートも・・・中でも一番人気は、石段にしつらえられた「花階段」です。緑のあじさいで「昇り龍」を表現しています。目にまつわる病や悩みにご利益がある「眼力稲荷」が花階段の奥にあります。ここはお寺ですが、こういうところに神仏習合の名残が見て取れます。おまけ「ミャクミャク花手水」だそうです。 大阪・関西万博との「勝手コラボ」かな?(笑)いやあ、見ごたえがありました。お昼時なので、参道の茶屋で「あじさいうどん」と焼きおにぎりで軽く昼食。フタ付きの容器ごとシャカシャカとふって中身を混ぜ合わせます。柳谷観音さんを後にして、山を下ります。最寄駅から30分近くかけて歩いてくる人を何組か見かけました。最後の立ち寄り場所は「長岡天満宮」です。地元では「長岡の天神さん」と呼ばれて親しまれています。とはいうものの閑散としていて、わたしたちのほかに見かけた「参詣者」は、この方だけでした(笑)さびれた感もありましたが、シーズンには、広大な八条ヶ池周辺に青もみじや花しょうぶ、カキツバタなどが見事に咲き誇るそうです。もちろん学問の神様ですから、七五三や受験シーズンには多くの参拝者で賑わいます。実は私、父親の仕事の関係で、幼稚園から小学校1年くらいまで、この長岡京市(当時は長岡町)に住んでいたことがあるんです。なので、この長岡天神さんにもお参りに来たことがあると思います。全然記憶はないですが。参拝とあじさい見物を終え、帰路につきました。三室戸寺での土砂降りは余計でしたが、あとは「紫陽花には雨がよく似合う」と言ってられる程度の雨ですみました。なかなか面白い小旅行でした。
2025年06月27日
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京都の桜や紅葉めぐりは何度もしていますが、紫陽花は見に行ったことないよなあ、と思いたってのおでかけです。「京都、あじさい、名所」と検索して出てきたのは、いずれも京都市ではなく近隣の町にあるお寺でした。カミさんのお休みの都合で、6月23日の月曜日、朝7時半ごろ車で出発。めずらしく「わたしも行きたい」と言うので義妹のK子ちゃんも同行。わざわざ休みを取ったそうです。天気予報は雨時々曇り 降水確率90~100%、降られるのは覚悟です。「あじさいには雨が似合う」ですよね(笑)新名神から京滋バイパスを走って、まず向かったのは宇治市にある「三室戸寺」です。山寺という形容がぴったりのお寺、駐車場の台数が少ないということなので早めに出たのが正解で、9時ごろ到着した時点ではまだ空きがありました。あじさいシーズンには10時を過ぎると駐車場が満杯になるそうです。傘を持って車を降りましたが、まだ雨は降っていません。息を切らしながら石段を昇り、まずは本堂にお参り。シーズン限定のご朱印もいただきました。「三室戸寺(みむろとじ)」は8世紀に創建されたと伝えられる古刹で、現在の本堂が建立されたのは1805年。ご本尊は千手観音、西国三十三所霊場の第10番札所です。このお寺が観光地として有名になったのは近年に庭園が整備されてからで、5月には2万株のツツジ、千本のシャクナゲ、6月は1万株の紫陽花、7月にはハス、さらに秋は紅葉の名所となり、「花の寺」として知られるようになったそうです。あじさい花手水です。ちょっと枯れ気味かな。本堂の前に広がるハス畑は、すでにチラホラと花を咲かせていました。 撫でると健康長寿や金運、勝負運などのご利益があるという牛やウサギ、ちょっと不気味な蛇の神様やらの石像がならんでいて、全部撫でてきました(笑) 本堂への石段を下りたところに庭園が広がっています。お寺のホームページでは、紫陽花の開花が少し遅れ気味で1週間ほど前からようやく見ごろになった、ということでしたが、まだ咲いていないのか、すでに枯れてしまったのか、花のない株もけっこうありました。ちょっと期待しすぎたかなって感じ。でも、それなりに楽しめました。平日で、天気もイマイチということもあって、わたしらが滞在している間はそれほどの人出ではなかったですが、あまりメジャーじゃないお寺(失礼)にもかかわらず、ここでもC国語の大声があちこちから聞こえてきました。だいたい見終わったのでそろそろ退出しようとした頃、空が黒い雲に覆われてきてゴロゴロと雷の音がしてきました。庭園を出たところにテントの出店が出ていて、ちりめん山椒や塩昆布、わらび餅や宇治茶団子などを試食していると、いきなり大粒の雨が降り始めました。傘が役に立たないほどの横殴りの雨です。あわてて駐車場まで走りましたがけっこう濡れちゃいました。駐車場はすでにほぼ満杯でした。これから見物に行く人たちやさっきのテントの出店のおばちゃんたち、大丈夫かなあ、なんて言いながら車の中でしばし雨宿りです。
2025年06月25日
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長編レポも最終回です。船を降りて向かったのは、歩いて5分もかからない「瑞巌寺 五大堂」です。遊覧船からも海に突き出した小島の上に建っている「五大堂」が見えました。後で訪れる「瑞巌寺」のお堂のひとつですが、瑞巌寺から少し離れて、松島の絶景を望む場所に建てられています。 五大堂へ渡るには「すかし橋」というふたつの赤い橋を渡ります。この「すかし橋」は、上の写真のように橋の床板の間から真下に海が見えます。ちょっとしたスリルがありますし、よそ見してると足を踏み外してしまいます。これは、少し危なくして、橋を渡る参詣者の気持ちを引き締める効果を狙っているのだとか。「五大堂」は、東北地方最古の桃山建築とされ、1604年に伊達政宗が造営したとされるお堂です。内部に、瑞巌寺を開いた平安時代初期の高僧で、天台宗の基礎を固め比叡山延暦寺の第3代座主を務めた慈覚大師が手彫りしたと伝えられる五大明王を祀っていることから「五大堂」の名がついたそうです。お昼時を過ぎています。歩いて数分の「松島さかな市場」へと向かいました。まずは、屋外にある「焼がきハウス」で、名物の焼がきを賞味しました。そういえば、観光船で松島めぐりをしているとき、牡蠣の養殖いかだもあちこちで見かけました。「松島かき」といわれ、牡蠣の名産地として知られています。潮の香りいっぱいの豊かな味わいとプルプルの歯ごたえがなんともいえません。肉厚の牡蠣と生ビール・・幸せです。建物の中に入ると、所狭しと海産物が売られています。その一角のお寿司コーナーで、まぐろ尽くし握り(私)とまぐろ丼(カミさん)を注文しました。これを持って2階へ。広いフードコートになっていました。2階では海鮮ラーメンやかきバーガーなんてのも売っていました。お寿司のまぐろは新鮮で、味も歯ごたえも良し。松島に近い塩釜港は、まぐろの水揚げ量で6年連続日本一になったこともあるそうです。ここは、「昭福丸」という遠洋まぐろはえ縄漁船を所有する水産会社が経営しているようです。満腹になって、さかな市場を後にしました。最後に向かったのは「瑞巌寺」です。ここも歩いて数分で着きました。 瑞巌寺は、宮城県の民謡「斎太郎節」の大漁唄いこみに「♪松島のサーヨー瑞巌寺ほどの 寺もないとエー♪」と唄われた名刹です。拝観料は大人700円です。自販機で購入しました。ここで御朱印の受付もしていました。息子にも頼まれていて、瑞巌寺本堂と五大堂のものをいただきました。直筆なので、御朱印帳を預けて帰る際にいただきます。「瑞巌寺」は臨済宗妙心寺派に属する禅宗寺院で、9世紀初頭に慈覚大師が開創した天台宗のお寺を前身にしていると伝えられています。その後、鎌倉時代の13世紀中ごろに鎌倉幕府の執権 北条時頼により禅宗に改宗されましたが、戦国時代を経て衰退していったといいます。観光船で島めぐりしているときにガイド放送で言ってましたが、瑞巌寺が改宗する際に前身の天台宗の経典を松島の島のひとつですべて焼き清めたということです。復興したのは仙台藩祖の伊達政宗の時代で、以降、伊達家の菩提寺として厚く信仰されました。明治時代の廃仏毀釈で一時荒廃しましたが、明治天皇の東北巡幸の際にこの瑞巌寺が御座所とされたのを契機に再び復興し、現在にいたるということです。平成30年には10年におよぶ大修理が完成し、創建当時の姿がよみがえったそうです。国宝の庫裡から中に入ることができます。回廊を渡って、これも国宝の本堂の内部を巡ります。絢爛豪華な内部は撮影禁止なので、HPの写真を拝借。狩野派などの作による襖絵が見事です。孔雀の間といって本堂の中心、法要が営まれる部屋です。上段の間といって、藩主が来た際のお成りの間です。政宗公の甲冑姿の木像がでんと座っています。伊達政宗といえば「独眼竜」といって失明した右目に眼帯をしている姿が有名ですが、この木像は政宗公の遺言により右目が開いている姿をしています。宝物館で重文の仏像や障壁画、涅槃図、政宗公の甲冑や刀剣を見学してから境内をあとにしました。参道の途中には「洞窟遺跡群」が並んでいました。洞窟の壁面には供養塔や五輪塔が置かれ、戒名が無数に刻まれているそうです。(立ち入り禁止なので確認はできませんが)供養場として使用されていたと考えられ、最も古い供養塔は、政宗公が1636年に亡くなった際に殉死した家臣のものとされています。松島観光を終え、駅へと戻ります。途中、仙台銘菓として有名な「萩の月」の菓子店「三全」の支店があったので立ち寄りました。仙台駅で買う予定でしたが、直営店では簡易包装の割安な「萩の月」が買えるということなので、ここでお土産購入。 ご存知かとは思いますが、カスタードクリームが入ったカステラ生地のまんじゅう型のお菓子です。萩の花が咲き乱れる宮城野の空に浮かぶ名月に見立てた、仙台の定番銘菓です。JR仙石線で仙台駅まで戻りました。帰りの電車は比較的すいていました。駅ビルで、息子ご希望の、レトルトの「牛タンカレー」を購入。一箱だけでしたが、千数百円しました。夕食は新幹線で駅弁でも、と考えていたんですが、せっかくだし、まだ時間に余裕があったので、夕食には少々早いですが、駅ビルで食べていくことにしました。仙台駅ビルの3階に「牛タン通り」といって、人気店の支店があつまった一角があります。ここで、有名な店の牛タンを味わっていくことにしました。選んだのは「たんや善治郎」。行列でしたが10数分ほどで順番が来ました。 牛タン、とろろ飯、テールスープがつく定食。自分で焼いた昨夜の旅館の夕食のものとは比べ物にならないほど柔らかくてジューシーでした。おいしゅうございました。私らが並んだのはまだちょっと早めだったので、それほど待たずに食べることができましたが、食べ終わって店を出た際には、さらに行列が伸びていました同じ3階に萩の月の「三全」が営む「ずんだ茶寮」があったので、デザート代わりに「ずんだシェイク」を賞味。 牛タンで油っこくなった口の中に、さわやかな甘みが広がりました。美味こうして、すべての予定を終了し、あとは帰路につくだけです。仙台駅を午後6時22分発のはやぶさ112号、東京駅8時21分発のぞみ91号、名古屋には9時56分に到着しました。近鉄特急で四日市へ。このころになると車窓に雨の筋が目立つようになり・・・・10時49分四日市着。駅から歩いて10分ほどの駐車場までの道のりは・・・土砂降りでした。家にはなんとか日付が変わるまでには帰着できました。お風呂も、グルメも、景色も堪能し、念願の銀山温泉にも泊まれたし、震災の被災地も訪ねて手をあわせることもできたし、現地では雨にも降られずにすみました。とくに最終日は、予報では曇り時々雨で、降られることを覚悟し、実際、今にも降りだしそうな空をしていた時間帯もあったんですが。さすが「なんちゃって雨男」、降られそうで降られません(笑)予定していたスケジュールをほぼ完遂できて、達成感とすばらしい思い出ができた旅でした。東北はまだまだ行ってないところもあるので、また行きたいなあ。
2025年06月05日
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早朝6時すぎ、最終日も早起きです。曇り空、なんとか日中は雨には降られずにすみそうです。さっそくお風呂へ行きました。この日は昨日と入れ替えで、殿方は「水心鏡」と「月宮殿」です。中でつながっていて二つの浴場を行き来できますが、それぞれに入り口があります。近い方の「水心鏡」の入り口から入りました。泉質は同じですが、ふたつの浴場合わせて、内風呂3つ、露天の岩風呂2つ、桶、ヒノキ、陶器の一人用の湯船が計6つ、水風呂にサウナ・・・あれ16種という浴槽の数のはずですが、昨日の梅の粧の6つとあわせて数があいませんね・・・まあ、いいや、とにかくいっぱいあるんです(笑)数えながら、出たり入ったりを繰り返しているうちにのぼせてきましたので、数えるのはやめてお風呂を出ました。(例によってHPからの拝借です。)露天風呂は庭園を囲んでいて情緒たっぷりで癒されました。前日の歴史を感じるこじんまりしたお風呂もよかったですが、こういう大旅館のお風呂も開放感にあふれていて、また違う趣があります。今回はカミさんのほうが先に部屋に戻っていました。朝食は7時から9時までの間に、昨日と同じ「岩清水」です。7時ちょうどくらいに行ったんですが、すでにオープンしていてお客さんが会場に入っていました。でも、なんとか窓際の席をゲットできました。朝食はバイキングです。少しずつ取ってきたつもりでしたが、けっこうトレイいっぱいになっちゃいました。行列ができるという名物の釜めしも、カミさんが確保してきてくれました。上の緑色のは「ずんだ餅」です。枝豆をつぶしてお餅をくるんだ宮城の名物スイーツ。部屋に戻って布団に転がっているうちに、そろそろ出立の時間です。身支度をして9時すぎフロントへ降りていきました。朝食後、あらかじめ精算をすませておいたので、鍵を返すだけです。帰りも送迎バスで仙台駅まで送ってくれます。9時半発の便を予約しておきました。旅館の外観写真を撮っていると、スタッフがツーショットを撮ってくれました。市の中心部に入って少し渋滞しましたが、10時すぎには仙台駅東口に到着しました。駅のコインロッカーに大きな荷物を預け、行動開始です。この日の移動は鉄道です。10時29分発のJR仙石線に乗りました。超満員でドアに押し付けられました。でも次の駅についてもドアが開きません。「降りま~す」という声が車内の中ほどの方から聞こえたんですが、なすすべもありません。そうすると、どこからか「ボタン押せ!」と怒ったような声が聞こえました。そこでようやくドアの横にある乗降ボタンを押さなければドアが開かない仕組みだということに気づき、ボタンを押そうとしたら、一瞬早く隣にいたお兄さんがバンってボタンを押すとドアが開き、何人か降りていきました。この電車に乗るのは初めてですからわかりませんよね。「そんなに怒ったように言わんでもええやん」と心の中で思いながら、電車は発車しました。仙台から二つ目、「宮城野原」という駅でドドっと降りていったので座ることができました。なにかあるのかなあ、って思いましたが、あとで理由がわかりました。この駅は、プロ野球 東北楽天イーグルスのホームグラウンド「楽天モバイルパーク宮城」の最寄り駅なんですね。この日はデーゲームで楽天の試合があったようです。降りて行ったのは観戦のお客だったんですね。40分ほど電車に揺られ、車窓に海が見え始めたころ、目的地の「松島海岸駅」に到着しました。 旅行最後の観光は、日本三景のひとつ「松島」です。まず駅前の乗船券発売所で「松島島めぐり観光船」のチケットを購入(ひとり1000円也)しました。12時発の便をあらかじめネットで予約してあったんですが・・・公式HPによると、事前予約の場合は、現地の乗船券売り場で予約名と乗る便を伝えて該当のチケットを購入するというシステムのはず(もちろん空きがあれば予約なしで当日券も買えます)なんですが、売り場のおじさんは、わたしが「12時の便を予約して・・・」と言うのを最後まで聞くことなく、「何枚? 11時30分(の便)に間に合うよ。時間や座席の指定とかはないから。」とせかすように言います。確かに買った乗船券には日付も時間も書いてありませんし、満席かどうかチェックしている様子もありません。「??? じゃあ、ネット予約の意味ないじゃん」と思いながら、せかされるままに早足で6、7分、観光船乗り場に急ぎました。(まあ当然でしょうが、観光船乗り場にも乗船券売り場がありました。)桟橋に停泊していた「仁王丸」に乗船。着いたのが出航時刻ぎりぎりだったので、すでに窓側の景色がよく見える席はすべて埋まっていました。ここでケチっても仕方ないと思い、船内で一人600円追加して2階のグリーン席に行くことにしました。さすがに余裕で窓際の席を確保できましたが、出航後にこちらに移ってくる客もいて、結局グリーンの窓際席もほぼ埋まりました。後で冷静になって考えてみると、便の指定がないんだったら、あわてて11時30分の便に乗って追加料金払わなくても、並んで次の12時の便に乗れば1階の窓際席に座れたんだよなあ・・と思わなくもなかったですが、あとのスケジュールに30分余裕ができたので、まあ良しとしよう。日本三景「松島」の島々を席から眺めたりデッキに出て眺めたり。潮風が気持ちよかったです。 様々な形をした大小の島々でしたが、船内放送のガイドを聞いていると、それぞれにいろいろな歴史や島民の生活があるようで興味深かったです。50分の船旅を終えて、再び乗船場所に戻ってきました。12時30分の便の行列ができていました。さあ、次の見物場所へと向かいます。
2025年06月04日
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