日本共産党 原田のぶゆきです。

日本共産党 原田のぶゆきです。

2002年10月28日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 いとこの連れ合いが、54歳の若さで亡くなり、お悔やみの式に出席した。1年前に乳がんがわかり、入退院を続けていたようだ。

 式の後、中央通り添いにある、定専寺という寺の坊さんが講話をしてくれた。弔電が沢山きていたがいずれも「・・・ご冥福をお祈りします。」とあった。このお悔やみの電報に対して、コメント述べた。「ご冥福」の「冥」は仏教では迷いの意味であり、故人が迷ってあの世に行ったわけではない。ちゃんと浄土している。
 「冥」という言葉は仏教では使わない。そもそも、仏教は釈迦も言っているが、経の中身は現世のことをいっている。母親のおなかに宿った子供が育ち、死ぬまでのことを大事にしているのが、仏の立場。なくなった故人をしのんで、今日、このように、多勢の人がお悔やみに来ているが、このような日にこそ、今日来ている皆さんが、元気に幸せになることが、故人の本望。功徳のあるもの。
世のため、人のためにあるのが仏教の精神という。どこかで聞いて酔うな言葉であった。共産党も世直しの党。「国民こそ主人公」の党であり、弱い人の見方の党ある。坊さんの話にぞっこん惚れた。
 この坊さんは、見たところ、顔色は黒く、鼻ひげを突け、いかにも精悍な面構え。とても、悟りを開いた坊さんとは思えない。
 講話に関心ありで、声をかけた。
 胸のバッジに気づいたのか、「議員さんですか」聞いた。
 「長野市で共産党の議員をしています」というと、「いやあー、共産党は95%共感ありです。私の叔父も、千葉でかって共産党の県会議員をやっていた。前田慶一郎というんだ」という。

 叔父は長野にくれば、よく家によってくれた。と懐かしそうに話してくれた。
 気になったので、95%はいいが後の5%はどこの問題があるのかと聞くと、同和問題だ。自分は長野市の宗教関係の差別を無くす事務局長をしているが、共産党や全解連と解同と私とでは差別問題で若干見方が違う。個々で議論しても時間がないので、どこかで話をしたいというと、是非寺にきて欲しい、といわれた。

 帰り際、坊さんが私のところに来て、握手を求め「待っていますので来てくれ」といってくれた。
 ありがたい。ちほさんや地元の野々村さんと一緒に訪問しようと思う。
  坊さんもあの世のことでなく、現世のことで心配している。共感の持てる良き友がまた一人できた。
 垣根つくらづ、誰とでもドンドン話をしなければ。 






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2002年10月29日 23時09分57秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: