日本共産党 原田のぶゆきです。

日本共産党 原田のぶゆきです。

2009年01月22日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 「10月いっぱいで来なくていい」と言われ、11月5日が期限で寮を追い出された、Nさんの息子。

 ところが、派遣会社にこのことが発覚、即刻出て行くようにと言われた。
 寮には関係者以外は住むことはできないことになっているのに、知人の行為でしばらく居候をしていたわけだ。
 ネットで職を探しながら、一晩5千円のホテルに寝泊りして1か月。
ホテル代は1か月締めて15万円となった。
手持ち資金は底をつき、もうこれ以上、ホテルには泊まれない。
そうかと言って、野宿する勇気なかった。
最悪、生まれ故郷の帯広にフェリーで行こうと、運賃1万5百円をとっておいた。

20年も会っていなかった、長野の父親へ携帯電話を入れた。
出てくれなかった。
北海道へ行くしかないかと、覚悟をしていたときに、長野の父親から返信があった。
すぐに切符を買い求め、中央線で長野へ直行。
75歳の父親は、生活保護者で「おれはとても面度見れない」と困り切っていた。
20年も会わなかった息子だが、やはりわが子でたった一人の肉親。
「まあ来いや」と呼び寄せ、長野駅まで迎えに行った。
苦労の連続であったのか、表情は20年前とは違い、穏やかではなかった。
「苦労していたんだなあ」と、しみじみ息子を気遣う。

共産党の支部会議があった。
父親のNは入党したばかりの仲間であり、この会議に出席していた。

Nさん「わしゃ、今、共産党どころではない。違うことで頭が一杯」としゃべった。
そこで話されことが、先の息子のこと。

みんなから、それは大変だ。
「ここに原田市議がいるから、遠慮なく相談すればいいんじゃないの」と助言。

20年も会わなかったが、若い息子の行く末が心配、不憫でならない。


早速今日、住宅課、厚生課、産業政策課、長野県住宅供給公社などへ電話し、住むところ、生活保護、就職などてばやに手を打った。
これからが、勝負所だ。

N宅へお邪魔し、息子と初対面、相談に乗る
愛知県で派遣労働者として働いていた。
「日研」という派遣会社から、スズキ自動車への派遣である。
賃金は1か月残業も含めて、毎月19万円~22万円前後で極めて安い。
この給与から、寮費など差し引かれると、10万円そこそこという。
それでも、寮に入れて仕事ができら最高だというから、寮のある会社に派遣されれば御の字。

 「派遣切りや雇い止めが、日常不断にやられているが、今大きな社会問題となっている。これと真っ向たたかっている共産党の「志位さん」知っている。?」と聞いた。
「ネットで見て知っている」といった。
 そこで、先日、父親に渡しておいた切りぬき
朝日新聞1面に掲載された『ルポにっぽん』の
「失職・・・そこに共産党」「誰かに聞いてほしかった」
「悲鳴拾えぬ二大政党」「山村の高齢者もぞくぞく」の見出しの記事を読んだか、と聞くと
「おやじに薦められすぐ読みました。」と。
 「私も、このことをもっと早く知っていれば、長野に来なくてもよかったのに」とも言っていた。
名古屋の共産党に相談言っていたと思う、と言っていた。

相談してよかった。
「一緒にこれからの生活の道を切り開こう」と固く握手。
父親のNは、「よかったなあ」
息子は「本当に助かります。ホッとしています」と表情を和らげていた。

当座の間に合わせで、米と果物を置いてきた。

住宅と、就職、生活保護など暮して行ける体制を作るために全力尽くしたい。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2009年01月22日 22時53分34秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: