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2005.06.24
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杉崎泰一郎『12世紀の修道院と社会』


 杉崎先生の著書、論文はいくつか拝読していますが、本書は、いくつかの論文を整理したものです。
 構成は以下の通りです。

はじめに
第一部 広報文書としての奇跡物語―ペトルス・ウェネラビリスの『奇跡について』を中心に
 序
 第一章 『奇跡について』にみる修道院と社会の諸相
 第二章 司牧活動としての奇跡物語-亡霊譚を中心に-

第二部 使徒的生活をめざす隠修士と社会
 序
 第一章 改革理念の弁明と流布
     クレルヴォーのベルナルドゥス著『グイレルムス修道院長への弁明』
 第二章 荒れ野の楽園と社会-ラ・グランド・シャルトルーズ修道院の成立と発展-
 第三章 正統と異端のはざまの隠修士たち
 第二部 結びにかえて
おわりに

従来のベネディクトゥス戒律に従った修道院であれ(ペトルス・ウェネラビリスはクリュニー修道院の院長です)、隠修士が設立した修道院であれ、その権威を示すもの、あるいは後者であればその発展の理由としての、広報活動、というものに重点が置かれています。
 第一部の、亡霊譚に関する論文は既に読んでいたのですが、ここではクリュニー修道会の人物とシトー会の人物の亡霊譚が比較され、それぞれの性格の違いが指摘されています。興味深いものでした。
 第二部については、最近西洋史関連の記事を書く際には何度も引き合いにだしているようで恐縮ですが、Bird氏の、ジャック・ド・ヴィトリの『西方の歴史』と『諸身分への説教』の比較から、彼の様々な修道会に対する見方を考察するという論文を読んだものですから、隠修士(と彼らが建てた修道会)について、知識を深めたいところでした。ですから、本来、清貧を理想とし、使徒的生活を送っていた隠修士が、どうして修道会をつくるまでになったのか、というところが指摘されていて、有益でした。

 また、隠修士が托鉢を避けていた、という指摘は興味深かったです。遍歴説教をしていたころは、どうしていたのでしょうか(本書に書かれているのを、十分に読み込めていないのかもしれないですが)。
 修道院が設立されると、俗人からの寄進などで生計をたてていました。
 13世紀に托鉢修道会が成立するのは、それだけの経済的基盤が整ったからである、という指摘に、とても納得しました。

 次の朝の読書は、キアーラ・フルゴーニの本にします。





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Last updated  2008.07.12 21:28:15
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Comments

のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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