メアリー・カラザース(別宮貞徳監訳)『記憶術と書物―中世ヨーロッパの情報文化』
~工作舎、 1997
年~
Mary Carruthers, The Book of Memory. A Study of Memory in Medieval Culture
, Cambridge University Press, 1990)
中世ヨーロッパの記憶術を論じる一冊。膨大な史料と参考文献に裏打ちされた、重厚な研究です。
―――
序論
第1章 記憶の諸モデル
第2章 記憶の神経心理学的解釈
第3章 初歩の記憶法
第4章 記憶術
第5章 記憶と読書の倫理
第6章 記憶と権威
第7章 記憶と書物
著者あとがき
付録A サン=ヴィクトルのフーゴー「しるしに関わる3つの大きな条件について」
付録B アルベルトゥス・マグヌス『善について』第4論考第2問「賢慮の諸部分について」
付録C トマス・ブラドウォーディン「人為的記録について」
原注
参考文献
人名索引
監訳者あとがき
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読了後メモを書くまでに時間が経ってしまったので、簡単にメモを。
第1章では、中世に記憶が様々なモデルにたとえられたことを論じます。そのモデルについての紹介。蝋引き板、貯蔵室、蜜蜂、鳥(の巣箱)などのモデルが紹介されます。
第2章はとっつきにくかったですが、記憶の際の内的感覚のはたらきについての中世における考え方を論じます。心臓が記憶の比喩として使われたことや、本書でしばしばとりあげられる「建築的記憶術」についての紹介などがなされます。
第3章では、番号グリッドによる記憶術やアルファベット順用語索引などが紹介されます。本章で興味深かったのは、ウェイリーズのトマスという人物が説教師向けにした助言で、説教を丸暗記するよりも、最も重要な語句を覚え(全体的な意味をはっきりと心に留め)、あとは気にするな、ということです。「たとえ説教者が一語一語正確に復唱できたとしても、引用したテクストそのものにあいまいな部分がある場合は、もっと分かりやすいことばで説明する必要がある。聞き手がその意味を理解しなければ、せっかくの引用も効果がない」 (154
頁 )
。現代のスピーチやプレゼンにも通じる助言だと思います。
第4章では、動物寓話集が記憶を補助するという実用性を持っていたという指摘や、奇異なイメージ(性的、暴力的なイメージなど)が記憶を強化するために用いられたという興味深い指摘がなされます。前者については、簡素な装飾を奨励したシトー会にさえ、その趣旨に反するような動物寓話集が生き続け、読み続けられたという事実を挙げ、「何かそれに際立った実用性があったという以外に説明のしようがない」 (210
頁 )
といいます。後者については、「近代以前の芸術の多くに、とりわけ奇妙な象徴を好む傾向が見られる」と常々指摘されますが、そうではなく「単に記憶を促進する手段にすぎないことが多い」といいます (232-233
頁 )
。
第5章は、標題どおり読書と記憶の関係について論じます。音読と黙読についてなど、 『読むことの歴史』
などで議論される論点について、記憶という観点から論じられており、こちらも興味深く読みました。
第6章では、著述と記憶の関係を論じ、第7章は標題どおり書物と記憶の関係を論じます。後者では、写本欄外に「漫画」を描くスタイルが普及するようになるが、これも記憶術が装飾に影響を与えた一例かもしれないといった、興味深い事例が示されます。
冒頭にも書きましたが、本書は本論約 400
頁、史料訳が訳 50
頁、注も約 50
頁、参考文献目録が約 20
頁と、非常に重厚な研究です。私には難解な部分もありましたが、興味深い事例も豊富で、この度通読できて良かったです。
(2020.12.31 読了 )
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