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January 22, 2006
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カテゴリ: 心に残った短歌
昨日の日記のコメントに madamekase さんが、「トルコにも、エーゲ海沿いのある地域で、日本からの移民達が暮らしていた、という話があり、・・・」と書いてくださったのを読んで、2005年10月の短歌会にだされたIさんの二首と、その時に出た話を思い出した。 

・アラスカよりカナダに入る スティキン 川鮭を伴なひ オミネカ に至る

・原住のインディアンらの名づけたる女(め)スリンカ男(を)スリンカとふ二川(ふたかは)親しも



一首目は、鮭を連れて流れてくるスティキン川を詠むと同時に、第二首への導入としての役目をしている。
このスティキン河という名前は、インディアンのスティキン族にちなんでつけられたもので、沿岸は林業・漁業が主な産業。かつてのゴールドラッシュ時代には、上流に金の採掘をしようと人々があつまったこともあるという。

二首目については、


「このあたりまで釣旅行に行った作者が、車からおりて散歩をしていると、そこはスリンカ川の分岐点で、別れた川の一方には「オスリンカ(Meslincka)」、もう一方には「メスリンカ(Oslincka)」と標識があった。
たまたま来合わせたインディアン女性に、「何か特別の意味があるのですか?」と尋ねると、「インディアンの言葉で、オは男、メは女のことですよ」と教えてくれた。作者は「まあ、日本語でもそうなんですよ」と、といいながら、とても懐かしく感じた 


・・・という話を作者から聞いた。

そういえば、日本語には、男坂・女坂、男時・女時、男体山・女体山とか言うように、二つのものを男女に模して表現する例がいくつもある。


「日本語とインディアン語の一致は、この場合、ただの偶然かもしれない。が、アラスカのインディアン(イヌイットとか)は、アジア大陸から来て、アラスカ経由でアメリカ大陸にわたり、南の方に進んでいったといわれることもあり、イヌイットとアイヌの文化が似ていることからも、日本語とインディアン語の間に、断片的に似た単語があってもおかしくない」

と、作者は思ったそうだ。 なるほど、そうかもしれない。

ところが、出席者の中に、そのあたりに、昔、日本人が住んでいたゴーストタウンがあるのを知っていた人がいて、

「『オ』と『メ』が日本語とインディアン語で同じ意味を持っているというよりも、『オ』と『メ』はその地に住んでいた日本人の人たちが、インディアン語の『スリンカ』という川の名前の上つけて呼び慣らした日本語なのではないか、そしてそれがすっかり根付いているので、現在のインディアンの人たちは、インディアン語だと思っているのではないだろうか。」

と言った。 なるほど、それもありえる話だ。(調べてみたら、アラスカと日本の合弁のパルプ会社があって、その地方での最大雇用者となっていた時代もあったので、そこには日本人も居たにちがいないし、私がバンクーバーに来てからも、日本の商社の木材や漁業関係部門では、過疎地にオフィスを持っているところが少なくない。)

ただ、作品としては、「そう聞いてから、その川が親しいものに感じられた」という感情をそのままに述べているだけで、言語学・文化人類学などの学術論文を書いているわけではないのだから、そのあたりは、読者の読みにまかせて、これで一首を成立させて一向にかまわないわけであろう。それどころか、読者の間に話題を発展・展開させたというのは、その作品の力だと思った。


短歌会としては、歌の批評をしあうという本来の趣旨とは違う話題になってはしまったが、外国に出るのがとても大変であった時代に、アラスカやカナダの自然条件も厳しい過疎地にも日本人が移住していて、インディアン語と言葉が混じるくらい、土地の人たちにもとけこんで暮らしていたのではないかと思い、私はちょっとしんみりしてしまった。

いろいろ調べてみたら、イミグラントの先輩たちは、私達が想像している以上に、世界中の本当にいろいろなところで、それぞれの思いを抱え、それぞれの暮らしを営むなかで、有形無形の遺産を残してきたのがわかるではないだろうか。






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最終更新日  January 24, 2006 03:36:23 AM
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