M17星雲の光と影

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2006.01.18
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カテゴリ: その他
最近、電車のホームや街ですれちがう人々の顔を見ていると、「閉じている」印象を与える顔が増えているように思う。これは顔の造作の問題ではなく、他人の顔を一目見た瞬間、「あ、この顔は閉じてる」「この顔は開かれてる」と二分できるように感じるのである。この感じ、わかっていただけるだろうか。

閉じている顔とは、そうだな、昔学校で使っていたセルロイドの下敷きのようなものを想像してください。ああいうものを両耳にひとつずつくっつけて、前方の視野を狭める。この視野狭窄装置をつけて歩いている人の様子といえばいいだろうか。とにかく隣を歩いている人が突然心臓発作で倒れても全然気づかないで通り過ぎてしまいそうな、向こうから刺客が来て出刃を腹に突き立てられたら、背中まで貫通してしまいそうな(ぶっそうなたとえだな)、そういう感じである。その表情は乏しく、周囲に無関心で、センサーが正常に作動していない状態。そういう状態で街を歩く人々が増えている。

考えてみると、ムンクの「叫び」のポーズというのは絶叫する時の人間の形であると同時に、外界を遮断する姿勢をも意味しているように思える。内面から強烈な叫び声を上げるとき、そのポーズが外音を遮断する姿勢でもあるというのはなかなか示唆的である。

以前、東武線だったか、踏切の保安係が電車が通過するにも関わらず遮断機を上げてしまい、死亡事故を起こしたことがあった。保安係は逮捕され、有罪になったと聞く。まあ、当然の措置ではあるのだろうが、この件に関して当の係員や会社の安全管理の問題がさまざまに論じられていた。

私は一連の報道を見聞きしながらかすかな違和感を抱いた。被害者の家族の心情をおもんぱかって報道機関はとりあげないのだろうけれども、「そんなに踏切を盲目的に信じてしまっていいのだろうか」という気がしたのである。信号や踏切の遮断機などというものはあくまでも「一応こういうことにしときましょうね」という仮の約束事にすぎない。信号が青の時には車は原則としてこないことになっており、遮断機が上がっていれば電車はこないことになっている。でも、「こないことになっている」ことと「実際にこない」こととはまったく別のことである。日常生活で基本的な約束事をいちいち疑っていたらやってられないから、その約束事を8割から9割方信用するのはやむをえないとしても、自分自身の生命に関わることであれば、あとの1割から2割は疑いの気持ちを残しておく必要があるのではないだろうか。

以前、正月に外出し、自宅へ帰る途中、交差点で信号を待っていたことがある。夜の6時頃であり、あたりはまっくらだった。信号が青に変わり、私は横断歩道を渡り始めた。その時、なんともいえない「いやーな」感じがした。うまく説明できないのだが、べっとりと黒いコールタールを体の内側に塗りたくられたような何ともいえない「いやーな」感じがこみ上げてきて、道路の真ん中よりやや手前で足が止まった。止めようとしたわけではないけれども、その「いやーな」感じと連動して自然に足が止まってしまったのである。次の瞬間、一台の乗用車が私の1メートルくらい先を100キロ以上の猛スピードで轟音とともに駆け抜けていった。歩行者用信号は青のままだった。私はその車の巻き起こした突風を体に感じながら、「あのまま歩いていたら死んでたな」と思った。足を止めなければ、今頃は路上に激しく体をたたきつけられていただろう。体内に装着された何かのセンサーが自動的に働いたとしか思えなかった。しかも、後から考えてみると、その「いやーな」感じは、その瞬間からずいぶん前にさかのぼって起きていたようにも思える。

だから何だといわれても困るのだが、こういう感覚を麻痺させないようにしようと、その時に思った。

それから電車に乗って、目の前に座っている男の顔を見て、「いやーな」感じがしたら、すぐに場所を移動するようにした。こういうセンサーは本来誰の中でも作動しているはずである。それが発する信号を「んなもの、あるわけないじゃないか」といって自分自身で否定しない限りは。

人間が便宜的に作った約束事とぺこぺこの粗末な木で作られた遮断機を信用して、自分に向かって轟音とともに突進してくる何トンもの鉄の塊に気づかないのでは、あまりにも「人がよすぎる」のではなかろうか。



そんなことを考えていると、街を歩く人々が空気の抜けた風船のように見えてきて、なんともいえぬ「いやーな」感じがしてくるのである。






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Last updated  2006.01.19 08:47:11
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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