M17星雲の光と影

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2006.02.10
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カテゴリ: その他
金曜の夜がいちばん好きだ、と彼はいう。

土曜の夜は「あー、もう休日が半分終わってしまった」と思う。
日曜の夜は絶望のどん底だ。太陽が徐々に傾きはじめるとともに光は勢いを失い、残照を残してやがて消え、闇の世界が目の前に広がる。
月曜の夜は気が重い。先が見えない。
火曜の夜は「まだ半分以上残ってる」と思ってうんざりする。
水曜の夜は「まだ半分しか終わってない」と思い、またうんざり。
木曜の夜は疲労のピーク。
そして、休日の予感をまるまる楽しめる金曜の夜こそ至福の時間だ、と。

たしかにそうだ。その気持ちはよくわかる。


「美は乱調にあり」ということばがあったが、「快は予兆にあり」とはいえないか。

ほんとうにたのしい瞬間は、ほんとうにたのしい瞬間のちょっと前にある。「あー、あしたどんなたのしいことしようかな」と考えている時がいちばんたのしい。

たのしい時間の真っ最中には、私たちはすでにそれが終わりに向かいつつあることを予感する。たのしさのまんなかに立つことは、すでにそのたのしさが終わる予兆にとらえられることである。だから「たのしいときには実はあんまりたのしくない」。

こどもの頃の記憶がしあわせに包まれているのは、それがこれから大人になるという予兆のなかにあるからだ。

青春時代には、すでに青春の終焉を予感し、壮年の頃には老年の予感におびえ、老年に至ると死の予感におびえる。つねに不幸を先取りし、その結果、不幸になる。それが人間の生というものなのだろうか。

死後の世界を甘美に描き出す宗教も、このいきづまりを打開するためのむなしいあがきのように思えてくる。

宝くじの当たった瞬間のよろこびも、実は「それがひょっとしたら当たるかもしれない」という予兆のよろこびに比べれば、ものの比ではないのかもしれない。

人が本を読むのも、映画を見るのも、演劇にでかけるのも、「ひょっとしたら大傑作に出会うかも」という予兆のよろこびがその大半を占める。

本を読む人間にとって至福の時間は、あと数十ページでその本を読み終わる時に、「あー、次に何読もうかな」と思う瞬間である。

人類の文明をここまで肥大させてきたのは、ひょっとすると予兆という「ふくらまし粉」のもつ激しい膨張効果のおかげだったのかもしれない。

でも人間の予兆の大半は、実現することなく、そのまま氷づけになる運命にある。氷づけになった予兆は、しかししぼむことも、枯れることもなく、永遠に未来の開花を願う予兆としていつまでもそのままの姿をとどめつづける。人はそのような幼い頃の思い出を唯一の心のよりどころとして大きな不安や孤独や葛藤に耐えて生きていく。



だから最も残酷な刑罰は予兆を奪いとることだ。死刑や終身刑が残酷な刑罰たりうるのは、それが予兆を完全に封殺する効果をもっているからだ。

人間の希望は冷蔵庫の中の煮こごりのようにこきざみにふるえながらひたすら解凍を願っている。

人間の生の本質はいつも予兆の中にある。

それはちょうど冬という季節の本質が、身も焦がれるほど春にあこがれ、その予兆を切望する気持ちの中にあるのと同じなのである。






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Last updated  2006.02.11 07:02:14
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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