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ご飯が炊けるように、なりました。炊飯器は買わずに、叔母が以前にプレゼントしてくれたビタクラフトの鍋で。なにげにネットでビタクラフトのサイトみててそこでご飯の炊き方を見て、試してみたら楽しかった。スイッチポンじゃなくて、時間と火加減を見ながら気を付けて炊く。余計なこと考えず、炊くことに集中できるのがいいのかな?実験みたいで面白かった。ちゃんと、おいしく炊けましたよ無駄遣いしないよう、お弁当作りも再開台所に立つのが、また楽しくなりました。でも食べ過ぎて、太らないように注意しなくちゃね~ご心配いただいていた仕事も急転直下、今後は忙しくなりそうです。今度は休みたくても、休めなくなるくらい。これも、ありがたいです。みんなでがんばります。おひとり様会のひとり加賀美人で一人息子を愛する・Nちゃんモンスター夫と戦う彼女の離婚裁判も、よい方向へ向かいそうです。困りごとだった、人間関係迷惑がわからないあの人におねいさまが「私が言うちゃる!」と立ち上がりしっかり迷惑であることを伝えることができました。もう電話もメールもきません。とりあえず、昨日は。ついでに、この困った人突然、会社から研修に行かされることになりこの先、夏まで職場にはいません。遠くでひとりで、元気でがんばって自分を見つめなおしてほしいです。昨日、夫が放置しているアパートの不動産屋から私に留守電が入ってました。ナニかしら?また連絡するとの伝言ですが掛けてみたほうがいいかな?たぶん、引落の駐車場代とかガス代が落ちてないっぽい。これの確認かと思いますが、まさか引っ越しネタだったら?とりあえず、引落の口座確認してみよう。連絡は弁護士に相談してみよう。連休中は、しっかり仕事GW明け、ホワイトナイトといっしょに戦いが再開します。この、いまのいい波に乗っていけるようがんばらんなんね~
2011年04月29日
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今日は東山会のIさんに誘っていただき金沢市の隣、白山市へドライブへ行きました日本三名山のひとつ・白山の麓の町です。 やっほい! 金沢から車で40分ほど走ると白山の足元 山肌には、まだ雪ががっちり残ってます この冬は雪が大変多かったので、雪解け水の量が半端ない金沢市内を流れる浅野川・犀川の水量にも驚きますがここ、白山からの湧水が流れこむ手取峡谷の水はすごかった! 激しく水の落ちる近くは、寒いくらい けどマイナスイオンの恩恵にあずかるために 寒さに耐えて、しばしここで休憩マイナスイオンを堪能したあとは、おいしいお茶Iさんがお知り合いのカフェ&ギャラリーへ連れて行ってくれました。『カフェ&ギャラリーガレリア』行って、びっくり!何度か前を通って、気になっていたお店でした~Iさんのおかげで、オーナーさんともお話できて、ラッキー!!ついでに、すごく素敵な絵を見つけ、人目ぼれ!!!慰謝料取ったら買いにくると、宣言してしまいました~ちなみにIさんは、私がオーナーさんとお話している間店の周りで山菜取りしてましたけどお昼ご飯は、白山の観光案内の無料ガイドで蕎麦屋を探す。あいにく水曜日は休みの店が多い。その中で、なんやらと気になったお店へ。けど、場所を見つけられず農道を30分うろうろもうあきらめる?いや~、時間あるしのんびり探そう~の繰り返しで、やっと発見!!お店は古民家を改造した素敵な造り中は昭和レトロな雑貨や日用品がたくさんお蕎麦を注文しながら、Iさんしきりとキョロキョロ「もしかして、ここって知ってる人の店かも~」あら~~!!どんな偶然よっ!!Iさん、ぜんぜん気づかずに初めて来たとのこと。おいしいお蕎麦をいただきながら、店主様と奥様とIさん、久しぶりの再会を喜ぶ楽しい会話お店がギャラリーも併設しているので展示しているアーティストさんのお話も聴いてお腹も心も満足!『とりごえ蕎麦 相滝』蕎麦もですが、「ふるふる蕎麦茶プリン」がとてもおいしかった~ちなみに店主様は、昭和の置時計の有名なコレクターいま、金沢の21世紀美術館で『MADE IN JAPANの置時計 1960年代を中心に』というイベントをやってます満腹に楽しんだあとは、ゆっくり温泉帰り道とは逆に、もっと奥の白山の麓にある『白山天望の湯』へ美肌効果のお湯は、とろりとして気持ちよくお肌もしっとりツルツル~すっかり遊びすぎたのか帰り道は、すごい大雨で山道で肝を冷やしましたが温泉であったまった体は、ほかほかそれにしても、Iさんのおかげで行く先々で、いろんな人に出会えて、興味わくこと満載Iさん、ありがと~~また、どこか行こうね~
2011年04月27日
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私の夫ではなくて、よそ様のご主人の話です。私は奥さんと知り合いなんですが、この奥さんが話すご主人の様子は、どう聞いても普通のご主人で、普通のお父さんご主人に会ったことありますが、妻の友達の訪問を嫌がることなくいっしょにお酒飲んで、おしゃべりしてって静かな雰囲気の方ですが、別に変な人じゃありませんでした。私の夫のように、不貞してるわけでもなく、お金だらしないこともない。Nちゃんの夫のように、精神的DVやったり生活費くれないこともない。おねいさまの元夫のように、妻の生活をがんじがらめにして全てを取り上げようともしないもちろん、暴力もない。奥さんのほうが体格いいので、たぶんご主人が負けます。二人の娘を大事にして、親を大事にしてるご主人私の夫のように、冷たい拒否の態度で妻を無視することなくなにくれとなく、ご主人が話しかけてきている様子は奥さん自身の話から、伺えます。蟹まで買ってくれてます。??どこが不満なの?奥さんに言わせると、 勝手に蟹買ってきて、朝からどうぞと言われても 蟹は酒の友にしたいもの。こちらの気持ちがわからないとか、あるときは自分が外食に行くのにご主人のためにシチューを作って来たようですが帰ったら、これが全部食べられてて残ってなかったと文句を言いえーっと、なんだか「あ~、そうなんだ」とどう返していいのか、わからない不満ばかり。で、こういう不満の積み重ねで奥さんは家事はしないと言ってます。やって何か言われるとイヤだから、やらないと。家はほこりだらけで、遊びに行く気がしません。食事は夫婦各自が別々に自分で用意してます。お洗濯もアイロンも各自で。毎日毎日、ご主人の顔が見たくないからと退勤後、家に帰るのは、ご主人が就寝後の夜中。それまでの時間を友達の家に居座って潰すのですが、これが実は困る。いくら女のひとり暮らしと言ってもみんなにもプライベートがあります。私の仲間は、みんな各自のプライベートを第一に考えた付き合いです。勉強してる人もいるし、友達や彼氏との時間もある。翌日の出勤が早い人なら、早い時間にゆっくり休みたい。そういう相手の事情関係なく「いまから行きます」と一方的にメール寄越してさっさと部屋に来ようとする。断ってるのに、部屋の前に来て電話寄越してドアを開けさせようとする。誰かがメールに返事するまで誰かが部屋に入れるまで夜の街をウロウロしています。ご主人は奥さんが、夜の夜中まで仕事で大変だな~と思ってる??私たちには、ご主人が不憫に思えます。ま、どこも夫婦の間には他人にはわからない問題はあるでしょうがここまでご主人の問題が見えない人も??? モンスターな夫に苦しんだ私たちから見るととてもよいご主人なのに、と。もしやモンスター基準で考える私たちがヘン?普通と思う基準が、狂ってるのは私たちなのかな~。一度、ご主人と「奥さん大丈夫?」って話をしたほうがいいかな?むずかしい問題です。あ、ご主人の話じゃなくて奥さんの話になっちゃった。すみませんでした。
2011年04月25日
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仙台に帰っていた間に、弁護士から離婚のことで連絡がきてました。崩壊寸前の家から、たんす運んでる真っ最中なにも、こんなときに連絡くれなくても~と、余震とともにめまいがしました。実は、夫も会社の被災地支援で仙台に行ってまして、気づいたら同じ時期に仙台にいてしまいビックリ事情を知らない会社の後輩から「ご主人来てます」ってメールきて知ったけどそんなん気にしてる余裕なしあちらも被災地で活動してるなら、と弁護士に頼んで、次のミッションは日延べしてもらいました。こんな世間が大変なときに、いまさら離婚で騒ぐのか?って意見もありましたが、それとこれは別地震の大変さにおざなりでしたが、思い出したのできっちり、冷静にわけていきます。地震があってから、私の会社の仕事が止まってしまいました。遠く離れたこの地でも、影響ある業種は厳しいです。でも、会社がなくなったわけではないです。ちょっと前まで会社では、今回の震災に関連する仕事もしてましたしね。けどこれもいまは終わって、また半無職状態自分の生活が危ないので、ボランティアまでは勘弁していただいて先日「コーチング」の講座に行ってきました。耳慣れない「コーチング」という言葉カウンセラーとはちょっと違うけど、系統は似てるかな?いまの仕事もコミュニケーションスキル第一の仕事ですがいま仕事でやってることは経験から身に着いた、無意識でやってることこれを意識的に、より相手の目指すことを引き出しその目標へぶれずに到達できるよう、メンタル面でサポートするコミュニケーションをテクニックとして学びます。冬に引っ越してから、ずっと気になってたことです。あのときは こういう力があれば、同じように離婚で悩む人の話を聞いて 離婚の辛さ苦しさから、解放してあげることが出来るのでは?という気持ちでしたがいまは、 いつか地元に帰るとき、 復興の中で目標を持つ人の心を支えることが出来たらという気持ち。たぶん、使えるスキルになると思う。やっぱり、地元に帰りたい。もっと勉強したいがんばります。
2011年04月20日
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4月のはじめ1週間ほど、実家のある仙台へ戻っていました。震災で叔母の家が倒壊、住めない状態になり引っ越しと片づけに行ってました。4月に入って、ライフラインも整いはじめ仙台市の中心部あたりから、徐々に日常生活を取り戻しつつありますが市の東側・若林区の海沿いは瓦礫が果てしなくひろがりそこにある知人の家の田んぼも一面瓦礫その中で、自衛隊の方々が不明者の検索を行うような状況でした実家の隣の同級生が行方不明言葉を交わす人の誰もが誰かしら近親者や友人・知人を失っている現地で見たこと・聞いたことがあまりにも想像を絶する状況で、先週こちらに帰ってから今日まで、行ったことを書こうか、書くまいか書こうとすると、手が止まっていました昨日、行方不明だった同級生が見つかったと母から連絡があり生きて帰っては来れなかったけど、けど、帰ってきてよかった、と彼のお母さんが言っていたと聞いてあ、いけない。生きてるもんが、なにしてるんだろやることあったじゃないか。と、反省しました。仙台に帰ったとき宮城県吹奏楽連盟の【楽器を集めて、被災した学校へ送る】という支援活動を知りました。 宮城県吹奏楽連盟 「宮城県楽器B A N K 」開設のお知らせ震災で多くの学校も被災しました。被災した学校では、もちろん楽器も流されたり、壊れたり。 吹奏楽で使う楽器は高価なもの。無くなったからと言って、そうそう新しいものは買えないのがいまの状況です。だからと言って、せっかく音楽にがんばってきた生徒たちに無いからあきらめてとは、言えません。また好きな音楽ができることで、希望もわくでしょうし音楽で地域を活気づけることができるかもしれません。もし、眠っている楽器があったり団体で使っていない楽器がありましたらご支援お願いいたします。楽器だけでなく、マウスピースや譜面台、ドラムスティックなど備品も歓迎しますとのことです。詳しくは上記の「宮城県楽器BANK開設のお知らせ」よりご確認ください。各県の支部・連盟一覧は←こちら
2011年04月15日
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