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ちょっと以前まではお茶のみの思い出話といえば、結婚前の楽しかった事とか、若く美しかった(?)頃の思い出とか、学生時代の甘酸っぱい出来事とか、そんなのが主だったけど。50歳の声を聞くようになると思い出すのはなぜか 子供の頃の事ばかり。三歳の頃、お祭りの法被と白足袋すがた、鈴のついた花笠を背負ったまま神社の数十段の石段をてっぺんからチャリンチャリンと鈴の音も高らかに下まで転げ落ち、見ていた父親は一瞬にして100%あきらめたそうですが、奇跡の無傷。開業医だったそんな父が早死にし廃業、五歳のいたずら盛りだった私は物置に廃棄されていた何種類もの薬剤を白いホーローの洗面器に混ぜ合わせて遊んでいました。突然 白い煙と共に小爆発。布団に寝かされたまま母にこっぴどく叱られたのを憶えています。母が働きに出ていたのでいつも妹と二人だけで遊んでいた六歳の日妹が畑の溜め池に私のお気に入りのサンダルを履いたまま落ちました。池の縁に必死にしがみつく妹に「サンダル絶対落とさないで!!」と鬼のような言葉をかけながら妹を引きあげようとしますが、私までずるずると池に引きずりこまれそうになります。「サンダルぜったい脱がないでよ!!!」と非情の姉は人を呼びに行きます。近所の人に救い上げられた妹は、当然サンダルをしっかり足に引っ掛けていました。「なんで池に行ったの!!」落ちたのは妹なのに母に叱られたのは私だけ。サンダルも泥だらけ・・・・・・。道路に飛び出してバイクに撥ねられて、東京オリンピックの体操選手並みの側転で宙に舞ったのは11歳の頃、「ウルトラC」の演技でしたがくるぶしがりんごの様に腫れ上がりました。バイクじゃなくて自動車だったら、コンニチ私はおばちゃんではなかったハズ。再婚もせずに娘二人を育てた母はいま、75歳で「子供」に還りつつあります。溜め池から臭っさい生還をした妹は、脳の障害で10年近く寝たきりです。50年、無事に生きて来れたことに感謝し、これからもみなのために有意義に生きさせてもらおうと、つくづく決意する今日この頃です。 幼少の姉妹 ↓
2005年05月18日
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毎年、購買のおばちゃんは、四月新学期の気も狂いそうな忙しさをなんとか乗り越えて五月の連休を待ち望んでいます。連休、とはいえ我が家のお父さんはサービス業なのでお休みもなく娘たちはお年頃なのでそれぞれのお楽しみ予定だとかバイトだとかあまりおうちには居ません。ゴザでも敷き延ばして一日じゅう日向でお昼寝、といきたいところですが・・・。さてさてまずは花粉の飛来も納まった五月の庭に出て、タンポポだとか毒ダミだとかベンジョ草だとかの雑草取りをしました。むしるだけで休みながらで一日かかります。家のぐるり周りは砂利を敷いてあるので手で丁寧に抜かなくてはならないのですが土の出てるところは大きい鎌でごっそり根こそぎ掘り返しちゃいます。翌日は、背丈のあ雑草を取り除いた庭と家の裏ぐるり一面に完全無農薬の除草剤を撒きます。これはいいですよ、この除草剤「草枯れちゃん」と言う名前がついてるんです。農薬を使ってないので人に害がなく安心です。地面にこびりついた丈の低い草は手ではなかなか根まで抜ききらないので根本的に枯らすために除草剤は必須です。「草枯れちゃん」は土壌を弱酸性に変えて、雑草の生えにくい土質にしてしまうので冬にたっぷり撒いておいた道路側はほんとに雑草がなくて楽でした。興味がお有りでしたら「お気に入りリンク」に紹介しておきましたので見てみてください。毒ダミのものすごい匂いが体に染み付いたのでシャワーを浴びて、今年初のそうめんを茹でて、母とふたりであっさりお昼でした。毎年おんなじような連休の過ごし方、平和がなによりですね。
2005年05月12日
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