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午前中、注文してあった花瓶を、同業者の方が持ってきてくれた。久し振りなのでどうぞどうぞとお茶などを出しこの不況の中で超不況業種の鋳物製品の現状を聞いてみた。勿論、聞くまでもなくどっぷりつかっている泥沼の底に光は届くのかと言うことである。なんと、かすかに届いている!しかも、もう沼から這い出せるかもしれない!と言う予兆が感じられるというのである。鋳造品の素材感・格調の高い存在感・職人の技術は認められるべきだ。伝統産業という言葉は耳に心地よく携わっている人たちも一途にやってきた自負心がある。それをどう生かし今の世代に気付いてもらえるかが最大の関門で殆どはそこで沈没してしまっていたのである。昔(ほんの15年くらい前迄)はこの業界もギフト産業として隆盛を極めていた。其処には地場の工場(職人)を束ねる親方がいて工程別に工場を持ち生活が成り立つように親方は全国に営業をして歩いた。常に動いていて活気があった。それなのに、時代の変化・流れに気が付かず気が付いた時にはすぐに対応できる新しい知識やスピードがなかった。完全に周回遅れを取ってしまっていたのである。いったん取って代わられた商品を元の鞘に収めるのは不可能に近い。それ以上のものが出来ようはずもなくかくして業界全体が冬の時代に突入してしまっていたのである。誰もが何もしなかった訳ではなく皆同じ思いをしていた。誰か道を開いてくれ。付いて行けるものなら付いて行きたい。長い長いトンネルはもっと巨大な日本と言うトンネルにすっぽりと覆われてもう入り口も出口もわからぬ、暗闇で出来るだけ消耗しないように明かりが差し込むのをひたすら待ち続けた。餓死するものも出てきた。が年月は新しい世代も巻き込んで少しずつ、皆ひそかに歩み始めていた。このまま野垂れ死にするわけには行かない。思いは同じだった。昨年から目に見えて注目される会社が出てきた商品の企画ルート依然とは全く異なった流れに業界は目が覚め色めきたった。一斉に動きだしたのである。成果がすぐ現れる訳ではないがもうトンネルの中だの泥沼だのと言っている人はいない。いつの間にか日本もトンネルから抜け出し次の駅に向かっていた。さてわが社はどこにいるのか・・・☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラMetal Worksオオテラのホームページへジャンプアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ドアをたたき消費者に存在を知ってもらうことである。
2005年03月31日
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よく聞く言葉で、意味を聞いてみると味わいの深い言葉ってたくさんあると思うのですが気持ちがそれを受け入れる時、しみこんで、吸収していくのがわかる時ってありますよね。電車の中でしっかりメモってきました。仏教でよく使う言葉日々是好日(にちにちこれこうじつ)どんな1日でも新鮮で良い日だという意味なんだかついてない日でも頭にくる事があった日も雨の日もその日の感情を存分に味わえばかけがえのない1日になる。照顧脚下(しょうこきゃっか)今自分が立っている場所をしっかりと確認しそれから次の1歩を踏み出そうそうすればその1歩は自然と納得のいく自信ある1歩になるだろう。眼横鼻直(げんのうびちょく)当たり前のことをありのまま受け入れる心苦しみや悲しみは執着心から生まれるもの。物事をありのままに受け止める勇気こそ仏の教えではないだろうか。こんな言葉がしみじみと感じられて自分に置き換えて思ってみると至極当たり前でこうして思い返せる時間が暮らしの上手な楽しみ方なのかな。ま・いろいろあるけどまずまず日々是好日と言うことで達観したのであります。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラMetal Worksオオテラのホームページへジャンプアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月30日
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午後から来客があるので花を生けようと庭に出た。北陸の庭は季節的にも未だ「雪吊り」が取れず新芽も漸く竹や縄の間から出だした頃である。私は葉っぱがほしく元気のよさそうな木を物色していた。すると佗助の可愛らしい葉っぱの間から赤い色が見え隠れしていた。蕾が2つほころびかけていた。花材はこれにすることにした。他に10センチくらいの葉っぱで黄緑色のふが入った枝を数本切っていけることにした。床の間の横の地袋の上に飾る為に私のデザインした、楕円形のバスタブのような形をした花器を選んだこの場所は小ぶりのものを良く使う。和室であるが、意外と背の低い洋風な花器に和花が生きるのである。ブロンズ製なので少し重いが「焼き朱銅」の色が落ち着いた銅の素材をよく生かしている。塗装ではなく、火をかけることによって薬品と銅の材質が綺麗な朱色の模様を造るのです。銅には素材の組み合わせがなせる音や・色が限りなくあって奥深い魅力がある。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラMetal Worksオオテラのホームページへジャンプアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月29日
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昨夜東京より1週間ぶりに帰ってきた。今日は休む暇なく工場へ日曜日にどうしても着けなければならない銘板があったので朝から出てきた。年度末の仕事である。もうひとつレリーフのサンプルを月曜日着で出すのがあった。100ミリ角と150ミリ角のレリーフである。きわめて小ぶりであるが、たまに出てくる。田舎の町の駅前や商店街の歩道に埋め込むのである。これは地元のおじさん・おばさん・子供達が地元の特産品・魚・木・花・等を粘土で原型をつくるのである。一言で言えば簡単であるがこちらから木枠を持って行って、まず地域の代表者にやり方を教えるのです。赤いマジックで丸を書いてあるほうに粘土をおいて下さい。鋳型(いがた)をとるのには、砂が抜けやすくなるように抜き勾配と言うものがいります。鋳造の話を一通りしてはじめるのですが必ず裏すなわち逆勾配におく人があります。そんな人たちが地域に帰って皆に教えるのですから後は押して知るべし。である。代表者は商店街の会長さんを筆頭に元気のいいおじさんおばさん少し暗いむすっつとした学校の先生である。なぜか先生だけは空気が違う。楽しそうでないのである。なぜでしょう。それでも、自分の作ったものがブロンズのリーフになって駅前や商店街の歩道に埋め込まれるとそれはもう全員が芸術家になります。感動しますよ。半世紀でも過ぎその道路が掘り返されない限りずーとふるさとの道に自分の作品があるのですから。皆さんも機会があったら是非どうぞ。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラMetal Worksオオテラのホームページへジャンプアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月26日
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今回の東京滞在はがん治療の為に振り回された現状を思い起こしていた。あまりにもお粗末な地方の医者専門医とは知識のない一般人は何を頼ればいいのか地方の医者が何でも治せるとは誰も思っていない。だからこそ専門の病院・医者を紹介する能力・力量・知識こそ一番求められている事ではないかと思った。今日は滞在最後の日後、何回くれば退院出来るのでしょうか。飲み込みの訓練が始まれば早いと思われるのだが放射線の影響であごの下の筋肉が石のように硬くなっている。桜でも見ながら退院したいものである。
2005年03月25日
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年が明けて検査の結果「残念ながら再発しています。」あの言葉を聞いた時血の気が引くのと同時に「漸く言ってくれた。」と言う思いだった。さあこうしてはいられない一刻も早く何とかしなければ。2005年年明けからの病院行脚の始まりである。木曜日金沢翌朝一番の電車・新幹線を乗り継いで東京へ金曜日東京G病院そこの先生の紹介で土曜日東京N病院3日間で3病院を重いたくさんのフイルムを抱えながら渡り歩いた。長男も仕事の都合を付けて付き添ってくれた。私は先生に聞くべきことも思いつかないまま上の空でひたすら可能性だけを願っていた。先生の言葉は「5分5分ですね、やるべきだと思いますよ。」その言葉だけが頭の中で、グルグル回っていた。直るんだ!!体の中がフワーと、わたのようにやわらかく一気に緊張が解けた。ベットと手術の順番を待って2月はじめ入院9日手術と相成りました。最後のチャンスに全員が、強い思いを寄せた。
2005年03月24日
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ずーと不信感を抱きながら無駄な時間命の時間をきざみ続けていた。昨年暮れ突然何の前触れもなく主治医から電話がかかった明日急に転勤になりましたので次の診察にはおりません。一応ご連絡まで。あまりにあっけない伝言連絡してくれたのは一応親切なのか一体急に何があったのかすごく奇妙な気持ちになった。かつてより不信感を募らせていた私達は何か不始末があったのかも知れない。暗黙のうちに不穏なことを思っていた。そしてそれがもしかして私達に関係してるかも知れないと思い出した。それから数日が過ぎ診察の日が来た新しい先生は経験豊かな穏やかな、しかるべき先生に代わっていた。全部検査しなおします。誰が見ても異常に腫れ・口もあかない状態になっていた。これが素人でも何かが起こっていると思わない人はいなかっただろう。専門医が全部検査しなおします。と言ったことが新鮮でこれほど有難いと思えたのは一体なんだったのだろう。前の先生は何をしてたのか移動の本当の理由を知りたくなった。
2005年03月23日
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以前の病院で受けた放射線治療がいかに患者の将来を考えたものでなかったか。今となって知ることになる。32回の放射線を受けた患部右の頬は一時「癌」を消滅させたかに見えていた。その証拠に口は3本の指が入るまで大きく開き食事も出来るようになっていた。勿論消滅させたのは「癌」だけではなく唾液腺・味覚も失った。それでも「癌」が消えた。喜びは、何にもかえがたかった。12月になって血液検査も良好で退院と相成った。昨年のお正月は入院中に結婚式をあげた長男のお嫁さんも増え全員勢揃いの「めでたい」お正月となった。年賀状には「お父さんがこうしているだけでハッピーハッピー」と書いた。それから数ヶ月なにかおかしいおかしいと言いながら毎月診察を受け続けた。血液検査の結果異常なし。その言葉にすがるようにしかし疑いと平行して時間を無駄に過ごした。なぜ他の病院に行かないのか。セカンドオピニオンの話も他の人から聞いた。言うのは安いが行動に起こすのはとてもエネルギーのいる事であった。高岡の病院から金沢の病院に移ったことだけでも一大決心であった。仕事のこと・自宅から遠いこと・付き添いのこと・命に比べれば、比較すべきことであろうはずがないのにその時点では未だ日常のいろいろが頭の中にあった。地元に任せられる信頼できる病院があったらどんなに楽だろう主人も私も一直線に東京迄きてしまう決断は中々出来なかった。未だ、命、の期限にカーテンでもしてるように、現実を夢見心地で見ていた。宙ぶらりんな状況であった。ひたすら、淡い希望だけである。それだけを考えるように他の事を遮断してたのかもしれない。
2005年03月22日
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手術についての説明は明快だった。右の頬を切り取りあいた穴をおなかの肉を血管をつけてとってきて外の皮膚を内側にして縫いつけ、表面には脚のももからはいだ皮でコーティングするというものであった。相当進行してるので残念ながら皮膚を残すことは出来ない。パッチワークのようになります。癌の硬くなった部分を「本丸」だとしたら「2の丸」「3の丸」迄取らないといけない。大きく取ります。次のときはもう打つ手がないですから。あまりに淡々と当然の流れを説明されるので事の重大さよりもまるで料理の鉄人が最高級の料理の手順を説明しているのを食い入るように聞いているような感覚だった。それは手馴れていて、まったく失敗など凡そ考えられない最高級の料理を予感させた。360例の経験に裏打ちされた自然体の言葉であったのかもしれない。リスクも細大もらさず細かく説明してくれたときにああ!!東京に来て良かった。と改めて思った。本人と家族は不安よりも危機一髪のところで先生に出会えた喜びで殆ど完治したような錯覚さえ覚えた。私達は「ついている」!!喜びでいっぱいになった。
2005年03月21日
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昨日、4時前に病院に直行今回は次々に野暮用があって2週間ぶりの上京術後も1ヶ月半程経ち体も楽になっているようである。まず、歩き方が、早くなった。体が右に傾いているのはおなかと、ももから肉と皮を取っているからしょうがない事らしい。話があとさきになってしまいましたが、病名は右頬粘膜の腫瘍(癌)である。それも末期癌、手術の確立は50パーセント以下再発で手術以外ない。先生は やるべきですよ。可能性があるのですから。とそうだ50パーセントもあるなんて何も躊躇することはない。今まで、金沢の病院で不信感を持ちながら治療を受けその挙句再発口が開かなくなるまでほっておいたのはなんなんでしょう!おととしの7月から12月の入院放射線治療と抗がん剤1度は消えたかに見えた癌退院して数ヶ月で違和感毎月診察をしながらここまでほっとくなんて昨年末突然変わった担当医その先生によって、再検査今年1月残念ながら、再発しております。すぐ手術をしなければ。そこでセカンドオピニオンの話私達はかわった担当医にはなんの不信感もないけれどここまでほっておかれた悔しい思いはこの病院ではもうこれ以上命を預けるわけにいかない。日本で一番いいところにいこう。と、暗黙のうちに即座に、紹介をしてもらうことにした。すぐその場で電話をしていただき翌日上京。診察「5分5分という所でしょうか可能性は十分あります。やるべきだと思いますよ。」なんと響きのいい言葉か。それが1パーセントでも・・・勿論その道の専門の先生の所には日本中から同じような人が集まってくる。当然ベットはあいていないし、手術もぎっしりで早くて1ヶ月先になる。といわれ、自宅と長男のうちで待機幸いにも20日ほどで召集があり2月9日に手術となった。
2005年03月20日
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11時53分のはくたかに乗車15時38分東京着2月9日に手術をした主人の付き添いの為手術前後の、最初は2週間の滞在次からは、高岡10日~2週間、東京に1週間ずつの滞在である。西東京に、一昨年、結婚した長男座間市に、昨年、結婚した長女どちらも新婚さん。申し訳ないが1週間ずつ、夫々の家からの病院出勤、と相成っております。こんな時こそ、家族一致団結・夫々の奥さん・だんなさんも、よく協力してくれています。長男の所から病院まで1時間長女の所から2時間この歳で通勤満員電車で通院しようとは・・・病院には10時から夜7時頃迄いることにしている最初の2週間は手術後ということもあり精神的にも・肉体的にも相当、くたくたになり最後の2日間は体が拒絶反応し目を瞑ったらそのまま倒れてしまいそうなほど疲労困憊していた。その間、会社のこともいろいろあり留守部隊の次男との連絡に屋上を何度、往復したことか屋上は電話をする為である。続きは、明日
2005年03月19日
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今日は18日で主人のお父さんの月命日です。お坊さんがお参りに来てくださる日です。こんな決まった日でもないと中々お仏壇のお花を変えたりお供えをしたりおぼくさんを供えたり出来ません。不信心極まりなく、ご先祖様に合わせる顔がありません。私の大好きだったおお婆ちゃんは朝晩お参りして、お経を上げていました。いつもあのような人になりたいと思っている私としてはまず、ここからだろう。と、言い聞かせます。18日になるといつも同じことを思うのです。今月もまた明日こそはと思うのでありました。ちなみにうちは浄土真宗です。主人の全快をご先祖様にお願いして。心に誓うのでありました。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラMetal Worksオオテラのホームページへジャンプアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月18日
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昨日で終了した新作発表会は、かつてない大盛況だったそうです。私も実感しましたから。個々の商品の評判について知りたいですね。銀粘土アクセサリー真鍮製キーホルダー手鏡などの無料体験には想像以上にたくさんの参加者があったそうです。高岡のどこにあんな若い使途たちがいたのだろう!と、私が行った時は、おじさんおばさんだけでしたが・・・私、真鍮製のキーホルダーの無料体験に参加しました。なんか変?そう、あなた自分ちで出来るんじゃない?出来ます。勿論私が惹かれたのは、金屋町の町並みのレリーフの入った型があったからです。勿論、我が家の所在地です。6種類あった高岡の名所の中から迷わず、金屋町を選び、裏に自分の名前を入れました。簡単です。樹脂文字を貼るだけです。それを、砂でかたどり、ガスを注入(ガス型)1箇所に5秒ずつ4箇所ほどほんとにゆっくり、アッ と 言う間に固まって鋳型(いがた)の出来上がり。砂から原型を取りだ出し、あとは 工場で鋳造。出来上がりを楽しみにしています。今回は、無料体験でしたが北辰工業所さんでご自分のオリジナルキーホルダー製作の体験が出来ます。定塚さん今回はお世話になりました。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラMetal Worksオオテラのホームページへジャンプアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月17日
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15日・16日高岡銅器協同組合新作発表会 が高岡駅前のウイングウイングでありました。私は特に出品予定をしてなかったのですが急遽、ワインクーラーを2点出すことになりました。つばを磨いたものとサンドブラストをかけたものを出品しました。午後、会場に行ってまず感じたことは伝統工芸 万歳!!である。伝統に裏打ちされた技術が新しい息吹となって輝いていた息を潜めていた伝統の技春と共に一気に咲き誇れ!地盤沈下してしまって久しい地場産業古い力新しい力ひそかに蓄えていたエネルギーがみなぎっていた斬新な花器・梨地の鳴り物は柔らかく、綺麗な音色鍋ちゃんは、ウサギのかわいいあんどん出品に間に合ってましたね。TITLE 4月号に紹介されている(有)ハイヒルは伝統工芸の職人さんたちの技術そのものを売る。漆・金属・ガラスの加工技術を提案するマテリアルプレート 職人技のサンプルの販売だそうだ。利用の仕方を,お客様に決めてもらう。業者・デザイナーとタイアップしていく。やー素晴らしい技術ですよ。いろんなところで高岡の伝統の技術が輝くのを見たいものです。生活の中のライフスタイルの変化がどんなデザイン・素材を受け入れていくのでしょうかちなみに「ハイヒル」の社長うちのお隣さんの笠原社長です。雑誌の写真マフラーの巻き方もう全国版でいけますから合格!!☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラMetal Worksオオテラのホームページへジャンプアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月16日
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昨日漸く1月より打ち合わせしていた「銅鏡」の製作に入りました。図面と絵 の解析具体的に言うと「たこ」の足のような「雲」の上に丸い「銅鏡」が乗る雲と銅鏡は別の材料で雲は「燐青銅」銅鏡は「佐波理」(さはり)で鋳造することになった。佐波理は錫の合金で、綺麗な高温の澄んだ音が出るので高級な鳴り物に使われる。勿論銅鏡は鏡面磨き。鏡のように磨き上げるのである。色のコントラストも考えて「燐青銅」は赤みのある銅それに比べ「佐波理」は錫をかなり入れるので白みのある銅と言うことになる。いつも思うのだが職人さんの技術はすごい私はいつも磨き物を見るとひたすら美しさに感動する。材料の持つ光を忠実によみがえらせるのである。最近は素材を生かした製品が注目されるようになってきた。銅・アルミ・鉄・・・それぞれの材料の持つ肌の美しさに少しずつ気付いてきたのかもしれない。本物がそこにあるということだろうか。金属の本来の持ち味が生かされるのは鋳物屋おばさん冥利に尽きるというものです。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラMetal Worksオオテラのホームページへジャンプアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月15日
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先日結婚記念日30年の宿題(肖像のレリーフ)が未だ残っている。って話をしましたがあれから当時の資料の写真を見ていて気がつきました。たった1年でお互い随分変わったとなると1年でも早いほうがいいしかも多少「ひんしゅく」を買っても本人の希望に沿った?美男・美女がいい外野がなんと言おうと1年たてばこんなに変わるではないか。あの頃それっていつ頃?ああ!!あの頃は二人とも「なかなかの美形」 だったのねと、うっとりと眺める。3人の子供達にも記念品に贈るつもりだからそりゃ孫・子の代まで代々飾られることを思うと絶対本人の希望を一番に!「きむたく」や「ななこさん」だっていいじゃないですか。本人が、その気なら・・・私は、5月18日の結婚31周年に向かって誰にも邪魔されず突っ走る所存です。ところで皆さん結婚記念日の記念てどうしています?私は、今回大きな節目でもあり「ブロンズのレリーフ」にしました。商売柄ご両親にプレゼント・自分達のためになどご注文を受けることがあります。皆さんの経験やアイデアお聞かせください。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラMetal Worksオオテラのホームページへジャンプアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月14日
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わずかな時間でしたが、ピーターさんと意気投合夏頃「富山に講演で行きますよ」との話「お時間がおありでしたら、是非お立ち寄りください」急遽、名刺交換・何かのご縁そして連絡があり夏我が家へ1泊していただきました。その時のこと午前中は、お茶室で日本を堪能して頂いた所までは良かったのですがうちの工場も見ていただいたりで昼食の時間が取れなかったことがいまだに、心に引っかかっているのです。富山は美味しいお魚の宝庫なのに・・・それ以来「旅のお客様」(県外のお客様の事、富山ではこのように言います)の昼食にはしっかり心くばりをと念じています。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラMetal Worksオオテラのホームページへジャンプアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月13日
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突然ですが 昨年 2004年5月18日 私達の30周年の結婚記念日でした。 昨年の今頃の話です 春頃から何か記念に残るものをと考えていて、その頃仕事で 胸像や肖像をいくつかやっていたので 主人と私 二人の壁掛けレリーフを作ることにしました。 何枚か二人でポーズをとったり、以前の写真の中で気に入ったものを探したりで、てんやわんや。少しでも格好よく映っているものをと、探す・探す・・・特に私 意外にない。自覚せよ! デザインはしゃれた洋風の月桂冠のハート(下は丸くして)型の中に、二人の肖像をレリーフすることにしました。 連日あれこれ外野もうるさく、本人達は、後世に残るものだからここぞとばかりに今以上にランクアップ そうして、未だに「製作中」の看板をかけたまま・・・ それを、昨夜思い出して、今度こそ、31年目の記念日に、お披露目するぞと、決心したのであります。 ちなみに25周年の銀婚式は原宿の「南国酒家」にて家族と主人のいとこの家族で大いに盛り上がりました。 その帰りです。あの数学者であり大道芸人のピーターフランクルさんと出会ったのは。そして数ヵ月後我が家へ・・・☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラMetal Worksオオテラのホームページへジャンプアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月12日
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トロフィーは3本鋳造しました。 中子(なかご)製品の厚みは、大体6ミリ位なのでそのほかの部分にブロンズが流れ込まないように中を、砂で埋めるのです。それを中子(なかご)と言います。 鋳造したらいよいよサンドブラストをかけて外型と中子を取り出します。 形が見えてきましたよ。 どっしりとした渦巻状の根っこと幹・羽ばたかんばかりの一枚の羽根 夜、先生と電話で台座の打ち合わせ取り付け位地とゲージの件 結局先方の台座屋さんではわかり難くこちらで取り付けまですることに・・・ 16日の出荷を目標に製作続行中
2005年03月11日
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昨日トロフィーの鋳造迄お話しましたが、製品になるまでにはいろんな工程があります。 今日はちょっと 「鋳物屋おばさん」 のお仕事の話をします。 原型ー作りたい形 どんな形でもOK 立体・レリーフ・文字・ 写真や絵・から原型を作ることもできます。 ゴム型ーこれは形が複雑なものを作るときにまずゴム型というものを作ります。 鋳型(いがた)が抜けやすくするためです。 単純ー(上下に砂型を上げるとき引っかからない形状)なものは必要ありません。 製品をつくるにはまず 1.鋳型(いがた)というものをとります。特別な砂に硬化剤と樹脂を混ぜて固めます。 (ブロンズの場合は、まずジルコンという黒い非常に粒子の細かい砂を肌砂にします。) 原型にその砂をかぶせて形をとるのです。 出来た鋳型(いがた)は原型と反対のものになります。 2.鋳型(いがた)に1240度くらいに熱したブロンズを流し込みます 3.こうして原型と同じ形のブロンズ製品が出来るのです。 自分の作った原型や手形・表札などが、ブロンズになって出来上がってくると、すごく感激しますよ! 私も自分の作ったものが世の中に出て、町の中で見かけると、思いはひとしおです。 何でも作っちゃう どんなものでも?「鋳物屋おばさん」 の一番うれしい時です。 今日はちょっと眠くなる話でしたね。夜 最後まで、読んでくだっさった方、気持ちよくおやすみなさい。 もう寝てますか・・・☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラhttp://www.ootera.com/index.htmlアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月10日
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2月より作っていたトロフィーのゴム型も最後の中子(なかご)取りもできいよいよ鋳造のための鋳型(いがた)を午後から取り出したトロフィーは九州の先生の原型で形は鳥の羽根のオブジェである。台は根っこに2つの渦を巻き老木のような年輪を重ねた幹に20cm程の羽根を斜めに羽ばたいた形である。西洋の空気が感じられる秀作である。7時ごろブロンズの鋳造終了詳しい事は又明日。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラhttp://www.ootera.com/index.htmlアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月09日
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根津界隈ランチタイムさぬき饂飩の根の津根津神社の裏通りに行列ができる「うどんや」があるよと聞きそれでは今日の昼食はこれに決まりと、ちょうど一緒だった長男と行くことにした。根津神社を通り抜け1筋行った所に1組の中年の夫婦が立っていた。ここだここだと並ぶことにした。未だ新しいお店だが、マスコミなどにも取り上げられているらしく雑誌のコピーが貼ってあった。客は殆どが中年から初老であろうか18席ほどのテーブルは勿論相席で埋まっている。私は肉の付け汁の饂飩を食べた。讃岐饂飩が美味しいのは当然のこととして、肉の付け汁の、まろやかな旨み、に関心をした。だしは煮干でとっているらしく又そのこだわりが、饂飩以上に印象深かった。噂に違わぬ味に感心した。連日良い昼食にありついている。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラhttp://www.ootera.com/index.htmlアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月08日
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根津・千駄木・界隈ランチタイム「箱蕎麦 みとう」天丼と盛り蕎麦のセット 850円天丼の海老は丸々太ってプリプリでしっとりなすは紫色が際立って綺麗な上に・久方振りになすの味を感じた。あと1品なんだったけ・・・品格のある「てんぷら」を頂ました。勿論「丼」ですから、「ごはん」も艶やかでたれをすって、ますます「天丼」が極上の「天丼」になっていました。お昼の時間はさすが待ち時間は覚悟の上ですがゆったりとした味わいの時間を楽しむべしと悟りました。案内のお兄さんが職人さんのようで又 よい よい・・・「丼」に感激していて「蕎麦」のことを忘れていました。言うまでもなく 艶 香り 湯で加減 本物の蕎麦を食べてるんだと思いながらズルズル ズルズルとあっと言う間に1枚すすっていました。「丼」といい又たれのおいしいことそういえばレジの前に濃縮した「たれ」を売っていたなあ1瓶400円だったかな田舎者の私は、うれしくなって、その日のうちに9人の人に教えてしまいました。日曜日が定休日☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆鋳物屋おばさんのお店はこちらMetal Works オオテラhttp://www.ootera.com/index.htmlアルミ、ブロンズの品物を作っているお店です。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2005年03月07日
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