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さて、はじめは「ただいま」でなく、ジェット・リーのコンフー映画を見たので、その感想なりと、と思っていた。これは太極拳の創始者のお話であったが、彼は至極カッコいい。本物の武道家だからだろうが、超きまっている。昔ブルースリーが、今はジェッリーである。どちらもリーさんである。
本題は言葉のことである。「緑茶」の緑は日本人の緑と同じのようであるが、中国語の「青い」はどちらかというと日本の「緑」のようである。「藍」が日本の「青」になる。そもそも緑茶もあれは葉っぱが緑であるだけである。一度入れて置いとくとただの茶色である。
そこで、以前に一度どうして信号はヨーロッパでは緑なのに、日本では青かということについて触れたが ↑ の説明でも理屈つけられることがわかる。 国によって色の観念が違うのだ。考え方だけではないのだ。日本語の苦虫を踏みつぶしたような。。というのから苦笑いという表現が生まれたとしよう。。。
苦笑い、という言葉は「黄色」がネガティヴな意味を持つ英語圏や仏語圏ではその色を持って「黄色く笑う」とかいう。 それに対してオランダのオランダ語はイエローはありがたい太陽の色なので悪く言わない。だから、苦笑いはお百姓さんが歯を痛がっている、という。ところがベルギーのオランダ語(=フラマン語)では、緑の笑いとなる。 なんで???となる。確かに緑は、なぜかイエローより印象がいまいちであるが。。 そこでさっそくオニオンはネットで調べた。すると次の回答を見つけた。「苦笑いを翻訳した最初のフラマン人が色盲だったので、黄色が緑になった。」
見る、見たい、見れば、見ろ。。 2026年05月26日
またね。。か。。 2026年03月08日
言い訳しない。。 2026年03月03日