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TSJERNOBYLの事故から25年目の4月26日です。
(前の更新ではそういうタイトルから始めようと思ってはいたのですが、意外にも。。)
あの日、とてつもないことが起きたなんて実感はありませんでした。同じ地球上のそれも陸続きのところで発生したことなのにぃ。。メディアも何をどう報道してよいのかわからなかったと思います。プレッシャーもかかったし。。(あの年はハレー彗星の年でもありました。)
今なら、もっと事態が報道されて、世界中で東北の大震災並みの対策をとることでしょうが、当時、同じヨーロッパでも風向きがどうのこうのと、神風神話みたいなこと言っていました。いくら風が吹かなくても、地球上逃げ場が無かったでしょう。そうなんです、逃げ場がないのです。だからと言って毎日恐怖の生活をしても意味が無いです。生きているだけ生きなくては損です。どうせ生きるなら楽しんで生きましょう。我々は生かされています。命尽きるまで生かされています。
エジプト人の知り合いは、重なる内戦(随分前からよく内ゲバあり)のせいでベルギーに来る飛行機が遅れたりするとか、暴動で商店が閉まっていてヌガー(オニオンへのお土産)が買えなかったとか、日常茶飯事のようにさらさらと話していたものです。どんなに荒れようが、生きるしかない。アラーのみ。。(回教徒の国なもんで。。)ってなぐあいでした。決して落ち込んだりせず、まっすぐに現状を見てバランスをとっているのでした。
救われればいい。。 2025年10月25日
まかせなさぁぃ。。 2025年10月18日
代わりに生きるか。。 2025年10月06日