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先週の土曜日に、福岡和白PET画像診断クリニックで生まれて初めてPET検査を受けた。結果は、発注元の福大病院の担当医を経由して2月6日に教えて貰えることになっているのでまだ分からないが、自分のPET画像に初対面できるのは、結果の内容はともかく、楽しみである。PET画像診断は、癌診断の最先端の方法であることは雑学情報としては知っていたが、今回はからずも体験する機会を得たので、検査体験を記しておきたい。まずは送迎つきであった。福岡在住の方ならご存じの通り、福大病院と和白とは約20キロは離れている。午前7時40分に福大病院の玄関先で待ち合わせをした。約束の時間より30分も早く迎えに来たクリニックのマイクロバスに乗車、私一人の貸切りであった。帰りはクリニックの自家用車であったが、もちろん私一人のために福大病院の玄関先まで送ってくれた。送迎費は無料である。どんなに領収書の明細を精査しても送迎費の項目は無かった。受付を終わり、検査着に着替え、水500mlを排尿促進のためといって飲まされる。そのあと、看護師にPET検査問診票にそってヒヤリングを受け、検査医から検査説明を受ける。重篤な副作用はないとのことで、検査同意書に署名。このあと、FDG(フルオロデオキシグルコース)というブドウ糖の類似物質に放射性同位元素(F-18)をつけた薬の注射を投与される。この検査は、もし体の中にガン細胞があればそれが積極的に糖を取り込むという性質を利用して、その取り込み状態がどんなかを調べる検査だから、FDGはその様子をより明確に画像に写しだすための造影剤と思えばいい。注射後、投与したFDGが体内に十分行きわたるために、室内灯のない暗室で安静に40分ほど過ごす様に指示された。入室前に看護師さんが、検査直前には膀胱内を空にするために座って排尿をして貰うので直前まで我慢して下さいとのことであったが、とくに尿意も催さないので、我慢のために意識を集中する必要もなく、おまけに読書も駄目、室内にテレビもない。何も出来ない、何もしないなんて環境にあまり身を置いた経験がないので、どうやったら時間をつぶせるのか思いつかない。やっとのことで、神様への祈言をあげることを思いつき、ゆっくり何度も繰り返した。「検査のお時間が来ましたので、排尿して下さい」とお呼びがかかり、ヤレヤレとばかりトイレへ入る。普段座って小水をしたことがないのでチョット勝手が違いなかなか出てこない。トイレからあまり出てこないので、看護師さんが外から心配して大丈夫かと声をかけてくれた。「出ないんです」と答えると、それでは結構ですとのこと。トイレの外に出るなり、注射には排尿を阻害する薬が入っていたのではないかと問いつめると、看護師は笑って否定した。緊張のあまり、出るものが出なかっただけのことなのだ。おお恥ずかしい!いよいよ検査室に入った。閉所恐怖症はありませんかと聞かれていたので、MR検査やCT検査より狭いところに入るのかと思っていたら、意外と広い空間だった。おまけにグワーンという音がないし、「息を大きく吸ってハイ止めて」もない。反対に大きく息を吸わないようにと注意された。ただ横たわっているだけである。折角オシッコをびびるほど緊張していたのに、このくつろぎは何なんだ?PET検査は30分ほどで終了した。画像点検後、再撮影が必要な場合もあるのでと、10分ほど先程の暗室に戻り待機させられた。看護師さんが「はい、終わりました。お薬を体に残さないように排尿して下さい」と言いに来た。今度は出た。看護師にその旨報告すると、ニコッといやクスッと笑った。着替えたあと、自由にいただける色々なソフトドリンクとキャンディを置いてある待合室で、会計を待つ。検査のため朝食は抜いているから、お腹がグウグウなる。コーヒーを立て続けに2杯のみ、キャンディに手を伸ばしかけたら、会計とお車の用意が出来ましたと案内があった。キャンディに未練を残しながら、会計カウンターへ。かくて初のPET検査は無事終了した。
2007.01.30
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1月19日のCTスキャンの結果、肺に気になるものがあるらしい。そこで明日は大学病院からの発注で、PET検査を福岡和白PET画像診断クリニックで受けることになった。数年前、ある講演会で講師がしきりにペット検査という言葉を使っていたので、最初は我が家には猫のミーコがいるけれど、ペットの検査と人間の癌にどんな関連があるのかと不思議に思って聞いていたが、段々これは誤解だと気がついた。最先端の癌検査のことを言っているらしいことは分かったが、まさか自分がこの検査のお世話になるとは思っていなかったので、それっきりになっていた。突然担当医から、PET検査を受けて貰いますといわれ、早速調べてみたら、ペットとはポジトロン断層撮影法:Positron Emission Tomographyとのこと。すなわち『PET検査』は、細胞そのものの活動を検査するもので、従来のX線・CT・MRなど組織の形を見る検査とは根本的に異なる検査とのことであった。がん細胞は正常細胞の3~8倍ものブトウ糖を摂取するそうであるが、その特徴を利用し、ブドウ糖にポジトロンを発するポジトロン核種を合成し、体内に注入することから始め、体内に注入したら注入薬剤が発するポジトロンを読み取り、画像化する撮影器機で全身を撮影する。がん細胞が存在すれば、他細胞より薬剤が集中しているため、画像には光ったように写る。従って、従来検査では発見が難しかった小さながんを検出することができるのだという。しかしこの検査も万能ではないらしく、膀胱癌や前立腺癌などの発見にはあまり有効ではないらしい。それでも全身のガン細胞を読み取る訳だから、私みたいな悪性のリンパ腫で全身に転移の可能性のある癌患者の検査には、現在行われている最高の検査方法のようだ。いずれにしてもこの検査結果で今後の治療方針を決めるとのこと。どんな結果が出るか、楽しみやら不安が入り交じった複雑な心境であるが、「あなたは癌です」と宣告されるか否か等という深刻な話ではないから、気楽と言えば気楽である。ただ、抗ガン剤投与をまだ継続しなくてはならないとしても、放射能治療に移りますという結果であっても、「あと数回で治療は終わりに出来そうです」という嬉しい見通しの結論ぐらいは欲しいものである。さて話変わって、我が家のペットである猫のミーコは、もう20年も一緒に暮らしているが、病気一つしたこともない。しかしご近所のクレームが煩くて外出禁止の箱入り娘にしたお陰で、欲求不満が昂じていささか気が荒くなってしまった。抱っこされるのが嫌い、かまわれるのが嫌い、もしそのような行動に出ようものなら 噛みつく、引っ掻くで痛い目に遭う。かみさんは傷の治療に何回外科に駆け込んだことか。そのため来客のあるときは、納戸に監禁されることになる。日頃は、我が到る所青山ありとばかり、家の中で悠々自適の生活を楽しんでいる。今は机に向かっている私の足下の電気座布団の上に、でんと横になり足の置き場もないほどにのさばっている。少しでも彼女の領域を侵そうものならギャオと怒る。夜ともなれば私の掛け布団の中央に陣取って、寝苦しい夜を演出してくれる。おまけにお腹がすけば、副作用で毛の抜け落ちた私の頭に爪を立てて起こしにかかる。時折、丑三つ時には運動会が始まる。階段を駆け下りたり上ったり、途中で爪を研いだり、雌のくせに雄叫びをあげたり、何とも賑やかなことである。ときおり、このじゃじゃ馬みたいな彼女と視線が合ったときにらめっこを始める。なにも威張るほどのことではないが、今までのところ、彼女の方が先に視線をそらす。私の完勝である。我が家の野生動物?にまだ目で勝つ迫力は失っていないらしい。とにかく明日はペットに見送られ、PETに行ってきます。
2007.01.26
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神戸の姪が中華料理店特製の豚まんを送ってくれた。時々送ってくれるが、これほど美味しい豚まんに今まで出合ったことがない。ただこの豚まんを食べると後遺症が残って、スーパーの店頭に並ぶ豚まんはみんな美味しいのではないかと錯覚にとらわれ、やたら買い求めてはその不味さに落胆する。現在色々な検査中のため、抗ガン剤投与は小休止しているが、「抗ガン剤投与」に替えて「豚まん投与」で白血球を増やしてとの姪からのメッセージに大笑いしながら、せっせと豚まん投与をさせて貰っているところである。残念ながら白血球はあまり増えないが、体重は2キロもリバンドしてしまった。だいたい昔から、口が卑しいというか大食というか、食べることにかけては貪欲であるが、昔、大阪で勤務しているとき、会社の先輩に「大阪は食い道楽って言うけどあまり美味しいものはありませんね」と言ったら、「君はどんなところで何を食べているんだ」と聞かれた。私の答えを聞いた先輩は、そんなところで旨いものが食べられる訳がないと、哀れみと軽蔑の眼差しで、例えばうどんスキなら本町の美々卯、大阪寿司なら吉野すし等々と大阪の名物料理とお店の名前を縷々教えてくれた。上品で高級なお店など趣味に合わないというか、財布に合わないというかあまりご縁がなかったので、結局先輩の言う食い道楽に値するお店には行かず仕舞いになってしまった。70年余り生きてきて、もう一度食べたいという思い出の味がいくつかある。それらは世の中がまだそれほど豊かでない時代、しかも私自身がきわめて貧しかった頃に味わったものばかりである。今やその味は幻想に過ぎないかも知れないが、戦後飢えと同居しながら育ち、そんな中で味わった満腹感とその美味しさは、単なる郷愁として片づけられないほどの重みを持っていまだに私に迫ってくる。大分県日田市の双葉食堂の親子丼 昭和30年頃まで故郷の同じ町内にあった双葉食堂の親子丼。さらっとした出し汁のたっぷり入った丼だったが、この味が忘れられなくて赴任先や出張や旅行で、もしかしたらこれに近い味の丼に出合えるかもしれないと、その土地に着いたらすぐに旨い親子丼を食べさせるお店はないかと尋ね、その土地その土地で最初に食したのは必ず親子丼だった。四国徳島でこの味に近い親子丼を見つけ、美味しい丼の店があるからと同僚を連れて食べに行ったら、これが美味しいのかと皆から顰蹙を買ってしまった。それ以降、私の丼探しは秘密裏の行為となってしまったが、いまだに諦めてはいない。浅草六区の屋台の牛丼 昭和35~6年頃、浅草六区にあった屋台の牛丼。吉野家の牛丼とは違って具が色々沢山入っていた。具沢山のトッピングは身も心も豊かにしてくれた。牛丼とは銘打っていたが、もしかしたら犬の肉かもしれないなどという風評もあった。しかし味は絶品だった。外人が慣れない手つきでお箸を使い、具のこんにゃくだけを退けていたのを思い出す。浅草へはもう何十年も行っていないが、この牛丼は生き残っているだろうか。新宿西口のバラック食堂の精進揚げの天丼 昭和30年代の前半、新宿駅の西口は汚らしさを誇っていた。東口に抜ける地下道に通じる道にバラック飲食店が並んでいたが、その中の一軒にこの店はあった。丼の円周より大きい揚げたての精進揚げの天ぷらを、やや甘めのタレにどっぷり漬けてトッピングしたものだった。丼を覆うこの特大の精進揚げは町並の汚さも、店の脂ぎった壁の汚さも許してしまうほどの説得力があった。値段も安かったが、ほどよいタレの甘さがたまらなかった。もし今この丼に出合ったとしても、そのボリュームにはもう挑戦できないかもしれないが、貧しかった青春時代を応援してくれたこの天丼に感謝の意味も込めて、ぜひもう一度会ってみたい。
2007.01.21
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見るともなくテレビを見ていたら、主婦が英語に挑戦する番組が放映されていた。外国の若い女性に、和食の食べ方を英語で教えていた。 "You shouldn't do it like that." 食事中にお箸を振りながら話をしていた外人に、こう言って彼女はたしなめた。箸使いのマナー違反については、この「指箸」だけ取り上げていたが他にも色々ある。迷い箸・・・どの料理をとるか迷って、器の上で箸をうろうろさせる。 探り箸・・・皿や椀の中を探って料理をかき回す。 刺し箸・・・料理に箸を突き刺す。 ねぶり(なめ)箸・・・箸の先をなめる。 指箸・・・箸で人を指したり、振りまわす。 寄せ箸・・・箸で器を引き寄せる。 渡し箸・・・箸を茶碗の上に渡して置く。 仏箸・・・ご飯にまっすぐ箸を立てる。 恥ずかしながら、この歳になってもまだ女房からお箸の使い方が悪いとたしなめられている。次の場面では、ザルそばを音も立てずに食べていた外人に、彼女はやはり"You shouldn't do it like that"と言った。外人はWhy何故と聞き返していた。音を立てて食べた方が、美味しく感じるからとか何とか答えていたかと思うが、音を立てずに生そばを食べている外人に「それは食べ方が間違っている」と、私はたしなめるだろうか。洋食の席でスープを音を立てながらすすれば、きっとあちらの人は眉を顰めるかあるいは"You shouldn't do it like that."とたしなめるかもしれない。それは洋食を頂く場合のマナー違反だから。生そばは音を立ててすするものという決まりはない。これはあくまでも好みの問題で、音なしで食べても美味しく頂けるのならそれはそれで良いように思う。「ソバの美味しい食べ方」が書いてあるそば屋さんの張り紙に1.まずはなにもつけず、ソバ本来の風味や食感を味わってください。2.ザルからすくったソバの先端にだけ、つゆをつけてください。(どっぷりつけない)3.ソバの香りを楽しんだら、一気にズッズーッとすすってください。とあった。「ズッズーッ音を立ててソバをすする」これは日本人が築きあげてきた文化なのだ。岩にしみいる蝉の声を騒音としてしか認識できない方々に、和風の文化を押しつけることはない。静かにソバを召し上がって頂こう。
2007.01.15
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1月9日は、第9回目の抗ガン剤投与の予定日であった。そのため12月28日、1月5日、1月9日と続けて血液検査の結果、白血球は着実に増えてきたので、いよいよ第9回目の抗ガン剤投与かと思っていたら、1月19日のCTスキャンで腫瘍の残存状況を見てからということで、投与は急遽延期することになった。これは1月5日、担当医に対し私の言ったことが原因となったのかもしれない。そもそも抗ガン剤投与回数については治療開始時に、化学療法行程の目安を8~12回と説明を受けていたつもりだった。ところが1月5日に担当医は残りの回数があと8回と言った。えっ!それでは今までに8回終わっているから、あと8回となれば全行程16回となるではないか。最初の話と違う。担当医は治療開始の説明で8サイクルから12サイクルの投与と説明したと言う。1サイクルは15日間隔で2回の投与だから、8サイクルは16回となるというのだ。しかし私の場合、ガンの進行状況が2期aだから、最低4サイクル~6サイクル必要で、回数で言えば、8回~12回となると理解していたと、大きな落胆の表情で担当医に伝えた。これを担当医はクレームと受け取ったに違いない。本来は、ホジキン病の病原菌を殺し完治することが目的なのだから、抗ガン剤の投与回数にこだわることは間違っている。菌が無くなるまで投与するのが筋である。しかし患者の身になってみれば、副作用に耐えながらあと何回で終わりだと回数の消化が順調に進むことをひたすら祈り、その終わりの回を指折り数えながら待って来ただけに、こだわるのはやむを得ないことと思う。1月9日、第9回目の投与を受けるつもりで、投与前の診察を受けに診察室に入った。担当医はいきなり「ホジキン病」の治療についての英語の論文を持ってきて、ステージ2期aの投与回数は8回~12回が正しかったと該当記載箇所に○を入れながら説明された。いくら英語に堪能な?私でも英語の医学論文をチラッと見ただけでは、何の事やら分からなかったが、少なくとも私の記憶力のほうが正しかったことだけは証明できた。そして今後の治療方針は、CTスキャンの結果を見てから決めたいので、今日は延期しますとのことであった。丁度、副作用の比較的少ない期間に入っているだけに、この延期は嬉しいことではあるが、一方、結果次第では投与回数が予定より増える可能性もあるし、放射線治療併用という可能性もあるわけで、正月早々しばらくは不安と同居という毎日になる。
2007.01.10
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今年もお陰様でたくさんの年賀状を頂いた。たとえ添え書きの無い印刷だけの賀状でも、お元気でおられる証拠と安堵する。ただ不思議なことがある。いま年賀状をやりとりしている方々とは、昨日今日のお付き合いではないのに、未だに名前を間違う人がいる。それも一人や二人ではない。今日現在24通もある。私の名前は「史朗」である。これを「史郎」と書き送って下さる。四十数年前、会社に入社したころ「私の名前は史朗で、歴史の『史』に明朗の『朗』と書きます。女郎の『郎』ではありません」と自己紹介したところ、たまたま上司のお名前が孝郎さんでえらく心証を害したことがあり、それ以降「新郎の郎ではありません」ということにした。まさか女郎とか新郎の例えがインパクトがありすぎて、郎の字がインプットされてしまっているとも考えられないが、親交の篤い方々が何故いまだに史郎と書かれるのか謎である。いまさら「私の名前は史朗ですから訂正してください」とも言えずいささか悶々とする正月である。もう一つ何とも言えない寂しさを感じる年賀状がある。昨年からぽつりぽつりと頂くようになったものだが、「来年から年賀状は失礼します」という添え書きつきの賀状である。これはまさに絶交を宣言されたような悲しみに襲われる。宣言した方は、浮き世のしがらみを断ち切って、孤高の人生を全うしようという強い意志から発せられたものと考えられるので、それはそれで素晴らしいことと思う。しかしこれは、人とのお付き合いに未練たらたらの私には絶対に真似の出来ないこと。ボケさえ来なければ、いやもしかしたらボケても、私のことだから死ぬまで年賀状を出し続けているかもしれない。年賀状ではないが、11月から年の暮れにかけて「喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます」というハガキをだいたい例年20通ぐらい頂く。それぞれ大事なお方を亡くされて、寂しい年の瀬を迎えて居られると思うと、ジッとしておれなくて、そのお悔やみと私自身の近況もお知らせするハガキをお送りすることにしている。すると半数ぐらいの方は、改めてまた現在の心境やご自分の現況をお知らせくださる。『喜びは人に聞かれることによって倍増し、悲しみは人に聞かれることによって半減する』どなたの言葉か記憶にはないが、もしかすると私のハガキは悲しみを半減とまでは行かないまでも、少しは減らすことに貢献しているかもしれないと思いながら、毎年欠かさず続けている。今日の血液検査の結果、白血球は3,300でした。1月9日にもう一度血液検査をした上で、第9回目の抗ガン剤投与が行われる予定。いよいよ後半戦に突入である。
2007.01.05
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明けましておめでとうございます。皆様お揃いで佳いお年をお迎えになったことと思います。なにとぞ本年も宜しくお願いします。去年の正月はMy New Year's resolution is to lose weight. こんな決意を表明していたのに、病気のお陰でやせる努力もなしで約7キロの減量に成功?しました。おまけにこの減量で体脂肪も減り、体調はガタガタなのに我が家の体重計は私の肉体年齢を53歳と17歳もサバを読んでくれました。目標達成と喜ぶべきか、肉体破壊と悲しむべきか、複雑な心境です。さて、今年の抱負はなどと大上段に構えなくて、今年は趣味にしている読書の仕方を少し変えてみたい。私は図書館は好きだけど本を借りるのが、あまり好きでない。理由は返却日が気になって、自分のペースで読めないから。ときおり除籍図書が出ることがある。これは返却日がないから遠慮なくいただく。去年は池波正太郎著「黒白」上・中・下巻と司馬遼太郎著「胡蝶の夢」全4巻それに畑正憲著「ムツゴロウの青春記」をゲットした。特にムツゴロウこと畑正憲君とその細君純子ちゃんとは中学時代の友人だったので、半世紀以上もワープし、中学生時代が昨日のことのように楽しかった。去年は新書版をよく買った。ベッドの中で読むのに手が疲れないからだったが、いつも枕元には5冊程度積んであった。自分で呆れるほど何の脈絡もなく、ただ題名で衝動的に買ったというだけのものであった。あえて集中的に読んだといえば、226事件が起きた年に生まれた私としては、改めて昭和史を紐解きたいと松本清張著「昭和史発掘」、半藤一利著「昭和史」(戦前篇)と「昭和史」戦後篇を興味深く読んだ。 私の読書は立花隆さんのように「僕はこんな本を読んできた」など自慢できる読書録をつくるほどの読書量も目的もなく、ただランダムに読書を楽しむだけのものであった。ところが年末に『橋本大也著「情報考学」Passion for the future WEB時代の羅針盤213冊』に出会った。この著者は自分の読んだ本の感想をブログに書いている。読(んで)書(く)=読書。このスタイルに取り組んで3年間で600冊読んでその感想をブログに書き連ねた。この本はそのうちから213冊分を選んだものだ。http://www.ringolab.com/note/daiya/その読書量にも圧倒されるが、その感想文もすばらしい。これを活用しない手はない。題名だけで選んでいた今までの本選びが、彼のブログで紹介された本で読みたい意欲を駆り立てられた本を買えばよいし、パスする本も一応はどんな内容かは彼の感想でそれなりに理解できる。なんと効率のよい話ではないか。あわせてたまには本屋を訪れ、題名で衝動買いもする。今年はこんな読書の仕方を楽しんでみたい。
2007.01.01
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