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「国会崩壊」と題したコラムが1月29日朝刊の読売新聞に掲載されていた。28日に成立した今年度第2次補正予算の審議過程の強烈なヤジ、答弁拒否、指名なしでの閣僚席飛び出し等々は、閣僚や議員にあるまじき行動であり、襟を正せと云うわけである。確かに、この委員会でのヤジがあまりひどくて閣僚の答弁が聞き取れないことが多かった。ましていわんやヤジの内容も、誰が発しているヤジなのかも知る由もなく、だだ五月蝿いだけの委員会であった。テレビ中継を見ているとたくさんの議員が映っていたが、主役は質問者と答弁者のやりとりであり、それ以外の人はただ聞いているだけで、反対意見があってもそれを発する機会が与えられた訳ではない。となれば野次でも飛ばしておかないと、選挙民に対して自分の存在をアピールできないとでも思っての言動だったのであろうか。聞くところによれば、TV中継のない委員会では野次が飛ぶことなどは稀であり、野次どころか欠席する議員も多いと聞く。でもヤジを飛ばすことが、もし自分の存在をアピールするためなら、それは思惑外れと云うものである。少なくとも視聴者である私にはヤジの発声者が誰なのかも、なにを言っているのかも全然分からなかったからである。この読売新聞のコラムは、閣僚側のヤジや言動にも言及して、一例として、亀井金融相は閣僚席から強烈なヤジを飛ばし、自分がヤジられると答弁中でも相手を怒鳴りつけ、「くだらん質問には答えられん」と答弁拒否をしたり、とにかく委員会の議場は与野党議員のヤジで発言者の声さえ聞こえなかったと報じているから、余程ひどい状況だったにちがいない。ところで「ヤジる」は、大辞林によれば「他人の動作や発言などに、からかいや非難の言葉を浴びせる」と大まかに定義しているが、英語ではもっと細かに「ヤジ」を分類している。例えばジーニアス和英辞書で「ヤジ」を検索すると、booing(ブー・観客が発する非難不満の声)jeering(あざけり、ひやかしの言葉)heckling(演説でのヤジ)bird (ブーブーというヤジ、不満の口笛) catcall(劇場などでのネコの鳴き声のヤジ、ひやかし)hoot(ワーワーやじる声、不満・不賛成の叫び声、あざけり)と並んでいる。この中の、heckleとはOXFORD現代英英辞典によれば、、to interrupt a speaker at a public meeting by shouting out questions or rude remarks(公の会合で質問を大声で叫んだり、不作法な言葉で発言者を妨害すること)とあるから、国会での「ヤジ」は本来この範疇に入るかも知れないが、今回の委員会での「ヤジ」合戦は、視聴者無視の、いや国民無視の与野党が競ってのhoot(=to make a loud noise=大きな騒音を出すこと)合戦で、とても「ヤジ」と言えるほど上等な代物ではなかったと言える。これが知性と良識の府と言われる参議院の予算委員会かと目を疑ってしまった。知性と云えば、この委員会で菅直人副総理が自民党の林芳正前経済財政担当相との質疑で答弁に詰まり、審議を中断して官僚の助言を仰ぐ場面があった。菅氏は自民党政権は「1兆円の予算で1兆円の効果しかないやり方をやってきた」と前政権の投資は経済波及効果が低かったと批判した。 すると林氏は「乗数効果のことを言っているのか」と反論し、子ども手当の乗数効果を質したところ、菅氏は子ども手当の支給額のうち消費に回る割合を示す「消費性向」について「おおむね0・7程度と想定している」と答えてしまった。 林氏は「消費性向と乗数効果の違いを説明してほしい」と追及すると、菅氏は答弁に困窮し、審議は4回もストップしてしまった。この場面をテレビでみていて、財務大臣としての菅氏の無知さも情けなかったが、その違いを理解していないことが充分に見て取れたにも拘わらず、4回もその違いを説明せよと攻め立てる林氏のいやらしさにも、だんだん苦々しい思いが募ってきた。途中まで林氏の質疑の内容を聞いていて、自民党にもまだこんな論客もいたのかと、この政党も満更ではないと見直し始めていた矢先だけに、もし林氏が、「よくご理解されていないようですので、その違いをご説明しますと・・・」とサラッと大人(たいじん)の風格で、諭すようにその違いを説明をしたうえで、改めて質問を投げかけるような展開にでもなれば、さすがに良識の府は違うなぁと、その存在感を示すことが出来たものをと残念でならない。いずれにしても、こんな「騒音の府」では、早晩、参院不要論が大きく頭をもたげてくるに違いないと思わせる参院予算委員会であった。
2010.01.30
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民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」をめぐる政治資金規正法違反事件に関する報道が、これでもかこれでもかと毎日賑やかなことである。それにしても不思議なことに、まるで見てきたように検察の取り調べの状況や逮捕された秘書や代議士の発言が報道されている。情報源は「関係者によると」と一応断っているが、これがどんな関係のある人かは私には皆目分からないが、もしこれが嘘の情報でなく本当の情報だとすれば、捜査中の事件なのにこれほどあからさまになるのは、誰かが秘守義務を違反し、情報を漏洩しているのではないかと思ってしまう。23日の読売新聞の朝刊には、午後には東京地検特捜部による小沢氏への任意の事情聴取が東京都内で行われる予定だと報道されているが、その記事のなかに「石川容疑者は逮捕前、特捜部に対し、小沢氏から受け取った現金4億円を同会の口座に分散入金し、土地代金に充てたと供述。さらに、逮捕後の調べに、4億円を収支報告書に記載しない方針について、土地購入前の04年10月下旬頃、小沢氏に報告し、了承を得ていたと供述している。特捜部は、小沢氏が石川容疑者らと共謀し、収支報告書に虚偽の記載をした可能性があるとみて、報告書の作成経緯について説明を求める]とあり、これには特捜部が情報源とある。しかし特捜部が小沢氏にどんな事情聴取するかを事前に公表するという行為は、秘守義務に違反していることにはならないのだろうか。いくつかのメルマガやブログには、この騒ぎは検察がわざとメディアに情報をリークして、小沢幹事長の悪のイメージを世間にばらまき、最終的には検察の勝利を勝ち取るための策略だとうがった意見もある。また原口総務相はテレビの報道がその情報源を「関係者によると」などと出自を明確にしないのは不適だと、まるで裏付けのない情報を報道しているかの様に言い、官房長官も国策捜査の可能性もあり得る様なことを匂わせ援護射撃をした。その一方で、当事者の小沢幹事長は法に違反していることは一切ないと断言し、検察と闘う対決姿勢を露わにし、正義は我にありと云う姿勢を貫いている。素人の私はいったい何を信じて良いのかサッパリ分からない。とにかく、「政治とカネ」にまつわる一連の騒ぎで、折角の通常国会で重要な法案を審議しなければならないこの大事な時に、こんなことで時間を浪費されているのはなんとも情けない。それにしても国会で容疑者?に黒白をつけなければ、本来の審議が出来ないというのであれば、いったいだれに法案審議をお願いすれば良いのだろうか。ましてや検察が捜査中の事件なのに、国会も参考人招致や証人喚問などして、事の真相を質そうとするのは、検察の捜査権限に対する侵害にはならないのだろうかと心配になってしまう。ところで、叩けばみな埃が出ると云われる政治家に、本当に清廉潔白な人が存在するのだろうか。もはや政治家に清廉潔白を求めるのは、百年河清を待つのと同じ事なのではないか。もしかしたら、有能な政治家、特に有能な首相や閣僚には、ある程度の狡かしこさや強かさそして老獪さも必要なのかも知れない。なんの瑕疵もない人生を歩んできた人よりも、悪事?を含め色々な経験を積んできた人の方が器量も度胸も備わっていて、外交問題でも国益に叶う外交を堂々と展開してくれるだろうし、国政での難局に直面した場合にも、強いリーダーシップを発揮し、慌てふためかず粛々と事に当ってくれる可能性が高いように思われる。ただ問題は国民感情として、こんなダーティな人を信頼して日本国をお任せできるかどうかである。しかし、もし今私に次の四択の中から一人の政治家を選べと云われたら、いまの日本の置かれた情勢に鑑みて、間違いなく(3)を選ぶと思う。但しこれは小沢氏をイメージしているのではない。小沢氏は政界の黒幕的な実力者には違いないと思っているが、政治家として有能であるとは評価していないので念のため。(1)清廉潔白で有能な政治家(2)清廉潔白だが無能な政治家(3)ダーティだが有能な政治家(4)ダーティで無能な政治家
2010.01.24
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我が家のミーコも今年21歳になった。猫の寿命は10~16年と言われているが、21歳と云えば人間なら100歳ぐらいにはなるらしい。ところで、心臓が1回ドキンと打つ時間を心周期と言うが、人の場合はおよそ1秒に1回、ハツカネズミは1分間に600回から700回も脈打つから1回のドキンに0.1秒しかからない計算になる。ネコで0.3秒、ウマで2秒、そしてゾウだと3秒かかると言われる。哺乳類の心臓は、一生の間に概ね15億回は打つということから、それぞれの動物の平均寿命が予測されているが、勿論これだけが寿命を決める絶対の根拠ではない。でないと、象は人間の3倍も長生きすることになり、今の人間の寿命がだいたい80歳だから、象は240年も生きることになってしまう。そんな難しい話しはともかくとして、同じ一生でも動物によっては超スピードの一生があったり、ゆっくりした一生があったりする。また同じ動物でも、100mの短距離走法で走る生き方もあれば、42.195kmのマラソンを走るような生き方もあり、千差万別である。同じ事は社会的な現象にも言えるような気がする。例えば縄文時代は紀元前145世紀から紀元前10世紀ごろまでと言われるが、この縄文時代の一生は約1,350年も続いたことになる。近世、近代、現代のそれぞれの時代の移ろいは縄文時代から較べれば、50m走より速いと言えるのかも知れない。また「歴史は繰りかえす」と云う言葉があるが、これは社会的な現象は周期性を持って回帰するということで、戻ってきた時点は一つの区切りであり、一つの人生が終わり、輪廻転生ではないが次の人生の始まりとも考えられる。この社会的な周期のスピードが、昔と較べて速くなってきて、象の一生みたいな速度から、だんだんネズミの一生の速度に変化してきたと思われる。だから一昔前は「歴史は繰り返す」現象を、生きているうちには見ることができなかったかも知れないが、今は一生のうちに「アレ?これは以前見たことのある現象だ」と何度か体験する可能性が高い。例えば金融問題を見ても、1929年の暗黒の木曜日(ブラックサースディ)、1987年の暗黒の月曜日(ブラックマンディ)、2008年のリーマンショックによる世界金融危機の勃発。なんとこの100年、僅か一世紀の中で3回も大きな金融恐慌を繰り返しているのだ。戦争も第一次世界大戦、そして第二次世界大戦と2度も大きな戦争を繰り返した。「昭和史からの警告」(船井幸雄・副島隆彦著)によれば、今の日本は戦前の昭和初めと実にそっくりだと言い、戦争への道を阻めと「繰り返し」を心配して警告しているのだ。政治の世界も愚かなことの繰り返しに明け暮れている。それにしても「政治と金」の問題は、何故にこうも繰り返しが絶えないのだろうか。自民党時代に小沢氏が師と仰いだ田中角栄元首相はロッキード事件で、金丸信・元副総裁は巨額脱税事件で東京地検特捜部に逮捕起訴された。そして政治資金規正法違反で遂に小沢氏本人にも事が及ぼうとしている。間近で師匠達が検察と闘って破れた姿を見て、カネのかからない政党本位の選挙を目指し衆院小選挙区制の導入や企業献金規制の強化に貢献して来たにもかかわらず、上手の手から水が漏れたのか、師匠達と同じ道を歩むはめに陥りそうな気配である。ところで、昭和の50年代の後半に大前研一さんの翻訳本で「エクセレント・カンパニー」という本があった。その中で著者が超優良企業の共通項を幾つか挙げていたが、その一つに「基軸事業から離れない」と云うのあり、何故かそれだけが頭に残っている。丁度、世の中は多角的経営を指向していた時代だっただけに、現業を捨て時代の変化に対応して多角化して行くのが優良企業だと思っていた。ところが多角化に失敗した企業がその間に本業をないがしろにしたお陰で、戻るべき基軸がなくなり、この世から淘汰された会社が多発した。その会社がもっとも得意とする基軸の事業からの離脱は、事業の失敗ばかりか、会社そのものの存続にも影響することを、見事実証してくれたものである。およそ物事が右肩上がりに直線的に発展することは稀で、螺旋的に昇って行く方が自然である。しかしこれを鳥瞰図的に上から見れば真ん中を軸として回り回りしながら元に戻っている様に見えるに違いない。 ひと回りして中心軸に戻り、その軸から再び次の一回りに出発する。だから、上から見れば単なる繰り返しに見えるかも知れないが、横から見ればそれは一段高い位置の軸に戻り、そこからの再出発ということであり、これは単なる繰り返しということではない。もし軸に戻るたびに、一段と低い位置に戻るとすれば、それはまさに奈落の底に落ちて行くアリ地獄そのものだ。今の政治家は、多かれ少なかれこのアリ地獄の螺旋の渦の中にあるように見える。これでは国も民も衰亡の一途を辿って行かざるを得ない。全ての政治家が、政治家の基軸は利権にありと考えている訳ではないだろうが、真の基軸に目覚め、螺旋的に成長して、一刻も早く国の発展と国民の幸せに貢献して欲しいと熱望している。
2010.01.18
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「百貨店の初売りの福袋が欲しい」年末が近づくとかみさんが必ず口にする。昨年、初売りの福袋を求めて並んいるあの長蛇の列をテレビで見てからというもの、並んでまで買い求める気力も体力も萎えてしまった。かみさんの要望は今年も無視することにしたが、世間では、この福袋販売は不景気にもかかわらず各地とも異常ともいえるほどの人気ぶりだったようである。もともと福袋と言えば、値段以上の商品は入っていることは間違いないが、中に何が入っているかは皆目見当もつかないので、その当たり外れの嬉しさや悔しさ、予想もしない商品をゲットしたときの満足感などを楽しむものだった。ところが最近では中身が宝飾品や電気製品や衣料品の場合、購入前に中身の確認が許されたり、袋の素材が透明で中身が見えたりなどといった方法がとられ、だんだんギャンブル性は失われてきて、ディスカウントセールの一つの方法に変わって来たようである。ディスカウントセールと云えば、家電製品をメインとするジャパネットタカダの販売方法に代表されるパッケージ商法がある。 組み合わされた商品を単純に足し算をすると、これは確かに値段は安い。但しこのパッケージの中には私が必要としないものが含まれていることが多い。例えばノートパソコンにはプリンターがセットになっていたりする。プリンターは既に我が家にはある。一般家庭では一家に1台もあれば充分である。しかし要らないものが含まれているとはいえ、やっぱり安い。なんとも悩ましい話しである。よくよく考えてみたら、これも最近のシースルー(seethrough)の福袋と同じ商法と言える。なんと、ジャパネットタカダでは一年中、中身の見える福袋を売っているのだ。パッケージ商法といえば、総選挙も同じ事だと言える。政党が売り出すパッケージの中にはマニフェストと候補者という商品が詰め込まれている。マニフエストなる商品は開けてみれば偽物かもしれないし、候補者なる商品は顔と履歴ぐらいしか分からない。一票を投じることは、まるで中身の見えない福袋を買うようなものである。案の定、総選挙後まだ5ヶ月しか経っていないのに、すでに偽商品の混入が散見され始めている。おまけに私が投票した新人議員は一体何をしているのかすら分からず、この人を選んで良かったのか悪かったのか、まだ見当もつかない。ところで最近、興味深いものを目にした。ボートマッチ(vote match)というものである。例えば毎日新聞では、総選挙のとき有権者が各政党候補者の考え方を知るためのサービスとして「毎日ボートマッチ」(http://mainichi.jp/select/seiji/eravote/)を提供している。これは立候補者に実施したアンケートと同じ質問に有権者が答え、候補者と有権者の回答がどれだけ近いかを数値で示すというものだ。これをみればこの選挙では何が争点になっているか、またその争点に対して候補者がどう考えているかを知ることができ、候補者選択の判断材料に貢献しようと云うものである。ちなみに先の衆議院議員選挙の時のアンケートの項目は次のようなものであった。問1: 憲法9条の改正に賛成ですか、反対ですか。 問2: 集団的自衛権の行使を禁じた政府の憲法解釈を見直すべきだと考えますか。 問3: 日本の核武装について、あなたの考えに近いものを一つ選んでください。 問4: 国会議員の世襲について、あなたの考えに近い方を選んでください。 問5: 衆院議員の定数削減について、あなたの考えに近いものを一つ選んでください。 問6: 政党への企業・団体献金を全面的に禁止すべきだと思いますか。 問7: 衆院選後の政界再編が取りざたされています。当選した議員が所属政党を変えるこ とは問題だと思いますか。 問8: 政治家と官僚の関係について、あなたの考えに近い方を選んでください。 問9: 郵政民営化は成功したと思いますか。 問10: 犯罪の容疑者に対する取り調べの全過程を録音・録画(可視化)することに賛成で すか、反対ですか。 問11: 小泉純一郎元首相が進めた構造改革をどう評価しますか。 問12: 4年間の任期中に消費税の税率引き上げを決めることに賛成ですか、反対ですか。問13: 2020年までの温室効果ガス削減目標を「2005年比15%減」(1990年 比8%減) とする政府の方針について、あなたの考えに近いものを一つ選んでください。問14: 地球温暖化対策として温室効果ガス排出などに課税する環境税について、あなたの 考えに近い方を選んでください。 問15: 基礎年金は現在、国民の支払う保険料を財源にあてる保険料方式がとられています が、全額を税で賄う方式にすべきだとの意見もあります。あなたはどちらがふさわし いと思いますか。 問16: 労働者派遣法について、製造業への派遣を禁止すべきだと考えますか。 問17: 最低賃金を全国平均で時給1000円にすることに賛成ですか、反対ですか。 問18: 日本外交のあり方について、あなたの考えに近い方を選んでください。 問19: アフガニスタン支援のため自衛隊を派遣すべきだと思いますか。 問20: 北朝鮮が再び長距離弾道ミサイルを発射し、核実験を行いました。これまで政府が とってきた対北朝鮮政策について、あなたの考えに近いものを一つ選んでください。 これだと単にマニフエストや候補者の履歴や容貌だけではなく、候補者の考え方もハッキリ分かる。おまけに、なによりの利点は、私自身もここに挙げられた課題に対する考えを纏めるのにも極めて有効だということだ。まさに福袋の中身が何たるかを分かるようにスキャンしてくれて、その中身が私のニーズにどの程度合致するか教えてくれる有り難い代物なのだ。少なくとも「当たらずといえども遠からず」の回答は得られる優れものだと感じている。次の機会には、これを利用して折角の一票を大事に使いたいと考えている。
2010.01.12
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当たるも八卦当たらぬも八卦とはいえ、毎年初めには今年の運勢はどんなものかと気になり、つい占いを検索してしまう。初詣でお神籤を引けばいいようなものであるが、インターネットだと気に入る卦が出るまで探せるし、おまけに無料の占いばかりを亘り歩くから経費もかからない。まずは富岡八幡宮では「本年の一白水星の特徴は、上昇運に乗って喜び事が多くなりますが、多欲に過ぎたり、自分の能力以上のことに手を出したりすると、折角得た信用や信頼を失うおそれがあるので、目標は八分目位とし、十分な余力を持ってこの一年を乗り切って下さい。“余裕”の二文字を身近に備えて忘れずに」とあった。 次に二柱神社では「一白の人は外面が極めて柔順だ。気位が高いが信念の人で自分が正しいと信じたことはあくまでも守って突き進む。元来賢い人物だから欠点も転換、成功の勇者となるであろう。今年もさらなる努力を継続し、余力を蓄え、人の世話役で世の中に奉仕をすべきである」とある。さらに法恩院では「今年の運気は好調。初め労あるも、今までの経験を生かせば利を得られる。見栄えの良さにとらわれず、内容重視で取り組もう。柔軟な姿勢や考えを持つことが開運の鍵。経験があるからと言って自己に固執するのは得策ではない。周囲との協調を図り、意見を取り入れ柔軟に対応すること。気配りや目配りを心掛け、短慮や早とちりに注意しよう。難題にあたれば早めに周囲に協力を仰ぐこと」分相応に出しゃばらなければ、おおむね今年は良好の様である。ビックリしたのが、富岡八幡宮も二柱神社も健康面で筆頭に「口内炎」を挙げていたことである。放射線治療の副作用とはいえ、口内炎の真っ只中にあるので、少なくとも一つは間違いなく当てたことになる。適業では富岡八幡宮では法律関係・哲学者・作家・教師・飲食業・水産業・海運関係を挙げ、 二柱神社では外交官、書画家、漁業、水産業、クリーニング業、酒屋、染物屋を挙げている。ここに挙げられている職業には一つも就いたことはないが、適業に就かなかったから現役時代は苦労したのだと、このお託宣も一応当たりにしておくことにした。しかしだからと云って、自分の過去が不幸だったとはこれっぽっちも思っていない。病気一つしないで無事に定年まで働き通せたし、沢山の知友や知人に恵まれたし、むしろ差し引きすればプラスの方が遙かに大きかったと考えている。ところで職業とは、「生計を維持するために日常している仕事」と辞書にはある。つまりお金を稼がねば職業とは言えない筈である。ところがこの適業の中に「哲学者」というのがある。これも辞書によれば「哲学を専門に研究する人。または哲学的な人」とある。大学教授になったり哲学書を出版したりして収入を得れば別だが、辞書通りの人ではお金は稼げないではないか。だから哲学者というのは、職業じゃなくて存在そのものを言うのではなかろうか。屋台のラーメン屋でも会社員でも哲学を探求していればそれは立派な哲学者だし、年金で生計を立てている私もひごろ哲学的な思索に耽る生活を送っていれば、もしかしたら「哲学者」の称号が許されるかも知れない。「哲学者クリント」。なんとなく偉そうではないか。折角のお託宣である。今年はお金を稼げないこの肩書きに挑戦してみるかなどと考えているが、果たして何日哲学者で居られることか。
2010.01.06
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明けまして おめでとうございます ご家族お揃いで、輝かしい新年をお迎えの事とお慶び申し上げます。皆様の益々のご多幸とご健康を、心よりお祈り申し上げます。 平成22年 元旦<近況報告>喜:*年賀状の購入抽選でなんと温泉1泊に当選、ダブルチャンスの抽選も2件の大当たり、昨年は春から縁起の良いスタートでした。*長年の大ジ主に7月に訣別、1ヶ月の入院で赤ちゃんのお尻に生まれ変わりました。怒:*10月に、舌根部に悪性リンパ腫(ホジキン病)が再発し、年末まで放射線治療(放射総量36Gy・週5回単位で24回照射)を受け、副作用で完璧に味覚障害となり、文字通り味気ない年越しとなりました。哀:*同期の桜「市川尚君」の追悼集に、追悼文を掲載させて貰いました。悩みは人に聞いて貰う事によって半減すると言いますが、哀しみは文章に書く事によって倍増することを知りました。楽:*ブログ「クリントの日記」を週一のペースでアップしていますが、なんと3年を越す大記録となりました。折角締切りとは縁がなくなりましたのに、ワザワザ原稿の締切日を作って、そのストレスを満喫しています。脳の活性化にはこれが結構役に立っている様です。以上は親しい人に差し上げた今年の年賀状です。放射線治療の副作用で、まだ味覚が全然もどらず、おせち料理を前に寂しい思いをしています。ですから「めでたさも 中くらいなり おらが春」とも言えない元旦ですので、年が明けても今年の夢や希望どころか、何をしたいのかもまだ全然思いつきません。書き初めはふつう正月二日にするものだと思っていましたら、今朝のテレビで「天地人」の題字を書いた武田双雲さんの書き初めを見ました。「前」が彼の霊感にひらめいた新年の字でした。こんなご時世ですからとかく後ろ向きで悲観的な考えに支配されがちですが、一歩でも二歩でも前に進もうというような事だったと思います。これにあやかって、せめて今年は出来るだけ前向きな話題のブログに挑戦したいと思います。最後に「とらどし」で折り込み都々逸を一句。(と)年が明けても(ら)楽にはならぬ(ど)どうにかしてよ(し)新政権昨年はご愛読頂き有り難うございました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
2010.01.01
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