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2010.05.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類




今や世の中からこのような貸本屋は完全に消え去ってしまったが、上京して間もなく2~3日に一度は本を借りに通ったものである。九州弁を丸出しにしても田舎者と小馬鹿にもされず、ホッとするオアシスみたいな所であった。テレビでは松坂慶子さんが店主を演じているが、私の通った店のおばさんはそれ程美人ではなかった。それでも、入り口の引き戸を開けると、名前と顔を覚えてくれていて名指しで「Oさん、いらっしゃい」と声を掛けてくれる初めての東京の人だった。

上京して先ずは、兄の部屋に転がり込んだ。兄はすでに建築会社に就職して会社の寮に住んでいた。建築会社の寮なのに、なぜか、窓ガラスはあちこちと破れ、つぎはぎだらけの木造のおんぼろ住宅であった。
しかし従業員でもない私がタダで兄と同居することを認めてくれたのは、社長が九州出身で同郷のよしみで太っ腹だったこともあったが、なによりそれまで兄がこの会社であげてきた実績のたまものだったに違いないと思っている。

その寮は西武新宿線の新井薬師前駅の直ぐ近くにあった。
寮には賄いはついていなかったので、朝晩の食事は自炊であった。日中は、予備校に通う以外には、まだアルバイトもしていなかったので食事の用意はもちろん私の役目だった。
と云っても高校生時代から賄い付きの下宿に住んでいたから、自分で料理をしたことも煮炊きを教わったこともなかったので、自炊と云ってもご飯に具沢山のみそ汁がメインで、市場の惣菜屋でコロッケみたいなものを買ってきて添えるぐらいの、まさに一汁一菜の粗末な食卓であった。

生活費は、上京してしばらくは仕送りをして貰ったから食費は兄と折半にしていたように思う。それでも兄は建築会社の現場監督をしていたから、時間が不規則で特に帰宅時間などはまるで当てにならなかった。
しかしどんなに遅くなって、外食して帰っても、必ず用意してある食事に箸をつけて、美味しいと必ずお世辞を言ってくれたものである。


「ゲゲゲの女房」では昔ながらの質屋も出てくる。あのころの私の質草と云えば腕時計ぐらいしかなかったが、数日分の食費分ぐらいは貸して貰えた。
いよいよ手許に50円玉一個しかなく、どうするべきか悩んだ末に、これを元手にパチンコに投資し、すってんてんになったことも何度かあった。
それでもいよいよ八方ふさがりになった時は、寮の隣にあった専務宅を訪れ、夫人に「二人分の晩ご飯に少し足りないので、ご飯を貸して貰えませんか」と見え透いた言い訳をしながら、丼茶碗を持参して恵んで貰い、それにソースをぶっかけて腹ごしらえをしたものである。

金欠病は慢性で、遊ぶ資金などほとんど無かった。それでもときおり兄の帰宅を待たないで、気晴らしに夜遊びに出かけることもあった。そんなときは、兄のおかずだけはグレードをあげて食卓に並べておいた。たとえばコロッケをトンカツなどに格上げするのである。
トンカツはお肉屋で豚肉をグラムで買って、その場で揚げて貰うシステムだったが、そんなときは兄だけがトンカツで、私はお詫びの印に、お汁掛けご飯だけで済ませたものである。

その夜遊びで兄がいまだに誤解していることがある。
私の夜遊びは、たいがいはコメディをみるために新宿のフランス座に観劇に行くぐらいのものであった。新宿末広亭では落語と漫才はあったが、コメディは演目に入っていなかった。そこでコメディが見たければフランス座みたいにコメディとストリップとが交互に演じられているところでなければ見ることができなかった。
当時のストリップは、胸を見せて踊るぐらいの上品なものだったが、あくまで私の観劇目的はコメディであり、ストリップはおまけみたいなものだった。
しかし兄はそのようには理解していなかったらしく、いまだに私が「ストリップが好きで、よく見に行った」と、ときおり思い出したように口にする。

もちろん嫌いだったわけでもないから、それについて言い訳をするつもりもないが、そのころのコメディアンだった石井均さんや、てんぷくトリオの三波信介、戸塚睦夫、伊東四朗さんなどは、熱演しているにもかかわらず、ストリップ見物を主たる目的に来ている人から、「早く引っ込め!」などと罵声を浴びせられていたものである。
そんな試練を乗り越えて、これらの苦労人たちはやがて錚々たるコメディアンとして名をなしていったが、いまや伊東四朗さんぐらいしか残っていないのはなんとも寂しいことである。





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Last updated  2010.05.01 08:28:28
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