okeeffe05's Room

okeeffe05's Room

Aug 6, 2006
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日テレビで丸木位里、俊夫妻について放送していました。丸木位里、俊夫妻は広島の原爆以降「原爆の図」を描き続けた画家です。夫妻はもともと丸木位里が日本画を描き妻俊は洋画家でした。丸木位里は広島出身で東京にいる時、広島に原爆が落とされたことを知り父や母や兄の住む実家を訪れるため原爆投下後すぐに広島に向かいました。妻の俊も後から向かいました。そこで二人は壮絶な光景を眼にします。
焼け焦げた死体、人とは思えぬ人たち、生きてはいても男か女かすらわからない人たち、子供を抱きかかえたまま死んでいる母親、若い子も年よりも幼子も全ての人が原爆によりこの世のものとは思えない姿で水を求めて動いているそんな光景を目の当たりにしました。
二人はしばらくした後東京に戻るのですが、仲間内での合言葉の「平和で明るい絵を描こう」と言うような絵は書くことができませんでした。どうしてもそこには暗さや憂いさばかりが浮かんできました。
原爆から3年経ったとき、二人の中でどちらともなく「原爆の絵を描かねば」と言う思いが出てきました。それから二人は合作で原爆の絵を生涯描き続けました。
その絵は凄いものがあります。見るものを圧倒し、そこにある恐怖をまっすぐに伝えてきます。写真で見るより、その絵を見たほうが原爆の恐ろしさが伝わってくるようなそんな作品です。
生涯を原爆を描くことへささげた夫妻の進んできた道は、夫妻にとって迷いの道でもあったそうです。描いていて良かったのか、悪かったのか・・・・。しかし夫妻は80歳になっても90歳になっても描くことをやめませんでした。現在、埼玉県の東松山市にある丸木美術館に多くの作品が展示されてあります。そこに美術館があり、これからも作品が人に見られていくことが夫妻の出した答えでもあります。
八月六日。今日は原爆が落とされた日です。色々な日常的なことがあると忘れがちなことですが、やはりこのことだけは世界に後世に訴えかけ続けなくてはいけないように思います。確かに何ができると言うわけではないかもしれませんが、この日一日だけでも争いごとや戦争、生きること、無残さなどについて考えて見る機会を持っても良いように思います。
いまだに続く、内紛や戦争、その争いが何も生み出してはくれないと言うことをもっと世界に訴えていかなくてはいけないように感じます。もうすでに忘れられていきそうな原爆の日のこと、しかしながらこのことはとても大切です。原爆の日の事は今後も語り継がれなくてはいけないし、残していかなくてはいけないことです。
丸木位里、俊夫妻のしてきたことはとても凄いことです。昨日のテレビを見ながらとても深く考えさせられました。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  Aug 6, 2006 11:04:23 AM
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

okeeffe

okeeffe

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

悠久刹那 @ Re:どうなる日本の医療。(05/07) 日本の保険システムはもうすでに破綻しか…
育児・子育て きらり @ Re:老舗菓子メーカー。(10/15) こんにちわ お邪魔します。 ま…
mkd5569 @ 新着からきました。 暑いとそれだけで消耗してしまいますよね…
悠久無明 @ Re:少なすぎる人数。(07/20) アメリカじゃ高すぎて滅多な事じゃ医者い…
悠久無明 @ Re:どう判断して行くのでしょう。(07/01) その"すでに負けてるはず"の日…

Freepage List


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: