okeeffe05's Room

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Aug 27, 2007
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日本人の底力は学びからきていたのではないでしょうか。江戸時代寺子屋が盛んに開かれあちこちで読み書きそろばんなど学ぶ事ができました。「塵劫記」という本がそのころ大ベストセラーになりました。この本は数学の本で、こういう本が庶民の間で楽しまれていたという事はやはり当時の日本人のレベルの高さを感じます。こういったことが明治維新以降の躍進につながったり、戦後またたくまに復興した底力になったのではないでしょうか。
結局、教養や学びが国力になって行くということを現しているように思います。和算が流行った当時は和算の問題ができるとその問題と解答を書いてお寺に奉納する事が流行っていたそうです。今でもあちこちのお寺に奉納された和算問題があります。中には13歳の子が考えた問題もあり、現在の数学でとくとなると三平方の定理と相似を使わなくてはならなく中々レベルが高い事を現しています。

こういう背景を考えると現代はいったいどうなってしまっているのかと思ってしまいます。資源力が無い日本はやはり知力と技術力を売っていくことでしか世界に太刀打ちできないように思います。ますます世界が身近になる昨今、私達はもう一度考え直さなくてはいけないように思います。結局学ぶ力こそ生き抜く力になり、また生きる手段になるのだと思います。理数系離れが騒がれている今こそ、もう一度数学や科学を学んでいく力を付けさせなくてはならないように思います。理論的に考える力というのは何をやる時にでも基礎力になります。それがあるのと無いのでは大きな違いです。テストができる子供を作るのではなく、考える力がある子供作りが必要なのだと思います。ゆとり教育は本来は一つのことを熟考させる時間を作るためのゆとり教育だったのではないでしょうか。その高い思想を理解できないまま教育現場で減らされていった授業の数々。詰め込み方教育が良いとは言えませんが、はたしてゆとり教育は熟考する子供を作り出したのでしょうか?考えるという事は色々なプロセスを経て自分で気がつくことによりそれをまた考えようと思います。ですから時間を与えるだけでは子供は考えるようにはならないと思います。高校生ぐらいになれば時間を与えられた事によって考えるという事ができるようになると思いますが、小学生、中学生レベルでは中々難しいと思います。ですからきっかけを与えるためにも色々な授業の関連付けが必要で、どの授業にも共通してひとつの事がきちんと組み込まれていると、どこかでその部分に気がつけるのではないかと思います。ですから授業を減らすのではなく、逆に授業を増やす事でそういうことは生まれやすくなるのではないかと思われます。今しっかり教育改革に力を入れないと、日本という国の存亡があやしくなってきます。自分自身で考えるという力を付けさせる事が今の日本人には必要な気がしてなりません。





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Last updated  Aug 27, 2007 11:51:50 AM
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