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埼玉県寄居町にある「鉢形城跡」の見学にいって来ました。NHKテレビ「利家とまつ」に出て来た城で、豊臣軍が北条を攻めた時手こずったところです。城主は藤田氏邦(北条氏邦)城兵3500、攻め手は前田利家を大将に本田忠勝・真田昌幸など総勢3万数余であった。背後に荒川の絶壁をひかえた堅固な城で、一ヶ月に及ぶ攻防の末に落城した。戦国時代の代表的な遺構として国指定史跡となり、平成9年度から整備の為の発掘調査を実施しており、徐々にその全容を表しつつ有る。「角馬出」「畝掘」「雁木」など珍しいものが出土しており、これらを一日がかりで、説明付きで見学できた。
2002年10月31日
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10/26と10/27に行われた万燈まつりは無事終了致しました。26日は午前中小雨が降り、テント設営が少し大変でしたが、まつりが始まる頃には雨も止み、順調に進みました。27日は朝から快晴で、大勢の人で賑わいました。「西川木楽会」の出店も用意した品はほぼ完売でした。150,000の売り上げでした。特にヤマフジのツルは好評でした。やまのPRもバッチリできました。
2002年10月28日
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10/26と10/27の二日間「万燈まつり」が行われます。埼玉県入間市の市民によるまつりでとても賑やかです。西武池袋線の入間市駅下車10分の一帯です。いろいろな出店があり、とても楽しみです。わたしも「西川木楽会」として、出店致します。木工品・ツル・シイタケなどの販売の他、独楽づくり・輪投げなどの遊びを入れて、森林のことなどをPRいたします。佐渡の両津からの出店の隣です。時間を作りぜひおいで下さい。
2002年10月25日
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さいたま緑の森博物館の雑木林で下刈り作業を行いました。あいにくの天気でしたが、雨もそれ程強く無く助かりました。春から始めたアズマネザサの除去作業もやっと一段落して、林の中が見違えるように綺麗に成りました。来春の林床の開花が待ちどうしいです。来月はドングリを集めて実生からの苗作りを始めます。
2002年10月20日
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久しぶりに、手入れをしている飯能市の入間川のビオトープに出かけた。10/1に通過した台風の影響で、だいぶ河床が変化しビオトープも変化してしまった。石を積み直したり、水路を掘り直した。好い汗かいてしまった。
2002年10月18日
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五日市町でグループ浜仲間の会の主催の「修羅づくり」に参加した。スギやヒノキを伐採後に材を山から搬出する方法の一つで、今は行われていないが技術を伝えるために行われているイベントです。8月から5回シリーズとなり、来月最終回で全て完成する予定に成っている。
2002年10月13日
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中国旅行から帰ったら、東京は寒くうっかりして風邪を引いてしまった。お腹の痛い風邪で熱は出るわ、下痢はするわでグロッキーだった。やっと、元気に成った。加治丘陵のヤマガラの森の保全作業に出かけて来た。10/1に通過した台風の影響で、枯れ木がだいぶ落ちていた。みんなで、林内の整理をした。
2002年10月06日
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10/3(木)天候晴れ旅行の最終日、いつもより早く5:15のモーニングコールで起こされる。直ぐに荷物をしっかりパッキングしてドアの外へ出す。朝食を済ませ、6:45チェックアウトし広州空港へ、今日も良い天気であり、1週間天気に恵まれて、とても良い旅行をすることが出来た。雨女、雨男が一人も混じっていなかったらしい・・・・・8:25中国南方航空CZ385便は予定どおり離陸した。国際便は確りしているらしい。やや暫くして、機内食のサ-ビスがある。ビールや日本酒を御馳走成りながら、メンバーの人たちと、すぎた1週間のことで、話しに花が咲いたそれにしても良く食べられるものだと、我ながら驚く。11時少し前(日本時間12時少し前)房総半島の東側を回り、北西の方角から成田への着陸体制に入った。荷物を受け取り、名残惜しくもそこで解散と成る。一人の病人も無く無事に旅行が出来たことに感謝しつつ、京成スカイライナーに乗って帰路についた。
2002年10月03日
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10/2(水)天候晴れ旅行も6日目、4コーナーを回って直線を向いた感じ、いつもの様にバイキングの朝食を済ませ、7:30武漢空港へ。飛行機がまた遅れていて、約2時間も待たされた。中国の国内便はまったく当てに成らないようだ。再び、広州に戻る。直ぐに「北国」で飲茶の昼食になる。越秀公園の中の広州博物館を見学、彫刻を主に、からくり時計、屏風などに目を見張る。続いて広州の有名な昔話に出てくる五羊の像を見て陳氏書院に行く。ここは、広東省内に住む陳氏一族が師弟の為に建てた私立学校であるが、その豪華さにまた驚く。屋根や扉、柱、欄干など、いたるところに華麗な装飾が施されていた。なかでも、中国四大明鎮ともいわれる石湾陶器のレリーフは見ものであった。「食は広州に在り」と言われて来たように食文化は凄まじく、自由市場の見物をする鳥、魚、スッポン・・・・・等有りとあらゆる食材が在り、市民で賑わっていた。有終の美をかざり、夕食は広州一の「洋渓酒店」で小豚の丸焼きをメインに行われたメンバーの一人が誕生日で、お祝もあわせて行われ、ゆっくりと時間が過ぎ去った。ホテルへ戻ってから、数名で足裏マッサージに行き旅の疲れをとった。
2002年10月02日
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10/1(火)天候は晴れ船は夜通しで長江をくだる。5時過ぎに起きたら、もう宜昌の港に接岸していた。内緒で下船し街を散歩する。あちこちでウオーキングや4~5人で集まり太極拳をやっていグループもみられた。朝食を済ませ、3日間お世話に成った金龍号に別れを告げる。謝謝 再見さすが金龍号、長江の暴走号と呼ばれるだけ合って半日近く予定が余った。葛州覇ダムの横を通り予定外の荊州に向かう。荊州も三国志の舞台で、関羽が作ったと言われている荊州古城に行く。街がぐるりと高い城壁に囲まれており、東西南北の4っの城門があり、それを潜って街に入るようになっている。東門の上に登る、確りした作りである、四方も良く見えた。荊州博物館を見学後、いなか料理に舌づつみ。再び高速道路を通り武漢へ、建国記念日でいろいろな催しが有り賑やかだ。黄鶴楼にのぼる、ここも三国志に出てくるところで感激する。ここから眺める長江大橋は壮観であった。夕食を済ませてから、四つ星ホテルの武漢亜州大酒店に入る。
2002年10月01日
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