美しき月の夜に

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2006.09.07
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のイタリアンレストランで、食後のドルチェ、アフォガードを口にしていた。

今日は仕事が忙しく、甘いものが食べたかった。だけど、甘すぎるのは嫌だった。

冷たいバニラアイスに、熱いエスプレッソがかかったアフォガードは、イタリア語で

”溺れる”という意味のデザートだが、少し違うなと、涼子は思った。

”溺れる”というより、”セービング”にふさわしい。バニラアイスが溺れる前に、

救済しなければ、溶けて無くなってしまう。

それじゃあ、生ぬるいコーヒーフロートと一緒ではないか。いずれにせよ、イタリア

人のユーモアが生んだネーミングなのだろう。




「……両親のこと?」

「やっぱり、式に、来てもらわない訳には、いかないんじゃないか?」

「……」


ここ1ヶ月程前から、招待客の話になると煮詰まってしまう原因に、涼子の両親を

式に呼ぶか、呼ばないかという、普通ならあまり悩まない問題が、二人にはあった。


「うーん。どうしても呼ばないと駄目かしら?」

「涼子は、やっぱり嫌か?」

「……」


涼子の両親は、涼子が小学校5年生の時に離婚していた。

母が離婚届を置いて家を出ると、そのまま離婚という結果になったのだ。

あとから聞いた話では、母は本当は兄の修一と涼子の二人を連れて家を出たかった



だが、父は二人の親権を母に譲ることはしなかった。しかも、離婚して半年も経たな

いうちに、秘書をしていた清美をすぐ家に入れた。

これもずいぶん後から知ったことだが、父は涼子が生まれて間もない頃、今の会社

を興し10年もの間、清美との関係を絶てずに、ずっと母を欺いていたのだ。

高校3年生だった修一には、清美のせいで、母がいなくなったのだという気持ちを



それが証拠に修一は、大学受験に失敗し、不合格を告げられると、それを口実に、

浪人生活は、一人で勉強がしたいと、家を出てしまった。

小学生だった涼子は、どちらかと言えば、母が急に居なくなり、置き去りにされた

という気持ちの方が大きかった。


「どうしても嫌なら無理することないけど」

「……」


清美は、特にいじめるようなことをする訳でもないし、気さくな人ではあったが、

3人となった設楽家には、どこかよそよそしい”家族ごっこ”が待っていた。

当たり前のことだが、父は会社があるから、家を留守にしがちだった。

いくら、まだ少女だったとはいえ、清美とは、お互いに違和感があると感じている

お互いの気持ちが見え隠れしていた。どんなに仲良く過ごそうと、二人が共に努力

しても、そうすればそうするだけ、逆に上滑りしてしまう。

たまに在宅している父が、そんな二人に気を遣うのが、清美にも涼子にもわかって

しまうことが、虚しいくらいその旋回に、拍車を駆けた。思春期を迎えるにつれ、

その傾向は、あからさまになっていった。


……もっと別の出会い方をしていれば、いい話し相手くらいには、

  なれたかもしれないのに。


「涼子の気持ち考えると、わからないでもないからな」

「……」

雄二が白いデミタスカップを置くと、携帯電話が胸元から音を立てた。

「なんだよ。またかよ」

「仕事?」

「ああ、ちょっと悪い」

雄二はそういうと席を離れ、化粧室の方へ歩いていった。

アフォガードのアイスクリームは、エスプレッソと同化してスプーンですくうと

ドロっとした液状となっている。時間を掛けて食べるものではないらしい。

……両親へのわだかまりも、溶けて無くなってしまえばいいのに。






溺れて息が出来なくなるくらいなら、いっそ溶けてしまえばいい。

涼子は、修一が大学を卒業するまでの5年間、”家族ごっこ”をして過ごし、修一の

就職が決まるとそれを待っていたように、スピンアウトした。

高校2年の時に、学校が遠いからという理由で、父と清美が暮らす、鎌倉市の一戸

建ての家から、修一の住む菊名のマンションに移り、やっと新鮮な空気を吸えた気

持ちになれた。

つまり父と暮らしたのは、高校2年生までであり、義母である清美とは5年間しか

生活を共にしていない。その後は余程のことがないと実家にはいかないし、電話で

父と話したのだって、雄二と結婚すると、ようやく言ったついこの間が10年ぶり

だったのだ。二人とも、呼べば喜んで出席してくれるだろうとは思う。だが、実の

母のことを思うと、すんなり招待する気になれない。


……お母さん、どうしているんだろう。


涼子の母は、鎌倉の家を出てから、しばらくは茅ヶ崎の祖父母の家で暮らしていて

修一を経由して連絡を取り合っていたが、涼子が修一の元に身を寄せたこと知らせ

ると間もなく、別の人と再婚し立川で新しい生活を始めたと、祖母から聞かされた。

そうなるとやはり、こちらからは連絡しずらくなり、時折母の方から来る、連絡を

待つだけの状態が続いた。だが、この何年かは、音信不通になっている。

結婚のことを知らせようと、思い切って電話をしてみたが、留守番電話の応答で、

さすがにメッセージを残すことは出来なかった。その後、何度電話してもやはり

同じだった。


……元気にしていればいいけど。





「やっとOK出たよ」

雄二が電話を終え、戻ってくると席に着いて溜息まじりに言った。

「仕事、大変?」

「いや、大変って言うか……、なんだろうな」

雄二はそう言うと、煙草に火を点けた。

「あたし、やっぱり、バージンロードは兄と歩きたいわ」

「気持ち、変わらないかぁ。まぁな。涼子の気持ちが、一番だからなぁ」

「いいの?」

「嫌なもの、無理して呼ぶことないだろ」

雄二は、涼子を諭すように言った。やっぱり大人だ。

「ごめんなさい。雄二のご両親や親戚の方には、

 本当に申し訳ないんけど」

「そんなの、なんとかなるよ」

涼子はアフォガードの甘さが残っている気がして、グラスの水を一口含んだ。

「明日は佳奈ちゃんとこ泊まるんだよな」

「うん、せっかく誘いのメール貰ったし、

 この間、話しそびれたこともあるって言うから」

「南平台の社長婦人は、元気なの?」

「優美は最近、里奈ちゃんのお受験で忙しいんだって」

「あんな家に住んでるんだもんな。そりゃ、お嬢様は付属の幼稚園か」

「あんな家に住みたい……、なあんて、無理なことは言いません」

「言ったなぁ。いつか、涼子がびっくりする程、センスのいい家を、

 設計して、プレゼントしてやるからな」

ようやく二人に笑みがこぼれた。

「それより、俺、この後、会社戻らなきゃいけなくなった……」

「え?だってOK出たって?」

「そうなんだけど、ちょっと気になることあってさ。

 新婚旅行の話しは、またな」

雄二は、まだ長い煙草をもみ消すと、グラスの水を一気に飲み干した。





二人がイタリアンレストランを後にすると、外の空気がじっとりと、また梅雨が戻った

かのように、纏わりついてきた。


「ねえ、台風来てるんだっけ?」

「そうみたいな」


駐車場に向かって歩きながら、空を見上げると、ビルの電光掲示板に

『サッカー日本代表1‐0勝利後に監督辞任発表!後任選出は難航する模様』

というテロップが、雲の重さと同じくらい、ゆっくりと流れていた。








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Last updated  2006.09.12 03:48:37
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