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宝塚古墳
境川町小黒坂小字寶塚
この地名にその名があるとおり本堂裏には宝塚(たからづか)という名の古墳があります。これは古墳時代の遺跡であり高さ約4・5尺、地盤は60坪、形は正方形で東南の隅の一部には幅8尺、厚さ2尺の大磐石が覆っています。石垣が残っていますが周囲に壕などの形跡はありません。
埋蔵文化財包蔵地一覧
・「遺跡名称」宝塚古墳
・「所在地」境川村小黒坂宝塚
・「時代」古墳
大磐石の下には甲冑、刀剣および珠玉などが埋まっているとの口伝があり、明治初頭に村民がこれを掘鑿した際に、幾多の遺物を発見した。時たまたま悪疫の流行があり、発掘の祟と恐れ、再びその場所に埋蔵したという話が残っている。


妙見山 晴雲寺
日蓮宗 身延山妙法華院久遠寺末寺
開山:身延山第七十四世 自厚院日鑑上人(吉川日鑑上人)
開基:永立山本光寺僧 祥教院日迅上人(鈴木日迅上人)
本尊:十界曼荼羅
山号を「妙見山(みょうけんざん)」、寺号を「晴雲寺(せいうんじ)」といい、開山は身延山第七十四世 自厚院日鑑上人(吉川日鑑上人)、開基は、米倉本光寺 祥教院日迅上人(鈴木日迅上人)。
当地には古くから「北辰妙見大菩薩」をまつる妙見堂があり、小黒坂の住民たちによって、国土安穏を願われていた。篤信の者たちによって、一寺建立の願いが起こり、明治15年(1882年)11月、妙見山晴雲寺の公許を得る。
毎年12月冬至の妙見菩薩の大祭である「星祭り」では、遠近からの参詣者多く、大いに賑わいをみせている。平成15年には本堂を改築し、現在に到る。


北辰妙見大菩薩
天明年間(1781~1789年)に、日本諸国の社寺などを遍歴する僧が当地(小黒坂)を訪れ、角田家に滞在した。そこでの厚遇に対して感謝の言葉を述べ、長い間逗留させていただいたお礼として、持っていた厨子の中から仏像を取り出した。
「これは能勢妙見の分身で妙見大菩薩です。どうかご当家で大切にお祀りください。」といって立ち去っていった。
しばらくの間は、角田家で大切に安置しお給仕していたが、より多くの人にお参りしていただきたいと思い、協力者を得た結果、間口2間・奥行3間の「妙見堂」を建立し、地域の皆さんがお参りできる星祭り祭典の基盤を固めるに至った。
また、妙見堂が建てられたこの地は「日蓮聖人の甲斐巡教の杖錫の地」とされる。(『日蓮宗寺院大鑑』)
昭和26年頃に老朽化した妙見堂は、ブリキ屋根・モルタル壁のものへと改築された。平成15年の本堂改修に伴って、妙見堂も再改修された。
現在、妙見堂の厨子に安置されている「北辰妙見大菩薩」は、文久2年(1861年)仏師 木村重信によって彫られたものであり、この像の胎内に真の妙見大菩薩像が入っているため「胎内仏」と呼称される。
現在、地域の皆さんから「お妙見さん」と親しまれている。



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