
かねてより、ここ山口市の「小郡(おごおり)」(※)で生まれ育った者として、愛着のある「小郡」という地名の由来を知りたかったのだが、昔の小郡町史などを調べても判然としなかった。
(※2005年 10月1日に小郡町(吉敷郡)は山口市
との新設合併により山口市の区域になり消滅した。冒頭画像は山口県の地図で、現在の山口市は桃色の地域、現在の「小郡」(旧・小郡町)は緑色で囲った斜線地域となる。)
ところが近年になって、私なりに合点のいく「小郡」の地名由来を知ることになり、また昨年中には、その「小郡」を謳うにふさわしい場所を特定できたので、当日記に書いておくことにした。
まず「小郡」という”地名の由来”については、結論から言うと、かつて南方の夜空に輝いていた天体の「南十字星」(※)を意味することになる。(ちなみに、山口県南部の海岸域からはAD15世紀頃まで、当星座の上部までは観測できたことが、「天文ソフト」のシュミレーションで確認済みである。)
(※南天の星座のひとつ。全天88星座のなかで最も小さい。現在は、南天でも”天の南極”近くにある星座のため、北半球では見ることができない地域が多い。
時期によっては
日本でも沖縄県、小笠原諸島
などで観望が可能。)
その「小郡」を「南十字星」とする根拠となった文献は、古代氏族の物部氏から続く代々「暦法」を生業とした家系の真鍋氏が著された書名『 儺の國の星 (なのくにのほし)』真鍋大覚 著作(福岡県那珂川市 発行)という本であった。
驚いたことに、この書籍内容に、山口県のここ「小郡」という地名の由来が、南天の夜空に輝く「南十字星」を、古くは「日向星(かふりのほし)」と呼んだことに由来すると書いてあったのである。
そして、なぜ「南十字星」を「かふり」と呼んだかについては、古代の女性が頭上に布を置き(頭巾をかぶり)、これに荷物をのせて運ぶ習慣があったことを挙げていた。この文章を目にした時、私は「これが『小郡』の語源だ!」と感じたのであった。
以上のことから、この「小郡」の語源たる「南十字星」を意味する「かふり」が、これを称える「お」を添えた「おかふり」となり、時代の流れと共にその発音が変化する過程で、漢字の「小郡」が充てられ、最終的に「おごおり」という発音が定着していったと考えられる。
◎関連記事・・・ 〔小郡⇔南十字星〕の伝承より
◎関連記事・・・ 「南十字星」と「小郡」の関係、そして・・・
さて、ここで確認しておきたいことがある。それは先に述べた「小郡」の”地名”にしても、次回で述べる「小郡」の”場所”にしても、江戸時代の「小郡宰判(おごおりさいばん)」という行政区域(下の画像に映る絵図の地域/冒頭地図では山口市の〇で囲った南部地域)を前提としているということである。
(つづく)
※上の絵図は「描かれた小郡ー小郡宰判絵図にみる幕末の風景ー」山口市小郡文化資料館(編集)より
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