ハノイ在住オランウータンの裏ホームページ。つぶやき。

*** 食盡世界美食***

★オランウータンと食べ物★

富山系神奈川人@進化中
富山で魚、米、酒に目覚める。(和食の時代)
中国滞在中、中華料理を食べまくる。(中華の時代)
数年イタリア女と同棲、一時期イタリア料理にはまる。(イタリア料理の時代)
マレーシアを本拠に各国に赴き東南アジア料理に体当たり。(東南アジア料理の時代)
今に至るまで、独身貴族をいいことに、日本料理、中華料理を基本として各国料理を食べ歩く。
何より三度のメシが好き。基本的に1日3食外食。最近、やはりアジア飯、と思っている。(アジア飯の時代)
2008年、本拠をベトナム・ハノイに移す。

6月26日

ベトナムに来て約3か月。発音と声調が今までの言語で一番難しい。
最近それなりに通じるようになってきた。
6か月で初級ベトナム語マスターを目指す。

最近のお気に入りはフォーにダブル生卵。美味い。

6月12日

ハノイに来て2か月強。
ベトナム料理を屋台から高級店まで食べ歩く。
ハノイ名物チャカラボンは美味くなかった。
日本料理屋は30軒ほどか。
中華系は少なく、店があまりない。

ある日本料理屋の繊細さに感動。
久々の感動は、ベトナム料理ではなかった。

3月31日

ハノイ着

3月28日

3月31日ベトナムに飛ぶ。

3月25日

ベトナムに行って修行することにした。
半ヒモ生活終了。

1月31日

↓そうですよ。取らぬ狸の皮算用ですよ。それが何か?

1月28日

新しい事に挑戦するべく秘密の計画立案中。
今一番の懸念は、成功したらヒモでなくなってしまうこと。
曰く「売れない作家の作品がミリオンセラーになった時のパラドックス」

1月16-24日

帰国。ラーメンがとてもとても美味く感じられて色々な所で食いまくった。

1月1日

今年の目標:ヒモになる
昨年末会社を辞めた。半ヒモ。念願の本ヒモまで後一歩。

12月31日

8月から12月までの間に
ホーチミン、シンガポール、バンコク、シドニーなどに行く。

10月21-28日
オランウータンと行く2007年北京美食の旅決行
参加者しぼってオランウータン+4名

7月26日
5月20-27日、バンコク出張
6月9-13日、ジャカルタ出張
7月4-20日、東京、シャーロット、LA、ホノルル出張

自分がどこで何をやっているかわからない。。。


5月4日

K子と連荘で夕食。
老舗の中華料理屋でフカヒレや蝦などを食っても、まだ某国より安い。

5月3日

イギリスの反動か、夜K子と「ちゃんとした」日本食を食いに行く。

5月2日

4月30日にストーン・ヘンジとバースへ。
ストーン・ヘンジは多分近くから見たら圧巻されただろうが、囲いが
してあって、やや離れた場所から見たので、ちょっと残念。
バースでは、英語の風呂「バス」の語源となったローマ帝国時代の浴場と
ジョージ王朝時代の町並みを見て、最後にコッツウォルズを通って
ロンドンに戻った。

5月1日はヘイスティングスの古戦場「バトル」を訪ね、その後、
昼は地中海料理の店でちょっと気になった猪ソーセージ。
ヘイスティングスの町に移動、城跡を眺め、海岸散策。

4月28日の飯:朝ホテル飯、寿司、イタリア料理
4月29日の飯:朝ホテル飯、フィッシュ&チップス、
4月30日の飯:朝ホテル飯、猪ソーセージ、おにぎり
5月1日の飯:朝ホテル飯、機内食、機内食
5月2日の飯:機内食、機内食、日本食

4月27日

ドイツ出張から帰ってきた人がソーセージ4種類を持って来てくれたのでソーセージ三昧
バーミンガム発祥のカレー「バルティ」を食ってみた。

4月25日の飯:朝ホテル飯、寿司、ソーセージ三昧
4月26日の飯:朝ホテル飯、飲茶、ラーメンもどき
4月27日の飯:朝ホテル飯、寿司、インド料理

4月24日

4月24日の飯:朝、昨日の夜買っといたテイク・アウト中華、昼寿司、夜スーパーで買ったインド系惣菜

スーパーで買った惣菜はとてもとても食べれたものではなく、捨てました、ハイ。
夜また出かけるが面倒なので、ホテルで買っておいた枝豆とパッパダムをつまみにビール

4月23日

地下鉄に飛び乗ってから「これは○○行きか」と他の乗客に尋ねる人を結構見かける。
他の乗客が「逆方向だ」という時には既にドアは閉まって、次の駅で降りていく。
一人ふたりならともかく、結構多い。
国鉄でもいた。そいつの場合は正しい電車だった。
ロンドンの地下鉄のホームには東方向、西方向とか北方向、南方向と書いてあるので、
ちょっと調べれば直ぐ分かる。調べないのか、調べても分からないのか?
不思議である。

4月23日の飯:朝ホテル飯、昼○○Kingのハンバーガー、夜中華

4月22日

日曜日を利用してイギリス南部の海岸セブン・シスターズに行く。
久々の絶景。
食事する場所が殆ど無くて、フィッシュ&チップス。

seven sisters, south down

4月22日の飯:朝ホテル飯、昼フィッシュ&チップス、夜イタリアン
4月21日の飯:朝ホテル飯、昼寿司、夜タイ料理
4月20日の飯:朝ホテル飯、昼忙しくて抜き、夜中華
4月19日の飯:朝ホテル飯、昼寿司、夜ホテルの日本食

4月18日

4月18日の飯:朝ホテル飯、夜テイクアウト寿司、夜トルコ料理
4月17日の飯:朝ホテル飯、昼中華、夜中華
4月16日の飯:朝ホテル飯、回転寿司、寿司
4月15日の飯:朝ホテル飯、昼フィッシュ&チップス、夜ベトナム料理

とりあえず1回フィッシュ&チップス。やっぱり仕事がらみで寿司が多い。

4月14日

直行便が取れなくてバンコク経由でロンドン。
朝5時に家を出て現地時間9時過ぎにバンコク着。乗継便は12時過ぎの発。
ヒマヒマだったので、スワンナプーム空港でマッサージ。足裏1時間、肩、手それぞれ15分ずつで90分。
菓子だのなんだの購入。
まんまと空港で金を落とす術にはまり、早くも米ドル100が飛んでった。
乗り継いで18時30分予定通りロンドン到着。
夜、パブに行き、ビール。

4月11日

最近の飯
4月8日(日) 朝、散らし寿司、昼、寿司、夜、すきやき
4月9日(月) 朝、ミー・ゴレン、昼、ぶっかけ飯、夜、寿司懐石
4月10日(火) 朝、清湯麺、昼、ラーメン、夜、チャーハン
4月11日(水) 朝、ナシ・ゴレン、昼、中華、夜、懐石
仕事柄寿司が多い。

4月7日

いつの間にかにK子とよりを戻し夕食。中華。

4月4日

2007年秋 10人限定『オランウータンと行く秋の北京美食の旅』計画中。
潭家菜、無名居等等。
最後の夜は満漢全席(一部だけだけど)。

2008年秋 10人限定『オランウータンと行く秋の上海美食の旅』計画中。
名軒、梅龍鎮等等。
最後の夜は、やっぱ蟹でしょう。

潭家菜と梅家菜どっちが美味いか?
話の段階で既に参加希望者殺到、どうしますかね。

4月3日

オランウータン的中華料理体系図というのを作ってみた。
アップロードしようとしたら、でかすぎて掲載拒否された。
小さくしてアップロードしてみた。

中華料理体系図

見づらい。
欲しい人という奇特な方はご連絡を。pdfを送りますよ。

4月2日

まだ存在していた、このブログ。

2007年3月17-26日

ニューヨークに1週間滞在。アメリカ飯を4回食う。

クラブ・ケーキ・サンドイッチ:
蟹味がなく、マヨネーズで食った。コーヒーとで25ドルなり。+チップ。
その辺のチャイニーズのところで5ドルの麺を食った方が安くて100倍美味い。

カリカリ・ソーセージ:
あるホテルの朝食で出たソーセージが、カリカリ・ベーコン並みのカリカリ・ソーセージ。
ベーコンの場合は薄いからカリカリが成立するが、ソーセージでカリカリをやると食感が非常に悪い。

マクドナルド:
アメリカで今回初めてマクドナルドに行った。
カナダでは行った事があったけど。アメリカでは初めて。
次はKFCか?

キッシュ(ブロッコリー味):
ブロッコリーをそのまま食ってんじゃないのって程のブロッコリー味。

多くの人が、こういうのを日常的に食っている。

一般に言われるのが、日本人の味蕾が約9000個、欧米人は7000個。
欧米と言っても、ラテンとかゲルマンとかスラブとかで違うんだろうが、
アングロ・サクソンは絶望的のようだ。
一説には、黄色人種>ラテン系、スラブ系>ゲルマン系、アフリカ系となるらしい。
インド系等はどこに入るか興味深い。
アジア人の味蕾は多いのだろう。結局アジア飯が多くなる。
日本人で良かった。

おまけ:
http://en.wikipedia.org/wiki/Taste_bud

10月24-28日

ディーパ・バリ(インド正月)と
ハリ・ラヤ(イスラム正月、断食明け祭り)が
重なり一週間休みなので、仕事を兼ねバンコク旅行に。

24日、ハリ・ラヤ当日の便でバンコクに。

25日、寺(Wat)を巡る。

Wat Phra Kaeo
Wat Pho
Wat Ratchaburana

日本の寺と比べると精緻さにかける。
遠くから見た方が映える。

Wat Phoで入場者が何人かの統計を取っていた。
聞くと一番多いのは日本人、その次はインド人とのこと。
それから欧米のメジャーな国がならび、ロシアも多かった。
インド、ロシアの中産階級勃興というところか。

Jim Thompson's House

26日

Kanthieng House

午後から仕事

27日

タクシーを1日チャーターしてアユタヤで寺巡り。
ビルマの侵攻で破壊され廃墟となった寺をメインに。

Wat Yai Chai Mongkon
Wat Phanan Choeng
日本人町跡
Wat Phra Mahathat
Wat Phra Mongkhon Bopit
Wat Phra Sri Sanphet
Wat Ratchaburana

残念ながら郊外が洪水だということで行きたかった幾つかの寺は
いけなかった。

28日
帰マレーシア

10月6日

いつの間にやら中秋節。
今月後半にバンコクに行く。近場は楽でいい。

9月8-20日

日本経由で久々の北米。

9月8日の夜行便で帰国。翌朝到着し、家に帰り2泊。

9月11日に成田からモントリオールに。当初NY経由でトロントに行ってから
モントリオールに行く事になっていたが、都合で先にモントリオールに
行った。すると、成田→ヒューストン→NY→モントリオールの便になって
しまった。奇しくも9.11。左手、右手の人差し指の指紋をとられ、顔も
チェックされ、もって行った商品サンプルの事を色々聞かれ、サンプル・
インボイスをチェックされた。カナダに行くのに、一旦アメリカに
入国しないといけないからアホくさい。入国審査が無事終わり、適当に
時間を潰し、1時間送れの飛行機に乗り込みNYへ。NY上空に着いた時は
暗くなっていた。飛行機の窓から青い光の柱が2本天に向かっているのが
見えた。それが雲を突き抜けていたのが印象的だった。9.11追悼の為、
グランド・ゼロから発せられた光だった。1時間遅れで着いたので
乗り継ぎのモントリオール便のゲートまで走ったら、丁度みんな乗り込む
ところでセーフ。ところが、他の乗り継ぎ客の便の到着が遅れ、
結局また1時間遅れ。モントリオールに着いたのは夜11時。
結局ホテルについて風呂入ったりして、ベッドに入ったのは1時すぎ。でも時差ぼけで寝れない。。

結局一睡もせず、翌朝仕事。意識が朦朧。当初、そのホテルに2泊の
予定だったが、手違いで1泊の予約。延泊できるか聞いたら、満室で、
2日目、別のホテルに移った。3日目、車でトロントに移動。

すると、ドーソン・カレッジで銃乱射というニュース。最初に泊った
ホテルの隣。その一角は警察に封鎖され、その界隈にいた人2万人が
足止め食らったとか。手違いで助かった。

トロントでまた仕事して、NYに移動して市場視察。日曜日、
グランド・ゼロに行った。今回唯一の観光。

帰りはNYからスウェーデン経由でKLに。NYでつんだ機内食が絶望的な
不味さだった。どうしてこういう物が作れるのか?それこそ、お持ち帰りの
寿司を機内に持ち込んだほうがいい代物。不味い飯を食ったりしている
内にストックホルムについて、一旦下ろされた。
降りたら何故かセキュリティ・チェック。暫く待って再搭乗する前に、
もう一度セキュリティ・チェック。何故?意味が分からなかったが、
乗り込んだ。ストックホルムで積んだ機内食は食えた。
NYから21時間の飛行を終え、KLに着いたのは20日の朝。

トロントで社長と落ち合って、NYからまた単独行動したのだが、
「(NYから)ストックホルム経由か。どうせだからモスクワも行けば?」
ロシアはまだビザが必要だったから助かったが、下手したらモスクワにも
行く羽目になっていた。

世界一周出張だった。初めての世界一周。
(KL→成田-ヒューストン-NY-モントリオール→トロント→NY-
ストックホルム-KL。

その後時差ぼけで、生ける屍状態。
時差ぼけ解消のため全身+足ツボマッサージを行ったら、足ツボ押されて
余りの痛さに半べそ状態。

7月25日

仕事でベトナムに行ってきた。
幾つか料理のネタを仕入れ、いつか、何か作るときに応用しようと考え中。
その辺にある素材を、考えもしなかった使い方をしたり、組合せをしたり、
奥が深いですな。


6月19日

ここのところずっと忙しくしていた甲斐あって、カナダ市場制覇目前。
次はアメリカ市場拡大を狙う。

良いカナダの華僑のビジネス・パートナーに恵まれた。彼らのパワーには
圧倒されっぱなし。

仕事はイケイケドンドンだが、、、

忙しかったのと、ギクシャクしてたのとで、K子に振られた。
さようならK子。

4月17日

K子と仲直り後も、また喧嘩、一週間ギクシャクして、結局週末も会わず。
16日の夜、やっと電話で仲直り。
「我イ門別再争論ロ拉! Shigoto ganbattene! \(^-^)/」

もうちょっとうまい対応があったかと思うが、かなり感情が入って
仲直りに時間がかかってしまった。
まだまだ修行がたらない。

4月11日

K子と朝から電話で口論。その後かなり強烈な内容のSMSが来たので、
「短かい間だったけど、楽しかったよ、さようなら、私はこれから仕事一筋で
やっていくから」とSMSを送り返したら、擦り寄りを見せて来たので、
とりあえず仲直り。

4月10日

今日明日と祝日で会社は休みなのだが、悲しい性、オフィスにいる。
(私には休日出勤手当てとか、残業手当はつきませんよ、念のため)

夕方、K子が帰ってくるので空港まで出迎え。
いきなり空港で喧嘩。車の中で黙ったままでK子の家に着き、
頭に来たので「勝手にしろ、帰る!」
K子の部屋を出たらお母さんが「夕飯一緒に食べないの?」
「ちょっと色々あって帰ります」

4月9日


K子の日本旅行中、K子のマレーシアの携帯は日本でつかえず。
毎晩日本のホテルに電話するという約束をしたので電話したが、
ホテルによって反応が様々。

毎回「マレーシアからのツアーに参加で今日チェックインの
○○○(K子本名)お願いします」と言った。

初日、大阪の某ホテル:
1回目、すぐつないでくれたが、K子がいなかった。部屋番号を聞くとすぐ
教えてくれたので、2回目はそのまま部屋番号と名前を伝えて繋いでもらった。

2日目、浜松の某ホテル:
1回目、すぐつないでくれたが、またもK子がいなかった。
部屋番号を聞く「お部屋番号をお知らせするのは控えさせて頂いております」
2回目、違うオペレータが「お部屋番号はお分かりでしょうか?」
『さっき教えてくれなかったから知りませんよー』と言いたかったが、
ツアー・コードとかを言って繋いでもらった。

3日目、富士山麓の某旅館:
K子が気をきかせて、旅館の人に私から連絡があったらすぐ繋ぐように
言っていたので、速攻で繋いでくれたが、3回電話して、K子が部屋に
いなかった。4回目にやっとつながった。
何故この日だけK子が旅館の人に話をしていたのか不明。「旅館」だからか?

4日目、品川の某ホテル:
オペレータが、ツアー客の部屋番号を把握していなかったので、
「担当の人」に回して、繋いでもらった。

5日目、成田の某ホテル:
前日と同様、オペレータが、ツアー客の部屋番号を把握していなかったが、
いきなり、「ツアーガイドのお部屋にお繋ぎいたします」で回された。
部屋番号をツアー・ガイドに部屋番号を聞いて、もう一度かけ直し。

客のプライバシーとかなんとか言っても、過度の保護は意味がありませんね。

4月4日

いよいよK子の日本ツアーの出発日。夜行便で10時頃空港に集合とのこと。
退社後、K子宅に行き、途中食事をしてKLIAに。

送って、帰宅しようと、駐車場に通じるエレベーターに乗ると、なんと
Mr. Yee家族が乗ってきた。お互いに「あっ!」聞けば知り合いの
見送りに来たということ。すごい偶然。

4月3日

明日からK子が日本旅行。コンセントのプラグ変換アダプターが欲しいというので
替わりに買いに行った。店員に「日本で使うアダプターがほしいんですが」と言って
アダプターのある一角に連れてもらった。すぐ見つかったので、指差して
「これ下さい。」盗難防止にヒモでつながれていたので、
「ちょっと待ってください」と言われた時は、てっきりハサミを持ってくるのかと思った。
しかし、オバチャンを連れてきた。オバチャンは何やら探している。
もう一度指差して「これ下さい。」オバチャンは無視、
というか必死で日本用を探していて、耳に入っていないらしい。
三叉のどう考えても日本向けではない商品のパッケージの説明を読んだりしている。
ムッとしてもう一度「これ下さい、ワタシ日本人、コレ、カウネ。」
「色々なタイプがあるから確認しないと。。。」「これでいいんです」
オバチャンはそれでも探し続けていた。
「これを私めに売ってやって下さい。お願いします」と懇願した。
こうしてやっと購入することが出来た。

何故、人の話を聞かないのだろう?

4月2日

朝からダラダラK子と過ごす。夜K子の実家に行って、お母さんを加え3人で食事。
もう逃げれませんな。

K子実家の近くのレストランで食べているとき、お母さんがK子に
「この店、30年前は川の近くにあって、こっちに移ってきたんだよね、
あんた、覚えてる?」「お母さん、私まだ生まれてない。。」
K子は今年27歳。

3月30日

昼、会社の新人君をつれて近くの食堂に行った。
食堂のオバちゃんは、何も言わずにテ・タレ・クラン・マニス
(ミルクティー、甘さ控えめ)を持ってきた。
新人君に「私とオバちゃんは心で通じ合っているから、注文しないでも
自動的に持ってくるのだ」と説明すると「すごいですね!!!」
本気で信じてるのか?

いちいち毎回注文するのは面倒くさいのでオバちゃんに、
私がきたらテ・タレ・クラン・マニス持って来いと言ってあるだけだ。

3月28日

午後、仕事で外に出たので、K子を呼び出してKLで上海料理。

3月26日

K子が調子が悪くて食欲はないが、スープが飲みたいというので、
お持ち帰りしようと、海外天に行くと、たまたま例湯が『玉竹湯』だったので、
買ってK子の実家にデリバリ。2重のビニール袋にスープを入れ、
口のところを輪ゴムでとめてたものをお持ち帰り。

K子はお母さんと2人暮らし。蛍光灯が切れたので、換えてくれと言われ、
脚立に乗って交換。K子が蛍光灯を手渡したりして、その間、
お母さんが脚立を支え、麗しき「家族モード」。

夜、知り合いに、美味しい物を紹介してくれと頼まれていたので
有名どころのスティーム・ボートの店に連れて行った。
K子も連れて来ていいと言ってくれていたのだが、調子が悪いので、一人で行った。

食事中、K子からSMS「おなかすいた」
レストランで滑蛋河を買って食事後、再びK子の家に。
食欲戻って良かった良かった。

3月25日

朝K子とダラダラ過ごし、昼は韓国料理。夕方K子が実家に帰って行ったのに
あわせ、近くのスーパーで買い物。炒飯とサラダをお持ち帰りして食した。

3月19日

K子が私の「悪いところ」を言い出した。食事のとき「不挟菜
(料理を彼女の皿に取らない)、昨日の昼も『挟菜』してくれなかった」
故に「不疼我(可愛がっていない)」だそうだ。なんとも短絡的な。

多分、年が近いとそんなくだらない事でガタガタ抜かすな、と言ったかも。
でも7歳違うと、宇宙人的な事を言われても「あっそう、ごめんね」と
いう気になるから不思議だ。「日本では『不挟菜』?」「そうだ」
「でも私、『挟菜』して欲しい」「いいよ」

夜、四川料理を食べに行って「挟菜」してやると素直に喜んでいた。

最近、仕事仕事で、ほのぼの感が無かったような気がするが、
K子と過ごす時間が長くなって、そうした感覚が戻ってきたような気がする。
小さな事で幸せを感じる今日この頃。

3月18日

K子が「日本に旅行に行きたい、休みとれない?」「無理」
最初から期待してなかったのか、「あっそう」
結局、K子母と2人で、京都・東京+花見ツアーに参加することに。

久しぶりに昼ニョニャ・レストランに食べに行って、その後、
旅行代理店に行って、詳しい話を聞いているうちに、ビザの話になった。
ビザ取得に必要な書類の説明をしたのち、旅行代理店のおねーちゃん、
いきなり、私に向かって「こちらの方も、ビザ必要ですよね?」
「はぁ?私、日本人なんですけど」K子も「私、お母さんと行くんです」

3月14日

お母さんにお付き合いのお墨付きを貰ったK子は昨晩もお泊り。
ちなみにK子は4月から知り合いの設立した会社で仕事をするということで、
先日、前の会社を辞めてプー状態。

自分が起きた時、K子はまだ寝ていたので、一人でコーヒーを淹れて飲んでいると
夢遊病状態のK子がフラフラ来て、喉が渇いたとヨーグルトを飲みだした。
「乳製品ダメじゃないの?」「嫌いだけど大丈夫」ますます分からん。

家を出て暫くすると、SMSで「ガスコンロどうやって使うの?」
知らないのか?変な使い方して、爆発させたら大変なので直ぐ電話。
「先に一回全部レバーを元に戻して」「なんか臭い」「早く戻せ」
「戻したよ」本人はのんきだ。「窓開けて、ニオイが消えるまで待って、、、」
と説明しているうちに、あちこち勝手にいじくって「あっ、火ついた」
恐ろしすぎる。
そして「どうやったらお湯沸いたって分かるの?」「沸かした事ない?!」
「家のコンロ電気だし、お湯も電気ポットで沸かすから。。」
「グツグツ音がして暫く経ったら火を止めればいい。とにかく、ガスには
十分注意するように!」と言って電話を切った。朝からヒヤヒヤ。

文化の違い?

3月12日

K子とBukit Tinggiという高原リゾートに日帰り旅行。
何故か日本の茶室があった。ティー・セレモニーRM20。
何するワケでもなくカフェでダラダラ、コーヒーを飲んだり、
展望台から景色を眺めたりして、ゆっくり過ごした。

K子が夜、お母さんと食べると言うので、実家に送って行ったが、その途中、
電話でお母さんに「友達一人連れて行っていいか?」と聞いていた。
そのまま成り行きでK子母子と一緒に食事することに。
何か、凄い事になってきた。

「日曜日だからヒゲ剃ってないし、適当な服着てきたし、第一印象悪くない?」
「大丈夫、大丈夫」「ほんとかよ?」
実際会ってみると、K子母は恐ろしい形相。娘に付く悪い虫に見られたか?
と危惧していると、何か家庭の問題があったとかで怖い顔になってたらしい。
食事中、K子母子がその問題についてずっと相談。
途中、K子母がボソッと「楽しい食事にしないといけないのに、ごめんね。」

暫くして、K子の2人の弟の内の大きい方が彼女を連れてレストランにやってきた。
弟彼女の姿を目の当たりにしたK子、思わず「包頭(バオトウ)!」とつぶやいた。
「ほっかむり!」とつぶやいたのだ。
弟彼女はマレー系で、イスラム女性のするスカーフをしていた。
弟が彼女と結婚するとなると、イスラム教に改宗しなければならず、
様々な制約が課され、家族に与える影響も計り知れない。
豚に代表されるノン・ハラルの物も食べれない。
弟とその彼女は結局、後で2人でハラルの物を食べると言って、
食べ物にも飲み物にも手をつけなかった。

娘は変な日本人連れて来るし、息子は、ほっかむりマレー人彼女連れてくるし、
お母さん、どんな気持ちだったのだろう?

最終的にK子母が弟に対して出した結論は「好きなようにしなさい、
でも後悔はしないように!」だった。

無事食事を終え、K子母子を送っていくと、夜11時。
ここでK子母が爆弾発言「時間も遅いし、泊まっていけば?」
『お、お母さん、、、』これにはたじろいだ。
「明日仕事なので今日はおいとまします~」

マスオさんになる日も近い?

3月10-11日

夕食を会社の近くですませ、遅い帰宅。K子がまた来てお泊り。パジャマ持参。
翌朝11時に近くのショッピング・モールに行き、ワンタン麺を食べ、
その後、K子の生活必需物資を購入。化粧落としだの、何とかクリームだの
何種類も買い込む。そして常備用チョコレートだのビスケットだのを買いこむ。
そしてK子は一旦帰宅。本を読んで過ごす。
夜K子がまたKLに出てきて、一緒に、この間行ったタパスの店へ。
K子がピザ食べたいと言い出したので「チーズ食えんの?」
「チーズ嫌いだけど、ピザは好き」「ピザにのっかってるチーズはいいワケ?」「うん」
コイツは一体?

3月8日

K子と知り合って約3ヶ月。いつ知り合ったか聞かれた。
去年の12月と答えたものの、日にちは分からず。12月12日だったそうだ。
ここ2週間で急接近、ウチの洗面所に彼女の歯ブラシとかが置いてある仲に。

牛も羊も刺身もチーズも食わん奴と一緒にいる。
7歳違いで同じ誕生日の奴と一緒にいる。

人生何があるか分かりませんな。

3月5日

K子の亡くなった祖母が住んでいたアパートを人に貸すというので、
片付けの手伝い。掃除をしたり、古いソファーを捨てに行ったりと労働。

夜、日本人の年配の夫婦と食事。前から何処かへ連れて行ってくれと
言われていたので、茶葉専門店直営の茶料理の店に。
大紅袍と銀毫の2種類の茶と、色々食べようということで料理6品を頼む。
色々楽しめたが、やはり多くてかなり残してしまった。

3月4日

インド系マレーシア人の同僚の結婚式に招待された。
ヒンズー寺院の敷地内につくられた集会場みたいなところの奥に、
台が設けられ、花で飾られていた。
いきなり新郎が入ってきて、台の上で、ヒンズー教の坊さんと
何やらやりだした。「式がもう始まったのか?」尋ねると「準備だ。」
暫くして終わり新郎はどこかへ行ってしまった。
次に新婦が同じように来て、何やらやって、何処かへ行ってしまった。
それから行列で新郎が入って来て、台上の椅子に座ると、今度は新婦の
行列が入って来た。そして式が始まった。坊さんがサンスクリットか
何か分からないが何か唱えて、暫くして終了。

そして参列者が順番に台上に上がり、新郎新婦に声をかけ、お祝いを手渡した。

その後は、隣のオープン・スペースでディナー。寺院内ということで
ベジタリアン・カレー。数種類のベジ・カレーが並び、酒も無し。
ということで、さっさと食って、お開き。

夜12時位に酔っ払ったK子から電話で「運転できないからタクシーで来て」。
仕方ないので行く。カクテル何杯かとワインを飲んだだけでヘロヘロ。
家まで運転して駐車場から部屋まで抱えて帰った。「私、重い?」を繰り返していた。

2月27日-3月3日

忙しかった。

2月26日

K子とまたデート。日帰りできる所で行きたいところに連れて行ってやるというと、
ゲンティンに行きたいと言うので連れて行った。
行く前にSMSで「ちゃんとした服きること、サンダルはダメ」というので
カジノに行くのかと思いきや、「賭け事は嫌い」「はぁ???」
飲みたいというので、バーに連れて行った。何もわざわざゲンティンに来なくても。。。
カクテル2杯、コロナビールを1本、これで酔っ払っている。
自称「安上がりな女」だけある。

店を出ようとするとK子が「あっ!」ウェイトレスと話しだした。
弟の彼女がバイトしていたのだ。
K子よ、家族に知られてしまったな。ゲンティンに来てカジノに行かなかった罰だ。

2月25日

K子とデート。シャツをプレゼントしてくれた。
「今、着て」というので、駐車場で着てみると、
Lサイズが小さくて着れなかった。
一緒に買った店に行ってXLに交換した。

「何食べたい?」「イタリアン」「どこかいいイタリアン知ってる?」
「うん、○○に美味しいところがあるよ」「○○?あったっけ?」
連れて行かれた所はタパスの店。「この店、、、」「来たことある?」
「ある。美味いけど、スペイン小皿料理だ。」「ええー、ずっとイタリアンだと思ってた」

自称「安上がりな女」K子。寿司・刺身とか焼肉とか食わんからだそうだ。

2月22日

一昨日につづき、昨日、今日と遼寧レストラン探索。
まずかった。最初の店が一番良かった。

2月20日

出先で喉が渇いたので、何か飲もうかと思ってたまたま入った店が、
遼寧省出身のオヤジがやっている店。
周りに中国人がやっていると思しき四川料理屋と東北料理っぽい店。
夜、偵察。四川料理屋に入って情報収集。店の人の言葉を聞くと、東北人。
メニューも家常菜のような四川料理。
おこげとか、(四川の)酸菜とかはなし。
「何料理?」「四川料理」「シェフは何処の人?」
「遼寧」「あー、そう、わかった、ありがとう。さようなら。」
もう1軒の東北料理屋に入って情報収集。やっぱりシェフは遼寧人。
軽く前菜を頼み、ビール。味はどうってことない普通の味。
とりあえず、何回かこのエリアに行って調査するつもり。

2月19日

いよいよジミーのマレーシア生活最後の日。夜11時の便で帰国。片付けを手伝う。

思えばジミーとは腐れ縁。同期で、2001年同じ飛行機でマレーシア着任。
2003年私がジミーに送られるも、その後、マレーシアに「出戻り」
2006年今度はジミーが私に送られる。

夜は出発前でレストランで食べている暇が無いだろうということで、
昼豪華に。
奥さんにイセエビしゃぶしゃぶの話をしたら、是非食べたいということで、
中華でイセエビしゃぶしゃぶ+貝尽くし!
最後の日には有終の美を飾る料理をご馳走すると、前から約束していたので、
気張って注文。注文の時、あーしろ、こーしろと細かい指示。
ウェイトレスは「シェフに聞いて来る」と何度も厨房へ。いやな客だろう。
でもジミー最後の日だ。我慢してくれ。

蛤スープ
カイラン
イセエビ三吃 --- 刺身、しゃぶしゃぶ、茹で
サザエのチーズ焼き
本日のメイン鮑の唐揚、一人一個
牡蠣の餡かけ焼きそば
フルーツ盛り合わせ

昼食を終え「ワケの分からん注文」に対応してくれたウェイトレスに
相応のチップを渡して、ジミー宅へ戻り、片付け続行。
大体片付いたところで一旦帰宅シャワーを浴び、着替えて、またジミー宅へ。

外へ食べに行く時間がなかったので、近くの中華料理屋で炒飯の他に
何品か炒めてもらい、ジミー宅にお持ち帰り。

手伝いに来ると行っていたローカル数人は結局来ず。
みんな、直接空港に見送りに行くという。想定内。

8時に空港へ出発。9時空港着。総勢15人位で見送り。

さようならジミー、次は東京で。君みたいに何でも食う奴はいなかった。
日本では痩せてくれ。

2月18日

午後から用事があったが、昼、都合がついたので、K子と軽く昼食。
まだ余り調子が良くないというので久しぶりに粥。
普通、粥は食べないので、確か、去年の夏の香港出張以来。艇仔粥。
その後、まだ少し時間があったので、何したいか聞いたら「プリクラ」。
何年ぶりだろうか。

その後、用事を終えて、夜11時過ぎにジミー宅へ。ジミーと飲みながら語り合っていたら
ジミーが連日連夜の送別会でダウン。ワイン等を「処理」しながら
夜中の3時位まで奥さんと語りあう。そのままジミー宅で爆睡。

2月17日

お客さんがきたので、夜は海鮮三昧。
イセエビしゃぶしゃぶ。

2月16日

仕事でペナン→スンガイ・プタニ→キャメロン・ハイランド(北側)と1日で走破。
キャメロン・ハイランドからの帰り道にシンパン・プライで遅い夕食。
朝5時に出発、夜11時に帰宅。
疲れた。

2月14日

巷では「情人節」だ。昨日K子がチョコレートだ花だと騒いでいたのだが、
騒ぎすぎたかK子は体調不良。
「明天可以見[イ尓][ロ馬]?当補償情人節[ロ麻]。」
今日を逃したら20日までダメなんですよ。

夜、帰ると知り合いから電話でお誘い、韓国風日本食屋で夕食。
その後、歌えないけど韓国カラオケ。

2月13日

ジミーの本帰国が決定して、今日は送別会。
行きつけの中国東北出身の家族がやっている店で餃子宴。
餃子プロデュースの役を仰せつかった。
20種類の水餃子を「これでもか」位出してジミーを送るというコンセプト。
前の土曜日に店に行って、餃子1種類ごとに詳細打ち合わせ。

羊の餃子、辛いスープ水餃子、イカ餃子、タケノコ餃子、人参鶏肉餃子 
白きくらげ餃子、タラ餃子、白菜餃子、茄子餃子、油条餃子
唐辛子餃子、トマト餃子、ニラ餃子、セロリ餃子、エビ餃子
お茶(碧螺春)餃子、シイタケとエノキの餃子、野菜餃子(肉無し)
玉子と野菜の餃子(肉無し)、羊と香菜の餃子

ジミーの好きな羊が最初と最後。
後はオーソドックスなのと余りポピュラーでないのを織り交ぜて出した。

14人で600個の餃子。推定150個くらい余った。
「これでもか」は達成された。

K子のSMS。
「明天情人節朽[ロ拉]、我要鮮花和巧克力!」
「来我家領取好了」「我一向是被動、o喜o喜!」

2月8日

クリスマス、正月、旧正月と休みムードもそろそろ終わり。
月曜日から木曜日まで、ぶっ続けでビジネス・ディナー。
金曜日はコタ・キナバルに日帰り出張。
土曜日は金曜日の穴を埋める為、オフィスに来るでしょう。
ごめんね、K子、でもこれが日常なのだ。

夜、台湾料理屋の砂鍋魚頭が美味しかった。

2月6日

K子からSMS「大忙人、還忙着〔ロ馬〕?」
忙しいですよ。色々あって超忙人になりそう。

2月2日

昼、某日本風中華屋でラーメンセット。旧正月休みの影響か、客は3組。
ラーメンセットはラーメン、半炒飯、餃子3コ。出てくるまで12~3分。
「遅い!10分以上経っている。客もこれしかいないのに!」とクレーム。
そう言ったところで、ウェーターがトロトロ料理を運んできた。
それを見たウェートレス、何も言わずに行ってしまった。
ウェーターにも同じ文句を言った。彼も料理を置くと何も言わずに言ってしまった。
せめて「すみません」くらい言え。心がこもってないとしても。
教育がまるでなっていない。
料理を食べると、ギョーザは既に冷め、炒飯は油が多く、ラーメンはしょっぱかった。
残すのは嫌いなので食べるには食べたが、非常にまずかった。
味は一歩譲ったとして、従業員の態度に非常に頭にきた。
キッチンに2人いたが、10分以上もかかるとはどういうことか。
もう2度と行かない。

ついでだから最近あったアホなサービス精神のことを書いてしまおう。
先日、日本から客が来た時、とある有名どころの広東料理屋に行った。
部屋専属のウェートレスがサーブするとき、「奥(客)から」と何度言っても、
その時だけそうして、その次は自分の立ち位置の人から。
仕舞には、結構怒って言ってしまったのだが、
きっと何故怒られているか分からないのだろう。

そのウェートレスが外に行ってしまったので、自分で酒を注いで回って
いたら、料理の大皿を持って、戻って来た。私が酒を注いでいるのを見て、
慌てて、料理を片手にもったまま、酒の瓶を奪い取ろうとした。
おおかた、『酒や茶を注ぐのが仕事、お客さんにはやらせるな』と
いった指示がでていたのであろう。「いいから、皿を置け」と言っても、
瓶を奪いとろうとした。お客さんに聞こえないよう、押し殺した声で
「皿を置け!」 。これでやっと皿を置いた。
皿持って酒を注ぐつもりだったのだろうか。きっとそうだろう。
臨機応変度0。もう少し何とかなりませんか。

今度は機内食ネタで、もう1つ。
よく利用する航空会社の機内食。肉と、白身魚のチョイス。白身魚にした。
飲み物は白ワインを頼んだ。すると、そのスチュワーデス
「飲み物は後で来ます」「今くれ」「後で持ってきます」
とそのまま行ってしまったが、その後、全然来なかった。
食べ終わってから「白ワインでしたね?」「もう要らない」
「でも白ワインっていいましたよね」「食べ終わってから飲むわけ?」
すると、そのスチュワーデス、肩をすくめて、両手を軽く広げ、Oh!no!
みたいなゼスチャーをして行ってしまった。
永遠に何が言いたいのか理解できないのだろうな。

さらにもう1つ。
同じ会社の別の便。牛肉と魚のチョイス。どちらにするか聞かれたので、
「何味?」と聞いた。「牛はヌードルと一緒で、魚はごはんと一緒です」
「で、魚は何味?」「魚はごはんと・・・」「それは分かったけど、
魚そのものはどんなテイスト?」「魚はスパイシーです」
『もういい。。。』「魚」出てきた魚は「甘辛」だった。
多分甘辛だったのだろう。私の味蕾は辛味を感じなかったので、
甘いだけだった。

食文化に対しての理解が低いと、相手が要求していることの理解が
できない、ということか。

2月1日

K子が急遽ランカウイに行ってしまった。
31日の夜、K子の友達Aが友達Bとランカウイに行く予定だったが、
Bが突然行けなくなってしまったとか。Bの代わりにAと行ったのだが、
日付が変わって1日の午前3時出発、7時過ぎ、クアラ・クダに到着、
9時頃のフェリーでランカウイに渡ったそうな。2泊3日の予定。

金曜日に食事をキャンセルしてしまったので「弥補、弥補~」
と言われていたのだが、おあいこ。

夜K子からSMS。「剛吃飽、[身尚]在遊泳池辺的椅子上看星星、清風吹、
椰樹揺、好舒服、今天星星特別多、[イ尓]那里[ロ尼]?」
『我這里』はKLですよ、KL。何も変わりなし。

K子に電話してみた。
「今度、プーケットにでも連れてってやろうと思ったけど、やめた。一人で行こ。」
「えー、プーケット行った事ない。行きたい、行きたい、行きたい」
K子の心は既にプーケットだ。ランカウイにいるくせに。
「でも、男の人と2人で外国行った事ないし~」
「心配しないでも大丈夫。一人で行くから」
「ずるい。私も行きたい、行きたい、行きたい」
「私をKLに置いてランカウイに行ってしまったのは、だぁれ?」
「えへへー」

こうして他愛も無い会話で、チャイニーズ・ニュー・イヤー休みの
最後の日は過ぎて行った。

1月27日-1月31日

K子と食事の予定だったが、仕事関係のパーティーに急遽出席ハメに。
28日にマラッカに激走、知り合いのチャイニーズの実家で一緒に団円飯。
29日0:00過ぎ、旧正月を迎えたのち、2時間爆走してKLに戻り寝る。
それから31日まで、知り合いのチャイニーズのところに「拝訪」
食う、呑む、寝るの繰り返し。

後はオフィスに行って、緊急のFAXがないかとか、家でE-mailチェックしたり、
多少仕事モード。

1月25日

K子からまたしてもSMS「今日6時半にKLで会える?」
ウチの拘束時間は6時まで、会社からKLまで、込み合う時間だから、
頑張って、最速と思われるルートで、高速道路3つ乗り換えても45分~50分。
物理的に不可能。いずれにせよ「仕事だからダメ。」
「じゃあいつヒマ?」「1月29日~2月1日」(旧正月で休み)

分かっているけど、一応言ってみた。「29日(旧1月1日)ならいいよ」
「29日は家族と。。。」「じゃあ30日」「それも。。。」
家族と過ごしてくださいませ。
私はジミーかMr. Yeeの家でも行って飲んだくれますよ。

1月24日

K子と電話。金曜日に会うことに。
旧正月が近いし「好きなもん何でも喰わしてやる」と言ってみた。
「一番高いもの」「いいよ」
「本当?絶対?」と言うような事をごにょごにょ言っている。
「1000リンギ位(3万円位)ならいいよ」と言ってみたら
「幾らなんでも、値段的にそんなにならないでしょう?」
「フカヒレ・スープ2杯で200リンギ、鮑2個で600リンギ、燕の巣2杯で200リンギ、
前菜とかビールとかで200リンギ、全部で1200リンギ位かな」
これにはびびったのか「フカヒレだけでいい。。。」

1月23日

日本から客が来てたので、ずっとアテンド。色々食いまくり。

1月18日

またまたK子からSMS。広東語北京語まじり。
「ロ海!今晩賞面一斉吃飯ロ馬?感覚一日唔見如隔千秋。。。ロ矣~」
仕事があるからそんなに早く帰れないというと、
「只希望イ尓都要体諒我,最多一个礼拜一日,求求イ尓ロ拉!」
なんか、ぐっと来ましたね。でも本当に週一回か?
結局、食事して、仕事はお持ち帰りすることに。
ブキッ・ビンタンで待ち合わせて、中華料理を食べて、帰宅後仕事続行。

K子といると、妙に「しっくり感」があり落ち着く。

1月17日

遂にK子から「有没有掛住我ロ阿?」のSMS。
どうしたものか。

1月16日

夜遅く、疲れて帰宅。コンドのエレベータに乗ると、後から一人
アラブ人っぽいオヤジが乗ってきた。2人しか乗っていないのに、私の
すぐ傍に立った。怪しい雰囲気。ホモ?

そして、いきなり「ニーハオ マ?」『何だコイツは?』と思い、
「I'm not Chinese」と英語で返答。すると「Oh! Korean」下降調の断定。
疲れて下らない話聞いてる雰囲気で無い事ぐらい、表情から読め!
思わず「None of your business」。あ、言っちゃった。
その時、丁度オヤジの降りる階に到達。
オヤジ「See you」と言いつつ降りて言った。

1月15日

朝、昨日の朝と同じところで猪肉粉。
昼、ジミー夫妻と中国東北料理。餃子を食らう。
夜、知り合いが、ちらし寿司を作ったと呼んでくれたので行く。
隠元と鶏の炒め物、マーボー豆腐もどきを作って持って行った。

1月14日

朝、その辺で蝦麺。
昼、別のところで、肉砕麺。
夜、K子と新しくできた食べ放題の店に行ってみた。
特殊な事情が無い限り、もう行かないだろう、という店だった。

1月13日

K子から「夕飯一緒に食べる?」SMS。もしかしたら、このままズルズルと?
フクザツな心境。でも結局、今日は会わないことに。

最初英語だったSMSがマンダリンになり、いつの間にやら広東語になった。
出ない字も多いので「早D」「o既」「o甘」とか省略や組合せが多い。

夜、カレー初め。会社の近くのインド・カレー屋にて。
羊の胃カレー、鶏のレバーと砂肝カレー、香辛料で黄色く染まった野菜を
ご飯の上にぶっかけてカレー味玉子1個もついでに載せる。
飲み物はテ・タレ、全部でRM6.5なり。

食ってからオフィスに戻り仕事。13日の金曜日はかく過ぎた。

1月11日

夜、IKAN GURAME GORENG(グラミーフィッシュ丸ごと唐揚)、
CUMI GARING(イカの唐揚)、
TAHU KIPAS(豆腐にエビ等を詰めたものの揚げ物)、
KANGKUNG UDANG SAPI(カンコン・エビペースト炒め)を食す。
中国系インドネシア人のオーダー、揚げ物が多かった。

1月10日

ジャカルタ出張。KL国際空港にいる時、K子からのSMSを受け取った。
"take care in Jakarta, 我会等[イ尓]回来"
2泊の出張なんだけど。
ロック・オンされた。

1月9日

夜、この間知り合った女性(仮称K子)と食事。
日本食?と聞いてみると、頑張って刺身食べると言っている。
健気じゃありませんか。「頑張って」食ってもらっても仕方ないので中華。
上湯[艸+見]菜、ミニ叫化鶏、清蒸雪魚。ミニ叫化鶏のクセに鶏丸ごと1羽。食えん。

K子に誕生日いつと聞かれたので、答えると「嘘!本当の事教えてよ」
「本当だって」「嘘、教えて!」と言い張るので、ID見せると、
「えー!私と同じ」と彼女のIDを引っ張り出した。
年は違えど、誕生日は同じ。こんな事もあるんですな。

1月6日

先月素敵な中国系女性と知り合った。
話ていると面白い。しかし、今日、食い物チェックをすると、、、
「刺身ダメ、牛ダメ」
げげっ!

1月5日

夜、オヤジの店で。撈麺食いながら、今度このスープにご飯入れて煮て、
中華雑炊作ってくれと頼もうと思い立つ。

1月3日

客が来たので、昼は飲茶、夜は某日本食レストランで。

1月2日

昨日のウィスキーで胃が焼け、終日グロッキー。
夜、Jimmyの奥さんから電話、また夕食のお誘いを受けたが、
胃が死んでいたのでそのまま家でぶっ倒れていた。
年明け早々反省。

1月1日

明けましておめでとう、今年も宜しく。
新年快楽。Selamat tahun baru.

8時ごろ起きて、シャワー浴びて、ホテルの朝食食べて、
外の屋台行けば良かったと後悔して、9時ごろチェック・アウト。
そのままKLに戻った。哀しい正月だ。
昼寝して、夜Jimmy宅で食事。日本酒を少し飲んで、それから
ウィスキーをストレートでガンガン飲んで酔っ払った。

12月31日

部下の結婚披露宴が彼女の実家のアロー・スターで行われたので行った。
会社代表。皆に招待状を配っていたが、結局行ったのは、直接の上司である私だけ。
彼女と一番仲の良い同僚も流石に欠席。所詮そんな仲だ。
KLから北に約4時間半。9時ごろ出て、2時前に着いた。披露宴は7時半から
なので、そのまま意味無く北のペルリス州に行ってみた。行った事なかったので。
クアラ・ペルリス→州都カンガー→タイとの国境のパダン・ブサールと周り、
タイとの国境30mまで接近、そのままUターンしてアロー・スターに戻った。
北マレーシアはのどかな田園風景という感じで、何にもなかった。
マレーシア人に言わせれば、この辺はSuper boringだそうだ。

夜、披露宴。フカヒレ・スープ、鮑、ハタ、蟹肉焼きビーフン等が出た。
10時半ごろ終わり、ホテルの部屋に戻り、テレビをつけると、紅白の「白組優勝~」。その後、お湯を沸かして、寂しく持参の、どん兵衛・天ぷらソバで年越し。

ハノイ名物チャカラボンは美味くなかった。
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