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2006年08月22日
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カテゴリ: 個人的なこと
高校野球の決勝戦すごかったみたいですね~。


高校野球といえば、ツタのからまる甲子園。

小学生の時に、たった一度だけ行ったことあるなぁ。

近所の兄ちゃん二人がバッテリーをくんでた高校が、甲子園出場をきめて、
にわか応援団があれよあれよと出来上がり、
盛り上がってる人々の中には、勿論、うちの親父も加わっていたので、
私も参加することになった。

確か、マイクロバスを借り切って行った記憶がある。


まだその頃は、例のおしっこむったくなる病気はでてなかったので、苦にならなかったから覚えてないのだろう。

おしっこ病は、親父が死んでからなので、かれこれ10年ほど前からである。

閉所恐怖症もその時にでたのだが、ようく思い出してみると、
あれは、私が10歳前後だったと思う。
一つ下の弟に、こたつに閉じ込められたとこにさかのぼる。

コタツで遊んでた私達兄弟、なんでコタツにもぐったかは覚えてないが、
先にコタツから出た弟が、私が右手のほうから出ようとすると、右側に回ってきてコタツ布団を押さえ、左から出ようと思っても、左に回ってきた弟が、また布団を押さえ、足のほうから出ようと思っても、またやられ・・・

こたつはムンムンと暑く、灼熱地獄の中にいるような感じになって、
這いつくばった格好で、右や左に動いてるから体力も消耗していき、息も絶え絶え。

どうやっても出させてもらえないので、もう気が狂いそうになって、半泣きしながら、
「だしてよーだしてよー」・・・・・・と言ったんだが、それでもしばらく出してもらえなかった。




どうやら、あれが原因だろうと思う。

おしっこ病は、父ちゃんを火葬場で焼いてきた帰り道のマイクロバスの中で、もよおしたのがきっかけだ。と、思う。

喪主として火葬場でも、親戚や父ちゃんの友達とか近所の人とか、とにかく酒とかジュースとか振る舞って、その上自分も、しこたま飲んだような飲まされたような気がする。

葬式や結婚式で、もてなす側になった者なら分かると思うが、お酌をしに行った時には、たいてい相手が所望した飲み物をついであげるのが一般的だと思う。

葬式の場合だと、日本酒・ビール・ジュース類・お茶などなどで、かしこまった時間(坊主がやってきて拝む前など)以外は、相手に飲み物を勧めたら、自分も勧め返されるのは当たり前。



そして常に回りに気を配らなければいけない。
客をかまってばかりもいられない。

組内でお手伝いをしてくれる人からも、鍋はどこだ?の、あれはどこだ?の、なになにが足りないだの。

今でこそ、葬儀は葬儀屋にまかせる家庭も多くなってるが、約11年前の私が24歳だった頃は、
まだ自宅で葬式を執り行う家庭は多かった。
なので、家にはでっかい炊飯器とか、お猪口とか湯呑みとか、皿とか、色々たくさんある。


話がそれたが、平成7年の30日、暮れも暮れに父ちゃんは死んだので、火葬場も年末で閉まってしまい、年が明けて火葬場が始まるまで、確か正月四日か五日まで、親父の亡骸は自宅待機(?笑)であった。

これが意味することは、火葬場が仕事始めをするまで、ずっと、お通夜みたいだということ。
正月を挟んだので、さすがに親戚や父ちゃんの友達以外の人は遠慮して来なかったけど、それでも、親戚や父ちゃんの友達は来るのである。

よって、火葬場に行った時には、私はもうすでに疲れていた。
マイクロバスの中で尿意を感じた時には、我慢するチカラがほとんど残っていなかった。

結果的には、うちの手前の信号が赤信号だというのを見たときに、出口付近で立って
家はまだかまだかと待っている私は、運転手さんに、
「ここでおろしてくださーーーーい」と言い、ドアを開けてもらって家に向かって突進して、
無事、トイレに辿り着けた。

その時は、バスとか乗り物に乗ると、尿意をもようしてどうしようもなくなる状態になるとは、もちろん思っていなかった。

これが決定的に分かったのは、その冬が終わり、次の冬が来た時に、友達の一人から誘われた
スキーでだった。

ワゴンタイプの車で福島のほうに行ったのだが、その帰り道。
高速道路は渋滞。
しかも常磐道って休憩所が異常に少ない。(と、私は思う)

次第に尿意が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

高速道路の途中で道路工事してる現場があってよかった。
路肩で野ションは、いくら私でもできない。
しかも、スキーに行ったメンバーの友達の友達は、その日が初対面だったから。

以来、バス、マイクロバスまたは、そのような車に乗って、高速道路に乗ると、もう駄目。
一般道を走ってる場合だったら「ちょっと止めて」とすぐに止めてもらえるからまだマシ。

いったいぜんたい何でこんなことになったのか。
こんな私に誰がしたのだ。

帰国した時に、友達からは、
前よりひどくなってない? と言われた。

そう言われれば、前は動悸はしなかったが、最近このような状態になると、息苦しくなって大変だ。
ひどくなってるかも。

今年、旦那の会社のクリスマスの行事で、東ドイツに行くような話しが出ている。

私は勿論 「行かねー」 と、旦那に速攻で言ったのだった。

飛行機か電車(トイレ付)でなら考えても良い。





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最終更新日  2006年08月22日 22時55分40秒
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