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30日。お隣の奥方が「ギョウザ」を届けてくださった。「おいしい、ですよー!!」。奥方は、笑顔 で届けてくれた。 さっそく、ご馳走になった。「口上どおり、美味」。喉を通過して、胃袋におさまったところで、電 話がなった。電話は、さきほどの奥方で、「今ねーテレビをみていたらさー」。 拙宅の連れ合いが、応じている。「あはは、もうお腹におさまっていまーす」。 電話の向こうでは、さきほどのギョウザは「音更産で、決してテレビで放送中の中国産ではないから !!」。悲鳴に近い話であったらしい。 新聞をみると、「とろーり煮込んだロールキャベツ」「手作り餃子」など、食指を誘う商品名。 仕事のあいまに、便利で安い冷凍食品。事情は不明ながら、深刻な下痢と嘔吐の症状。食料自給率低 下、外国でのモノつくり、廉価な食材。遠距離輸送。石油燃料をかけて、これで良いのかねー、中国か らの輸入食品。
2008年01月31日
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ドラマ「都の風」をみながら、登場する「吉野屋」は名物旅館の日吉館なのかなーと考えながら、見 ている。 でも、案外違うのかも知れない。NHKは1972/10-1973/03に「あおによし」の題名で別途放送があっ たらしい。紹介によると「十津川の吊橋を渡ってきた少女が奈良の宿のおかみに成長してゆく姿を描く 。奈良の名物宿「日吉館」をヒントに描く。」と言うわけである。 人文系の学者なら、学生時代を含めて世話になったことのある名物旅館。「都の風」のドラマの舞台 は戦後のこと。名物旅館の開業は、昭和8年。女将の出身は奈良県の十津川というから。少しずつ異な るようである。 それにしても、女将をたすけて忙しくはたらいていた、学生たちが「ミス日吉館」と呼んでいた小柄 な女性は、いかがされたもの、か。
2008年01月29日
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BS2の朝のテレビ。朝ドラまの再放送「都の風」は、奈良のこじんまりした旅館。京都の呉服問屋 に育った末娘が、この旅館の若主人と結婚。舞台は京都から、奈良のこの旅館に移った。 見ているうちに、この旅館。日吉館のことではないかと、思うようになったのであるが。奈良見物の 学生が泊まり、考古学者も多数、姿をみせる。古くて、宿泊代が安く、名物のおばちゃんがいる。設定 はピッタリ。 日吉旅館は3泊したことがある。ひょっとしたら、そうなのかも。
2008年01月28日
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「新日本紀行」という番組があった。1970年の年に、「北洋B区域」と題して小型サケマス流し網漁業の操業現場を放送している。 低気圧、高波、揺れ、怪我。広い太平洋で魚群をもとめて繰り出していく、男の過酷な仕事。 大きなリスクを越えたところに、大きな利益を生み出し、地域の経済を形つくった。NHKアーカイブスライブラリーという形で、視聴できるようである。
2008年01月26日
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全国的に寒い。低気圧が発達していて、日本海側や北海道では週末、降雪がみられた。 放送の中継では、「爆弾低気圧」なるものが発生し、雪に風まじり。 風速が秒速20メートル+アルファーと報じられて、強風、強風のコメント。1950年代は、木造 家屋がきしむような「吹雪」の夜、朝になると身の丈を越す「吹き溜まり」ができて、除雪がたいへん であった。 雪による交通途絶ということも少なくなって、雪が雨にかわることも少なくない、昨今の気象。それ でもこの2-3日、底冷えが重なっている。大寒の後の、迫冷え。昨日は、肩をすぼめて、帰宅。家で はベランダの戸が結露で固まり、出入りに難儀。さすがに、春を待つ。
2008年01月25日
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書きます。ここのところ、朝7時の起床となるもので。 ハイビジョンで「万葉集」の番組が6時55分からあるらしいのですが。檀ふみが案内し、選者が解説。この時間は教育テレビで英語関係の番組があって、見ることなかった。今朝は、その「万葉集」番組を横目に見ながら、日記の書き込み。 1月24日。今朝は穏やかではあるが、低気圧が接近。荒れる気象と報じられている、北海道東部。
2008年01月23日
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1月20日は、帯広市に滞在。日曜日の午前10時に開会の会議に出席していた。内陸は冷え込んで 、投宿先から会場までの5分ほどが、結構、冷え込んでいた。 昼は、うどん屋さんのメニュー。家族で昼食。賑わっていた。「ときわ」という名の瀟洒なお店。 帰着後、犬ホテルで飼い犬の受領。緊張していたのか、犬は帰宅後、グッスリ寝込む。フムフム、こ のままではストレス蓄積かも。 朝、室内の気温は17度。朝方、犬が枕元に。寒さのせいだけでも、なさそうではあったが。
2008年01月20日
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今年のハイビスカス。今、最盛期ながら、シバシバ蕾がおちる。 ひところは、蕾のつき始めに落ちていたが、最近は開花直前に落ちることがあって、ガッカリさせて いる。 それでも日に一輪、二輪が開花。楽しませてくれている。日中暖気、冬で乾燥気味であることは確実 。それにしても、落ちる要因はなぜか。判明せずに、落ちた蕾を惜しがっている。咲いても、ほぼ一夜 の期間ばがら。 開花寸前。おちた蕾をコップに入れた水で、開花を待った。見事に開花したのではあるが、なんとも 惜しい。妙案は、なしや。
2008年01月17日
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友人がやってきて、新年の挨拶。 「北海道は、おもしろい。暮れにお節をつくり、年越しに大半を食べてしまう。正月がきてもすでに ご馳走はない」。「主婦が正月中に台所にたつと、カマドの神様が怒るけん、お節をつくって主婦が台 所に行かんでも良いようにしているのに」。 正月を迎えるスタイルが受け継がれ、親のように子供が真似ているうちに、なんのための正月、なん のための準備、なんのための休業なのか、忘れられてしまっているらしい。 正月は歳徳神のお祭り。神への祈り、信仰が忘れられて、ご馳走が残った結果、正月が来て、祈った うえで、ナオライをしたり、神威のさわりを防ぐ思いは、どこかへ行った結果、正月の祭事より、年越 しが大騒ぎ、豪華になるという「転倒」が生じたらしい。
2008年01月16日
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もと「ホテル・市川」と、言ったと思う。農協の研修や自治体職員の研修、最近では高齢者の親睦団体の研修会で、利用されている。泉質はナトリウム泉(マグネシウム・カルシウムー炭酸水素塩泉、塩化物泉)で前田一歩園からの供給。 1月4日夜。夕食時の席で、根室管内・標津町からご夫妻で見えた方と同席した。いろいろ話をしていたら、今回は2泊の予定できていると、言う。 街中にも温泉があるはずなのに、「どうしてこのホテル?」とたずねた。「やっぱり、あずましい=ホットさせてくれる」とのこと。聞けば、年に数回は投宿するという。 湖畔の冬は、雪におおわれてはいるが、ホットさせてくれる話題であった。
2008年01月13日
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いつも、釧路湿原ごしに遠景でながめて、います。しかし湖畔へゆくと、間近に眺めることができま す。ホテル市川。現在のホテル・エメラルドのレストランから、窓越しに眺めてきましたー。 外の気温は-6度と窓越しに表示されていました。この時期の午前8時としては、暖かいほうでしょ う。朝方、シンシンと冷え込んでいる時刻です。 スロープのようにみえる一筋の沢。溶岩の流れたあとでしょうか。阿寒の山は、「釧路の山」といわ れるようになったのは、18世紀終わりのころのことでしょうか。太平洋上からながめる山並みが、港 の近いことを伝えるメッセージとなったためです。 遠くでみて、美しい山容。近くでみると、すこぶる男性的。雄阿寒岳といわれるゆえんかもしれませ ん。
2008年01月12日
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1月4日出発で阿寒湖畔の湯宿へ。送り迎えの無料バス。道路の正面に山の見えてくる箇所があります。 車中で寝ていましたが、起こされて一枚だけパチリ。コンピュータ加工のうえで、公開します。山容に接すると、ホットするんですよねー、この山。 バスの前部座席に着席、撮影することを楽しみにしています。今年は一枚だけの撮影ながら、また、雲におおわれた写真ながら、「待ってる様子」が詩的なたたずまい。阿寒の魅力のひとつと、思いますよ。
2008年01月10日
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1月5日 土曜日。こちらは今日も晴天。冬は晴れの日が多いです。しかし歩道は、スケートリンクのようにツルツル。注意しながら歩きます。 午後から居住地の北へ70キロ。阿寒湖畔へ出かけます。阿寒岳はこの地域の山のシンボルなのですが。 スキーもスケートも難しいので、山の懐で眠るだけですね。仕事のことでも考えてきます。 明日の午後に、お目にかかります。よろしくお願いいたします。
2008年01月05日
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1月4日です。我が家も集まってきた人、去ってゆきました。 本人たちを空港へ送り、残された荷物を郵便局へ。送料は親もちで2個。ブツブツいいながら残った 料理を整理。 しかも、わざわざ帯広からやってきて写真のプリント。滞在中にはできあがらなかったもので、これ から受領してまたもや、郵便で送る仕事。 世の中で、仕事・家事にもまれている日課。 休息に帰ってくるんですなー。来る人は、親を楽しませに来るのだと言いたげですが。精一杯、言い たいこといい、してもらいたいこと、してもらい。落伍の許されない社会で、懸命に頑張る。落伍した ら復活はないのかも。 お疲れ様でした。主婦はもとより、居場所がないうえ、人間がたべているご馳走を目の間に、吼えま くっていた犬。客人去って、もっぱら昼寝です。
2008年01月04日
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箱根駅伝。見てましたよー。昨日は早稲田大学の健闘にひきつけられ、今日はその早稲田がどこまで善 戦するか、と。 駅伝。昭和31年頃。NHKのラジオ第2放送で、正午から2時半頃まで録音と中継という今日では考えら れない方法で伝えられていたころから、なにかしら楽しく、耳をこらしていました。 学生野球は東京六大学が著名ながら、駅伝は東都リーグが強く、日大、中央、専修などが当時は常連で あったように思いますよー。なぜか日本大学のファンで。早稲田は河野一郎さんという代議士がもと選 手だったと、放送では伝えられていたように思います。 中央大学の選手がリレー中に止まりそうになり、監督が激励叱咤したことがあったとおもいますが、記 録は往復12時間を超えていたはず。テレビで全レース中継など考えられなかった時代ですが、今や記 録も11時間を切る寸前。 時代はかわったなーと、画面を眺め続けているうちに、あら、たいへん。タイトルどおり、「お正月 三日目です!!」と、なってしまいましたー。
2008年01月03日
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