PR
キーワードサーチ
フリーページ
著者・編者 | 香山リカ=著 |
---|---|
出版情報 | 講談社 |
出版年月 | 2007年04月発行 |
精神科医として臨床に立ち、執筆活動も続ける著者の香山リカさんは、最近、「雑誌を読む人たちが「ひと息で読めるのは 800 字」だったのが、「ひと息 200 字」になってしまったのだろう」(17 ページ)と疑問をもつ。いまの日本人は、「理由や背景などどうでもいいから、どうすればストレスが解消されるのか、この春に流行る口紅は何色か、その結論部分だけを教えてほしい」と求めるようになってしまったのだという。
企業の不祥事や給食費を払わない親など、モラルも劣化している。
香山さんは「少なくとも私は、とても今、診察室に来る軽い過呼吸発作の患者さんに、『そんなことくらいでなんですか。あなたよりもっと苦しい病気の人が、たくさんいます』などと言う気にはならない。そう言ったら、おそらく『その人たちはどうでもいい、とにかく私が不幸なのが問題なのにわかってくれない』と言われ、信頼関係は失われるだろう」(50 ページ)と嘆く。そして、「これは、単なるモラルの低下だけでは説明できない。『自分以外の他者の立場に立って考えられない』という恐ろしいほどの想像力の欠如あるいは想像の拒絶が、『もし私がここで強硬に主張したとしたら他の人はどうなるだろう』という発想を妨げているのだ」と指摘する。
その影響がゲーム・コンテンツの劣化を生んでいるともいう。つまり、「想像力の劣化が、ゲーム愛好家を大作 RPG から実用ものに向かわせている」(74 ページ)というのだ。
このような劣化は、アメリカでも同様に起きているという。
香山さんはその原因を、新自由主義にあると考えている。経済活動を最優先にして、他を排除した結果が劣化を招いたというのだ。
よって、劣化している人を救うには、「良心や道徳と直接かかわることでも、損得に基づいて話をし、得なほうを選ぶ契約をする、というやり方で解決できる問題もある」(165 ページ)という。
劣化は一種の病気であり、病気であるならば病識を持つことが必要だと説く。つまり、「自分を自分で見る怖瞰の視点を持つこと」(153 ページ)だ。だが、「その怖瞰の視点、言いかえればメタ(異化)の視点もまた、劣化のあおりを受けている可能性がある」ということに注意しなければならない。
結論として、本書では劣化に対する有用な処方箋が示されているわけではない。
本書は 5 年前に上梓されたものであり、秋葉原で演説した麻生太郎さんの話やセカンドライフなど、いまでは懐かしくなってしまった事柄を取り上げている。冒頭で「200 字」とあったが、いまならツイッターの 140 文字まで劣化していると言えるだろう。
われわれは新自由主義を無抵抗に取り込み、何でもお金に換算する癖が付いてしまったのも確かだが、さらにネットが追い打ちをかけるように劣化を進めているような気がする。何も考えないでググれば分かる、と思っていやしないだろうか。つい先日、ローマ法王ベネディクト 16 世が「世界コミュニケーションの日」に向けたメッセージで、「インターネットで答えを探したり、自ら発信したりするばかりでなく、より深く理解し合うために『沈黙』を大切にしよう」と語った。
沈思黙考。劣化に気づいた者は、哲学する時間が必要だと思う。
【SFではなく科学】宇宙はいかに始まった… 2024.10.20
【大都会の迷路】Q.E.D.iff -証明終了… 2024.10.06
【寝台列車で密室殺人事件?】Q.E.D.if… 2024.10.05