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著者・編者 | フィリップ・キンドレッド・ディック=著 |
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出版情報 | 早川書房 |
出版年月 | 2011年6月発行 |
本書を原作とする1982年公開のSF映画『 ブレードランナー 』(主演:ハリソン・フォード)は、全く異なる設定・脚本になっているが、AI(本作ではアンドロイドの脳ユニット)と人間の違いをテーマにしている点に限れば同工異曲といえる。本書は映画公開より前に読んだのだが、最近、続編の映画『 ブレードランナー2049 』を観たので、改訳版を買って読み返してみた。
1992年1月、サンフランシスコ警察署の 賞金稼ぎ
、 リック・デッカード
は妻 イーラン
と口論になる。それは、感情をダイヤルで調整するペンフィールド 情調
オルガンによる効果だった。
この時代は第三次世界大戦による放射能で、多くの生物が死に絶え、多くの人類が地球外へ移住していった。残された地上で生身の動物を飼うことは一種のステータスで、デッカードも妻の父の形見であるグルーチョという名の羊を飼っていたが、破傷風で死んでしまったため、いまはグルーチョに似せた電気羊(ロボットの羊)をマンションの屋上で〈飼って〉いる。
この時代、複数の会社が人間に変わる労働力としてアンドロイドを開発・販売していた。なかでも ローゼン協会
が開発した ネクサス6型
アンドロイドは、人間と区別が付かないほど精巧にできていた。
だが、8体の ネクサス6型
アンドロイドが火星を脱走して地球に逃亡し、うち2体は デイヴ・ホールデン
主任が処理した。だが、デイヴは残りの1体の マックス・ポロコフ
によって重傷を負わされ任務を継続できなくなった。そこで、 ハリイ・ブライアント
警視は リック
に残りの6体の処理を命じる。
リック
はシアトルにある ローゼン協会
を訪れ、 レイチェル・ローゼン
に出会い、人間とアンドロイドを識別する フォークト=カンプフ 感情移入度
検査法
が今も有効に機能することを確認する。
リック
はサンフランシスコに戻り捜査に着手。 ブライアント
警視が紹介した世界警察機構所属のソ連の刑事サンドール・カダリイが合流するが‥‥。
危機一髪で ポロコフ
を処理したリックは、次のターゲットであるサンフランシスコ歌劇団のソプラノ歌手 ルーバ・ラフト
に面会する。彼女を検査しようとするが、変質者として警察に通報されてしまう。クラムズ巡査はリックを拘束し、リックが見たことも聞いたこともない警察署に連行され、 ガーランド
警視に引き合わされる。
この警察署の正体を見抜いたデッカードは、 ガーランド
警視に紹介された賞金稼ぎの フィル・レッシュ
とともに ルーバ・ラフト
を追い、処理する。
アンドロイド3体分の賞金3,000ドルを手にしたリックは、それを頭金にして生きた山羊を衝動買いし イーラン
に見せたところ、彼女も喜び、 共感
ボックスを使って マーサー教
の信者と喜びを共有する。 リック
も共感ボックスを使ってみるが、教祖 マーサー
からは何の示唆も得られなかった。
遺棄されたビルに1人で住んでいる J・R・イジドア
は、電気羊のような模造動物を修理するヴァン・ネス動物病院で集配用トラックの運転手を務めており、1年前、放射能による遺伝子異常がみつかり生殖や地球外移住ができない 特殊者
となり、教祖 ウィルバー・マーサー
が教導する マーサー教
を信仰している。ある日、ビルに女性が住み着いたので訪ねてみると、 レイチェル・ローゼン
と名乗ったが、いまは結婚して プリス・ストラットン
に名前が変わったという。
プリスも火星から逃亡したアンドロイドだった。彼女の仲間のアンドロイド、 ロイ・ベイティー
と アームガード・ベイティー
が プリス
を訪れ、 J・R
との4人の共同生活が始まる。
ブライアント
リック
は不承不承、3体の処理に向かうが、途中、 レイチェル
をホテルに呼び出して肌を重ねる。
リック
は レイチェル
を伴い廃墟ビルに到着し、レイチェルと同型の プリス
を処理し、 J・R
の部屋で ロイ
と アームガード
を処理する。
史上初めて、1日で6体の ネクサス6型 を処理した リック は、疲れ切って帰宅すると、 イーラン から、彼の留守中に誰かが山羊を屋上から転落死させたと知らされる。その風貌から、犯人は レイチェル だと分かったが、疲れ切ったリックは死に場所を求め、荒野へ向かう。途中、 マーサー に出会い、絶滅したはずのヒキガエルを発見する。砂まみれになったリックは帰宅するが、それが電気カエルであることが判明する。リックは意気消沈して深い眠りに陥り、 イーラン がカエルの世話をする。
AIと人間の違いとは―― フィリップ・K・ディック による結論は、冒頭で リック が 電気羊 の世話をする場面に記されている。私は本作を読んだあとAI研究に従事するのだが、今なら、その結論が理解できる。――以下、ネタバレになるので、これから本作を読む方は読み飛ばしてほしい。
アンドロイドの容姿は生身そっくりに造形され、記憶も脳ユニット(以下、AIと記す)に過去の記録が導入されており、人間との区別は難しい。唯一の違いは、リアルタイムの心理反応であり、これを フォークト=カンプフ
によって調べることができる。
この心理反応は、被験者が他者や外界をどう認知しているかに由来する。つまり、他者や外界に共感できるかどうかという点において、AIと人間は異なる。これは、ジェイムズ・P・ホーガンのSF『 未来の二つの顔
』(1979年)にも描かれている。
だが、21世紀になり急速に普及したAI(ディープラーニング)は、この違いを残したままである。よって、AIに感情や倫理を求めるのは無理筋ということになる。
一方、人間はどうかといえば、自分の子どもを育てて確信したのだが、明確な学習データを与えたわけでもないのに、他者や外界への認知をどんどん広げていき、社会に巣立っていく。
ここで、 イジドア
のような 特殊者
の存在に注目が行く。
本書が書かれた1969年の診断基準は現代のそれと異なるが、何らかの精神障害・発達障害を抱えているという設定だ。実際、アニメーターの小林和彦さんが精神病者としての体験を綴った『 ボクには世界がこう見えていた
』にもあるし、発達障害や認知症でも同じ事が言えるだろうが、彼らの認知は健常者のそれとは異なる。実際、 フィリップ・K・ディック
も偏執病・統合失調症を患っており、重度の薬物依存者でもあった。
では、健常者同士の認知に差はないだろうか――もしそうなら、宗教対立や戦争は起きないだろう。おそらく、 人間1人1人の認知に差違がある
――たとえば、目に見えない放射線やウイルスをめぐっては、学歴が高い人の中にも奇妙な認知を示す人がいる(反原発、反ワクチン)――こうした差異が、ある範囲に収まっている人間を〈健常者〉と呼ぶのだろう。
さて、子どもに、家庭や学校、地域のコミュニティを経験させ、運動や音楽を習わせ、食事や旅行に連れて歩き‥‥明確な学習データを与えずとも、おそらく本能的に備わっている学習システムが、これらの経験を取り込んで認知機能をアップデートするのだろう。逆に考えると、せっかく天賦の学習システムが備わっているのだから、いろいろな経験をさせることで認知機能が大きく拡張できるような気がする。というわけで結論――かわいい子には旅をさせよ。
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