オランダ ネーデルラントより
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ここ2年くらいオランダローカルペーパーで騒がれていたフェルメールセンター(Vermeercentrum)がこの5月にようやく完成。デルフトのマルクト北側にある聖ルカギルドを模した真新しい建物がフェルメールセンター入ると、右手がお土産屋さん、左手がカフェ。地下1階と2階が展示場、大人1名8ユーロ予想通りというか、織り込み済みというかデルフトセンターの地下一階にはフェルメールの作品のカラーコピーが並べている。デルフト市には、あのフェルメールの作品、全作品はもちろん、1点すら購入する財政の余裕はない。このセンターも、デルフト市と有志の寄付でようやくこぎつけた。これから、もっと充実した博物館になってほしいなという老爺婆心でもって、いってきました。ただ、お土産をどうしても買いたいという人は、そろっているのでおすすめ。地下1階のフェルメールの簡単な映像付き解説(英語)があるけれど、フェルメールは、長女の名前に義母の名前をつけたようだ。資産家の義母に、全くアタマがあがらなかったマスオ状態のフェルメールが目に浮かんでおもわず爆笑してしまった。フェルメールは、21歳でカタリーナ・ボルネスと結婚するのにプロテスタントからカソリックに改宗している。「プロテスタントからカソリックに改宗する」とは、当時はどういう意味をもったのか?非宗教家、無宗教家してしまった人間が多いオランダや日本では、ちょっとピンとこない。でも、無宗派・無宗教化のすすむオランダでもときどき「妹のダンナって、プロテスタントなのよ」とか、溜息つきながらブツブツ文句をいう人によく出会う。なので、17世紀当時はかなりショッキングでフェルメール自身、悩みに悩んだ末にカタリーナへの愛を選んだ男だったのではないかと筆者は勝手に想像する。愛に生きる一途な男だったのだろうか?今現在でいうと、どういうことなんだろうか?筆者の全く勝手な想像なんだけど例えば、例えばですよ。日本人男性で、オランダの女性と婚姻関係を結び日本国籍を放棄して、オランダ国籍を取得しずっとオランダ語で生活し日本語は一切、使わない。日本人コミュニティーとは疎遠になりオランダ人コミュニティーの中で生活するっていうことかな?ずっとオランダ語で生活するなんて想像するだけで、疲れるけど。オランダの中でかなりいろんなコミュニティーがあって70年代くらいでも、カソリックとプロテスタントはコミュニティー、通う学校は違うし読んでいる新聞・雑誌、言葉遣いや挨拶も違う。つまり、接点があまりなく文化や伝統、価値観も違う。こういったことは、今ではかなり希薄になり同化されつつあるとはいえ、まだある程度残っている。それを考えるとフェルメールという男の不器用で愚直な愛に生きる一途さを感じる。フェルメールの妻の実家といわれるところはマルクトの南側oude langendijkに現存しており奥行きの広い家だったとはいえ23年間のあいだに14人の子供を設け(4人は乳児のうちに死亡)、奥さんは、23年間のあいだほとんど妊娠・出産・新生児、乳児の世話を繰り返している状態でいやまあ、家の中は妊婦と出産乳児と幼児の声でかなり、にぎやかだったと想像する。(なんだか、光景がありありと目にうかぶ)昨年読んだフェルメールに関する本で面白かったのが「フェルメールの世界」小林頼子著有名なファン・メーヘレン贋作事件など書いてあり一般の人にも読みやすく考えさせられる。フェルメールセンターhttp://www.vermeerdelft.nl/195.ppヨハネス・フェルメール(ウィキペディア)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB
2007年05月07日