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おいら、和菓子ではこの道明寺が一番好きじゃ。今みても美味そう・・。おいら、地元仙台ではちっこい頃からこの道明寺を食ってた。このモチモチ感が大変よろし。スーパーでよく売っているアレでも十分美味いがほんまの和菓子屋さんから買ってくるのが一番満足だよなぁ。ただ・・・町にあった小さい個人経営の和菓子屋ってかなり減ったよな。あれも誇るべき食文化の一端なのに・・・激減するのは本当に残念だ。さすがに小学生の頃はこの桜の葉っぱ(塩漬)が食えなくて本体?だけパクついていたけどなぜか歳をとるうちに^^; この塩漬けの葉っぱがなんともいえない五感を刺激するのじゃ。一緒に食うのがこんなに美味いとは思わんかった。さて、桜餅とはどう違うのか?『さくら餅』といえば、関西ではこの”道明寺”を桜餅と言うらしい。関東の『さくら餅』は、葉っぱが厚くて焼いている皮の事でそのさくら餅と区別する為に、食える葉っぱを「道明寺」というのだとさ。。。。。そうかぁ~??? 違う気がするのだが・・・。食べれる葉っぱ、つまり道明寺にする桜の葉っぱは、大島桜の葉っぱを使うのが基本だけど、桜餅の葉っぱって桜じゃねーよな?柏の葉っぱだっけ?・・・・・・ん?そりゃ柏餅か?わけわからん。・・・・・また暇な時考えよう。(爆)今週、超久々に嫁さんとマリモ連れて水上温泉~塩河原温泉を旅行してきた。平べったいスープラでの長距離移動だから、ケツが痛い腰が痛い・・・・。雨男のおいら、晴れ女の嫁さん。さて、実際の天気はいかに? 次回へ続く
2008.10.25
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会社ズル休みして『大琳派展』 見てきた。平日の秋晴れに、上野散歩して美術館行くってのはいいね~。満足じゃ。本阿弥光悦と俵屋宗達。まぁ言ってみれば、本阿弥光悦に拾われて才能が開花したのが俵屋宗達である。もともと才能があるのに世に知れ渡る機会がなかったひとりの若手絵師が当時の俵屋宗達であり、その才能を開花させるきっかけを作ったのが本阿弥光悦その人である。光悦40歳頃で彼に出あったはず。どこかの本で読んだ事があったけど俵屋宗達は回想として次のように記してる。『光悦公と出会わなけば、自分の人生は無駄なものに終わっていただろう』ほほぉ、いい言葉じゃ。その後、光悦が安芸の厳島神社にある寺宝『平家納経』の修理を任された際に、自分の手元に宗達を招きその修復作業を一緒に施し、その結果、宗達の潜在的な能力が惜しみなく発揮されてようやく実質的・世間的に認められてきたってことだな。この期待にこたえるってプレッシャーはすごかったと思うがやはり根本にきちんとした基盤と才能を持っている人間はここ一番に強い。あの有名な2曲一双の『風神雷神図屏風』(建仁寺)という傑作がこの世に生まれたのもこの直後だよ。今はもち国宝じゃ。今日、国立博物館にいって初めて屏風を見てきたけど、やっぱすんばらしいっ!!風神雷神図屏風はこの後、後世の絵師によってまったく同じタイトルで計4作、継承されてるのだ。(俵屋宗達 → 尾形光琳 → 酒井抱一 → 鈴木其一)構図構成や色彩を見る限り、おいらは俵屋宗達作が一番惚れる。ただーし、悲しい事に今日の展示には宗達作がなかったのだ・・・。尾形光琳作と酒井抱一作の2点しか並んでない・・・。宗達作の『風神雷神図屏風』展示は10月28日~ だとよ。・・・・あほーっ!!先に言っとけ!!でも、尾形光琳の『燕子花図屏風』は今週のみの展示だからこれが見れたから良かったとしよう、うん。もちろん、『燕子花図屏風』は平安時代の『伊勢物語』にある第九段「八橋」の場面を描いた作品だぞい。嫁さんはちょっと風邪気味だったけど無理やりおいらが行きたいー、といって連れてった。ありがとね。マリモは家でお留守番だったから、夜帰宅したときかなりブータレてたな。んでも、大好きなグリニーズあげたらすぐご機嫌なおったが・・・。
2008.10.17
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