PR
Calendar
Keyword Search
おはようございます。
今朝の新潟は曇り。肌寒い。
昨日は、実家の父の77歳の誕生日だった。
77と言えば、喜寿。
何か、記念品を・・とも思ったがもうすでに大抵のものは持っているので、殿と相談して旅行券にしようか・・・考えて結局、父が大好きな寿司券をどっさりあげた。
私と実家は、結婚で揉め昨年頃まで15年くらいほぼ音信普通。
エンディングロール、初期からのお付き合いの方は既読と思うが一応貼っておく。
こんなことがあったのさ。
家族と言うものは、いちいち人には言わなくても大なり小なり何か思うところがあったりする。
いい思いでも悪い思い出も・・。
でも、もう77か。
家の家計は長生きなので、まだ天国にはいかなそうではあるが、歳を取ったな・・お父さん。
家は、兄と年子だったので母の手が回りきらず、私のお世話は父が担当したらい。
大体、兄が4月生まれで私が6月生まれ・・・おいおい・・ちょっと~、おと~さぁん、我慢しなよって大人になってから笑った。
当然、母乳は与えてもらえない私。兄がヤキモチを焼くからだそうだ。
私は、父がせっせと与えた粉ミルクだけで育った。だから、体が弱いのか?
まあいいけど。もう、40過ぎてるしね、いまさら母乳なんて飲みたくないや。
こうしてお父さん子に育った私は、小学校の4年くらいまでは父のお膝に座るような子だった。
巷でもよく聞くが、父親にとって娘とは特別な存在らしい。
大体、父がちょっと美人な同僚の先生の名前を付けたがった言うことからして、美しく、つつましくおしとやかな理想の女性に育って欲しかったに違いない。
残念でした
大体、男兄弟と年子で噛み付き合って喧嘩したり、野球をしたり兄のお友達を相撲で投げて泣かしたり・・・・やや、理想と違って育った。
でも、可愛いと思ってくれているのだろう。
一昨日、お祝いを先に渡しに行った時、母はお友達とホテルでお泊り会。
父が一人で家に居た。本当なら玄関先で帰ろうと思っていてのだが、あがっていってくれとのお願いにお腹がぺこぺこだったが、断れず3時間ほどお話相手をした。
実家に上がるのは、結婚後3回目くらいだ。
建て替えもしたので何となく人の家。
世間話や、兄夫婦のこと、お母さんのこと・・・・美味しいものの話。病院の話・・。
普段おしゃべりオウムのようなマシンガントークの母にかなうわけも無く、日ごろの鬱憤たまっているようだった。
聞いてあげるだけでいい。
こうしてボケていない父と話すのも何年かな・・・・ぼんやり思った。
帰り際に、
「明日、仕事が終わったら一緒にご飯たべようよ、お母さんと2人で食べてもお母さんの愚痴ばっかりでつまらないから。」
わりと、普段控えめな父が言った。正直、時間がなくなるなとも思ったが、77歳の誕生日・・・そういわれては行かないわけには行かない。
で、昨日、お食事をしてきたわけだが、母は相変わらず強烈。
元気一杯きゃいきゃいして朝から、文句ばっかり言っていてお父さん、閉口していた。
行ってあげてよかった。
誰かに話を聞いてもらいたければ、その人の話も効いてあげなければダメだよ、って母に注意しておいた。
しかし、あれはあれでいい刺激になっているのだろう。どちらかが逝ってしまったら、一気にボケるに違いないと確信した。
もう暫く、元気に人生を満喫してください・・・・。
さてと、今日はお休み。
体調がイマイチスッキリしないので調度良かった。
昨日・今日のお弁当さん。
コレは、今日。昨夜は、ハンバーグだったので、小さく焼いておいた。
卵は、貧乏焼き。粉無しのお好み焼きみたいなもの。鰹節も青海苔も皆混ぜて焼いちゃう。
さて、これから頑張りましょう。って?