BC585年、ウラルトゥ王国、崩壊。以後は、シルクロードを流浪するウガヤ王朝となります。
ウガヤ10代王アルカ(桓子かんし)は、一族を率いてキンメリ族(フン族・匈奴)と同盟し
シルクロードを経て華北に入ると、山西省に趙国ちょうこくを建てました。
趙国は、中国の春秋戦国時代に七雄の一つとなり、天孫族(伯族)の申国または大夫餘
とも称されました。
扶余人=百済人は、ウラルトゥ人(フェニキア人とヒッタイト人の混血人種)
がオリエントから東遷して華北に建てた趙国人の直系末裔であり、その流れは下記のように
日本の 南朝系の天皇家にまで繋がっています。
ウラルトゥ王国→シルクロードのウガヤ王朝→趙国→北扶余(前期王朝)→東扶余
→伯済国→多羅国→伊都国→邪馬壱国→百済国→(奈良時代の)百済王一族
→桓武平安王朝→南朝系天皇家
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