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父はまめな人だった。
アルバムの中、大切に綴じられた写真には、説明の添え書きがあった。
黒い台紙には白文字、白い台紙には青文字、万年筆で、美しい文字で記されている。
長女の姉には幼い時代だけで2冊、私には一冊、3年の年の差である、父が病に倒れたのは私が小学一年のときであったから・・続きが無いだけ少ない。
生きていれば、まめな父は、二人目以降ゆえの手抜きはしなかったはず。
私は、父を美化しまくりの少女時代であった。いつまでも、ただ、父の後を追っていた。
今になって、キリスト教の教えに感謝、
自殺は地獄行きとの戒めは、私を生き長らえさせた。父の居ない場所へ往ってしまっても仕方が無いから自然死を祈り続けた。次の光のお迎えには飛び乗るつもりであった。
らしきものは二・三度あったのだが、まだ早すぎると置いていかれた。。。リアルな夢。。
往き続けると、しがらみが増える、責任も増える、見捨てられない存在がいつぱいで、
いまや、死んでも死にきれないほど思い残す事が山ほどあって、いったい幾つまで往き続けてしまうか見当もつかない。ご飯が美味しいうちは元気だと思う、足腰の痛みと老眼は、命までもは奪わない。
母の家系の女性は皆、長命で働き者で達者である、・・・・・・・・・・・・このままぼやきつづけつつ、かるく100数十年生きそうな恐れが。。。。。^o^***
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