いねねの趣味三昧(昆虫・野鳥・古寺巡り・読書・木工・語学など)

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2023.11.16
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万雑159_大伴氏の系譜で万葉集に歌がある人( 大伴家持_9)

天平十六年(744年)春二月、安積皇子(聖武天皇の子)が十七歳で亡くなった時に、家持が作った歌6首の内の3首(長歌と短歌2首)です。

475_「かけまくも あやに恐し 言はまくも ゆゆしきかも わが大君 皇子の命 万代に めしたまはまし 大日本 久迩の都は うちなびく 春さりぬれば 山辺には 花咲きをりし 川瀬には 鮎子さ走り いや日異に 栄ゆる時に およづれの たはこととかも 白たへに 舎人よそひて 和束山 御輿立たして ひさかたの 天知らしぬれ こいまろび ひづち泣けども せむすべもなし」

※_
「言葉に かけて言うことも、まことに恐れ多い、口に出して言うことも、彈り多いことよ。我が大君、安積皇子が、万代までもお治めになるはずであった、大日本の久迩の都は、(うちなびく)春が来ると、山辺には花が咲きたわみ、川瀬には小鮎が勢いよく泳ぎ、日増しに栄えている時に、人惑わしのでたらめ言とでもいうのだろうか、白い喪服に舎人たちは身を包み、和束山に、皇子の御輿が御出発になって、(ひさかたの)天を治めに行かれたので、転び回り、涙まみれに泣くけれども、もうどうにもしようがない と歌っています。


反歌2首;
476_「 わが大君天知らさむと思はねばおほにそ見ける和束杣山

※_「我が皇子が、そこで天上界をお治めになるとは思いもしなかったので、気にもとめずに見ていたことよ、あの和束の杣山は と歌っています。「杣山」は植林して木材を伐り出す山です。

477_「あしひきの山さへ光り咲く花の散りゆくごときわが大君かも」

※_「( あしひきの)山までも照り映えて咲く花が、たちまち散り行くようにはかなく散って行った、我が皇子さまよ と歌っています。

備考;大伴家持の経歴と関連する出来事
養老2年(718年)ころに生まれた
天平10年(738年)内舎人としてお目見え
​天平11年(739年)6月;家持の妾が死去​
天平12年(740年)に聖武天皇の伊勢行幸に従駕
天平16年(744年)2月;安積皇子(享年17歳)が死去
天平18年(749年)に越中守として越中国に赴任
※_越中国在住中の歌が223首ある
天平勝宝3年(751年)に帰京
天平勝宝7年(755年)に難波で防人の検校に関わる
天平宝字2年(758年)に因幡守として因幡国に赴任
※_万葉集の末尾(巻20_4516)は家持が天平宝字3年に作った歌です
天平宝字6年(762年)に帰京
天平宝字8年(764年)に薩摩守として九州へ
神護景雲元年(767年)に太宰少弐に転じて大宰府へ
神護景雲4年(770年)に帰京(民部少輔)
延暦4年(785年)_8月28日死去

家持の作った歌の掲載巻別の歌数;
巻第三;21首(長歌3首、短歌18首)
巻第四;64首(長歌0首、短歌64首)
巻第六;9首(長歌0首、短歌9首)
巻第八;51首(長歌2首、短歌49首)
巻第十六;2首(長歌0首、短歌2首)
巻第十七;76首(長歌9首、短歌67首)
巻第十八;69首(長歌10首、短歌59首)
巻第十九;103首(長歌17首、短歌86首)
巻第二十;78首(長歌4首、短歌74首)
​​​

以上






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Last updated  2024.06.28 09:06:17
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