瑠璃色の魔法

瑠璃色の魔法

2006.05.31
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カテゴリ: ひとり言
しかし・・・この黒い背景は天使と女神と言うより悪魔っぽいですね・・・
書いている私は何も変わらないのに、内容も何も変更していないのに、まるで違う世界に来てしまったよう・・・そして、私のサイトじゃないみたい。
他の人のブログでバックが黒とかダーク系でも、「カッコイイな」とか「クールだな」っていう程度なのに、なんでだろう「こんなの私じゃない」みたいな、もちょっと正確に言うと「こんな人間だと思われたくない」みたいなものがあるような・・・

日常の人間関係に関わりなく無記名や匿名でも書けるインターネットブログという説明がテレビやマスコミでされているのにも関わらず、なんでかしら、思いっきり『見た目を気にする自分』がいるし、「どう思われるか気にする自分」がいる。
いや、というか、それは自分自身ではなくて、ひょっとすると、演出として失敗していると感じているのかもしれないな。

たとえば「明るい感じで!」という注文なのに暗いとか、「神秘的に」と言われてビタミンカラーのページを製作してしまった、みたいな。
注文主は当然自分だけど・・・

そうね、自分はいつもエンターテイナーなのかもしれない。無意識に。
こういう路線で行こう!というのがいつもあるのかも。


だって、日本語だって、別に日本に生まれなかったら捨ててもいい言語かもしれないし。

こだわっている自分って、これが本当の自分というわけじゃなくて、こういう作品を描きたい!って思っている芸術家の強い衝動みたいな潔癖さで、こだわりこだわり自己満足しているのかもしれない。
だとしたら、中途半端に妥協するのはやっぱり良くないかもね~

結局人生は一度きりだし、白いキャンパスにどんな絵を描くか、それは自由なのだし。
一枚では退屈だったら、キャンバスを二枚四枚と切り分けて、全然雰囲気の違う小さな絵をいっぱい製作していくのも、自由なことだよね。
分ければ大作にはならないかもしれない。一枚きりと腹をくくって、一生かけて一筋に生きた人は、そりゃあ将来すばらしい作品になるんだと思う・・・

でもたいてい、真っ白いキャンバスに「これってひょっとして私専用の白紙?意味のある絵を書いていいの?」と気づくまでに、人生の幼少期、クレヨンで意味なく好きな色をグルグルするみたいに、へんてこな色が着いちゃってるものなんたよなぁ・・・

だから、物心ついた時に、「あー。もうここにはこの色が縫ってあるし、こっちはこの色になっているし、それを生かして絵に仕立て上げよう」と思うんだろね。
だって絵の具がもったいないし。今まで生きてきた時間が無意味だったと思うのももったいないし。

なんというか・・・上から塗りつぶしても、下絵のニュアンスってにじみ出てしまうしね。

でも、途中で把握できないほどにキャンバスが増えてしまった時は、楽しさよりも辛さのほうが多かったよなぁと思う。

そのとき、「どこかに本当の自分がある」って探していたんだけど、結局、どれも本当の自分の切れ端で、結局そこまでなってしまったら、キャンバスの切れ端をつなぎ合わせて、分断されている絵をうまくつなげたり、そういうデザインなのだと思ったりしていくことで、だんだん大きいキャンバス何個かにまとまってきて、そのうち、「ああ、この三枚が自分の側面なんだな」とか、落ち着いてくる。

けっきょく、自分のキャンパスを切り売りして、親や友達や職場のために、受注したイメージどおりの絵を描いてあげようとするから・・・気づくと自分の「好きな絵」を描いているはずのキャンバスまで見失うんだよね。

よく自分探しの本に「人のことは気にしないで自分の好きなように」って書かれているけれど、多分きっかけは、喜びの中にあったんだとは思う。
「このひとは」と思い定めた人のために、その人が喜ぶためなら、自分の好みの絵ばかりじゃなくて、一部分を切り取って、その人好みの絵を描いて見せてあげたいって、そういう気持ちは純粋なものだったと思うんだ・・・

けど、切り取って人を喜ばせることに味を占めてしまうと、ついうっかり、気軽に誰にでも自分のキャンバスを人のための絵に費やしてしまうことの貴重さ加減や神聖さや忘れてしまうんだな。



「気づき」って必要ですね。

話がそれたけれど、多分この色とデザインは、誰のためにでもない決め方をして、自分のちょっとした思い付きだけだから、自分の好みっていうほどでもないし、だからストレスなのかもしれない・・・
けど、自分の好みも、こう演出したいというだけのこともあるし、たまには滅多にやらやいことをしてみるのもいいのかもしれなくて。

いつもついつい明るい色、柔らかな色、ソフトな印象でまとめてしまうけれど、それはきっと、「私は人を傷つけるつもりはありませんよー」みたいな無言のメッセージを発しているつもりのコーディネートなのかもしれない。
それに囚われて、自分の言いたいこともいえないほど「やさしい系」になってしまったと思い込んで、ウンウン唸って全部投げ出したくなったり。

私にも、色んな自分がいるよね。数年間、まとめる方向でつないではきたけれど、それでも「色んな人生を歩みたい」自分がいる。
人生は一度きりっていうのに、納得していないのかなぁ。
それとも、この環境が一度きりだと思うから、欲をかいて色々体験したくなってるのかしら。

部屋を決めるにも、インテリアはクラシック、それともカントリー、アジアンも、純和風も・・・そんなテーマパークみたいないくつもの部屋を準備したくなる。
トータルコーディネート?なんのこと?って感じ。バラバラ。

でも、トータルに統一感があるのって、結局は一番安心感や満足感がある気もする。
同時進行しようとすると、分裂するのなら、時間と未来を信じて、時期で区切ってみるべきなのかしら。

せっかちでインパチェンスな私だから、難しいのかな。

それでも・・・
ブログのデザインが変わっただけでこれだけストレスや気持ちよさや感じるものが全然違うのだから、実際に住む家の色柄デザインや素材のコーディネートは、相当自分に対して影響力を持つんだろうなー。

果たして、どうすべきか。
ある人たちへの効果を狙った演出にするの?
それとも、自分への効果を狙った調整を?
だったら、夢や憧れを持ってくるのか、自分ってこういう感じと思い込んでいる印象を周囲にも創り上げるのか。

少なくとも、どんな自分も、描いた絵でしかないってことで、本来の自分は白いキャンパス・・・もとい、透明な「空」なのだろうから、どっちかというと「これから先、なって行きたい方向」を描くのがいいのかもね。
現在と差がありすぎると厳しいから、自然に移行できるような感じで。

で、ブログ?
これから、どんな自分になって行きたいんだろうか。楽天では。
ちょっとまた、デザインを考えてみることにしますか・・・

人は、見た目に左右されるから。






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Last updated  2006.05.31 19:08:43
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