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ちゃんと記録しておきたいと思ったのだが、あまりにも大変なことが続いて
とても書く気力がなかった。
PCR検査の翌日、陽性だとわかった。
この頃には夫も39度の熱があり、ふたりでぐったりしていた。
しかも悪いことに、家に一台しかなかったエアコンが壊れていた。
もしコロナ陽性でなければ、近所のホテルにしばらく宿泊するなんてことも
できたのだが、どこにいくわけにもいかず、しかしホテル療養もできず、
私と夫は、保冷剤をベッドに敷いたり、水風呂に入ったりして
なんとか熱を下げようと苦心した。
幸いまだそのころは比較的涼しくて、特に夜は、私の住んでいるマンションの
高層階では窓を開けていれば、とても涼しい風が入ってくるので
なんとか過ごすことができた。
しかし、7月の終わりに近づくと昼間はどうにもならないほど暑かったので、
Amazonで室内に置ける除湿&冷風器を買ってみたものの、
ほんのわずかに過ごしやすくなったぐらいで、もう死んでしまいそうだった。
コロナで死ぬのではなく、熱中症で死んでしまうんじゃないかと思った。
そんなとき、幸い一週間先に予定されていたエアコン修理業者が下見に来たので
排水管を室内に出してもらって応急処置的に使えるようにしてもらった。
そのおかげで、7月の終わりからはエアコンが使えるようになり、
やっと落ち着いて過ごせるようになった。
この頃には、私は熱も下がって頭痛もなくなってきたが、痰だけが絡んでいた。
夫も同じ症状で、39度の熱が4日間続き、やっと下がったものの、
非常に粘度の高い痰がずっと喉に絡みついているような状態だった。
ある朝、6時頃に目が覚めた夫が、ベッドに腰かけ、喉を押さえて
声にならない声で「…息ができない!!!!!たすけて…」
と苦しんでいた。痰が喉に張り付いてしまったのだ。
夫は口をパクパクさせているが全く息ができていないようで、口からは
だらだらとよだれが垂れている状態で、みるみる顔が赤くなっていった。
気が動転した私は、即座にW氏に電話をかけた。
W氏はすぐに電話に出てくれて、眠そうな声で「どうした?」と私に聞いた。
夫が窒息死しそうだ、いったいどう救命措置をすればいいのかと聞くと
「それは大変だ、うつぶせにして背中を叩け」など指示をくれて、
あれこれしているうちに、なんとか、息ができるようになった。
ああ…。死なずにすんだ…。
夫はよほど怖かったのだろう、息ができるようになってからも呆然として
ベッドに腰かけたままだった。
私は私で、目の前で苦しんでいる夫に対して何もできなかったことに
無力感を覚え、そしてものすごい恐怖を感じたのだった。
もし私の目の前で夫が死んでしまったら、と考えただけで泣けてきた。
膝の力が抜けてしまったようで、がくがく震えていた。
こんなに死を身近に感じたことはなかった。
そして、私がこんなに夫を愛していることも。
その2日後、夫の熱も下がり、体調がかなり回復してきたので、
ほんとはいけないのだが、夫はひとりで外出して近所のスーパーに水を買いに行った。
なんだか時間がかかっているなあ、大丈夫かなあと心配し始めた頃、
夫から電話があった。
「具合が悪くなって、マンションの1階ロビーで座ってる。水と薬を持ってきて」
と言うその声は、とても大丈夫そうではなかった。
急いで水と薬を持ってロビーに行くと、椅子にぐったり座っている夫がいた。
なんだかおかしい、胸が苦しい、手足が痺れる、どうしていいのかわからない、と言う。
その様子が、かつて私の父が心筋梗塞で倒れたときに酷似していたものだから、
私は救急車を呼んだ。
救急車が来るまでの20分間、夫はどういう姿勢でも苦しいようだった。
私もどうしていいのか分からず、背中をさすったりしているしかなかった。
救急車がようやく到着し、3人の救急隊員が手際よく心電図を取ったところ、異常があったようだった。
それで救急車の中に運ばれ、搬送先の病院を探してもらったが、コロナ陽性だということで
どこも受け入れてくれなかったのだ。
30分ほど探しても、受け入れてくれる病院が見つからず、これはもう無理だと感じた。
救急車の中で安静にしているうちに、夫は追いついてきて、かなり気分も良くなってきたようだった。
救急隊員が「10段階で言うと、今はいくつぐらいの苦しさですか?」と尋ねたのに対し、
夫は「3ぐらいです」と答えていた。
それだったら、無理に病院に行かずとも、家で安静にして数日過ごし、
自宅療養期間が明けてから、精密検査を受けにいったほうがいいと思う、と私が救急隊員に話すと、
たしかに、心臓に何か問題があったとしても、まさにそのときに心電図を取らないと
検査結果には出てこないものだから、このまま病院に搬送されても、なんともありませんでした、と
いうことになる可能性は高い、しかし、救急隊員としてはさきほどの心電図で異常があったことを
考えると、病院に行かなくていいとは言えない、しかし、それでもよければ、この用紙に
署名をしていただいて、ご自宅にお戻りいただくこともできますよ、ということだった。
署名がなければ、後で何を言われるかわからないものなあ…。
救急隊員はいろいろ言われているんだろうなあ、と同情してしまった。
用紙に署名をし、救急車を降りた時、「もしまた何かあったら、すぐに119番してくださいね」と
救急隊員の方たちは親切に言ってくれた。
その救急車騒ぎがあった後は、夫は自宅で安静にして過ごした。
あとで振り返ると、心筋梗塞というよりも、パニック発作だったのではないか、と言っていた。
数日前に起こったような窒息がまた起こるんじゃないか、と思ったら、
急に苦しくなってしまった、というのだ。
かわいそうに…。
自宅療養期間が終わった翌日、夫はW氏を受診し、レントゲンや心電図、血液検査などの
検査をひととおりやってもらった。
その結果、特に異常は見つからなかった。
W氏が言うには、手足のしびれはおそらく過呼吸だろうということ、心臓というよりも
やはりパニック発作だったのではないか、ということだった。
心臓に大きな問題がなかったのは良かったが、パニック発作を起こすように
なってしまったことは、本当に心配だ。
W氏は夫にいくつかの漢方薬を処方してくれており、今、夫はそれをお守り代わりに
飲んでいる。彼が窒息の恐怖から解放される日は来るのだろうか…。
==
こんなことがあったのが、8月第一週のことだった。
それ以降は、溜まった仕事に追われて2週間があっという間に過ぎてしまったが、
私も夫も、突然、(夫が)窒息するかもしれないという恐怖からはまだ逃れられない。
私はひとりになると、私が一緒にいないときに夫があんなふうに苦しんで
ひとりで死んでしまったらどうしようと考えてしまう。
後悔してもしきれない。
私は夫に幸せを与えてあげられただろうか?
夫は私と一緒に数十年を過ごして、楽しかったと思ってくれていただろうか?
私が夫と過ごせる時間は、実はものすごく短いのかもしれない。
だから、時間的に無理をしても、一緒にいられる間に、行きたかった旅行などに行くことにした。