若年性アルコール症の私は社会を良くしたい

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2009年01月23日
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カレの父親に、人間不信や、
精神障害者を差別しているのがセケンではなく、
自分である事を自覚してもらうっつう話し合いは、
だいたい、カレの母親にうながされて始まる。
カレの母親は
「まりちゃん、なんとかしてちょうだい」状態だった。
私の倍近い人生を生きてきた一人の男に、
このような事を自覚させるってのは、
並大抵の事ではないんだよ。

長い時間と信頼関係が必要なんだよ。
そういう大仕事を、私にさせるんだよね。
私は、ガッチガチに力が入った状態で、
でも全力でリラックスしている芝居をしながら、
様々な角度から、切り込んで行くのだが、
父親は、表面的に答えているだけで、何も考えてなかったし、
私が何のためにそういう話をしているのかも、
全く理解してなかった。
会話をすればする程、腹が立つ相手だった。

さて、おとつい、私はTVに向かって、
「よっしゃあ、それみたことか」つったんですわ。

人を信用する人ほど人を見る目がある事が明らかになった
という北大の社会心理学者の研究。
被験者は、人をどれだけ信用するかを詳細に調べられていて
その信用の度合いが高いほど、
裏切り者を当てる的中率が高くなるのだった。

「人を信用しない人は、
どういう人が信用できて、どういう人がヤバイのか、
学習する機会が無いからだろう」と言っていた。
逆に言えば、人を信用する人は、
嫌な思いを沢山しつつも、
世の中には信用できない人もいれば、
信用できる人もいるという体験を通して、
セケンとはどうなっているのかを、学んでいくわけだ。
どうだ、T明、私の勝ちだ。

私は、とりあえずは
どんな人とでもやっていこうとするので、
人を信用する方なのだ。
そしてさらに、裏切ったり、陰口をたたいたり、騙したり、
人を利用したりする、そのヤバイ人達っていうのは
好きでそうなったわけじゃなくて、
本人達もやっぱりそういう目にあっていて、
そういう人達は人間不信で、心の中は一人ぼっちで、
誰とも信頼関係を作れないでいる、
ある種の弱者なのだと学習した。
さらにさらに、そういう
信用しちゃいけないヤバイ人達でも、
真剣にぶつかって行けば、
心に愛を取り戻す事があるのだと学習した。
たまに「神でなきゃ人を変える事はできない」とか、
「人を変える事はできないけど、自分を変える事はできる」
的な話を耳にするが、
そういう事を言う人って言うのは、
傷ついて傷ついて、人をあきらめちゃったのか、
ただかっこつけて、わかった風な事を言いたかっただけかの
どちらかだと思う。
私は、人との関わりを通して学習した部分もあるけど、
自分自身が、人を裏切ったり、陰口をたたいたり、人を騙したり、
利用した経験からそのような事を学習した。

それと、どうも人は似たもの同士でつるむ事も学習した。
つまり、人を信用する者同士は信頼関係で結ばれ、
人を信用しない者の周りには、人間不信の人が多い。
だから、人間不信の世界観はさらに強化されるのである。
身近にいる人が信用できない人ばっかりなのだから。

下編につづく





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最終更新日  2009年01月26日 09時20分39秒
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