ガードマンのつづる日常

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2010.01.11
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【子月27】

 外国人というけれど在日韓国・朝鮮人を対象にしてスタートした。その経緯は民団で出している「差別白書・1975年版」に詳しい。

 今年は日韓合邦100年、日米安保50年、いろいろな意味での節目になっている。

 日本人は明治憲法では大日本帝国臣民だった、新憲法で日本国国民となった。で、具体的にいつから臣民(主権を持っていない)から国民(主権を持っている・主権在民)に切り替わったのか? 明確な「自覚がない」。

 この「自覚の無さ」は在日韓国・朝鮮人も同様である。国の事情で一方的に法的地位が変化した。

 日本の終戦時、大韓民国も朝鮮民主主義共和国もなかった。サンフラシスコ条約発効時・1951・昭和26年、この時は、朝鮮戦争真っ最中だった。1953・昭和28年、スターリンが死んだ。

 1965・昭和40年日韓条約が結ばれて、法的地位の根拠ができた。そこに北と南の宣伝合戦が加わった。北は「徴兵されるぞ」と、事実、京都の在日の人に徴兵令が届いた。南はあわててそれは取り消したが、朝鮮籍から韓国籍に切り替える人は半分だった。

 次に、永住権、これも獲得のための申請をしたのは半数だった。また、新たに韓国からビジネスでやってくる人たちが加わった。

 在日外国人事情には1985・昭和60年の円高以来、中国人をはじめ、最初は北京語圏から広東語、フィリピン、マレーシア、インド、イラン・ここでバブルがはじけた。

 35年前の提唱時から事情は変化した。が、そのねらい目は戦前から日本に住んでいる朝鮮人が法的な地位を獲得することにあるのだが、戦後の不法入国・この定義は難しい、というのは国が無かった、日本がGHQの占領下で、また、当事者が北と南に分かれて戦争をしていた、この収集がまだ、完全に終わっていない。

 この法案の成立すれば問題がまた、複雑になる。

 私は昭和26年当時、日本に住んでいた朝鮮人およびその子孫に「日本国籍」を認めるのが問題解決の第一歩だと思っている。




【平成22・己丑】睦月11(月)子月霜月27/辛酉/小寒/山羊座





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最終更新日  2010.01.11 08:24:48
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