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October 31, 2025
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カテゴリ: 特撮関連書籍
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思い返せば、幼稚園に入る前に、まずは映画で〔空想映像〕の直撃を受けました。
記憶の原初にあるのは、東映映画『遊星王子(1959年)』、東映動画『少年猿飛佐助(1959年)』、東宝映画『宇宙大戦争(1959年)』など。
そして、我が家にテレビが入り、ますます〔空想映像〕熱は高まっていきました。

現在、「アニメ文化」と「特撮文化」はそれぞれのジャンルとしてとらえられているようです。
そういった中で、本書の筆者、氷川竜介氏は、【両者を統合的に考える上位概念として「空想映像文化」を造語として設定した】とのこと。
また、【「アニメと特撮」が同じ枠組みに入った時期を「テレビまんが時代」と規定します】とあります。

空想映像文化論 怪獣ブームから『宇宙戦艦ヤマト』へ [ 氷川 竜介 ]

そして、この「テレビまんが時代」は、【1960年代前半から1970年末ごろまで】とくくられています。
同時に【1963年から本格化した「テレビまんが時代」】という記述も見られます。

当方は、1963年に小学1年生でしたから、児童期に、幸福な「テレビまんが時代」をすごした世代と言えます。
ですので、本書で述べられている内容はよく理解できました。
さらに、「空想映像文化」が「アニメ文化」と「特撮文化」に二分されていく過程においては、「特撮文化」の流れに乗っていきました。
そうして「アニメ文化」からは距離を置いたのですが、本書にあるような双方が影響し合っていたという状況を知り、あらためて「アニメ文化」への興味が高まった次第です。

その上で、まず最初に、本書にある【65年以前からある「等身大実写ヒーロー作品」「単体のテレビ怪獣作品」も「テレビまんが」と考えられますが、本書ではウエイトを置きません】
という部分について、触れてみたいと思います。
これは、同じように本書にある【「テレビまんが文化」と「漫画文化」】の記述からインスパイアされたものです。   

さてさて、65年以前からある「等身大実写ヒーロー作品」とは、
・『月光仮面』(1958~59年)
・『七色仮面』(1959~60年)
・『少年ジェット』(1959~60年)
・『まぼろし探偵』(1959~60年)
・『ナショナルキッド』(1960~61年)
などが挙げられます。
これらは、後の「仮面ライダー」や「戦隊シリーズ」などの原型といってもいいと思います。

「単体のテレビ怪獣作品」とは、
・『怪獣マリンコング』(1960年)
かな。

以上の番組などは、子供向きという点で、筆者が言うように「テレビまんが」と考えられます。
そして、それぞれの作品には、原作まんが、あるいはまんが化作品があります。
・『月光仮面』(『少年クラブ』 川内康範、桑田次郎 他)
・『七色仮面』(『ぼくら』 川内康範、一峰大二 他)
・『少年ジェット』(『ぼくら』 武内つなよし)
・『まぼろし探偵』(『少年画報』 桑田次郎)
・『ナショナルキッド』(『ぼくら』 一峰大二)
・『怪獣マリンコング』(『少年画報』 越田委寿美、桜井はじめ)
というように。
つまり、「等身大実写ヒーロー作品」「単体のテレビ怪獣作品」はコマ割り「まんが」ときわめて関係が深いのです。

そして、いわゆる「テレビアニメ」を見るためには、1963年まで待たなくてはなりません。
すなわち、そこが先に見た【1963年から本格化した「テレビまんが時代」】の始まりになるのです。

だから、それ以前は、「コマ割りまんが」を映像化しようとすると、「等身大実写ヒーロー作品他」にするしかありませんでした。
端的にいうと、「等身大実写ヒーロー作品他」≒「まんが」という見方ができるのではないでしょうか?

いずれにしても、〔空想映像〕において、「アニメ」という選択肢はなかったのです。
そういう事情から、これらの「コマ割りまんが」と「等身大実写ヒーロー作品」のメディアミックスの展開があり、そのおかげで「等身大実写ヒーロー作品」や「単体のテレビ怪獣作品」が、まんがつながりで「テレビまんが文化」と考えるところに違和感はありませんでした。

それはともかく、「テレビアニメ」が存在しなかった時代は、「コマ割りまんが」と「等身大実写ヒーロー作品」他、その両方を夢中になって見ていました。
しかし、「コマ割りまんが」の縦横無尽な設定、展開、アクションにくらべると、「等身大実写ヒーロー作品」他は、特撮その他に課題があったりして、〔空想映像〕としては制限がかかるところが多いように思いました。
逆に「コマ割りまんが」は静止画ですから、動きの連続性や音などは制限がありますけど。
それだから「コマ割りまんが」と「等身大実写ヒーロー作品」他、その両方とも、受け手として脳内で補填の作業を行っていました。
それはそれで、想像力を働かせる楽しさがありました。
言い換えると、脳内で〔空想映像〕を映し出して遊んでいました。
同時に、より楽しく、興味深く見ることのできるように、進んだ〔空想映像〕を求める気持ちもありました。

そういったところで、つぎに挙げたいのが、
・『鉄腕アトム (実写版)』(1959~60年)
・『鉄人28号 (実写版)』(1960年)
のふたつです。

鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX2 [ 瀬川雅人 ]

​​
鉄人28号 実写版 HDリマスター DVD-BOX ベストフィールド創立10周年記念企画第8弾甦るヒーローライブラリー 第13集

これらは、原作まんがが大人気で、テレビドラマ化(『鉄人28号』はラジオドラマもあった)されました。
繰り返しますが、アニメ化が困難だったので、「コマ割りまんが」を「等身大実写ヒーロー作品」にするしかなかったわけです。
なお、鉄腕アトムはもとの「コマ割りまんが」からして等身大です。
けれども、鉄人28号は「コマ割りまんが」では巨大ロボットです。
それなのに、実写版では人間よりやや大きめのロボットとして登場しました。まだ、鉄人を巨大ロボットとして活躍させるための特撮技術が整っていなかったのです。
(そのあたり、巨大ロボットではない事情については、子供心に察しがついていましたね)

当時、『鉄腕アトム 』と『鉄人28号』は、月刊まんが雑誌『少年』に連載されていてました。
そのふたつのロボットまんがは、『少年』の二大看板でした。
そのため、ご多分に洩れず『少年』が大好きでした。
そのように「コマ割りまんが」の『鉄腕アトム 』と『鉄人28号』に熱狂していましたので、実写版の『鉄腕アトム 』と『鉄人28号』も全身完全集中で見ていました。
(なお、当時見ていたのは、再放送のほうだった可能性があります)
しかし、我が母は、実写版2作品を「見せたくない番組」ととらえていました。
それは、後世になってから、「しょぼい実写版」として、名作アニメ(まんが)の意外性や笑いを提供する形で2つの実写版が紹介されているところから、推して知るべしです。
着ぐるみもしょぼい、特撮もしょぼい・・・。
とりわけ、つぎのようなエピソードがありました。
実写版『鉄人28号』で、あろうことか、金田正太郎少年が爆弾攻撃にあって右往左往、ピンチに陥っているシーンを最後に番組が最終回となってしまいました。
あきらかにクリフハンガー状態で「この続きはどうなる?」と思わせておいて、つぎの回はなかったのです。
幼稚園児にとっては「ここで最終回って、どういうこと?」と、ただ呆然とするしかありませんでした。
そのときは、何かの都合で見られないだけで、きっと続きがあって、少し待てば放映されるはず、と思ってました。
実際は、その回で番組が打ち切られたのだと、つまりその続きはつくられていなかったと知るのは大人になってからでした。

そうした黒歴史といいますか、辛い実写映像状況を乗り越えて、ついに「空想映像文化」史に劇的な展開が訪れます。

実写版『鉄人28号』の続き回を性懲りもなく待ち侘びていた子供が、1963年1月1日、新聞のテレビ番組欄に『鉄腕アトム』の表示を発見します。
このときは、実写版『鉄腕アトム』(の最新回)が放送されると思って微塵も疑いがありませんでした。
母も「お正月だから、(見せたくない実写版でも)見てもいい」という口ぶりでした。
そして、午後6時15分、番組が始まって、とてもとても驚きました。
教育ママも驚いていました。
なんと、その晩、ブラウン管に映し出されたのは、アニメの『鉄腕アトム』じゃないですか。
「テレビで、動くまんがのアトムが見られる!」と狂喜乱舞しました。
それ以降、口うるさい母も、アニメ版を見ることは静観していました。

ここから、本格化した「テレビまんが時代」のアニメの歴史が始まったのです。
まもなく『鉄人28号(1963~66年)』もアニメ化されます。
続いて、『エイトマン(1963~64年)』、『狼少年ケン(1963~65年)』と、テレビアニメが量産されていきます。
子供向け空想映像番組は、「等身大実写ヒーロー作品他」から「SFロボットを主流としたアニメ作品」への大転換が行われたのです。

鉄腕アトム Complete BOX 1 [ 清水マリ ]

鉄人28号 HDリマスター DVD-BOX2 [ 高橋和枝 ]

ここまでの印象として、「コマ割りまんが」→「等身大実写ヒーロー作品」→「テレビアニメ」という流れが概観できます。

このころは、いわゆる「アニメ」という言葉はなく、「テレビまんが」といわれていました。
静止画の「コマ割りまんが」に対して、「アニメ」は映像として絵が動く「テレビまんが」というわけですね。

受け止めとしては、「テレビアニメ」は、「コマ割りまんが」の空想世界を、よりスムーズにイメージできるように映像化したものだということ。
「等身大実写ヒーロー作品」の映像は、「コマ割り漫画」の空想世界を必ずしも表現できないところがありました。
例えば、アトムや鉄人の飛行場面です。
実写版のそれらでは、飛んでいるアトムや鉄人の姿は人形に入れ替わり、一定の固定的、直線的な動きしかできませんでした。
けれども、アニメでは、多様なコースを様々なフォームで飛び回り、ホバリングなどもできました。
(『ナショナルキッド』は、唯一実写の飛べる仮面ヒーローで、その飛行シーンの特撮は高評価されています。そういう特撮もできないことではなかった。参考までに)
また、鉄人28号や敵ロボット、モンスターなどが、大きいものは大きいなりに描かれました。

そんな感じで、テレビアニメは、「等身大実写ヒーロー作品他」にあったノイズやストレスが、とりあえず軽減されました。
〔空想映像〕の世界が、テレビアニメにより充実度を増しました。

そのようにしてアニメを楽しんでいた2年後、1965年1月2日に『ウルトラQ』が始まります。
ここから怪獣ブームという形で、特撮実写の映像作品が盛り上がりを見せます。
本家円谷特技プロがテレビ業界に登場したことにより、クオリティの高い実写映像が家庭で見られるようになったのです。


では、ここで、怪獣ブーム年代に再登場した『黄金バット』について考えてみたいと思います。
『黄金バット』は特撮とアニメの相互関係(「「空想映像文化」」)において、おもしろい立ち位置にあると思います。

元祖『黄金バット』は、戦前の紙芝居というメディア出身のスーパーヒーローでした。
その流れで、絵物語や映画にもなっていますが、とりあえずそこは置いておきます。
「テレビまんが時代」の『黄金バット』について言及します。

1966年、東映特撮映画『黄金バット』が公開されました。
この映画、なんと特撮時代劇『怪竜大決戦』との二本立てでした。
怪獣ブームのさ中で、当時の邦画五社がこぞって特撮怪獣映画をつくっていた、そのうちの1本が『怪竜大決戦』でした。
週末にこの二本立てを見て、月曜日に学校で特撮映画好きの友達と話をしたときに彼が放った言葉を、今でも覚えています。
「両方ともおもしろかったけれど、『黄金バット』が白黒映画だったのが残念だった」
そうなんです。
カラー映画の標準化が進行しているんだけど、『黄金バット』は白黒映画で上映されました。
しかし、その翌年(1967年)、『黄金バット』は、映画版と設定などをほぼ共有する形で、カラーアニメとしてテレビ番組になります。
カラーテレビの普及率が白黒テレビを上回ったのは1973年。
だから、1967年は、まだまだ家庭に白黒テレビが多かった、にもかかわらず。

黄金バット [ 千葉真一 ]

黄金バット コレクターズDVD [ 小林修 ]

このように、映画『黄金バット』は、制作予算的にカラーにすることができなかった。
それに対して、テレビアニメ『黄金バット』は、積極的にカラー映像にしました。
『黄金バット』の白黒映画とカラーアニメ番組のちがいは、映画の斜陽化と勢いを増すテレビ業界との状態を象徴しているように感じました。
とりもなおさず、ここにも時代の移り変わりが見られます。
そして、テレビ業界の隆盛とともに「テレビまんが時代」が進んでいったのです。
(テレビアニメを「コマ割りまんが」化=コミカライズした『黄金バット』もあります。参考までに)

そんなアニメ『黄金バット』を見ていて、気づいたことがありました。
1967年ごろといえば、第1次怪獣ブームの真っ只中。
『空想映像文化論』に述べられているように、『ちびっこ怪獣ヤダモン(1967~68年)』、『おらぁグズラだど(1967~1968年)』といった、怪獣ギャグアニメ番組が放映されました。
本来は実写であるところの )怪獣人気の影響がテレビアニメに及んだわけです。
同じように映画でも、アニメ『サイボーグ009(1966年)』の続編は、『サイボーグ009 怪獣戦争(1967年)』でした。
ここも、アニメで怪獣が取り扱われています。
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サイボーグ009 [ 石ノ森章太郎 ]

サイボーグ009 怪獣戦争 [ 石ノ森章太郎 ]

アニメ『黄金バット』に話を戻します。
テレビ放映されたアニメ版『黄金バット』、全51話のうち、9話に「怪獣」という言葉が入ったサブタイトルがついています。
そのほかのサブタイトルにも、「怪獣」という言葉はなくても、怪獣を思わせる文面が見られます。
そのように、アニメ『黄金バット』には、黄金バットが怪獣と闘う話が多いのです。

記憶に残っているのは、怪獣が複数、群れで出現した回があったことです。
そのとき、気づいたのは、アニメだからいくらでも怪獣が出せるんだな、ということ。
実写の特撮映像では、そうはいきません。
怪獣を何体も登場させようとしたら、アニメでは絵で描けばそれができますが、特撮では怪獣の着ぐるみをいくつもつくるための手間や時間がかかります。
そのとき、特撮の重みを感じました。
同じく、自分は、ただ単に怪獣が見たいわけではないとわかりました。
怪獣ブームといって、アニメの中に怪獣が登場しても、その存在感は弱い。
特撮の、着ぐるみやミニチュアを使った映像が好きなんだと。

そのことがあって、徐々に「アニメ文化」から離れ、その後は「特撮文化」一本に傾倒してずっとすごしてきました。

ですが、それは「鹿を追う猟師は山を見ず」状態だったのかもしれません。
本書の中にある【「絵で特撮をつくる」がアニメを発展させてきた】に関連する記述を読むにつけ、「アニメ文化」と「特撮文化」の融合により、「空想映像文化」が発展し、クオリティを高めているのだと納得することができました。

その背景には、例えば、『GAMERA -Rebirth-(2023年~)』の観賞がありました。
『GAMERA -Rebirth-』はアニメなんですが、その映像表現から、あたかも特撮怪獣映画を見ているような錯覚に陥るという経験をしました。
アニメでも、特撮怪獣映画を見るのと同じような感覚を得ることができたのです。
じつに、「アニメ文化」と「特撮文化」の融合なのでした。

小説 GAMERA -Rebirth- (上) (角川文庫) [ 瀬下 寛之 ]
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小説 GAMERA -Rebirth- (下) (角川文庫) [ 瀬下 寛之 ]





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Last updated  November 21, 2025 08:59:39 AM
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