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八年前に取引させていただいた方から相談を受け、ご自宅に。八十二歳になられるというその方には、度々声を掛けていただきます。相談をお聴きしながら、部屋には日の丸鮮やかな戦闘機の絵が数枚掲げてあり気を惹きます。訊ねると、その戦闘機は、「隼」。日本海軍飛行隊に属しておられたこのご主人の自慢。飛行隊の目印は、尾翼に矢印が入っています。36機撃墜したという撃墜王の友が、数年前?に亡くなられたとのことで、その掲げてあった手書きの絵は、その方の愛機。尾翼には大切な人の名が入っていました。因みにこのご主人は、整備で友を応援。「自分は今も生きながらえて・・」ともおっしゃっていました。数年前に亡くなった私の妻の父は海軍で、ミッドウエー海戦、真珠湾攻撃、そして当時同盟国だったドイツに上陸した折にはヒットラーにも会ったのだと、度々その様な戦時中の話を、会うと延々と聴かされたものです。しかし、気骨のあるいい義父でした。昨日、このお客様としばし話していると、とても嬉そうで、話は尽きることはないような気配でした。今度又、ゆっくり機会があればいろいろ戦時中の話を聴いてあげようと思いました。昨日は、やはり以前に取引いただいた方から、お客様の紹介を受けました。当時は、ほとんど間接的な関わりだったものですから、突然に電話をいたいてびっくり。そしてとても感激しました。午後、仕事でとんぼ返りの福岡へ。縁が回っている、感謝、感謝の充実の一日でした。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月31日
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人には波長が合う、合わないがあります。波長が合う人とは気持ちよくとも、反面合わない人と接していると、相当に気疲れすることがあります。表裏変らぬ人が大前提で、その心に優しさが詰まっていること。先ずは心の綺麗な人。人は決して表面の態度や話術では量れないものです。どのように表面を取り繕って、自己保身も上手く、如才なく立ち回っても、観る人が観れば分ります。その人の内心にある醜さ、心のさもしい人に交わっていると悲しくなります。そしてなにより、負にエネルギーを採られます。決して私が人としてのレベルが高いとは言いませんが、しかし、何がどうできるということより大切な、人としてのレベルが実に低い人がいます。どの様に口先で上手く言っても、その言動の一瞬に、醜い欠片を私は見逃さすに捉えます。その人が持っている真実は、度々表面に出たりするものです。人の本質というものは、そう簡単には変るものでもありません。木立に囲まれて存在する清き湧き水の水源。そしてその深遠にして落ち着きをもたらす静寂なる風景。そこに棲む魚、木立でさえずる鳥達。静かなるせせらぎの空間に舞う蝶。全てそこに相応しきものが集った光景です。せっかくの人生のなかで、魂の波長が合うということは大切なことです。もちろん、違う魂にも気づきを大いにもらいながら、しかし、やはり相応しき縁を描き、良質のエネルギーと心の滋養をもらいながら、絶えることない湧き水が在る場所のように、心落ち着くものを求め続けたいと思うのです。人にはその人に相応しき縁がある。紛れもない事実なのです。汚濁の水に合ったものは清水に窒息し、清水に合ったものは汚濁の水に居たたまれない・・・そして、真実を観る眼と己を信ずる心。いつの時も、神聖なる評価人は自分自身であるべきなのです。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月30日
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「戦後63年。戦争を知らない子が63歳になった」・・・シリーズ証言記録「兵士達の戦争」現在、NHK放送のBSで夜に再放送されているこの番組を是非多くの人に観て欲しい。戦争の怖さ、悲惨さが、すでに八十歳を過ぎる、生き残った元兵士の貴重な証言によって、体験なくとも身近に伝わってくるはずです。眼に見える程に状況想像が膨らんで、観ていてつい胸苦しくて無口になってしまいます。このようなドキュメンタリー番組は、日本放送協会ならではの番組です。例えば、日曜日のお昼にチャンネルを回すと流れる、「NHKのど自慢」の、あの変らぬのどかなメロディ。そして、「朝の小説」、お昼のバラエティ番組等々。ただ、紅白歌合戦は、もはや名のみか ^^;品性のないタレント司会者の蔓延する、騒々しい民放バラエティ番組に比べ、変らぬように思えながら、それが時代遅れかというとそうでもない、チャンネルを合わすと、いつも存在するNHKの妙な不変性というものが、なんとなく安心感と心の帰省感をもたらしてくれます。素朴な田舎の人々と美しき日本風景のような・・そのほっとやすらぐ部分。決して失われては成らない、人の良心が息づいている様な・・・果たして、機構そのものは、番組づくりの精神、誠実さ、良心は不変であり続けているのか・・・それはさておき、しかし、いまだ、過大、あるいは妄想的だとしても、私のなかでは、その誠実さ・正義の拠り所、あるいは砦としての感を抱く、日本放送協会なのです。伝えなければいけないことを、NHKなくして誰が伝える。これからも、いい意味、のどかで誠実で、平和的であり続けて欲しいと切に願うのです。そうそう、「趣味悠々」の「デジタル一眼写真術」は参考になった。関口知宏の「鉄道紀行」ものんびり平和感があって好きだし、随分昔に放送していた「新日本紀行」。これも、そのテーマ音楽が素晴らしく、毎週愉しみだったな。いや~、日本放送協会の存在価値は大有りです。(^^)ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月28日
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昨日で、ブログ開設1500日。先を見ての1500日は、なんとも遠い道のりと思うけれど、日々、目の前を淡々とこなしていくとなれば、あっという間の1500日。此の1500日は、私に多くを気づかせ、そのスタート時点に比べ、当然に気づいた分だけ成長しているに違いない。ブログを書くことになつたきっかけはこのルートだ。栢野克己さん ↓よびりんさんよびりんさんには、すでに40回近くお会いしただろうか。福岡の仲間との縁は素晴らしい。人は、一歩前に出る積極性と勇気を持つことで、実に多くの好き出会いが生まれる。全国の、多くの非凡にて魅力ある楽天仲間と出会うことができたことは、私にとって大きな財産となった。人を観る眼も少しは深くなった。多くの人を観るということは、正に目からうろこ的に、いくばくかでも、自身の成長に作用したのも事実。さてこれからも、私は、日々多くの気づきを愉しみながら、己次第である、小さな成功を積み重ねていこう。気がつけば、コツコツの17万HITも目前だ。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月27日
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ぶつかり稽古の土俵に、例え弟子の姿が見えずとも立ち続けること。炎天下のグラウンドに、例え球児の姿がなくとも、ノックする姿勢をとり続けること。泥に塗れ、汗を流し、時に直情的で無骨でも、前を向いた変らぬ思いというものは、いつしか必ず人の心を動かせるものです。又、責任者はそのように自身を信じ、自負を持って生きなければいけないと思うのです。時にバトルもありながら、時に社長が社員にからかわれ、冗談言い合える、自由度満点の組織はいいものです。所詮、社長なんてただの人。思いは強く、拘りが強いから、ある意味ワンマンで社長をやっているのです。結果責任は全て社長にあるもの。とすれば、ワンマンでなくてどうしますか。選択もし、選択もされる。最も大切なのは、その生き方、思いの強さがぶれないこと。そこが、社員や周りの支持を得られるかどうか。結果はすべて社長責任。しかし、ほっといても機能する組織は最高だと思います。私自身に経営才覚はなく、ただあるのは、良くも悪くも、何時においてもぶれない姿勢。それが強みといえば強みか。金銭や物質のように手にとっての実感もない。何もないから弱い?しかし水のように、風のように、捕らえることができないから、反面、失われることもなく、永遠の自由さを持っているともいえるでしょう。300(スリーハンドレッド)紀元前480年。300人のスパルタ軍が、100万人のペルシャ軍に臨んだ伝説の戦いを映画化したもの。ややもすると形骸化した大規模な集合体よりも、気持ち通じ、個が活きた柔軟性ある組織の方が、針の穴程の小さき一刺しから、やがて岩をも砕く程の結束をみることもできるのです。歴史映画に観る、中国、紫禁城に響き渡る兵士の雄叫び。はたまた、北朝鮮の一糸乱れぬ集団マスゲームの様。異様な光景に、私は鳥肌が立ちます。先般の、オリンピックの開催式。1000人ですか?見事に揃った人の成す業、調和。素晴らしいと思いました。希望に満ちた調和はいい。明くる日、社員に言ったんです。「すごいな、やはり中国は」「うちの場合、数人であっても、あっち向いて、こっち向いて」「右向く人、向かない人、ばらばらかもしれんね」^^;「そんなことより、社長自身が、動きについてこれないんではないですか・・」”^_^”確かに、確かに。”^_^”一糸乱れぬ統率というものは、しかしややもすると個々は埋没し、しかも個々の心の真意は分らないもの。トップが人心を、真に掌握できる人であればいいのだと思うけど。大国中国は、これから是非、民が潤う真の大国になって欲しいと願います。掌握というより、究極は、ばらばらに見えても、大切なところで気持ちが繋がるかどうかでしょう。家族がそうであるように。所詮、人の心は、籠に押し込めた鳥の様に手なづけられるものでもありません。籠から放てば二度と帰ってこないかもしれないのです。さりとて、空を自由に飛びまわれる状態の鳥であっても、人によって、手をかざせば近寄り親しむのです。個々人が、平等な自由さを持ち、心に集う。それこそが最高の人の交わりだとう思うのです。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月26日
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昼前から博多に行っていました。天神であったエスクロー調査のセミナーに。福岡の空気は、やはりいいです。私になんとなく合います。エスクロー調査会員でもある私は、代表でもあり本日の講師でもある津村さんと、講義前にしばし雑談もし、夕方5時まで受講した後、すぐさま高速バスに乗り、先程会社に着いたところです。やれやれ、自分のオフィス兼喫茶室は、やはり寛ぎます。愛機のスイッチを入れ、大好きなビルエバンスのCDを聴いています。ビルエバンスのピアノの繊細さはたまりません。40年前の録音が、美しく心に響いてきます。さあ、一息ついて、しばらく仕事です。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月25日
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当社は、よく土産や贈り物をいただきます。最近、それは毎日のことのようにあります。実に有難いことです。社員はそれを、ごく普通のことと捉えるようになっていないか・・長い間、小さな会社がここまでやってこられた上で、私の場合、このいただきもののひとひとつに、その有り難味を実感するのです。そして心より感謝するのです。此のところ、毎日のように業界を越えての企業倒産をみます。しかも、そこそこ名の通った中堅企業も多い。そして、不動産、建設関連も、頻繁にみるようになってきました。売り上げ規模も大きく、5~10年で急成長した企業の倒産も数知れず。しかし思うのは、投資、投資、いつしか一様に追い求める方向が同じで、その類の企業の社長の顔は、何故か同じ様な「相」を持っている。それが事実でもあるのです。今や、市場経済においては、大企業も一寸先は闇の感さへあります。そういう我が社でも、厳しき市場変化に先は不透明さを孕んでいる事実に変りありません。物に投資しての拡大路線。というより本来、その気がないのが、いいのか悪いのか。そのような経営才覚も全く持ち合わせしていませんし、興味もない。しかしながら、経営者として、策なくして現状維持のままでは、現状維持さへままならず、小さいは小さいまま、名を成すこともなく消えていきます。今の時のように、環境が厳しければ厳しいほどに、投資は、身を削ってでも人に投資する。そして、多くの企業と一線を画した成長の立ち位置でいること。意識せずとも、それはこれまで通り、変らずに私の姿勢となっているのです。台風は、台風の目の中に入ってしまえば、直に風雨にさらされることもありません。経営も、人生も、明確で信じるところの、こだわりが不可欠かもしれません。不動産の仕事をして不動産を所有することなく。やがていつか消えるとしても、決して目立つ事もなく、派手さを持たない、広い視野での人への投資というものは、無形の財産として、失うものもなく、人の本質として不変の波間を壊れることもなく、永久に漂い生き続けることとなるのでしょう。それこそが私にとって本望といえるもの。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月24日
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顔に後ろ足で砂をかけられるような仕打ちをされたとしても、果たして人を許せるのか。結論は、許せるのだ。人は、生きる上において、無念さ、歯がゆさを多々経験するものだ。おとなしい性質、優しき性質の人間は、エネルギーの強い人に、ややもすると、その良さをかき消されたりもする。競争の社会のなかでは、饒舌も立ち回りの良さも、一見生きていくなかで優位を創っていくのも事実だ。もちろんそれが全て悪いことだとは言わない。歴史上を振り返っても、現代社会における組織においても、ひとつの強いエネルギーによって発展形成され進化を続ける。しかしながら、そのリードするエネルギーによって、謂わば、常に陰に隠れ後塵を拝すような人生があるのも事実だ。私は、社会において、脚光を浴びる人の陰に隠れがちな人につい眼がいく。コツコツと、時に満身創痍で、人間関係における苦汁も辛酸も舐めてきたからこそ、ついそう思ってしまうのかもしれない。だからといって、同じようにうまく立ち回りも生きていけたわけでもない。また、その、ただ自分なりに懸命に生きてきた証を、決して美化していうつもりもない。ただ、数々の無念さ、悔しさの上を、直に歩いてきたことの、事実としての自負があるだけなのだ。会社という組織でも、政治の世界でも、広く社会という枠組みのなかでも、誠実のなかの無念さは多々あるものだ。例えば、数多くあるのだろう「冤罪」という事実しかり。歴史上においても、英雄と呼ばれる人物に隠れて数々存在する。強きエネルギー。しかしそれは、やはり進化していく上での必要不可欠な部分でもある。けれども、際に生きた人物達が、脚光を浴び、歴史の道筋を拓いて名を残した人物に比して、「人」としての観点において劣るのかといえば、決してそうは言えない。また激動期において、私心を持たずに崇高なる志を持って事に向かい、結果尊き名を歴史に刻んだ人、歴史の隅に散った人物もいる。人生における数々の不条理、そして時に無念さということ。果たして不公平というものはあるのか。自分が生きた道というものに照らして、それが、懸命に誠実に曲がりなく自負できる証として、自らが胸に手を当て偽りのないものならば、それはもう、すでに紛れもなく数々の悔しさ、無念さを超えて、例え小さなかがり火の様でも、消えることのない、人生を生きる支えの灯火となりえるのだと確信する。A.Jクローニンというスコットランド生まれの作家の著作に「青春の生き方」というのがあった。三十五年程も前にTV放映されもした。貧しき乏しい環境のなか、細菌研究に苦心する若き医学者と、彼に愛情を注ぐ女子医学生が主人公の小説。TVの脚本によるのか原文訳そのものなのか、また正確性も定かではない。その話の内容のなかの最終場面あたりに出てくる話し・・・印象的に今も私のなかに残っている。・・・心血注いで研究した成果が陽の目をみようとした寸前、組織的な大学の研究チームによってしたたかに出し抜かれ、彼のそれまでの苦心は泡と消えてしまった。・・・その純潔な物語の最終のその場面に、彼を愛し支え続けた彼女は、落胆している彼にこう言う。「誰が分らなくてもいいではないの」「あなたがこれまでしてきた事実と、そしてその事実を、少なくとも私は知っている」「だから悔やむことはない」確かこのような内容だったと記憶している。その時、私はその場面に深く感動したものだ。人は表に目立つか目立たないか、常にフットライトを浴びる人と、時に日陰に甘んじている人と。しかし、その立ち位置というものと、人の「格」というものは正比例しないということ。あの、歴史上有名な鹿児島の英傑西郷隆盛。人気度においても全くの陰に隠れてしまった大久保利通。あえて言うならば、人間的「格」という意味では、大久保利通の方が上であるやもしれないのだ。(注。私の主観なのでお許しを)人生におけるスターと脇役。但し、例え今、その後塵をはいするような立ち位置であろうとも、決して懸命さと誠実さを失わないことが結果幸運を呼び込む必須条件だと思う。何事にもめげないひたむきさは、いつにおいても必要不可欠。幸運を手元に呼び込むためには、決してあきらめず、前に希望を失わず一歩踏み出す努力を怠らない事。顔に後ろ足で砂をかけられるような仕打ちをされたとしても、果たして人を許せるのか・・・あるいは屈辱も。無念さと歯がゆさを抱く場面は、生きている上で多々ありながら、しかし、どのような状況下においても、その相手に、一分の反省点と良さを見出せば、例えお人よし的であろうとも、また許せるのだろう。時に饒舌さと、抜け目ない相手の立ち回りに数々苦汁を飲まされることがあるとしても、真摯に生きる事実を我は知るで、自らの懐深く落としこみ、確かな礎になりえる。真摯に精進することによって生まれる、飛び切り上等の縁というものが確信できれば、悔やむこともない。人としてのレベルにおいて縁は縁を呼ぶ。それを信じることだ。そして不公平などあるはずがない。人の世の、多くの仮の矛盾のなかで、大宇宙的な悠久の時の捉え方ですると、決して不公平などないとなる。そう断言してこそ、陰に埋もれて懸命に生きる人が、まるで炙り絵の様に、陽の目をみるのだと考える。そして、決して失われることのない、万人に向け不変に存在する、希望もまた見えてくる。我こそが我を知る。自分が自分自身をどう生きたかが大切であり、少なくともそう自負できる己を知るものがひとり。そして、何言わずともしっかり見守る天が存在する。しかるに、いついかなる時にも、決して独りではないと言えるのだ。万一孤独になるときには、自分自身に対話をすればいいだろう。外に翻弄されるより、対峙するは我なり。誠実な自分自身を信頼し、天に見守られ今日を、そして明日に希望を持って生きるということ。さすれば、きっと価値あるものを、身近に手にすることができるはず。誠実に生き、努力を惜しまない人を、天は見捨てない。見捨てるはずがない。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月22日
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知人に紹介され、中国人が経営しているという角打ち風居酒屋に仲間四人と連れ立って行ってきた。場末のその中国人がスタッフの小さな居酒屋は、知人の紹介弁の通り、隣合せとなった初対面の客同士でも、すぐに昔馴染みに変わるような、気さくさと安価なつまみが魅力的な店だった。それぞれの人生を持ちながら、三々五々にやってきては、しばし勝手に各自の一日を癒し、また帰っていく。集まる客も世代を越え、境界をわきまえた適度な距離感を持って客に優しい、言うならば癒し系の店だと感じた。初めて入ったその店で、山東省出身という中国人のスタッフは、カウンターに並んで座った我々を観ながら、私達のなかで、顔立ちの雰囲気も同じものを持っている人がいると言った。山東省の雰囲気・・「では、誰が?」という私達に、そのスタッフが指差したのは意外にも私だった。確かに予想もしないことだった。一緒にいた仲間のなかでは、私自身が顔立ちも雰囲気も、最も日本人らしいと思えたからだ。しかし、そう言えばそのような事を、ここ以外でも何度か言われたような場面があるにはあった気がする。「温家宝首相を観ても違和感ないでしょ?」そう言われても、正直私の概念的中国感はそれほどよくはない。しかし、人間というものは、国家の思惑外においての個人レベルでは、概ね国境なくして優しく付き合えるものだ。しかし、果たして、私のルーツは中国なのか・・日本海側の私の故郷は、確かに辿れば中国大陸からやってきている可能性も大なのだ。悠久の大宇宙を泳ぎ渡っていく私の魂は、しかしながら、深く想ってみても、西欧、アメリカ、あるいは中東等々の雰囲気に、私のルーツを全くといっていいほどに感じはしない。そのような観点からすれば、やはり中国あたりが最も近いのかもしれないし、日本と中国において、私の魂は流転してきているのかもしれない。中国山東省・・・か。早速中国山東省を調べてみる。おっ!出身者のなかにはなんと、孔子 孟子も。そうか、やっぱり・・と意味不明に納得。とりあえず私の魂のルーツは、中国山東省にも一時その存在があったということにしよう。極めてポジティブにおき楽に。そういうことにしておこう。(^^♪ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月21日
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人の心の繋がりというものは、危うさと脆さを持っているものだとつくづく思う。複雑に絡み合い、何がどうしてどうなった?てなことが多々ある。正に秋の空だ。そんななかで、例え荒削りで、無骨であっても、変わらぬ人の方が、付き合う上で余程に安心感を生む。人の内心というものは、実に厄介だ。腫れ物に触るかのような付き合いは気疲れする~~。私にとっては、純粋でさっぱり人間がいい。複雑な人の感情より動物の方がまだいいかもしれない。イルカとでも一緒にいたいよ。イルカとはすぐに友達になれる気がする。自然と動物は実にいいや。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮グよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月19日
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このところ、妙に身体も心もやや倦怠気味。これは身体の老化現象によるもので、若い若いと思っていた私も、ついに中年の仲間入りをせざるを得ないのか・・と感じる今日この頃。まあしかし、実際、すでに完全に中年、否、中高年の仲間ではあったのですから、しかたない。今更じたばたしてもではあります。確かに身体の変調も多少精神に作用する。そんな私は、盆休みの間、完全にただのおっさん状態でした。日頃は年齢などさして気にすることもなく、周りからは実年齢より若く見られている私。「若い」「そんな年齢にはとても見えない」そう言われて悪い気はしません。但し、私の場合、女性がそう言われて嬉しいのとは少し違い、「そうか、まだまだ心は老けていない、はつらつとしているんだ」(^^)そんな感情でしょうか。そしてややお気楽傾向なのも影響しているのでしょう。ところが最近、何故か心身ともにやや倦怠している。確かに鏡に映る顔も、多少くたびれてきたかな・・と実感することが多くなってきました。身体の節々も痛い。随分と、あちこち、がたもきているようだ。脚を組む時に股関節が痛い。元々短足だから脚が組みづらいのだが、益々組みづらくなってきた。^_^;気持ちは若いときとちっとも変わらず、年月だけが過ぎていって、いつしか中高年になりそこねてしまった私。仕事というものは、自らの感性が輝きを失ったときがリタイア時だと思っている。さて、盆開けて・・・いや~初日からなにやら忙しい。考えている暇はない。あれもこれも、ああしたい、こうしたい。人の縁も愉しい。運も回ってきているようだし。今まさに、スクリューに絡んだ藻も解け、さてヨットに帆を揚げ、相応しききれいな風に舟艇を任せてヨ~ソロ。てな感じでもある。そして忽ち腑抜けな私がまたどこかに吹っ飛んでしまった。ちょいと集中してちょいと心を自由に遊ばせて。同年代はどいつもこいつも萎んでいるように見えるが、私は、まだまだなんとか感性を持ち合わせいるようだ。音楽聴くのも、写真撮影するのも、奥深く新鮮で、益々愉しくなってきた。休み明けの職場は実にいい。ビジネス街の朝ははつらつとして心身ともにいい。ぴりっとする。やっぱり、仕事をしてしっかりエンジョイするプライベートは最高だ。というか、趣味なんだか仕事なんだか、その境目のない、その私流の仕事感覚こそが、私の活力源なのかもしれない。あまり深くも考えない。考えられない。大して策もなく、良きイメージで生きているだけの私。しかしなんとなく、感覚的に良い縁を回す生き方で、結構やってこられている。たかだか八十年という短い人生。真の価値が何であるのかを知っている、私なりの生き方。結構気に入っているのだ。物質的なものより大切なもの。いつでも風に乗せて、天高く舞い上がりどこにでも飛んで行ける、真に価値ある自由で身軽な魂こそ、私にとって不可欠で大きな財産。そして、人生上において、実に良き、自己成長の為の巡り合わせをもたらせてくれるものなのである。老化現象も多少認めざるをえないが、いや~まだまだ感性は若い頃とちっとも変わらない。我が感性は不変だ。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月18日
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今日でお盆休みも終わり。昨夜は、扇風機も要らずの、過ごし易い夜とともに、「あれ?」と思わせる夏の終わりを感じさせました。盆を過ぎると、蝉の鳴き声の変りとともに、炎天下の喧騒が次第に遠のいていくようです。昔から、夏というものは、濃い青空と、もこもこの白い雲と人混みの砂浜と・・そのぎらぎらのざわめきの光景の陰に隠れて、なんとなく寂しさを持っている気がしていました。束の間の季節だから、余計にそう思わせるのかもしれません。随分と昔から夏がくる度に・・・あと何度夏を迎えられるのだろう・・・ついそう思ってしまいます。喧騒と裏腹の一抹の寂しさというもの。なんでしょうね。しかし、何度も夏はやってきていますが。"^_^"でも、まだまだ日中は、昨年同様に当分の間暑いのでしょうね。さして変ったこともなく、しかし心落ち着ける故郷です。北九州市に住んでもう三十年以上になりますが、いまだに馴染みません。市民の皆さんすみません。他意はありません。元来、田舎が好きなのでしょう。おだやかできれいな風景というものは、一日中眺めていても飽きることはありせん。萩にてこれは角島の海です。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月17日
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境内を掃き清めている方を見受けるだけの、まだ観光の人気もない静かなる早朝の松陰神社と松下村塾。ゆっくり時間をとって、気持ちいい朝の散策をしてきました。松陰神社から歩いて15分。松陰誕生地に隣接した松陰とゆかりの深い人々の墓が建ち並ぶ墓所。案内の立て札によると、「松陰の墓は、松陰の没後、遺髪を埋めて百ヶ日忌に建てたものであり、墓前には門人の久坂玄瑞、高杉晋作など十七名が寄進してその名を公然と刻んだ水溜め、花立て灯篭が供えてある」とあります。松陰先生の墓前に手を合わせ、その両脇の花立て灯篭を観ると、年月の苔に塗れて確かにその刻まれた門下生名が読み取れます。各人のその刻みを、そっと手でなぞりながら、朝、私一人の墓所は実に静かで気持ちよかったです。松下村塾と松陰誕生地の中程にに所在する、松陰の叔父玉木文之進旧宅地内の納屋軒先に釣り下がっていた玉葱。玉木文之進は、松下村塾を開いた人なのです。城下町萩は、おだやかな町です。束の間の帰郷の終わり。帰りは日本海側を走り、途中「角島大橋」へ。島内は海水浴客で賑わっていました。しかし、ここのエメラルドグリーンの海は素晴らしい。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月15日
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見事に整然と積み上げられた城の石垣も、近づいてよ~く観ると、主を成している大きな石の隙間を、小さな石が大きな石同士を接合するように埋めているのが分る。人力に頼った昔人の、その壮大なひとつの構築作業に感嘆しながら、しかし、正に人生はこの城の石垣づくりに例えることができるかもしれない。そして私の場合は、その石垣の、大きな石と石の間を埋める、その昔人的、汗にまみれながらの正に小さな積み重ねだったように思うのだ。しかし、しっかり懸命に生きることは、どの様な逆境のなかでの経験も、どれひとつ無駄はなく、その経験と積み重ねのひとつひとつが確実に活きている。小さなひとつに精一杯に誠実の対峙をすることによって、結果の自分なりの石垣が構築されている。そしてその私の石垣造りは、全く終わりが見えない。個人的にも経営者としても。まだまだ、あれもこれも、時において、気付くと不揃いになっている石の入れ替えもしてみる。又、近目に遠目に観なければ、理想に向けたその全体を掴むことはできない。私の石垣は、決して見た目に拘らない。頑丈で綺麗に削り出した大きな石よりも、私の理想的石垣、そして大切とするところ、私に相応しき石は、案外これら、城の石垣に近づいて観てようやく分る、その隙間を埋める、重要にして形は限りなく「小」の、私の経過した人生的石群なのだろう。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月14日
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当社は本日から17日までお盆休み。しかし、今日を含め、この間も少しは仕事になりそう。明日は、帰郷。変わりない町の、いつも通りの、静かなる内心を持っての街散策。右肩上がりのその筆致を見ると、熱情と、時としての激情さへ感じさせる。その人柄は、あまりに素のままの純粋さ故に、傍から見ていてはらはらするほどだ。激動の時代に生きた人は、概して皆純粋だ。純粋ゆえに、その真情の発露が変革を生み出すのだろう。取り分け、松陰先生の場合、その純粋さが大だ。純粋さが際立って、その熱情と時としての激情が、周りをはらはらさせる場面がある。しかし、私は、その極めて人間臭い、先生が好きなのだ。手にとるように分るその心の内は、激動の時代においては、確かに傍目にはらはらの、ある意味多分に危うさを孕んでいる。けれども、それこそが先生の良いところだ。荒削りであっても、素の人間性というものは、ひとつの信じられる安心感をもたらしてくれるとともに、だからこそ心許し、魂も安らぎを覚える。だから私は、その極めて人間臭い、素のままの先生が大好きなのだ。いつまでも一所に居たい。そのように、強く思わせるお方だ。そして、何度でも書こう。江戸獄において、松陰先生が処刑前日の黄昏時に仕上げたという弟子への遺言書「留魂録(りゅうこんろく)」なかでも特に知られるこの八節。今、夏空の下、蝉のざわめきとともに再び胸に染み入る。留魂録ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月13日
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厚生労働大臣枡添要一名で社会保険庁から「ねんきん徳別便」が届いた。年金加入記録について、「もれ」や「間違い」を確かめ、必ず回答をお願いします。とのものだ。職替えを度々してきた私にとって、この問題は多少なりとも気がかりではあった。しかし、その私の加入記録欄を見ると、1.国年(国民年金)2.厚年(厚生年金)3.厚年4.国年5.厚年6.厚年7.国年8.厚年9.国年10.厚年とりあえず記録に間違いはなかって安心した。見れば実にめまぐるしい変遷記録。厚生年金加入ない会社もあったし、資格取得~資格喪失の期間を見ると、半年の場合もある。最も長い加入期間は、経営者になってからの、現在におけるものとなってしまった。多くを期待できない年金受給など、支払い分に比して将来の受給額などとても割りに合うとは思わないが、しかし、それはそれで、給与からの天引きの類と同様、払った額を残そうと思っても残すことはできなかったはずだ。しかし、振り返ると、改めて人生苦労の連続だった。特に金銭的には。けれども、その苦労は、私というより、家庭を預かる妻の大変さだったろう。私は、といえば、それはそれで、精神の荒波なのなかを、光求めて穏やかなる海原を目指しながらも、模索し選択してきた自らの道なのであって、もがきながらも前に向いていたから。妻は、決して多くを話さず、独り胸の内だけで悶々としていながら、それはそれで常に一歩踏み出さんとして自分自身を信じてのことの私と違い、全くこの先どのようになるのか、明日をも見えないなか、その不安はとても大きかったに違いない。また、その大きな不安の妻の心情をおもんばかるばかりか、今を抜け出すことで精一杯の、余裕のない私でしかなかったのである。「ねんきん徳別便」を見ながら、そこに記された私の記録の変遷を、曲りなりにも「男の履歴」?と自負?しておこう。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月11日
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以前勤めていた会社に、夏の挨拶に寄ってきた。すでにここに長く勤めている、応対してくれた顔馴染みの事務員さんが「○○さん、昔とちっとも変わりませんね」社長も不在で、直ぐに暇をするという私に、「まあまあ、ゆっくりして行ってくださいよ」と言葉を継いで笑顔でアイスコーヒーを出してくれた。確かに、十五年前と変わっていないはず、気持ちだけは。内心を表す外見も、要するに子供のままなのかもしれない。しかし、それはそれで、もちろん百年経っても意識ある内は、精神など変わろうはずもない。昨日も言ったが、私は、人の使い方が下手と認めざると得ない。調理人とその見習、師と弟子。考えてみれば、つい付き合い方はそのような、まるで職人世界の風景など、確かに今時の職場にそぐわないかもしれない。気持ちでぶつかるしかできない私は・・まるで弟子に対する鮨屋の大将か、^_^;しかし、どんまい どんまい。これからも、この私流でいこう。人の心というものは、発する側のその誠実なる熱情によって、必ず岩をも貫くことができるもの。そして、魂は、互いに必要とする魂を引き寄せる。がんじがらめのルールで築かれたものは、一見強固に構築されているようでも脆さを多分に孕んでいる。心までは捉えることはできないからだ。他方、心で繋がったものは、それは組織においても、まるで強い風雨にも折れずにしなやかなしなりを見せる柳のようなものであって、組織であってもただの人の縁であっても、強く意識せずとも理想はそこを目指したいもの。真の精神が一になって方向性が合致すること。これができれば、あれこれ細々と指図する必要もない。人の使いもまどろっこしく、下手な私が、最も楽な方法。あれこれ言わずとも機能している組織。なんとなくでも、どこか大切な部分で繋がり、個々人が柔軟性を持って自立していること。そして、社員がお客さんに支持され可愛がられ、成長し、私生活も潤えば、結果的に会社も潤うはずなのである。言いたいことが言え、自然ななかで個人が良き円を廻すことができる組織。それをバックアップできる会社と経営者。「偽造しろ!」というのではない。「喜ばれる筋道の通ったことをしなさい」ただそれだけ。だからこそ拘るのである。人を。当社は誰でも要らない。時に甘さあり失敗もしながら、しかし、人を観る上では絶対的な自信があるのだ。確信を持って言えること。人には紛れもなく内心が表現される相がある。当社は、その良い相の人々が円を描いている、正に心の交差点なのである。経営者として未熟な私が、あまり考えなくても上手く機能している会社。なんだかこのところ面白くなってきた。数々の企業の失敗を見てきながら・・経営者としては未熟だけど、何もないけど、どう考えても、私には重石のようにしか思えない所有ビルもないし、又、持つ気もさらさらないけれど、私なりの心眼を持つことができて、これ幸い。これこそが、最大、最高の私の財産なのである。いや~ 心の財産は、大きくいっぱいの豊かさを持ちながら、実に身軽でいい。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月09日
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やっぱり私は男が好きだ!と言っても、決して変な趣味があるわけではない。昔から、どうも女性は苦手である。話し易いし、あれこれ言い合い、語り合える男がいい。男はロマンチストでもある。酒飲んで「この野郎」「馬鹿野郎!」と言い合っても、気持ち通じ、後はあっけらかんとしてもいられる。女性を上手く使ってこそ最高の人心掌握などと言うが、とてもそんなことは私には合わない。女性への接し方も下手だし、気疲れするだけだ。上手くもない気を使いすぎ、へとへとに自滅してしまうところがある。だからやっぱり男がいい。しかしもう一度言う。私に決して変な趣味があるわけではない。最近ブレイクのこの人・・女性の割にはさっぱりでいいではないか。”^_^”というより、女性より余程女性らしいではないか。再再度言う。私は決して、その趣味はない。しかし、やっぱり男が好きだ。(^^)ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月08日
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松本サリン事件の被害者である河野澄子さんが亡くなられた。14年間に亘る闘病生活の末だった。14年間という長い歳月のなかで、意識なく病床に伏した妻を、夫河野義行さんのように献身的な心で支え続けることができるのか、私には、とても自信もその持続する心さへもおぼつかない。輪廻する、悠久の真の世界における今の世というものが、例え一時のものであるのだと思ってみても、それはそれで、受難の過酷さは、計り知れなく痛ましい。そして、昨日のニュースに、河野さんが歩んでこられた想像に及びがたい道程と、御家族のあり方というものに、深い感動と尊敬の念を強く覚えるのだ。意識なくとも、しっかり夫の献身振りを観ておられた奥様。立派に成長されたお子さん共々、素晴らしい魂を持つご家族の縁というものを感じる。甘えと偽善の私など、恥ずかしい限り。感銘深く、そして改めて自分自身の気持ちを真摯に見つめさせていただく機会を得た、河野義行さん曰く、「我が家における、松本サリン事件の終わり」のニュースだった。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月06日
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私利私欲が蔓延する、ふにゃふにゃの今の政治家より、余程に気骨ある精神が素晴らしい。この方の様に、著名になるほどに、鼻持ちならぬ傾向を持つ女史もいるが、彼女の場合、それを微塵も感じさせない。静かなれど、論理的に説得力を持ち、また奥底には、人を思う深く広き心も持ちあせておられる。さっぱりすっきりジャーナリスト櫻井よしこ氏ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月05日
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二年前に現所在地に移転する前の十三年間というものなんと、飛び込み来客が五、六人程度という不動産会社も珍しいのではないだろうか。というより皆無に近いのではあるまいか。五、六人程度と言っても、それは一日でもなく、一週間でもなく、一ヶ月にでもなく、なんと1年に、なのであるから、ある意味ギネス?ものかもしれない。大通りを折れた、人通りのない路地の、7坪程の極めて狭小なる店舗。しかも、未だかって店頭に不動産の情報チラシや風にはためくのぼり等々、およそ不動産業を知らしめる掲示などしたことはないのです。あるのは、Nextの看板だけ。積極的な営業を試みる性質でもない私の傾向と、業者は皆親しく知りながら、その地域に突然参入することになった訳により、ちょいと控え目にして、この業の基本的営業鉄則である地域密着し、深く浸透する、という展開もしませんでした。突然の独立で内心、日々戦々恐々のなか、しかし、じつに緩やかなる、のほほんとした、その日暮らし的営業をしていたのです。まあ、ひとつの自由さを手に入れ、日々大変ながらも、そこには、小さな満足があったのかもしれません。「不動産でひとつ儲けてやろう。自社ビルを建ててやろう」などと大それたことの、微塵も考えたことがありません。この控え目?さが私流で、今でも変ることはありません。二年前に移転した現在地は、更に人目につかないビルの中の一室。同業者は、異口同音に、「なんでこんなところに。誰も客が来ないだろう」と言います。確かに、路面の人目につく店舗とは違い、飛び込み一見客はほとんどありません。大会社ならともかく、一般客を主に相手にする小さな不動産会社にとっては、普通はありえない話でしょう。しかし、以前より、訪問していただくお客さんは増えているのです。以前があまりにも少なすぎた?トータル十五年間。遠慮がち?の経営のなかで、私自身、よくもここまでトロトロと生き延びてきたな、と。性根のない、トロトロの経営は、決して褒められるものでもないのですが、それはそれで、数ある不動産業者のなかで、ひとつのスタイル確立?として、私流に許されるのかなと。で、思うのです。やはり、ここまでこられたのは、多くの人に助けられたに違いないのです。コツコツと自分なりの誠実を繰り返しながら、そこに多くの援助が取り巻いていたのです。当社には、時々、「御社に入社したいのですが」「まだ募集していますか?是非面接していただけないですか?」と、メールや電話をいただくことがあります。身の丈に合った、必要な人材は求めなくもないのですが、積極的に募集しておらず、本当に、当社に合った縁があれば、とのスタンスですから、問い合わせの時には、その旨を伝え、それでも是非、というときには、何かの縁があるかもしれないと、一応面接するようにしています。面接時、私は、「他人の庭はよく見えます」「当社は本当に小さな不動産会社です」「儲かる。といいうことから言えば、数ある不動産業者のなかでもほとんど下の方です」「しかし、心意気だけは、一番かな?"^_^"」私の悪い癖で、自社のいいとこ悪いところを、初対面の面接の時に、切々とつい気持ちを暴露してしまうのです。で、私は人にこだわりがあるので、相手を観て、断ることも度々ありますし、それでも入社したいという人には、「もう一度言いますが、大した会社ではありませんし、欠点だらけの経営者です」「苦労も掛けるし、私自身未熟ですから、多々迷惑を掛けるかもしれませんが、それでもよいなら、まあ来てみたらどうでしょう」「但し、社員をひとつの駒で扱うこともありません。全責任は私にあって、精一杯面倒観ます」「共に成長できる場にしたいのです」とうとうと、思いを正直に言うのです。振り返って・・有形資産もなく、資本も乏しく、しかしここまでやってこられたのは、無形の、しかし最も重要な、人の心によって助けられたのだと思っています。この所、せっかくなら、更に私の理想形に会社を持っていきたいな、と強く思ってきています。「心」に生かされてきたなら、社内も社外も、その「心」の部分を大切にでき、真に魂の触れ合うものを構築していこうと考えているのです。有形の所有物より、無形の、しかしとても強いもの。それは誰しも簡単に持てるものでもなく、又、その真の価値を分る人も少なく。だからこそ面白い。小さくとも価値ある存在。今後、私は、その魂の触れ合う、「心」を大切にした組織づくりと人の縁を目指したいと思うのです。そして、その真に大切な部分で人が育ち、きらりと光る良い仕事ができれば本望なのです。此のところ倒産も相次いでいます。名の知れたとこも多々あり。やはり規模を目指すより、今は更に地中深く「心」の杭をひたすら打ち込む。会社全体で「心」のレベルを上げ、自社に、私に相応しき人の縁が回る。そのために、更に私自身が精進しなければなりません。有形はいつしか果てても、無形なる「心」は永遠。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月04日
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長い間経営者してきて、あまりに無策の、トホホ経営者だと、今更ながら、ほとほとそう思う。組織においても、良くも悪くも、弱さも含め全て胸の内さらけ出して・・さらけ出し過ぎ?本音、そして思い切々として魂でぶつかる。その様な生き方しかできない。それがすっきりして楽だ。旧いな~時代遅れの・・青春TVドラマ「俺は男だ!」の森田健作?経営者となってからでもなく、勤め人であったときも変らないからな・・社員は大変だろうなこんなB型社長の下で。”^_^”まっ、しかし、これはもう、今更どうしようもない。本音大いに結構。気持ちに勝るものなし。判断しやすいではないか。意気に感じて?ついて来てくれて感謝、感謝。人間には得て不得手がある。私にとっては、正直が一番。まあ、経営者としはほとんど失格。徒手空拳の経営者。しかし私は私。下手な技巧なしで、これからも本音で生きるのだ。コーチング?カウンセリング?そんなものも糞食らえ!だ。全てとは言わないが、表面なぞる、伝わらない形だけのものより、時に、魂ぶつかる気持ちが大切だ。稚拙な経営であっても、私にとっては、先ずハートが最も大切なのである。私なりの熱情。できないスキルは横に置いて、身も心も、結果は天に任せ、これからも自分を信じて、納得の道を歩いていくのだ。「意気に感ず」の縁が必ず回るに違いない、最高の人生を目指して。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月03日
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もう八月月日の経つのをとても速く感じます。人生は修行の場であるといいますが・・というより正にその場であるに違いなく。日々、少し進歩したかと思うと、またある時、後退したりと、その繰り返しのなかで、しかし、遅々としながら歯がゆさも持ちながら、しかし自分では、着実に前進している実感はあるわけです。日々、いたるところで気づくことがあり、今より少しでも成長できるチャンスがあるから人生面白いわけで、まだまだそのチャレンジの気持ちを持ち続けているだけ、なんだか自分自身を嬉しく思うのです。仕事においても、また人生においても、気づきを持たない人、あるいは、「?」意識の少ない人は、成長の信頼に欠けます。「?」意識があり成長意識を持っている人は、現状がどうであれ、正に兎と亀の例え通り、変化できる人として、安心感と信頼を生むものです。仕事をしているからには、生きているからには、時にずるずると後ずさりする場面があったとしても、また成長の次の一歩のハーケンを、岩場に力強く打ち込む精神は、死するまで持ち続けていたいものです。振り返ると、亀そのものであった私です。足の短さも亀そっくりですが、”^_^”しかし、その動きそのものの様に、遅々としながらも、踏みしめる一歩前進の止まない繰り返しだったからこそ、感慨深くも実感と自負が持てるわけなのです。この世における「人生」は、繰り返していく修行の場。しかし、いまだ気づくことの多々ある私は、後退、前進、繰り返しのなかで、もちろん、多くの試行錯誤を繰り返しながらも、「今より一歩前に」、の自己成長の愉しさは、いまだ失われることなく、自分なりの理想形目指す心ある限り、やはり、まだまだ、今世での修行を続けたいと思うのです。あちこちぶつかりながらも、遅々としながら歩んできた、自分だけが知る、その轍(わだち)を、遠く長く、少しでも延長させたいのです。そして、いつかその道の先が途切れるとき。一旦途切れた道を外れた私は、しかしやがてまた繋がる道の、そのスタート地点に立ちながら、できれば今の私で、再び永遠と続く道のりの一歩を踏み出したいと願うのです。亀の歩きの私は・・けれどもせっかくここまで歩いてきたのですから、逆戻りなんてする気もありません。というより、いつだって考えたこともありません。どの様な逆境下にあっても、前に向かう魂があってこそ生きる意味もあるというもの。希望というものは、決して後ろにはなく前方に存在するもの。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年08月02日
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