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どの様な状況下においても、決してめげずに明るくしっかり前を向いて、希望を持って一歩踏み出す気持ちを忘れず明るく日々振舞っておれば、幸運というものは、おのずと自分の内に呼び込むことができるというもの。「自らを鼓舞する」、というような気負いもなく、自然体で自分なりの「生」への良きイメージを常に持ち続けること。私など、そのイメージは妄想?と希望のはさみ揚げ?の如くもありながら、しかし、この漠然としながらも、抱き続けるその生きる上での価値感というものが、決してぶれることなく抱き続けられたお蔭で、結果として、様々な場面において随分と助けられてきたのも事実だ。土俵際においても、自分自身を信頼し、明日への希望を決して放棄しないこと。さすれば、ある日、ふとした折に、人を機軸にした真の幸運がそっと眼前に舞い降りてくる。そう、私にとっての幸運の機軸はあくまで人なのだ。これら幸運の類は、これまでの私の人生において何度もあった事。振り返れば歩いてきた後方に、確かにそう言えるものが面々と連なって、更なる気づきが私を追いかけてくる。多くの縁に感謝しながら、例えば生かさず殺さず的我が人生において・・・山あり谷あり それなりの・・生かさず殺さず・・の例えが的を射たものとするならば、そう、天は見捨てることはしなかったということ。たっぷりの、順風満帆といえるほどの幸運とはいかないまでも、私なりの幸せを沢山もらった。しかし、もし今ひとつ不足の幸運というものがあるとするならば、それはそれで、天が私に、なお気づかせようとしている、私の人生にとって授けられるべき相応しき幸運への、大いなる期待に他ならないと思われるのである。天は、いつも明るく前を向いている人が好きだ。天は、何時いかなる時もめげずに、自らまた明日に向かって一歩踏み出す人を間違いなく応援している。そして天は、真っ直ぐ歩む私なりの人生を今も静かに優しく見守っている。誰しもが手にすることのできる最大の幸せというものを、自ら手に取ることを。その為に必要な状況変化を。そして何より、障害を取り除き好転させる為には、自ら変化することこそが、最も手っ取り早く有効性を持った幸運への近道だと確信するのである。未だ進歩の余地を多分に残した我に乾杯。自らの改善に終わりはない。天よ、あなたの期待に大いに応えてあげようではないか。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月30日
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届いた「留魂録」を読みました。処刑の前日書き上げられた、門下生に残した吉田松陰の遺書ともいうべき「留魂録」は、同じものが二通つくられていました。松陰の遺体を引き取りにきた門下生に下げ渡された遺品の中に、この「留魂録」が含まれていたのです。そしてその内の一通が、江戸にいた門下生から高杉晋作ら宛名で萩に届けられました。届いた師が最期に伝えようとしたこの書を、門下生達はひそかにそれを回覧し、写本もされましたが、原本は所在不明となりました。もう一通は、江戸獄での同囚沼崎吉五郎なる人物に託されたのです。牢名主であり、獄中において松陰の講義を受けるとともに、松陰を尊敬していたという沼崎吉五郎は、その後、三宅島に流されます。↓これより古川 薫氏著(講談社学術文庫)から原文抜粋(中略あり)・・・・明治九年になって、当時、神奈川県権令だった野村靖(旧名和作、松陰門下、禁門の変で討死にした入江九一の実弟)の前に、ひょっこり一人の老人があらわれた。・・・・中略「私は長藩の烈士吉田先生の同獄囚沼崎吉五郎という者です」 といっていきなり「留魂録」を差し出したのである。野村はおどろいてそれを手に取って見た。まさしく松陰の筆跡である。小さく折りたたんだ跡も痛々しく、垢じみて変色しているのは、流刑地の生活もふくめた十数年、囚人として隠し歩いた苦心を物語るものだ。「先生殉難前の一日、この書をつくられ、私に告げていわく。――――自分は別に一本を郷里に送るが、無事に着くかどうか危ぶまれる。そこでこれを汝に託す。汝、出獄の日、この遺書を長州人に渡してもらいたい。長州の人は私をよく知っているはずだ。よって長州人ならだれでもよい――――とのことでありました。貴殿が長州出身であると聞いたので、今これを進呈します」 出獄後、長州人に渡せという松陰の依頼を実行した沼崎吉五郎は、長年ひきずってきた重責を果たし、ほっとした表情だった。 現在、萩市の松陰神社に所蔵され境内の資料館に展示してあるのが、沼崎の手で守られた松陰自筆の「留魂録」である。↑以上ここまで本文より。薄い半紙に切なる思いで書き留められた門下生への遺書ともいうべき「留魂録」。小さく折りたたんだ書を、松陰の死後、不遇の身辺においても肌身離さず大切に手元に置き、十数年の歳月を経て松陰の想いの約束を果たした、この沼崎吉五郎という人物。明治九年、ひょっこり現れ、獄中における師との約束をさりげなく当然の如く果たしたのを最後に、その後の消息を歴史上にみることもないこの人物。彼がいなければ、完全なる「留魂録」を見ることもなかったのです。感動的なこの遺書とともに、記憶に留めておきたい人物。とりあえず私は、崇高なる精神+1としておきましょう。さて書き留められた5千字以上にもなるこの書のなかで、やはり【第八章】が何度読んでも最も胸を打ちます。留魂録※色褪せた直筆書に、守り通した沼崎吉五郎なる人物の想いがいかほどのものだったのか・・ これまた、胸の熱くなるを覚えます。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月28日
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明日、注文していた文庫本が手元に届きます。一冊は、講孟箚記(こうもうさっき)獄中の身でありながら、同囚に獄中教育した吉田松陰による孟子の講義録です。野山獄この直ぐ近くには、今はありませんが、中学から高校生の一時期に私が住んでいた家がありました。山口県教育委員会発行による「維新の先覚 吉田松陰」本文記載の野山獄配置図をみると、角を挟んだ両道筋の一角に家はすっぽりと入ってしまいます。当時、私のなかでは、もちろん郷土の尊敬する人でしたが、さりとて今のように、その教えを深く捉えてみたことなどありませんでした。画期的ともいえる、深い愛で獄中教育までした松陰先生の、その獄跡に年月を超えてのほほんと住まっていたとは・・御無礼仕りました。”^_^”さてもう一冊は「留魂録(りゅうこんろく)」。江戸獄において、松陰先生が処刑前日の黄昏時に仕上げたという弟子への遺言書。留魂録三十歳にて没した崇高なる先生の精神というものは、時を超えて多くの人が強く惹かれるところであるでしょう。記されたその言葉を読み進めるにつれ、胸熱くなる程の感動が込み上げてきます。明日は届いた本を読みながら、改めてその松陰先生の精神を辿ってみたいと思います。・・・正直なのところ、私は、この先生の様な精神の持ち主の下で仕事がしたかったのです。仕えの身であっても、それは心にたっぷりの充足感にもたらしてくれたに違いありません。今でも、人との出会いにおいて地位も金も超えて、何より心が欲しているのが、その様な、私なりの充足感なのです。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月25日
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いや~なんだかんだ言っても、日々益々私のなかの、私のとって不要な部分が削ぎ落とされていく感じです。競い合い、せめぎ合いを離れ・・(ひょっとしたら落後していっているか・・^^;)そんなことはない。元々私は、そのせめぎ合い、競い合いの世界には適していないのです。考えれば随分と昔から、おそらく子供時分から、求めている世界はもっと別の所にあって、その心の安堵する場所を、いまだに漠然とながらも、何か充足感に欠けるなかに、それを探し求めている自分自身がいるのだと気がついたのです。どうやらその事が、此の頃、私の心の内でとみに明白となりつつあります。そしてそのことによって、益々、元来私に適していない部分が、それこそ硬くなった角質をポロポロ剥ぐような感じで、心のなかに確信されていくのがよく分って、真に魂の安らぎを感じるわけです。仕事に関してもそうですが、此の現実の世界とは別のところにいつも私の心はあって、端から競い合いの市場に、翻弄されることも心揺らぐこともまずありません。もちろん、現実を生きるに多少大変ではありますが。喧騒の渦中を離れてみれば、他愛ないことは多々あります。そして冷静に人も事象も観る事ができるのです。それよりなにより、塵埃舞う渦中とは違う、胸いっぱいに自然の空気を吸い込み、穏やかなる真の平和感、充足感を持つことができます。その充足感というのは、人それぞれですが。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月24日
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かれこれ二十年近く、私が通い続けている床屋。私が勤め人だったころ、まだ不動産経験も浅い時代に、将来の自宅兼店舗用地としての現在地を取得していただいたお客さんでもある。そして、今では、ひとつの礼節の間合いは持ちながらも互いに客としてのの垣根はない。さて、曖昧な予約制?のこの床屋へ行くには、「今日は忙しい?」「大丈夫のようであれば、夕方○時頃には行くの宜しくお願いします」と、私は一応電話を入れておくのだ。しかし、予定時刻に行ったからとて、必ずしも散髪をしてもらえる順番が確保されるわけでもなく、ほんの少し前にやって来た客に順番をとられることは多々あるのだ。もちろんこちらにしても、ざっとした訪れる時間帯を告げるのみで、店に着く時間は結構アバウトでもある。店に着いても、あいにくすでに二人、三人と先客の割り込みがある場合がある。そのような時にはせっかく出向くも、止む無くその日は中止して、自宅からも随分と離れた場所に在るこの床屋から引返すのだ。だから、私がその行きつけの床屋に行く時には、多少掛かる時間を見越して行くのだ。時に、床屋に着いてから終わるまで、なんと三時間も四時間もかかってしまうこともあるのである。そして、その様に待つのを苦にしないのは決して私だけではないというところが、この床屋の、他所とは少しばかり違っている特徴だといえるかもしれない。しかし、順番を待つのもまた苦にならず、その費やす時間と引き換えに、此処は私にとって至福の寛ぎをもたらしてくれる場所でもある。そして此処には、私とこの店との関わりが始まる前、すなわち二十年以上も前からの客の多くが、いまだに訪れているのだ。勉強とは縁のなかったような、中学、高校はどちらかというと進学組から外れたような連中が、その当時、そして社会人となった今日においても尚、ここの店主を慕ってやってくるのである。時に叱咤激励し、親も先生も言えないことを直球で言いながら、しかし案外その言葉に連中の魂が呼応していたのかもしれない。やがて県外に就職した若者が、帰省の折に度々立ち寄ったり、家庭を持ち立派にそれぞれの人生を精一杯送りながら、家族と共に縁をつくる人たち。客に気を使っているのかいないのか、その節も分らぬほどにどちらこというと無愛想ともいえる店主。しかも口が悪いし結構毒舌だ。初対面の客は、ここに出入りする客と店主との会話を聞くと一瞬戸惑うかもしれない。私同様、確実なる予約もとれない店にやって来て、結局頭を刈ってもらうことができずに、しかし、手を動かしながらの店主の、相変わらずの辛口に、「○○さん○○さん」と親しみを込めてその店主を呼びながら、時に互いに毒舌吐きながらもしばし双方会話を愉しんでいる風なのである。気の効いた言葉がなくとも、互いに本音で心から発する言葉が飛び交う気遣いしなくてよい空間がここには存在しているのだ。しかも、何気ない互いの会話のなかには、優しい心が宿っている。歯に衣着せぬ店主も、真実はとても他人に気遣いを持つ優しい人間なのだ。律儀さも十分にある。身体に障害を持たれているが、店主が入院したときには三々五々、皆が病院を訪れたのだ。この床屋に、昔も今も親しく集まって来る連中は、皆真に心の優しい人間ばかり。私は、1カ月に1度、私なりに律儀に二十年近くもこの自宅より反対方向の床屋を訪れ続けて思った。経営者セミナー等にある、「社員さんをその気に・・」云々の類を勉強した企業トップに、技巧的部分しかみられず温もりなど微塵も感じないケースが多々あったこと。あるいは「コーチング」「カウンセリング」の類を上辺だけなぞっただけで、発する言葉に心のひとつも伝わってこないケース等々。私はいつしか長く付き合うことになったこの床屋で、1カ月に1度立ち寄るだけの、これまでの二十年近くの間において、わずかな時間と空間に、どのような綺麗で気の効いた言葉も及ばない真の人の心の交わりが存在していることを確信できているのである。床屋の椅子に座り、頭を刈られながら、店主を後ろに互いにポツリポツリと何気ない会話を交わす、私にとってはとっておきの至福の時。先月はこんな話があった。現在地に移転する前の高校時代から来ていた客の子の話。やがて就職後も、やはり現在地へ時々来ていたその子。といってもすでに三十歳を超えていた。その子が最後にやって来たある日、「このところ身体の調子が悪いんですよ・・」なんだか身体の調子が悪そうな彼の様子が気になっていたけれど、ついそのままに・・その後何ヶ月か経ったある日、その親御さんから「○○さん、息子が先日癌でなくなったんですよ」と電話があったというのだ。しばらく来ないので心配していたけれど、つい自分も電話をしそびれたのだと店主は悔やんでいた。その亡くなった若者の父親曰く。「○○さん、息子はいつもあなたのことを言っていました」「病院に入院しているときに、○○さんにもう一度散髪してもらいたい」「そう言っていました」「私が、○○さんに言って病院に来ていただき、お前の頭を刈ってもらおうか?」「○○さんだったら来てくれるよ」そう言う父親に息子は「いいよ、○○さんも忙しいだろうし・・」と断ったそうなのだ。実のところ、彼は、この身体に障害を持つ店主の身体の調子を気遣いそう言ったのだ。そして亡くなった。さぞ最後に会いたかったに違いない。辛口を、毒舌的冗談を多々言い合いながら、関る客の葬祭にはその都度律儀に尽くす店主。客もまた用事もないのにふらりと立ち寄ったりする。旅行に行っていたからと言っては、手土産を持参する。店主も、仕入れてきたといっては、いつものぶっきらぼうな調子で、その都度分け振舞う。昨日は、私も干物を分けいただいた。いまだに独身の子の結婚の心配をする。職の心配をする。家庭の心配をする。・・いつものぞんざいな口調で。店主は店主で、客は客で、学生の時も、社会人となっても、エリート集団とは程遠いかもしれないが、人間味溢れた人の交わり。此処には言葉を超えて、互いの律儀と思いやりが何気ないなかに交錯する。それが私は好きだ。顔も知らない親から、「息子がお世話になっています」とある日声を掛けられる存在。つっけんどんでな口調でしか客とやりとりできないのに、何故にこんなにも皆に慕われるのか。もちろん世間一般的な常識に考えれば、それはそれで未熟さもありながら、しかし、その奥のこの人の、「素」の心でぶつかってくる温もりを感じているからなのではないか。人心掌握術、コーチング・・そのような術などを心得ているわけではない。ただ、「術」より大切な「心」を持っているだけに過ぎないのだ。言葉はどうであれ、スキルをマニュアルを超えた、あるいは小手先のスキルだけでは決して超えられない「ハート」がある空間。ここにやってくるのは、店主より年下であろうと年上であろうと、気を使わない居心地の良さを求めて良き人間が集まってくるのである。時に、三時間順番を待とうと、私は、親しき交わりの会話を傍らで知らぬ振りして聞きながら、十分に平和な時間を過ごしているのだ。一人しかいないこの店で、散髪の途中、店主はコーヒー豆を挽いて入れてくれる。忙しい時には、「○○よ、お前自分で入れてくれ」と若者に言う。「お前のだけでなくて、ちゃんと皆の人数分入れろよ」「わかりました」と若者は、他の客の分まで用意するのだ。不思議な、実に魂の居心地のよい温もりのある空間なのである。ある日、店に店主と私の二人きりのとき、まだ独り身の店主が私にポツリと言った。「最近私も身体の調子悪いし、将来を考えると不安ですよ・・」で、私は言ったのだ。「○○さんはある部分幸せですよ。私の知る限り多くの人に慕われ皆がいつまでも寄ってきて」「何かあっても皆が助けてくれます」「いくら金があっても地位があっても、いざとなったら見向きもされないケースが多い中、○○さんは人に助けられる」「素晴らしいことです」(^^)今日も私は、その店主と他愛ない会話を愉しんできた。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月20日
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会社用のドメインが明日で切れるというのでこの二、三日すったもんだ大変でした。従来、といっても現在のサーバーに乗り換えた時から、そのレンタルサーバーの会社に手続き代行してもらっていたのですが、なにやら管理会社のシステム変更とやらで、今回だけ当方で直接にアメリカの管理者へアクセスして手続きをしてほしいとの代行会社から知らせがあったのが1カ月前。その後、悠長に構えていて、気づくとその期限の20日が目前となっていたのです。それでも簡単にできると高をくくっていたのですが、いざとなると、なかなかIDやパワードの再取得なので、簡単に先に進みません。何せ、英語サイトなのですから。当社のPCネットワーク全般のサポートを任せている会社の担当者さんに来てもらって、いろいろ試みをしてみてももらったのですが、それでもうまくいかず刻々と期限は迫るばかり。メールでやり取りしていてもらちあかない。いよいよ、明日に迫った今夜、信頼するPCサポート会社の担当さんが、同じくサポートを請け負っているという、当社の近くで通訳や翻訳の業をされている会社のスタッフの方を連れてきてくれました。で、当社から直接国際電話をしてもらい、ぺらぺらぺら・・YES OK?・・等と流暢な英語で相手オペレーターとやりとししていただき、無事先程更新できたのです。いや~英語が話せるって素晴らしいな~ 格好いいな~。傍で聞きながらつくづくそう思いました。「あ~ う~ あれがこうしてこうなって・・」日本語もしっかり話せない私にとっては羨ましい限りであります。途中、パスワード設定のところで・・忘れた時の為に↓こんな質問設定項目がありました。Q 好きな犬の名前は? 「nextさん何か名前を入れましょう」 そう言う、流暢な通訳さんの前で、私は、思わず 「dog!」(^^)「nextさん それはちょっと 固有名詞でお願いします」^_^;ざっとこんな感じで、今夜はThe日本人を思い知らされました。”^_^”しかし、ぎりぎりセーフで良かったです。大切なNEXTJP.COM が無くならなくて。でも、大切なのは、人の繋がりですね。また人に助けられました。大感謝であります。↓この会社のSさん、そしていつもお世話になっている信頼のPCサポート担当Kさん。援助いただいたSさんの会社今夜はどうも有難うございました。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月19日
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今日は午後、我が家から車で15分程度の距離に位置する日本有数のカルスト台地、平尾台に行ってきました。台地をそよぐ風に吹かれながら、鳥のさえずりを聞き、のんびり歩いていると心落ち着いてきます。九重・阿蘇同様に、私は、やはり自然の風景のなかにいるのが好きです。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月18日
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サイクロン被害のミヤンマー1000万の被災者を出した四川大地震。TVに映し出される被害と悲しみの模様を、我々は茶の間で寛ぎながら観ている。遮断された交通路を、100キロある被災地までの道のりを徒歩で目指す援軍と、混乱の中に気持ち対にしてがれきの山に立ち向かう人たち。そしてまた、昨日は我が国からは緊急援助隊が派遣された。察するに余り有る状況下の今に不適切としても、しかし、一つに向かう姿のその先に、全てを洗われた雨後に、鮮やかに眩しく目に映る草木の緑を思う。終わりなき中東における戦火に比して、目的に立ち向かうその姿は、ひとつの希望をもたらし胸を熱くする。開催日を延長してもいいほどに、とても五輪どころではない中国。けれども、この被災に国家の人心が一丸となって悲しみの末のひとつの到達に立った時、あの、聖火リレーの喧騒を離れて、原点に立ち返った真の五輪の歓喜が待っているだろう。人間は、個々に多くの、独りよがりな過剰な欲望に気づかぬ内に、いつしかがんじがらめに囚われて生きている。問題の多くは詰まるところこの点だ。欲望も、一瞬にして奪われてしまうのが、地球上に生きる上での摂理だ。国家も個人も、目先の利と果てない過剰な欲望の衣を取り払えば、大局的に、真に観えてくるものがあるはず。国境を越え、民も国家も気持ちを一にして、被災地での一人でも多くの救出を願って。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月16日
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昨夜、帰りの車中でタレントの「はなわ」の歌がラジオから流れていた。タイトルは・・『B型ロックンロール』※( )内は、私の補足。(^^)・・・B型の奴が来たら気をつけろ~B型の奴が来たら目をそらせ~~自販機でいくらやっても千円札が返ってくるのはB型~~♭(確かに何度やっても返ってくる)(^^)カップラーメン3分待てずに2分で蓋開ける奴、B型~♯(ケットルの沸騰サインの音が待てない^^;)(ふと腕時計を見たら月末を1日繰り越していない。手巻き時計が二時間も違ったままで気づかなかった~)(高速道路に入った瞬間、既に気持ちは目的地に着いているのがB型~)(走りながら考え事しているのB型~)(人の話を聞いていないのB型~) ※自分で言ってどうするの"^_^"じゃあ(結構まともなB型~~~(^^♪)雑誌の袋とじ、綺麗に取れないB型~~(コンビニのおにぎり、海苔が破れて残っていない。説明をを見てゆっくり開けるのがとっても面倒くさい~)(ワイシャツのボタン、どこから留めるかいつもわけわからん~~)寂しがり屋のB型~~~♭(ひとりを楽しむのが好き~しかし完全ひとりはやっぱり寂しい~だから時々声を掛けて~~)あかしやさんまも 長嶋茂雄も清原も、ヤワラちゃんも、ゴルフの藍ちゃんも~卓球の愛ちゃんも み~んなB型~~~♭♭み~んな み~んな B型~~♭ ♯(選手の名前を間違って呼んいる長島監督~~~)(いつか夏の日、手に持ったスーツの上着とスラックスが全く違うものだったのに昼まで気がつかなかったnext)・・・・と続き最後にこの歌聴いて笑っている奴A型~関係ない奴O型~~明日は我が身 ^^; と思っている奴AB型・・~~~♭♭大笑いであるブログでB型云々書いたばかりだったのでグッドタイミングで大笑いだった。う~~ん、はにわも上手いこと言うな~~ (^^)追記空気が読めないB型~~↑これ妻の言葉 トホホ ホA型の妻には、これまで私のお守りが大変だったらしい。^^;しかし、繊細で気遣いもあるのですよ、時々でギャップもあるけれど。やっぱり身勝手?でも、確かに、あいつもこいつも周りのB型はちょっと変だ~だからやっぱり私は違うB型~~「右に行くぞ!」と言って、左方向に歩き出すB型社長~「あれこれ言わず。放し飼いが一番いいB型社員~~」とにもかくにも、いくら言われても、気にしないB型~~~~ (^^♪私は~私は~~~まともなB型~~~他と違うB型~~~♭ (^^♪ガッツ石松も 具志堅も 新庄も み~~んなB型だったらいいのにな~アニマル浜口・・・? ちょと考えさせて~~^_^;※しかし、B型の奴が来たら目をそらせ? B型の奴が来たら気をつけろ? う~~ん どういうことだろう・・!?分った!!きっとB型には後光が射しているんだ!他の血液型の連中には眩し過ぎるんだ! 決定!!(^^♪ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月15日
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時々私の携帯がピピっとなってメールを受信する。別に女性からメールがあるわけではない。そんなこと言わなくても分かっている?そりゃあそうだ。仕事中にかかってくるものだから、先日社員に「あのね。これね、別に女性からではないんよ」”^_^”と言ったら、「社長、そんなこと誰も思いませんよ」「あるわけないじゃないですか」「どうせTSUTAYAか奥さんからでしょ?」「どうして知ってるの?」ずばり的中!(^^)そう断言されるのも悲しいな ^_^;まあ携帯メール等打つ気もしない。1行打つのに30分もかかってしまう。よくみんな、手が動くな~と、呆れてしまう。でなくて感心してしまうのである。我輩にはあんなものいらない。カステラ三番、電話は一番。?ところで私は毎日、妻に「今から帰るけれど、今夜はなんのおかず?」と帰るコールをするのだ。「いちいち電話しなくても帰ってきたらわかるでしょ?」と妻は言う。「何時頃帰ってくるの?」「これから会社出るから○○頃には帰れる・・」と言いながら、そのまま1人寛いで音楽聴きながら一向に帰らないこともある。毎日、必ず妻に電話するまめ?な私。で、こんな私だが、友と一杯飲んで帰るときには、電話をしないことが多い。「肝心な時に電話くらいしなさいよ」と妻は言う。確かに、いい加減な男だ。B型だもの。B型でもまともなB型なのだ。TSUTAYAからのメールは頻繁に受信する。先日カード登録した際に、お知らせを希望したせいだろう。割引クーポンのお知らせの時だけでいいのに・・それだけに設定できないものか。しかしTSUTAYAはいい。金曜日は半額クーポンをメールでゲットするのだ。この半額、毎週やっているような気がしないでもない。だったらいっそのこと、メール等いらないから毎週○○日は半額とうたってくれよ。で、先日半額の時はCD1枚なんと160円だった。私が借りるのはほとんどがジャズ。時々高橋真梨子。"^_^"最近はまってしまったのが、ビル・エヴァンス。ビル・エヴァンスの繊細なピアノの音は極上の安らぎをもたらしてくれる。40年以上も前の録音も、色あせずに雰囲気が今に甦ってくるのだ。TSUTAYAにないものはネットで購入する。私の特に好きなのは、ビル・エヴァンスの 「I Will Say Goodbye」右そして昨日届いたのが、ハービー・ハンコックの「リヴァー」~ジョニ・ミッチェルへのオマージュ 左いや~音楽はいいです。安上がりなとっておきの私の贅沢。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月14日
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考えてみれば、通勤電車の様なせめぎあいのなかでは、本来ローカル列車で車窓に流れるのどかな風景を、ほわ~んとした感覚で眺めつつ、それだけで十分な充足感を持つことのできる人間にとっては、苦痛そのものなのである。人生はさながら、その電車光景のようなもので、ラッシュアワーでなくても定員をオーバーする車内では我先にと、常に座席確保できるタイプとそうでないタイプがあるのだ。それはそれで多少揺られながらも降車駅まで、我の事として収めることもできる。しかし例えば企業経営となるとそれはまた、揺られる車内では、責任を含め、手に多くのものを持つこととなる故に、身ひとつを手摺に支える不安定さと違って、座席の確保は重要だし、あわよくば更に一人分も二人分もと、スペース確保に意識を持つのも当然だろう。どちらも、人生電車では、ある意味このような競争世界に生きているのかもしれない。しかし、だ。経営も、責任の荷物は多々あるけれど、あまりに持ちすぎないことだ。よくよく観れば、両脇に、いかにも重そうなビルを額に汗して必死に抱え込んでいたり、胸に着けた肩書きのバッジがいかにも重そうだったり・・まあ、勤め人のときも経営者となっても、ずっと手摺につかまりぱなしの私があれこれ言えないし、さすがに手摺つかまってばかりでは疲れてくる。^^;振り返ってみれば、様々な光景のなかを生きてきながら、私は眼前に現れる事象も人も、心が拒絶反応を示す場合はそこを避け、心が安らぐ場所へと、その都度、私の魂に導かれてここまで生きてきた。漠然とした、意識しないなかに心が求めて続けていたものは、やはりのどかに走るローカル列車の車内から眺める心穏やかにさせる風景そのものであったのだろう。私の求める人生の理想というものは、その様な実に他愛のないものだ。事象も人も、その良し悪しが判る。そしてこれまで私は、その判る魂の導くままに生きてきたということ。それは様々に体験したとしても、正解だったと確信できるのだ。ラッシュアワーのせめぎあいの電車を降り、その先をのんびり歩いて行くことだってできるのだ。車内の喧騒をよそに、田園を流れる風を感じ、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込みながら。手荷物?そんなもの、電車に置いてきたってたいしたことはない。魂の導くままの理想を、これまで通り漠然とした人生の理想として徒歩で行こう。その道すがらでは、また必ず私に合った素晴らしい出逢いが待っているのは間違いのない事だから。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月14日
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「マーフィーの法則」なりたい自分を強くイメージし、潜在意識に働きかければ「人は誰でも自分も思い描いたとおりの人生を生きることができる」とは、広く周知されるところの『マーフィーの法則』です。これは確かに言えることで、私も実は体験者?であります。食品卸の会社に勤め、卸売市場で朝早くから夜遅くまで働いていた若い頃。主に市内中心部のルートセールスを担当していた私。もちろんその当時は「マーフィの法則」なんて知りもしません。北九州市役所食堂→玉屋デパート社員食堂→小倉ホテル→小倉ステーションホテル→今はない駅前にあった喫茶美国→おなじく「おくふろ食堂」→オープンしたばかりのパンの「シロヤ」→京町銀天街「喫茶若竹」→先般店を閉めてしまった老舗菓子舗「くしき」→室町「蕎麦の東京庵」→鳥町商店街→旦過市場等々。鳥町食堂街にある、焼きうどん発祥地「だるま食堂」のおばちゃんは、タウン誌等で見る限り三十年前と変わらず元気そうだ。エアコンなどない2t車の荷台に食料品を載せ雨の日も炎天下の日も雪の日も、日々配達をしながら私は思っていた。隆盛時のデパート玉屋の朝、通用口を共にして私は、颯爽と出社する男女社員さん達の姿を横目に見ながら、狭い店内を避け、2M幅程の両側に店が並ぶ鳥町商店街の通路では、傍を行き交う人の足元を見ながら、注文の沢庵や卵を店のボールに移しかえながら・・ジーパンに前垂れをした私は、何をどうなのか、少々の気恥ずかしさを持ちながら、いつかきりっとネクタイを締めたスーツ姿で颯爽と仕事している自分を漠然とイメージしはじめていたのです。そしてその想いは日増しに強くなり、現在地よりの脱却を模索していきました。やがて、私は、その思いが叶いとりあえずネクタイにスーツ姿の仕事に就くことになりました。職場は、自己成長の為の勉強ができる仕事に就ければいいなと漠然と思っていた私に、しかし、何になりたい!という強く明確なものは持ち合わせていませんでした。なんとなくTVや映画に出てくるようなオフィスでのシーンの中にいるようなビジネスマンを空想していた私。本当は、芸術分野の才能があれば一番いいのでしょうが、想いのたけを思い切りぶつけられるような世界に身を置く事ができれば最高だったかもしれません。しかし所詮その才能はなく。私の人生は、欲のない、まるでかがり火、否、ローソクの炎の揺らぎのような、のほほんとした想いの果てが現在なのです。しかし現在、確かに一応ネクタイを締め、オフィスビル内で仕事している私がいます。気づけばなんとなく一応思い通りになっているのかな?苦労はいっぱいあったけれどあるけれど。で、先日、友との会話のなかで、その「マーフィの法則」の話になったんです。もちろん、「マーフィの法則」は真実であると、意見は一致。私も、「いや~~あれは確かに当たっている」「実は私だって、考えてみれば思い通りになったんだから」と、このスーツ姿をイメージしていた私の事を得意気に披露したのです。しかし、しかしですよ。この私の「マーフィの法則」には、最大の欠陥があったのです。私には、「経営者になろう!」「金持ちになろう!」「何の仕事をしよう!」とか、その明確なる思いも欲も全くなかったのです。なんとなく、ほわほわ~~んとして、平和な感覚で人生を歩いていければいいとだけ考えていたのですから。実際は、波高しばかりでしたが。ネクタイを締めスーツ姿で・・・ここまではいいのですが、この後のことをすっかり忘れていたのです。これ以上の何も考えていなかったのですね。うっかりしていました。トホホ大笑いであります。^_^;まあしかし、自分らしい。いいのか悪いのか、とりあえず結構これで満足でしたから。それでも、私の変化というものは、遅々としながらも、少しでも良い方へ変化したい想いのかがり火によって、紛れもなく成長変化してきているのは事実なのです。多くの出逢いも多くの機会も含めて。少しでも現在地より成長したい・・その想いはある部分「マーフィーの法則」がしっかり生かされているのですから。で、今年は改めて「マーフィの法則」の続きにチャレンジしてみようと思っているのであります。全く微塵もなろうと思いもしなかった社長業。だらだらとしてきた感の強いこの会社をもう少し理想を明確に強く思い、チャレンジしてみようと。そして私自身の理想も目指して。いや~まだ遅くないですよ。人間、思い立ったら吉日、であります。(^^♪ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月13日
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本日、依頼されてから一年掛りの仕事が完結しました。例によってコツコツと辛抱強く仕上げたという感じでしょうか。協力者も得ながら、関係資料を収めたA4ファイルの厚さは3センチ近くにもなりました。まあ、よくやったと自らの肩を叩き、自己満足の世界に一瞬浸りながらも、さりげなく完結です。ファイルに閉じられた一年の仕事というものは、私の懐の片隅にその厚み分がまたひとつしっかりと整理されて、価値ある無形財産となりました。仕事をする上ではもちろんのこと、日常生活においても、自分自身が納得できる生き方というものがいかに大切か。大小に係わらず、誰知ることなく己のみ知る事としても、その生き方と物事への誠実なる対峙。そこをしっかりやっておれば、振り返れば後ろに、自らの確信される轍がしっかり残されていることとなるのです。小さくともひとつずつの積み重ね。懐深く、そのひとつずつを整理しながら収めていく。そこに容量の限りはありませんから、自らの意識次第でいくらでも積み重ねることができます。そしてこれら積み重ねの事実は、未来に向かって更に自らを支える心強い礎となるのです。いつでもどこへでも、一切の邪魔にならず身軽に持ち運べる己を支える証というもの。我は我を信じ、天は我を知る。評価は決して他人に任せることなく、自らがその都度していくもの。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月09日
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GWに阿蘇に行った折に、阿蘇ファームランド近くにある「阿蘇みつばち牧場」に寄ってきました。先般、下関のカモンワーフへの新規出店を当社がお世話させていただいたのですが、その節には、熱心な社員さんと幹部の方ともお会いさせていただきながら、全社一丸となった温もりのある会社の雰囲気と高い志を感じて、仕事をさせていただきながら、とてもいいな~と正直な感想を持った次第。で、今回の阿蘇行きの時には是非この阿蘇店に行ってみることにしていたのです。朝早く、まだ八時過ぎだったのですが、お店は既に開き、店先には水が打たれ清々しい程の綺麗な佇まいのなかで、私が入っていくと、もちろん予想通り店内の商品陳列も店員さんの応対もしっかりして満足度の高いものでした。会社のビジョン、理念というものが浸透し、しかし決して上辺だけの笑顔と接客でもなく、真に柔軟性を持ち、心のこもった気遣いを感じて、私はとても嬉しかったのです。この会社で働きたいと思わせるもの。小さいながら当社も目指したいな。またも昨日今日賑やかしくさせている、客を忘れた経営と落ちたブランド。やはりいいものはいい。資本力の乏しい当社のような零細企業は、尚更に肝に銘じていかなければならいと痛感するのです。それこそが生き残りに不可欠。正しい理想に高い志と強い信念で向かう大切さ。この、はちみつ会社さんの会社沿革欄には、昭和36年、創業者が種蜂3箱購入から始められて三年目の事が記されています。・・・昭和36年6月 初めて採集した蜂蜜を市販瓶に詰め、自転車で販売促進活動開始。第一号取引先は江津の稲田パン様。・・・当時の創業者さんの想いと深い感謝の念が伝わってくるようです。遠く過ぎた今でも、この昭和36年当時の事を大切に忘れずに、そして労使共に、その想いというものは脈みゃくと伝わり現在に生きている。素晴らしいと私は思うのです。阿蘇のみつばち牧場ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月08日
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昨日~今日と、我が家の恒例行事である「くじゅう・阿蘇」へドライブしてきました。昨日は快晴でしたが、今日は朝から雨模様。雨天時のくじゅう・阿蘇は最悪。山頂に近くなるほど霧深く立ちこめ、せっかくのここの雄大な景色が台無しなのであります。しかも昨日は夕方、渋滞にも巻き込まれてしまいました。で、結論。今後はGWを避けて休暇をとり、のんびりドライブをすることにします。まあそれでも、それなりに十分リフレッシュしてきました。久住高原・長者原でくつろぐ↓「うしさん」or「とど」?九重町飯田高原の自然に囲まれたなかにある、俳優榎木孝明氏の美術館にも行きました。敷地内に併設されていた、両手義手の作家、大野勝彦美術館も観ましたが、その氏の作品に感動するとともに、自らの甘さを恥じ、心を原点に還され、大きな気づきの有意義な休日となりました。榎木孝明美術館大野勝彦美術館阿蘇神社での藤初めてのペンション宿泊体験もしました。花に囲まれたアットホームな雰囲気がなかなか良かったです。一週間の命・・すずらん↑あいにくの天候のやまなみ牧場。黒澤明監督の映画『乱』の撮影もこの辺りで行われたとか・・九重連山あいにくの天気のなか、日本一の長さ(390m)と高さ(173m)を誇る九重大吊橋を渡ってみました。日田からの帰りに見つけました「めがね橋」。福岡県朝倉郡東峰村に在ります。日田英彦山線の二両編成のローカル列車が通過する際の絶好撮影ポイント。いつか時間を割いてまた来る事にします。この風景のなかで、のんびりその時を待つのもいいと思います。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月05日
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財産なりし人生人それぞれの人生というものは、いかに不思議に綾織られているものか。現在地点より過去を振り返っても、例えば、現在点を端から分かっている自分の現在点を、過去より目指し辿ろうとしても、それは想像しただけでも、到底すんなり到達するには容易くないということがわかります。そして、考えれば考えるほどに人の手の及ばない必然性を感じるのです。人生は正に、複雑に絡まった糸そのもの。決して一様ではない人生すごろく。その道程は人によって違い、より多くの関所を通ってきた人ほど、尚更にその絡みに絡まった自分の人生路というものを振り返って一層の感慨を持つでしょう。私だってしかり。社会に出てからは困難も数々経験し、特に精神の葛藤は多々ありました。その都度踏ん張りながら、持ち前の明るさがあるのかないのか、なんとか乗り越えてここまでこられました。しかし、もう一度歩同じ道を歩けと言われれば、そこはやはり、数々あっただけにその道のりを今更にしんどく思うのも事実です。まるで「おしん」のようだったな・・”^_^”よくやった。とりあえず誰も褒めてくれないから、自分で自分を褒めてあげることにしよう。(^^)おそらく誰も、私と同じ一見遠回りで割に合わないしんどい生き方は誰もしないでしょう。目に見えない、評価されないところでもコツコツやること。コツコツ辛抱強く、です。私はその様な生き方できましたから、今でも、他所の職場で働く人を観ても、つい陰に隠れがちの存在に目がいきます。人というのは、やはり誰がどう評価する云々の前に、自らが確信できる生き方が、できているかどうかだと思うのです。甘さも厳しさも、前に向かうのも避けていくのも、全ては自らの手にあるのですから。しかし思うに、再度スムースに辿れない迷路のような人生は、やはり自らに与えられた必然的道程でしかないのです。回りまわっていく人生・・困難も悩みも喜びも、個人に与えられた事象に、誠実なる心で対峙した度合いの程に、更に進歩の為の経験と出逢いの恩恵を受けるものと、私は確信します。そして私自身は、社会人となって、使われる身の時も経営者となってからも、多々困難と世を渡る上で、数々のジレンマの狭間に揺られながらも、その都度精神的に支えとなったのは、やはり妻でした。人の世の・・時に世間の不条理に滅入りながらも、人としての信頼元が身近に存在していることが幸いでした。人として間違いないことへの確信は、極端に言えば、どの様な状況においても自らの心への信頼と同様に考えに信頼できる人の存在が支えとなって、私を多々あった人生上においてなんとかここまで渡らせてきたと思うのです。そして、四年前、与えられたこれまでの私の人生においてまた大きな必然的出逢いがあったのです。そう、よびりんさんとの出逢いは、そこそこに人生経験を積んできながらも尚、心のどこかに、世を生きる上で解決できない部分を持つ私に、その?部分を雲散霧消し明快に解決に導いてくれたのです。多くを学び、多くの心の糧を得ることがきました。全てを包括し、風のように超えていける真理。個の捉え方と対峙では決して解決しないもの。俯瞰的に観、捉えて、ぶつかり壊れることない風のように流れていく真理というもの。いや~よびりんさんとの出逢いは、人生上におかれていた、私への大きな必然的プレゼントだったのです。私の人生で間に合って良かった。感謝、感謝。(^^)困難も喜びもある、与えられたかけがえのない私の人生における財産。巡った職を含め私の人生路そのもの貧乏青春時代における妻との出逢いそして、よびりんさんとの出逢い。この三本柱に、私は明快で、金銭の多寡ではない、誰しも気がつけば享受できる、大いなる人生の真の財産を得たことになるのです。そうだ、私は私の人生に、そして多くの人に育てられ成長させられてきたのだ。有難いな~~。まだまだ未熟な我が人生路。しかし人生は素晴らしい!(^^♪さあ!明日は、阿蘇の広い大地と草原のなかに私はいる。魂が喜ぶいつもの風景だ。(^^)ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月03日
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財産なりし我が青春~胸いっぱいの幸せ振り返れば、充足感に満たされ送った日々と、必然的出逢いというものに恵まれた青春時代。真夏、古い木造家屋の屋根瓦を焦がして陽射しは室内まで攻め込み、窓を開け放って、ランニングシャツ姿に、手にした団扇(うちわ)でばたばた顔に風を送りながらも、いっこうに火照る身体は癒せず、いまどきのように扇風機もエアコンもない時代に、しかし板塀の向こうに見える青空は素晴らしく心地よい風景だった。梅雨の季節、瓦を強く打つ長雨も、地面に伝い落ちる雨だれの音も、それはそれで心地よく耳に響いてくる。例えば冬には、閉めた戸のあちこちから吹き込む寒風に、できるだけの着込みをして身を縮めながらも、小さな炬燵ひとつで温もりは必要十分に感じることができた。直径1M弱幅程のポリ製のたらいは、洗濯に行水にと、結構便利に利用し、家賃4,500円、四畳半の我が部屋はパラダイスだった。関係者に迷惑を掛け、親に甘えての学生生活は、緩やかに流れていく四季の移り変わりのなかで、それなりに個人の成長過程での精神のぶつかり合いはあっても、気持ちだけは真っ直ぐ突き進み、何はなくとも私の心は幸せな充足感で満たされていたのだ。友のなかでもKさんには特にお世話になった。Kさんは一期後輩になるのだが、私より年上だった。ある年の瀬。帰省できずに年を越す事になった私。同じく留まることにしていた彼は、食べるものにも窮していた私に、「○○さんうちへ来ませんか、食べるものを用意しておきますから・・」いつもの飾り気のない、しかしとても優しく温もりのある口調で声を掛けてくれたのだ。彼の部屋に行くと、彼は仕入れてきたという一匹の鯛を七輪の上で焼き始めてくれた。やがて焼きあがった一匹の鯛。彼はその鯛に真半分に箸を入れ、笑顔で、そしてやっぱり穏やかな優しい口調で私に勧めてくれたのだった。アパートの一室で過ごす二人の贅沢な新年だった。私も彼も、巧みに言葉を流していけるタイプではなく、だからこそ、ぶっきらぼうなやりとりがまた程よく互いに気を使わなくて楽であった。ぼそぼそと、Kさんが発する言葉には、いつでも気持ちがこもっていたし、Kさんは何より人としての懐の深さを持っていて、今以上に精神的に未熟だった私はというと、振り返っても恥ずかしくなるほどの接し方しか彼にできなかったのだ。そして、後輩ながら年上のKさんは、そんな年下の私をいつも広く優しい心根で立てて付き合ってくれたものだ。バイトに明け暮れ、時にチキンラーメンをかじりながら、そして大失恋も経験しながら・・そう、その失恋に打ちひしがれている私をみた先輩が、先輩の彼女に頼んで紹介してくれたのが、今の・・といっても今も昔もひとりだけ。”^_^”妻だった。深く考えもせず、紹介者の顔を立て、まあ気楽な気持ちで真面目な青年?に会って見ただけの妻。私は、まるで観音様に出会ったようだった。”^_^”慈愛に満ちていた。そりゃそうでしょ。何せ、日々の食事に困っていた私に差し入れをしてくれるのですから。きゃい~~ん きゃい~~ん。私は、犬が尻尾を振って餌を与えてくれる人に懐くように・・。まあしかし、妻からすればこんなはずではなかった。まさか、貧乏学生を紹介されるなんて。^_^;だから、適当なところで私から離れるつもりだったらしい。これ事実。結婚間際まで妻がそう思っていたとは露知らず。随分とお気楽だった私。まあ、なんだかんだ言って、私は、その後、妻の家にも頻繁に出入りさせてもらいながら食事にありつきながら、両親にもよくしていただいた。内気で遠慮屋のところがありながら、結構厚かましいところもあった私。口数少なく多少他人の家に気を使いながらも、しかしまるで我が家のように内心寛いでいたものだ。妻の家庭の団欒は、私にとって実に居心地よかった。やがて、県外に就職し、これで厄介な私とも縁が切れると思っていた妻の期待をまんまと裏切って、私は数々の就職試験に失敗しながら妻の近くを離れることはなかった。私ラッキー。妻アンラッキー。(^^♪その後も私は、妻の世話になりっぱなしだ。よく言うのだが、人生何が幸いなのか。私は今でも本心で思っているのだ。中途半端に頭が良くて中途半端に進学して、あるいは飛び切りの頭脳を持っていて地位のある職に就こうと、決して得ることのできないものがあると。例えば一見マイナーな道程を歩いてきて本当によかったと。未熟だらけのこの私の心で、あちこちぶつかりながらも、私は私なりに、多くの真の充足感を持ちながら生きてこられたのだから。それはもう、どんなに考えても、何にも替えがたい必然的素晴らし出会いであったと確信できるものだから。人間は、心の捉え方ひとつで、ほんの小さな事にでも幸せを見出せるもの。いつも、いつも、満たされない日々を送ることしかできない人は、その尽きない欲望に、常に眼前の事象に翻弄されながら、人生における真の価値も真の幸せにも気づくことなく、また出逢うこともなく大切な人生を後方に流している。人を観、不変の価値を心に捉えることができるなら、悠久の幸せに必然的に出逢うことができるだろう。ガスを止められ炊く米もまたなく、四畳半、四千五百円の曲がり生活も、何度振り返っても私には、ひもじい生活印象は全く甦ってこない。真夏の暑さも冬の寒風も、友を初め多くの出逢いも、その経験は、有難いことに十分過ぎる精神の滋養として財産として、今も、心のじょうろからその都度決して尽きない価値ある栄養素を、様々な場面で必要に応じて注ぐ事ができるのだ。名誉も地位も物質的財産はいつか尽きるもの。それに比べ養分を蓄えた心の財産は尽きることもなく、いつでもどこへでも身軽に持って行くことができる。私は現在、まるであの学生時代と変わらぬままの気持ちで、つましくとも極上の、私なりの幸せを感じながら、のほほんと日々を過ごさせてもらっている。人の本質は人生を生きるなかでそう変わらないものであろう。元来そのようなところがあるから、経営を含めての「生きる」という強さには正直欠けているかもしれないけれど、結構これでやや身勝手な私は満足なのである。落ちこぼれでよかった。それなりの困難もあってよかった。それなりの、しかし素晴らしい幸福感もよくわかる。回りまわった人生でよかった。貧乏生活は、極上の出逢いを私にもたらしてくれた。私になかにあるのは、これらの小さな出来事のひとつづつを、必然的財産と捉えながら感謝する気持ち。妻とも出会うことができた。人にはその人に合った魂の出逢いが必ず存在する。物事を人を心眼で観れる自分自身でよかった。どんな頭脳明晰より、これはもう両親がくれた一番の私へのプレゼントだろう。あの学生時代。警察食堂の通い帖に溜めてしまった一食180円の焼肉定食の5千円か7千円のつけ。払えなかった私は、結局その後払うタイミングを見失い、今に至っている。いつだったか・・夏期休暇に帰省していた私に、その食堂から暑中見舞いの葉書が届いた。葉書には、払えないでいるそのつけのことには一切触れず、しかし、決して含みのある嫌味な請求もなく、丁寧に「お元気ですか?・・季節柄ご自愛ください・・また元気な姿を見せてください・・」云々と、ただそれだけ書かれてあった。私は、申し訳なさと何をどうできないジレンマを辛く心に持ちながら・・そして、私をそっと免除してくれたに違いない家族経営のその食堂の家人達の心。私は三十年を過ぎた今でも、遠く過ぎた青春の日の、これら小さな出来事と出逢いを、時々思い出しながら、それぞれに永遠の感謝の気持ちで、何物にも替えがたい私の大きな財産として持ち続けているのだ。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。撮る事の楽しさを教えていただいたお隣さんブログです↓北九州市詩的写真集☆花・空・海・無料素材ブログよびりんさんの新刊誰も教えてくれなかった社長業新刊『半分の法則』↓私はもう読みましたよ。とても為になり誰もに役立つ、目からウロコ的法則。人生に・経営に成功する半分の法則半分の法則応用編
2008年05月01日
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