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リチャード1世

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2014.10.19
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日は珍しい「悔過茶会」という150年ぐらい前の形の茶会に参加できた。老松という京菓子屋のご主人が、若手の和菓子アーティストとのコラボレーションで神職・僧侶の服装で、往時の茶器のスタイルで献茶されるのである。
窮屈なお茶会のスタイルではなく、寛いだ空間でお二人の献茶トークを基調講演のような形にして、参加者がそれぞれに感想や質問を出し合って会話を楽しめた。
茶菓子は、神仏への祈りを媒介するものであり、菓子を作るときでもしっかりとテーマを持ってこれを実現してゆくところに魅力が生まれる。
若手の女性アーティストは、「勾玉・・・卵子が生命を宿したときの姿」「ねじりがし・・・払い・清めの象徴」
「積み重ね菓子」などをテーマに提示し、「祈り」の展開を考えているとのことであった。
不思議なことに、話を聞く前にはあまり強う印象を持たなかったのが、話を聴いた後には「ありがたいお菓子」と受ける印象が変わり、150年前の製法によるお菓子ではありながら、実際に食べてみて非常においしいと感じ、少し高いお菓子だったが、家内へのお土産に求めて帰った。
文化の価値で、単にお砂糖ともち米と寒天のバランスから生まれるおいしさというものに留まらない味が高まるのが実感できたのは面白い。
これらの和菓子も、神道・儒教・仏教・キリスト教とともにもたらされたお菓子をしたたかに吸収しながら幅を広げていることも説明され、その経緯を事例を見ながら教えてもらうことで、和菓子のもつたくましさを覚えた。
そこで、イスラム教の影響を尋ねたが、「砂糖を3倍ほど使うのと、油で揚げるのが特徴であり、中々和菓子には馴染みにくい。」との回答に、イスラム菓子には高齢者がなじみにくいことに妙に共感してしまった。





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Last updated  2014.10.19 23:55:32
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