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リチャード1世

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2015.09.21
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カテゴリ: カテゴリ未分類
義理の母親の納骨が去年高野山で義理の妹の手で行われていた。今年は施主として家内がお参りする順番であり、一緒にお参りした。今までは、車で長い渋滞の中、海外のゲストを高野山に誘っていたが、今年は夫婦だけなので電車でお参りした。
開廟1200年に当たるので大変な混雑で、渋滞というより、林間バスの行列に往復悩まされたが、車の渋滞とは異なり、本を読んだりしながら時間を活用できたので、お参りは電車に限ると思った。
食堂も長い行列だったが、角度を変えてコンビニに入って、イートインさせてもらった。さすがに高野山だけあって、イートインの窓からは坪庭が眺められるようになっており、旅人の懐に優しい作りになっており、お大師様の御心を感じさせるものだった。
さて、納骨から1年経過したところでのお参りなので、納骨された成福院へお参りしたところ本堂で2名の僧侶による懇ろな読経をいただき、厳かな儀式をやっていただけた。薄暗い本堂の中で聞く声明は故人への想い出を誘うのにピッタリの環境づくりだった。これは、義父が闘ったビルマ戦線での戦死者を祭った慰霊塔のある寺院であり、戦後70年にあたって非常に意義深い法要になった。慰霊塔には、ビルマ戦線でのビルマ人兵と独立運動までを記録する写真なども飾られ、慰霊塔の地下には真っ暗な参道が設けられており、手すり伝いに1周するようになっている。
住職からは、暗くなってから活動するのが常だったと帰還できた戦友が、その象徴として後の人々に伝えるために慰霊塔に加えて作られたものだった。
今まで、親に連れられてお盆・彼岸の墓参りをしていたが、親を送ってしまった後の身としては、これらの親の世代を初めとした先祖の動向の中に歴史を考える機会となるのだと思い知らされた。
年に数回、先祖をたどりながら、親に聞いたことと歴史を重ね合わせる機会なのだと改めて思い知らされた。
そして、子や孫たちも数十年後には同じ想いで、お参りするのだろうと身を引き締められた。できるだけのことはしよう。少しでも良いことをと。





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Last updated  2015.09.22 00:27:08
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