2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全2件 (2件中 1-2件目)
1

介護保険★手作りの幸せレシピそれは、ひょんなことから始まった。 何気なく私が暮らしている市役所のホームページを眺めていたら、介護保険のことについて自分が今まで考えてもみなかった「あるコト」を発見した。 介護保険が使えるようになったのは今から十五年前、私のように突然、介護が必要になった場合には有り難い制度だ。利用するためには、まず国に介護度を認定して貰わなければならないが、認定後、受けられるサービス(在宅・通所など)は、ケアマネジャーに頼んでケアプランを作ってもらうことになる。‥と、私も家族もずっーとそう思っていた。 ところが、市役所のホームページには、『ケアプランは自分で作ることもできますが、作成の手間や事業者との連絡・調整などを考えると、やはりケアマネジャーに作ってもらう方が良いでしょう。(自分でケアプランを作成する場合は市の窓口にご相談ください)』とあった。なんと、自分のケアプランを自分で作る?そんなことが出来るのか!目から鱗だった。もちろん、行政のチェックが入るから何でも好き勝手に出来る訳ではない。それでも自分の人生の設計を自分で組み立てられるというのと、他人であるケアマネジャーを必ず通さなければ何も出来ないというのでは明らかに違う。セルフケアプランで自分の人生をデザインする。介護される側とする側が相互につながり合うことによって、これまでとは違う価値観や美意識からなる新しい生き方になりえるかもしれない。そうだ、私もケアプランなるものを自分で作ってみよう!新たな生きるモチベーションが生まれた瞬間だ。手始めに市役所に電話をかけてみる。「ちょっと教えてください。介護保険を使うにあたって必要なケアプランのことですが。これはケアマネジャーに一任するのじゃなくて、自分で作成したものでも良いとホームページで見たんですけど‥そのことについて分かる方はいらっしゃいますか?」長い間待たされて、何人かの人が変わって、その度に同じこと言わなければならなかったが、やっと「はい、ケアプランの自己作成の件ですね」と分かっているらしい男の人が出てくれた。私「その自己作成ですが、前もって市役所に届けを出すのでしょうか?ぜひ自分でやってみたいと思います。その場合の必要書類や申込書はそちらにいけばありますか?」 担当者「それが‥当市では今まで自己作成の方は一人もいらっしゃらないのです。従って申込書やマニュアルのようなものは用意されていないのが現状でして‥僕も少し調べてみたいので、少しお時間を頂けますか?こちらからお電話差し上げます」二、三日後、電話を貰い、その後、メールが届いた。 『先日、お電話でお問い合わせをいただきました件について、ご対応が遅くなってしまい申し訳ございません。現在、必要書類の準備および自己作成手順を示させて頂く為の資料を作成しております。お急ぎの中、大変申し訳ございませんが、お待ちいただきますようお願いいたします。介護保険担当 T・Y』 こうして、私は「マイ・ケアプラン」作成の第一歩を踏み出すことになった。それにしても、インターネットが一般に普及していなかったら、私のケアプラン構想もここまで急には前進しなかっただろう。あちこち、ネットで情報を集めるうちに、「介護保険のケアプランを自分で作ろう」というネットワークも見つけた。これは利用する人が快適な生活を送るために、生活の根幹に関わる大切なことは当事者が自分で考えよう!という利用者と家族、および賛同者のネットワークだ。 早速、私も仲間に入れてもらって会員になった。『全国マイケアプラン・ネットワーク』代表である島村八重子さんとも電話でお話しさせて頂いた。「2000年3月までは、高齢者福祉のすべてのサービスが税金で賄われていて、受けるサービスの内容も量も行政に決めてもらっていました。今は保険料も利用料も一部利用者が負担するという契約制度という仕組みで回っています。自己負担がある代わりに、自分でサービスを選ぶ自由と責任も私たちのものになったのです。ですから、多少の知識と気力さえあればケアプランは自分で作っていいのです」 島村さんのホームページからプランを作るためのアプリをダウンロードさせて貰い、いよいよ新しい挑戦が始まるのかとワクワクする。このアプリはエクセルの表計算機能を使うものだが、最近は何でもワードを使って作っていたので、エクセルやマクロを忘れてしまっている。しょうがなくマッサージや福祉用具の若い人にも教えを乞うて、なんとか出来そうなところまで辿り着いたところだ。年内にはスタートしたい。 あしかびジャーナルの読者の中にも、介護保険を自分や家族のために利用したり、今後、利用したいと思われている方がいるかもしれない。私の挑戦は、ときどき独占密着?ドキュメントとしてお届けいたしますのでどうぞ宜しく。
2016年10月28日
コメント(0)

1番目の星にいた自分の体面を保つことに汲々とする王様2番目の星にいた賞賛の言葉しか耳に入らない自惚れ屋3番目の星にいた酒を飲む事を恥じ、それを忘れるために酒を飲む呑み助4番目の星にいた夜空の星の所有権を主張し、その数の勘定に日々を費やす実業家5番目の星にいた1分に1回自転するため、1分ごとにガス灯の点火や消火を行なっている点燈夫6番目の星にいた自分の机を離れたこともないという地理学者そして6番目の星にいた地理学者の勧めを受けて、王子さまは7番目の星、地球へと向かう。 地球の砂漠に降り立った王子は、まずヘビに出会う。王子「ぼく、何という星に落ちてきたのかな」ヘビ「地球だよ。アフリカだよ」 王子「人間たち、どこにいるの? 砂漠って少しさびしいね」 ヘビ「人間たちのところにいったって、やっぱりさびしいさ」 子供の頃に読み、学生時代にも読み、社会人になってからも読み、何回も読んでるはずなのに‥砂漠が美しいのはどこかに井戸を隠しているからだいう言葉に絶句する。この場合、井戸とは言っても現実の井戸でもなければ水でもない。疑いもなく精神的な水だった。「目では何にも見えないよ。心で探さないとね」と、作者は王子に言わせている。隠れた井戸を探そうとする人間たちを想いながら、私は夜中に号泣する‥。作者のサン・テグジュペリは、フランス軍のパイロットだった。空から見た地球・砂漠や人間の暮らしはどんな風に見えたのだろう。彼は1944年、サルデーニャ島のアルゲーロからコルシカ島に移動し、グルノーブル地方偵察の目的で離陸したまま行方不明になっている。そして、2003年、マルセイユ湾にて搭乗機の製造番号を確認された。詳細はいまだに分かっていない。※余談ですが、この本は日本の美智子妃殿下の愛読書としても広く知られています。かつて、美智子妃殿下に、この物語の中で一番お好きな人は誰ですか?と伺ってみたところ、『それは5番目の星にいた点燈夫です。彼だけがみんなのために働いています』とお答えになられたそうです。ちなみに、伺ったのは、「星の王子さま」でおなじみの翻訳者・内藤濯さんです。※60年代末のパリやプラハの学生たちは、キューバ革命のチェ・ゲバラの肖像を旗印として闘った。ゲバラとカストロが掲げた「富と資源の分配」「貧困や人種差別の根絶」勇気凛々とした二人のリーダーの言葉は世界中に反響して「ドン・キ・ホーテ」と「星の王子さま」が住む世界に思い焦がれる私たち若者を夢中にさせた。(NHK新・映像の世紀より)
2016年10月12日
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1
![]()
